■ テスト その1

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496第一話 師弟
「…あたしのせいでオバチャンは夢を諦めたんだ…。
 それなのにあたし一人で夢なんか見れるかよ!」
(…このバカ…!)
保田は顔を伏せた。
レストランの従業員の誰もが初めて耳にした。
吉澤と保田の間にはこんなにも壮絶な過去があり、何物にも代え難い強い絆が存在する事を。
辻はボロボロと涙を流しながら、首を左右にブルブルと大きく振った。
「…れもののは、それはちがうとおもいます…!」
「なんだと、お前なんかに何が分かる!?」
吉澤は辻を睨み付けた。辻もその迫力に負けないくらいの強い視線で答える。
「ゆめをあきらめた、…あきらめるしかなかったおばちゃんらからこそ、
 よっすぃーにはゆめをあきらめないれほしいんらとおもいます…!
 ゆめをかなえてほしいんらとおもいます!」
辻は飯田圭織と小川麻琴の事を思い出していた。
本当は二人と離れたくなかった。ずっと一緒にいたかった。
しかし、彼女らには夢があった。
それを叶える為にはどうしても別れなければならなかった。
そしてさっきの後藤真希。
悔しいけれど、最初からなんとなく勝敗は分かっていた。でも止めなかった。
自分のせいで諦めないで欲しいから。夢を叶えて欲しいから。
本当に大切で、大好きな人たちだから…
497第一話 師弟:02/01/26 23:44 ID:89oQQBb8
「……!」
吉澤はショックだった。ついさっきの辻と後藤の姿を思い出す。
何度も何度も倒されながらも諦めなかった後藤真希。
そして、そんな後藤の姿を必死の思いで見守り続けた辻。
(…なんだよ。そんな事言ったってあたしには…。)
吉澤にも辻の言う事は痛いほどよく分かる。でも自分には…
その時、保田が顔を上げた。
「…本当にバカだね、お前って…。」
(オバチャン…?)
吉澤を見つめるその瞳は情けなくて呆れ返っている。
「悪いけどさー、吉澤。アタシ、足手まといって大っ嫌いなんだ。
 アタシがお前の足枷になってるなら、こんなチンケな命、アタシはいらない…!」
(…オバチャン、何を…!?)
保田は首だけを動かして平家を真っ直ぐに見つめた。
「みっちゃん!引き金を引け!アタシの命、くれてやる!」
498第一話 師弟:02/01/26 23:47 ID:89oQQBb8
「オバチャン!止めろ!…ウグッ!」
はたけの強烈な盾の一撃で、吉澤は二人の海兵共々吹っ飛んだ。
「…茶番は終いにしようや。コイツはどーやらワレが痛めつけられるより、
 保田がやられる方が堪えるらしいな。平家、望み通りしたれや…。」
(…くそっ!)
吉澤は体が動かない。本調子ではないとはいえ、はたけにあれだけやられれば当然だ。
平家の銃を持つ手が震えていた。
「…どうしたの、みっちゃん?アイツを自由にしてやってくれ…。」
「何しとるんや、平家!?はよせんかい!」
ゴトッ。
平家は銃を床に落とした。その顔は涙でグショグショになっていた。
「…出来ません!…裏切ってもーたけど、仲間を殺すなんて出来ません…!
 それによっすぃーは命の恩人や、恩を仇で返すような真似は出来ません!」
「みっちゃん…。」
「平家!お前、オレを裏切るっちゅーんか!」
平家ははたけに懇願した。
「はたけさん、もう止めにしよ。他の船すぐに見つけるから…。この船だけはもう…!」
499第一話 師弟:02/01/26 23:49 ID:89oQQBb8
「…そんなん、オレが聞くとでも思うんか?」
「はたけさん…!」
「残念やで平家。オレの命令を聞かへんヤツは殺すしかないなー。皆殺しや!」
はたけはそう言うと、巨大な盾を床に置き、そこから弦楽器のような物を取り出した。
保田はそれに見覚えがあった。
(…まさか、またアレか!?ウチらの大切な仲間の命を奪ったあの毒ガス…!)
はたけは弦楽器を構えた。
それには六本の弦が張られてあり、ボディには一つの丸い穴が空いて入る。
「平家、マスクを捨てるんや…。」
はたけはこの毒ガスを何度か使っていた。その威力は巨象をも数分で死に至らしめる。
効かなかったのはつい最近の一人だけ。
だが相手は化け物だ。何故生きていたかは考えたくもない。
その為、はたけに従う海兵たちは全員、ガスマスクを所持していた。
平家はそっとマスクを床に置いた。海兵たちは一斉にマスクを身に付けた。
500第一話 師弟:02/01/26 23:52 ID:89oQQBb8
「…死ねや!」
はたけはマスクを付けて弦楽器を弾きだした。激しく荒れ狂う死の旋律。
弦楽器のボディの穴からもの凄い勢いで紫色のガスがもうもうと吹き出てくる。
辻は稲妻の速さで吉澤を捕まえていた二人からマスクを奪った。
一つを動けない吉澤の顔に付ける。そして、もう一つを保田の方に投げた。
しまった。自分の分が無い。
「ろうしましょう、ろうしましょう…。」
オロオロする辻。
ふと、その足元にマスクが転がって来た。
「たすかったのれす…。」
辻は急いでそれを拾って身に付けた。
レストランの客や従業員は海に飛び込む者、船の後部に逃げる者と様々だった。
501第一話 師弟:02/01/26 23:55 ID:89oQQBb8
いったいどれだけの時間が過ぎたのだろう?
視覚を奪われ、聴覚を大音量の楽器で刺激される。
これだけで参ってしまっても不思議でない。
この場にいる誰もが時間の感覚を失っていた。
はたけの演奏が止んだ。
やわらかな海風が吹いた。
立ち込めるガスを運び去る。徐々に視界が開けてきた。
「…離せ!みっちゃん…!離せ!」
保田の声がする。吉澤はほっとした。しかし、目にした光景に吉澤は驚く。
「平家さん…!?」
なんと平家が自分の分のマスクを保田の顔に押し当てていた。
そして渾身の力で保田を押え込んでいる。
どうやら辻が投げたマスクはそのまま投げ返したようだ。
あの毒ガスの地獄の中で何も付けずに耐えていた。
502第一話 師弟:02/01/26 23:58 ID:89oQQBb8
「…ゴフッ…!」
平家が口から大量の血を吐き出し倒れ込んだ。
「みっちゃん!」
保田は平家を腕の中に抱き抱えた。
吉澤が痛む体で這いずって、二人の元へとやって来た。
「平家さん…!」
平家の顔色はみるみる悪くなる。息も絶え絶えに言葉を絞り出した。
「…よっすぃー…、…これで借りは…、返せたかな…?」
「……!」
吉澤は言葉を失った。
(借りってまさか、たかがあのくらいの事で…?)
「みっちゃん、もう喋るな!」
平家は声を頼りに保田の顔を見た。しかし、その焦点は定まっていない。
最後の力を振り絞って保田にしがみ付いた。
「…圭ちゃん、…ホンマにゴメン…。…みんなに、みんなに謝りたかっ…、ゴボッ!。」
「みっちゃん!」
「平家さん!」
「……。」
二人の呼びかけにはもう応じない。平家は息を引き取った。