穏やかな陽気と心地良い風の下、小さな舟は進んでいた。
石川が何処に向かったかは分からないが、そこは二人はのん気なもんだ。
とりあえず、同じ方向に進めば何とかなるだろう。
大胆というか大雑把というか、そんな気持ちで舟を進める。
辻と吉澤の二人は並んで大の字に寝そべっていた。
吉澤がふとある事を思い出す。
「…そーいえばさー、辻、加護から何か貰ってなかったっけ?」
「…あっ!」
辻はピョコンと飛び起きた。
そして懐から、加護から貰った携帯を取り出した。
「すっかりわすれてたのれす。あいぼんにれんらくしないと…。」
辻は急いで携帯をパッカと開く。中には紙が挟んであった。
紙に書かれた番号をプッシュする。吉澤が横から興味深そうに覗き込む。
『リンリンリン、ツーツーツー、リンリンリン、プルルルル〜、…ガチャッ。』
「つながったのれす!もしもし、あいぼん…!」
『…こちら、ミニモニ。留守番電話サービスセンターです。メッセージの…。』
「「……。」」
どうやら加護は電源を切っているか、電波の届かない所にいるらしい。
仕方が無いので辻は諦めて電話を切った。
すると、急に不安が胸に込み上げて来た。
本当にみんなと合流できるのだろうか?この方向で合っているのだろうか?
そんな辻をよそに、吉澤は相変わらずのんびりしている。
今のこの状況を理解しているのかどうか。
そんな二人の舟に、遠くから激しい水飛沫を上げながら
凄いスピードで近付く何かがいた。
辻と吉澤はその何かに気付いて身構える。
ザバーーーン!
その何かが舟に乗り上がる。二人は大量の水飛沫を浴びた。
「…プハァ!…やっと追いついたぜ…!」
その声に二人は驚き、目を丸くする。
「後藤2号!?」
「…なんだよそれー。オレにはちゃんとユウキって名前があるんだから…。」
なんと、ユウキが泳いでやって来たのだった。
辻は気になっていた事を尋ねる。
「ごとうさんは、らいじょうぶれすか?」
「ウン。いつも以上によく寝てる。あとは安静にしてさえすれば平気だと思う。」
「…よかったのれす…。」
辻は胸を撫で下ろした。吉澤が優しく肩に手を置く。
「…うん、本当に良かったね。」
「へい!」
ところが、ユウキは急に真剣な表情に変わった。
「それよりさー、行き先なんだけど、ちょっとヤバイ所らしいんだ。」
「どういう事…?」
ユウキの話はこうだった。
石川を追いかけている間にソニンはある事を思い出した。
この方向にはある島がある。石川はおそらくそこに向かっているのだろう。
そしてそこには、確か石川が手配書で見ていた海賊たちがいるはずだ。
しかも、その海賊たちはかなりヤバイ奴等だという。
「…なんかソニンが真剣な顔してたから、オレも急いで戻って来たんだ。
一回レストランまで行ったからメチャメチャ疲れたよー。」
そう言ったかと思うと、ユウキは大の字に寝転んだ。
どうやらずっと休まずに泳いで来たらしい。辻と吉澤は開いた口が塞がらない。
「…こいつもある意味、化け物かもね…。」
「へい。」
ところがユウキは平然としたもんだ。
「へん。このぐらいオレにとっちゃ朝メシ前さっ。
…そーいや、メシ食ってないよー。腹減ったよー。何か食わせろよー。」
コロッと急に、ユウキは手足をバタバタと動かしてぐずり出した。
もちろん、これには辻も大賛成だ。
「あっ!ののもっ!ののもはらへったのれす!」
(…やれやれ、保母さんってこんな気持ちかなー?)
吉澤は二人に軽く呆れながらも、食事の支度にとりかかった。
この吉澤の小舟には簡単な物くらいは作れる簡易キッチンが付いている。
「とりあえず、急ぎだろうからこんなんで…。」
吉澤は手際良く料理を済ませて戻って来た。
辻とユウキの目の前には湯気の立つ山盛りのパスタ。
すると辻は、そのパスタにドバドバとパルメザンチーズをかけだした。
ユウキが信じられないといった顔をする。
「えーっ?これにチーズってかけるかなー?」
「うるせーのれす!ぺぺろんちーのにちーずかけたっていいらろー!」
辻がキレた。食べ物に対するこだわりはハンパじゃない。
空気の読めない吉澤も、さすがにここは二人に割って入る。
「まあまあ、2号。人それぞれ好みがあるんだし。早く食べないと冷めちゃうぞ。」
「そーれすよ。いったらっきまーす!」
大きく口を開けてパスタを頬張る辻とユウキ。しかし、その動きがピタリと止まる。
「どーしたの?ちょっと辛かったかな…?」
「…よっすぃー、これあまいのれす…。」
辻とユウキはひどく不味そうな顔をしている。
(やばっ!塩と砂糖を間違えたかな…?)
しかし、吉澤は自分のNGを認めようとしない。
「違うってー、これが新しい味なんだからー。例えて言うなら…ケミストリー。」
「「……。」」
ちょうど同じ頃、加護とソニンはとある小さな島に着いていた。
後藤はまだぐっすりと寝っている。
一時は高熱を出したりして心配したが、どうやら回復に向かっているようだ。
「あっ、ウチらの船や!」
島の周りの様子を見ていると、加護がトロピカ〜ル号を見つけた。
それは小さな入り江にひっそりと停められていた。
加護は小舟を寄せて、トロピカ〜ル号に乗り移る。
もちろん、そこに石川の姿は無く、宝もすべて持ち去られていた。
「ダメや、おらへん!…上がって探すしかないわ!」
加護がソニンに呼びかけた。ソニンは頷く。
「そうね。…でも、真希さんをこのままにはしておけないニダ。」
「そやな。そんならとりあえず休めそうなトコ探してくるわ。」
「頼むニダ。ここにはヤバいヤツらがいるから気を付けて…。」
「まかせとき!ウチの逃げ足は誰にも追いつかれへんさかい。」
加護は笑顔でピース。船を飛び降り、人がいそうな所へと駆け出した。