■ テスト その1

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541第三章 絆
空は厚い雲で覆われている。今にも雨が降り出しそうだ。
「…なんやねん、コレ…!」
加護はある町の入り口に立っていた。いや、かつては町だった場所だ。
建物はすべて破壊され、焼き尽くされていた。
加護はゆっくりと、以前は賑わっていたであろう大通りを歩く。
まだそんなに日が経っていないのか、血溜まりが所々に残っていた。
この臭気にやられて、加護は胃の中の物を戻しそうになる。
(…ダメや、アカン。早いトコ別の場所、探さな…。)
加護は急いで立ち去ろうとした。
すると、いつから居たのか、背後から加護を呼び止める異国訛りの声。
「待つアル。マダ、生き残りがいたアルか。」
(しまった!)
加護は振り返りながら大きく跳んで距離をとる。
そこには大きな口で笑う、ショートカットの女が手下を数人引き連れていた。
542第三章 絆:02/02/05 19:41 ID:bZhbKzGV
加護の背筋が凍り付いた。その佇まいだけで分かる。この女はかなり強い。
恐らく、この町を壊滅させたのはこの女の仕業だろう。
とても自分がどうこう出来るようなレベルの相手じゃない。
「…今すぐ殺してあげるアルよ…。」
キラッ。
女の手が光った。
バシュッ!
「うがっ!」
加護の左肩が大きく切り裂かれた。
危なかった。一瞬、動くのが遅かったら首が飛んでいただろう。
見切った訳ではない。観察眼の鋭い加護の、生命の危機を知らせる本能のみがなせる業。
(…くそっ!なんやねんコレ…?)
この間合いでどうやって?分かるのは鋭い刃物で切られたという事実のみ。
加護はバッグから握りこぶし大の丸い玉を取り出した。
バン!
それを地面に叩きつける。すると煙がモクモクと立ち上がった。
「…チッ!煙り玉か…!」
女は不意を突かれて視界を奪われる。煙がはれた時にはすでに加護の姿はなかった。
「…フン。まあいいアル。どうせコノ島から、ワタシ達からは逃げられナイ…。」
543第三章 絆:02/02/05 19:43 ID:bZhbKzGV
激しい雨が降り始めていた。
(…助かった。これで後はつけられへんはずや…。)
加護はこのどしゃ降りの雨に感謝した。
肩から流れ落ちた血の跡を、雨が洗い流してくれる。
かなりの距離を走ってきた。出来るだけ街道は通らずに、林の中を抜けて。
しばらくすると、かなりの広さの草原に出た。
どうやら牧場のようだ。周りを垣根で囲っている。
「…ハァ、ハァ…。…アカン、倒れたらアカン…。」
ここで自分が倒れたら後藤はどうなる?それに辻との約束は?
しかし、加護の意思とは裏腹に足が前に進まない。膝がガクガクと震えだす。
視界が歪む。目が霞んでいた。肩からの出血のせいで完全に貧血状態だ。
バシャッ…
加護は意識を失い、そのままぬかるんだ水溜りに倒れこんだ。
容赦なく叩きつける雨の中、加護の小さな体は動かなくなった。
544第三章 絆:02/02/05 19:47 ID:bZhbKzGV
この島のほぼ中央に位置する大きな屋敷。石川の姿はそこにあった。
急な雨に降られてしまった。濡れた髪をタオルで拭きながら大広間への扉を開ける。
広間の中では三人の女性が並んで、豪華な装飾を施された椅子に腰掛けていた。
真ん中に腰掛けた、大きな口の女が前歯を光らせて石川の姿に気付く。
「おお、石川やないか。いつ戻ったんや?」
「は、はい…、ついさっき…。」
「…おかしいね、港には見張りを立ててるから報告があるはずなんだけど…。」
隣に腰掛けた、ガッチリとした体格の女が石川を細い目で見据える。
その時、石川の後ろで勢い良く扉が開かれた。
「アー、ひどい雨アルねー。もうビショビショよー。」
髪も服もびしょ濡れになった女がタオルを持って飛び込んできた。
その姿を見て、体格の良い女の反対側に腰掛けていた女が声をかける。
「聞いたっぺよ、ルル。お前、ガキを仕留め損ねたんだっぺ?」
「うるさいアルよ、小湊。ちょっと油断しただけアルね。」
そうだ。今入ってきたこの女は、ついさっき加護を傷付けた女だ。
二人の間に険悪なムードが漂う。見かねた体格の良い女が間に入る。
「止めろ、二人とも。ウチらは今は仲間なんだ。そうだろ、稲葉?」
「そうやな、信田の言う通りや。止めときや。」
稲葉と呼ばれた口の大きな女の一言で、小港とルルは大人しくなった。
「久し振りにウチらの測量士さんが帰って来たんや。祝宴でもしよか、なあ石川?」
この島を恐怖に貶めている海賊団。その中心メンバーがここに集結していた
四人の首領の稲葉・信田・小湊・ルル、そして幹部の石川梨華。
545第三章 絆:02/02/05 19:50 ID:bZhbKzGV
ソニンは後藤をトロピカ〜ル号の船室のベッドに移していた。
辺りはすでに暗くなっている。それに加えてどしゃ降りの雨。
加護の事が心配だ。しかし、後藤をこのまま一人で残して行く訳にはいかない。
「…真希さん、早く目を覚まして…。」
後藤はまた熱をぶり返し、大量の汗をかいていた。
ソニンは服を破って包帯代わりにしていた布を外す。
(真希さん…、綺麗…。)
ソニンは目を奪われた。
後藤の白い肌、そして服の上からは分からなかったが、
細い身体の割には比較的大きく、形の良く整った二つの乳房が露わになった。
同じ女性でありながら、見惚れてしまう程の美しさ。
無意識にソニンは後藤の体に真っ直ぐに縦に入った傷を撫でる。
「……!」
後藤の体が痛みにビクッと動いた。ソニンは正気を取り戻す。
(…アタシ、何してるニダ…。)
ソニンは手早く後藤の汗を拭き、傷薬を塗って新しい包帯を巻きつけた。
そして、椅子をベッドの横に持ってきて腰掛けた。
546第三章 絆:02/02/05 19:52 ID:bZhbKzGV
ソニンは目を覚ました。いつの間にか眠っていたらしい。
外はすでに明るくなっていた。昨日の雨のおかげか、空気が澄んで爽やかな朝だ。
ソニンは後藤の額に手を乗せる。熱は無い。汗もかいていないようだ。
「…良かった。」
ひと安心して、ソニンは甲板に出た。大きく伸びをする。
結局、加護は戻ってこなかった。ソニンの胸に不安がよぎる。
するとその時、遠くから船に近付く数人の影があった。
ソニンは目を凝らす。そして驚愕した。
真ん中にいる女。そいつは石川が見ていた手配書に載っていた四人の内の一人だ。
こんな状態の後藤が見つかったらマズイ。
かといって、船を出すと加護が帰ってくる場所が無くなってしまう。
ソニンはある事を決意した。眠り続ける後藤に向かって優しく微笑む。
(真希さん、ゴメンなさい。少しの間、一人にしちゃいますネ…。)
ソニンは腰の刀を確かめた。とにかく、今は自分のやれる事をやるだけだ。
タン!
軽やかに船を飛び降りる。そして、全速力で駆け出した。
547第三章 絆:02/02/05 19:54 ID:bZhbKzGV
ソニンはわざと見つかる様に走っていた。女の周りにいた男たちが叫ぶ。
「小湊様!あそこに怪しい奴が!」
「追うっぺ!…あたしはルルみたいなヘマはしないっぺよ。」
今日は小湊が見回りの日だった。小湊は張り切っていた。
昨日、ルルが仕留め損なった奴がどこかにいるに違いない。
そいつを始末すれば、立場は確実に自分の方が上になる。
男たちを引き連れてソニンの後を追いかけた。

ソニンは全員ついてきた事を確認しながら、追いつかれない様に、
それでいて離れすぎない様に走った。
(…このくらいでいいかな…?)
船からはかなり離れた。恐らく、船に人がいる事には気付いていないはず。
ソニンだって腕には自信がある。だてに厳しい修行を積んではいない。
精神面の弱かったソニンだが、怪しい陰陽師の祈祷によってそれも克服した。
後藤が旅立ってからの道場のエースはソニンだった。
和田道場で旅に出るのを許されるのは一人前の剣士のみ。
それにここなら自分の力を十分に発揮できる。ソニンは林の中で立ち止まった。