■ テスト その1

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505第一話 師弟
(なんだよ…。そんな風に返されたって…、命と引き換えにだなんて…。
 そんなの…、そんなの迷惑だよ…!)
平家のとった行動が吉澤の胸に重くのしかかる。
吉澤は助けたなんて考えてもいなかった。当然の事をしたまでだ。
しかし、平家にとってはまさに地獄の底から救われた気持ちだったのだろう。
でもそれなら、救われた命ならどうして生きてくれない?
生きてこそ、生き抜いて笑顔を見せてくれる事こそ最高の恩返しじゃないか!
「……!」
吉澤はハッとした。
自らが犠牲になって、己の命を捨て去る事での恩返し。
それは、今まさに自分がやろうとしていた事だった。
辻の言葉が胸に響く。
長くそばにいる自分こそ、保田の気持ちを一番理解していると思っていた。
だがそれは大間違いだった。
それどころか自分が過去を引き摺ってここに居る事で、
逆に保田に辛い思いをさせていたのかもしれない。
(…あたしは、…あたしは本当にバカだった…!)
506第一話 師弟:02/01/28 23:51 ID:dKddSqkl
「…ホンマ、最後の最後で余計なマネしよって…。」
はたけが呆れ返っている。
保田は平家の目、鼻、口から流れ出ていた血を拭き取った。
(…みっちゃん、お前はバカな女だよ…。ついてく男を、愛する男を間違えたよ…。
 こんなヤツの為にウチらを裏切って、本当に幸せだった?)
保田は平家の開いたままの目蓋を閉じて、そっと床に寝かせた。
はたけはそんな平家の姿を見ても薄ら笑いを浮かべたままだ。
「まあえーわ、今まで良う働いてくれたで。散々、楽しませてもろたしな。」
(この外道がっ…!)
保田は片足ではたけに向かって飛び掛かった。
そして残った右足で強烈な回し蹴りを繰り出す。
ドゴオッ!
はたけはかろうじて盾で防いだ。しかし、大きくバランスを崩す。
絶好のチャンスだ。しかし…
着地した保田は床に寝転んだまま。当然だ。片足のみで連続の攻撃が出来るわけが無い。
なんとか体勢を立て直したはたけが保田の顔を踏みつける。
「ハハハッ!これでお終いや!この船はオレのもんや!」
507第一話 師弟:02/01/28 23:54 ID:dKddSqkl
(…くそっ!コイツだけは…、コイツだけは絶対に許せない…!)
保田は歯軋りをした。しかし、今の自分ではさっきの一撃が精一杯だ。
その時、吉澤がゆっくりと立ち上がった。
「…もうこれ以上、この船の、オバチャンの…、…あたしの夢を邪魔するな!」
吉澤の中で何かが切れた。一気に間合いを詰める。
保田を人質にしてはたけは油断していた。
ドゴオッ!
しかし、吉澤の鋭い蹴りもはたけの盾に防がれた。
一瞬、ホッとするはたけ。ところが…
ドゴッ!ドゴッ!
吉澤は盾の上から何度も蹴りを叩き付ける。はたけの反撃を許さない。
そんな力で蹴り続けると足は粉々に砕けてしまう。しかし、吉澤は構わない。
(…なんやコイツは…、頭おかしいんか…?)
はたけが不気味な恐怖を感じたその時だった。
ドゴッ!
はたけの盾の防御が腕ごと弾かれた。
(…しまっ…!)
ベキッ!
「…ほげっ!」
吉澤の渾身の蹴りがはたけの顎を砕いた。
508第一話 師弟:02/01/28 23:57 ID:dKddSqkl
はたけは両膝を付いた。脳が揺れて足腰が立たない。
(…とどめ…!)
ところが、吉澤も膝からガクンと倒れ込んだ。
はたけにいいように殴られ、頑丈な盾の上から何度も蹴るという無茶をした。
その体はボロボロだ。両足の骨も折れているかもしれない。
「…うおおおーっ!オゲふぁ…オゲふぁ負げふぇんご!」
はたけが雄叫びをあげた。口からは歯が零れ落ち、大量の血が流れ出ている。
震える足を押さえて立ち上がった。そして吉澤に襲い掛かる。
(くそっ!あと一撃…、あと一撃でいいんだ…!)
その時、吉澤の目の前に吹く小さな一陣の風。
「ぷにぷにのー、はらーーー!」
ボッカーーーン!
辻の強烈な体当たり!はたけは遥か彼方へと吹っ飛んだ。
509第一話 師弟:02/01/29 00:00 ID:amWrMi9L
バッシャーーーン!
遠く離れた海に落ちたはたけ。重たい鎧を身に着けている為、うまく泳げない。
なんとかもがいて船らしき物にしがみついた。
「…ゼェ、ゼェ、…だぐがっだ…。」
「…お前の顔なんてー、見たくないって言わなかったっけー?」
はたけは驚愕した。この気だるい声は、よりによってこの女の船とは…!
「…あがが…!」
はたけは助けを請うが恐怖と砕けた顎のせいで言葉にならない。
浜崎は無表情に長剣を抜いた。
トンとはたけの胸を突く。そして鞘に戻した。
その場を立ち去る浜崎。
(…フフッ、詰めが甘いねー…。)
バン!
はたけの肉体は鎧ごと粉々に弾け飛んだ。あとは小魚たちの餌となるだけだ。
510第一話 師弟:02/01/29 00:04 ID:amWrMi9L
数日が過ぎた。
あの海兵たちに罪は無い。保田はそう言って彼らに食事を与えた。
海兵たちは涙を流しながら感謝の言葉を繰り返した。
平家の亡骸は小舟に乗せ、火を付けて海へと流した。
すべての事を保田はテキパキと処理した。
それはまるで、その深い悲しみを紛らわしているかのようだった。
吉澤の体は順調に回復していた。幸い、足の骨は何ともなかった。
体の丈夫さだけならもうアタシ以上だな、と保田は軽く笑って呆れていた。
辻が何度も顔を出していたが、一人で過ごす時間がほとんどだった。
色々な事を考え、思い出していた。
辻の言葉。平家の姿。そして、保田と過ごした二人での日々…
「…よしっ!」
吉澤はある決心をして、ベッドから飛び起きた。
511第一話 師弟:02/01/29 00:06 ID:amWrMi9L
その日の真夜中の事だった。
辻と吉澤の二人は吉澤用の小舟に乗り込んでいた。
吉澤がいそいそと船出の支度をしている。
辻があくびをしながら吉澤に尋ねた。
「…ふぁ〜。よっすぃー、ほんとになにもいわないれいいのれすか?」
「へへっ、なんか別れの挨拶って照れ臭いじゃん…。」
吉澤は手を休めずに答えた。その時だった。
「…おい、吉澤!そこにいるの?」
明かりを持った保田が姿を現した。吉澤の手が止まる。
「…まったく、部屋にいないと思ったら…。」
「…あのさ、オバチャン。今まで本当に…。」
「何言ってんだよ?さっさと行って来い!」
(えっ…!)
512第一話 師弟:02/01/29 00:08 ID:amWrMi9L
「お前、まだまだ料理ヘタクソだからさー。アタシが“ごなつよ”料理してやるよ。
 だから絶対、見つけて来い!それまで帰ってくんじゃないよ!」
「…オバチャン…!」
吉澤の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
今まで抑えてきた感情が一気に溢れ出てきた。
辻が嬉しそうに保田に向かって手を振る。
「ののも、またきていいれすか?おばちゃん!」
「お前まで言うなっ!アタシはまだ21だっ!…まあいっか、またおいで。
 うまいもん腹一杯、食わせてやるよ!」
「わーい!おばちゃん、ありがとう!」
「…あのなー、…もういいや。…吉澤の事、頼んだよ。
 こいつバカだから世話かけると思うけど…。」
保田のその目にも涙が浮かんでいた。
「…オバチャン!いって来ます…!」
「おう!いって来い!」
辻と吉澤の二人は小舟を出した。
自分の夢はもう自分一人だけのものじゃない。
絶対にこの手で掴んで帰って来る。吉澤はそう強く心に誓っていた。

第三章 第一話 完