■ テスト その1

このエントリーをはてなブックマークに追加
483第一話 師弟
(…フフッ、コイツ…。)
保田はある決心をした。
立ち上がり、側にあった二つの袋の内、大きい方を手にした。
「この岩山は下から反り返るようになってるから、降りたら絶対に戻れない。
 だからじっと助けを待つしかないね。その袋に食糧が普通に食べて五日分くらいは
 入ってるから、それまでなんとか食い繋ぐんだよ。」
「なんだよー、そっちの方が大っきいじゃん。」
「生意気言うんじゃないよ。そんな事言ってると、お前食っちまうぞ。」
「……。」
吉澤の身が縮こまる。初めて会った時の鬼の形相を思い出す。
ところが保田はカラッとした笑顔をしていた。
「バカ、冗談に決まってるだろ。」
「…全然、冗談に聞こえないんだけど。顔、恐いから…。」
「フン、それだけ軽口叩けるようなら大丈夫だね。それじゃアタシは反対側の
 方見てるから、船が来たらちゃんと知らせるんだよ。」
そう言い残すと、保田は大きな袋を担いで岩山の反対側へと姿を消した。
484第一話 師弟:02/01/24 18:23 ID:yfpAq78K
吉澤はまだ起き上がれない。しかし、元々楽観的な性格だ。
五日分の食糧がある。切り詰めれば二十日分くらいにはなるだろう。
それに幸い、あの嵐の日に出来たのだろう。水溜まりには豊富に水があった。
これだけあればなんとかなる。そのうちきっと船は通る。必ず助かる。

ちょうど十日が過ぎた頃、小さな嵐がやって来た。
その雨の中、かなり遠くの方に一隻の船影が見えた。
吉澤は大きな声で船を呼ぶ。しかし、雷にその声は掻き消された。
船の帆の切れ端を大きく振った。しかしドス黒い雲と雨で見えているかどうか分からない。
結局、その船は岩山に立ち寄る事無く去っていった。
485第一話 師弟:02/01/24 18:25 ID:yfpAq78K
あっという間にひと月が過ぎた。
見渡す限りの水平線にはあの日以来、船の影一つ見える事はなかった。
食糧はすでに食べ尽くした。最後の方はカビが生えていたが、構わず口にした。
激しい空腹が吉澤を襲う。
(…せめて水だけでも…、腹を満たさないと…。)
しかしあれ以来、一滴の雨も降っていない。
水溜まりの水は確実に無くなりつつあり、少しイヤな匂いがし始めていた。
そんなの気にしてる場合じゃない。吉澤は両手で水を汲み上げた。
486第一話 師弟:02/01/24 18:28 ID:yfpAq78K
岩山の反対側では保田も激しい空腹に襲われていた。
苦しい、これだけ待っても船は来ない。もう二度と通らないのでは?
とっとと死んでしまった方がどれだけ楽になれる?
後ろ向きの考えばかりが頭をよぎる。
(…イヤ、ダメだ!)
保田はそんな気持ちを振り払うかのように激しく頭を振った。
(諦めちゃいけない!アイツが助かるのを見届けるまでは…!)
吉澤は保田の夢を笑わなかった。
それは保田にとってあの仲間たちと同じ存在である事を意味した。
自分の命と引き換えにしてでも守ってやりたい存在。
しかし、今のままでは確実に餓死してしまう。それでは何の意味も無い。
保田は心を決めた。自分の左足を愛しそうに優しく撫でる。
(…フフッ、今までお疲れ様…。所詮、夢は夢だったってね…。
 …サヨナラ、アタシの青春時代…!)
保田は鋭く尖った岩を両手で抱え上げた。あの仲間たちの顔を思い出す。
…1…
大きく岩を振り被り上げた。
(ゴメンみんな、こうするしかなかったんだ。もうみんなと踊れないね…。)
…2…
自分の左足に狙いを定めた。
(でも後悔なんてしないよ。あんな夢なんかより、ずっとずっと大切だから…。)
…3!

グシャッ…!
487第一話 師弟:02/01/24 18:30 ID:yfpAq78K
さらに半月が過ぎた。一向に船の通る気配は無い。
苦しい。当然だ。水だけでもつ訳がない。
肉は削ぎれ落ち、頬はこけてゲッソリと痩せ細っていた。
(もうだめだ。死ぬ…。)
吉澤は諦めかけていた。その時ふとある事を思い出す。
確か保田の持っていた袋は自分の物より倍の大きさはあった。
もしかしたら、まだ少しくらいは残っているかもしれない。
簡単に分けてくれるとは思えないが、何もしないで死ぬよりはましだ。
いざとなったら殺してでも…
吉澤は保田が歩いていった方向にフラフラと歩き出した。
488第一話 師弟:02/01/24 18:33 ID:yfpAq78K
吉澤が岩山の反対側に着いた時、保田は海に向かって座っていた。
その後ろには大きな袋がそのまま残っていた。
(どういうこと?全然中身が減ってない…。)
吉澤は保田に気付かれない様に袋に忍び寄り、それを開けた。
「……!」
中には宝石や貴金属、宝物がギッシリと詰まっていた。
「…笑っちまうだろ?それだけの宝があっても何も食えないなんて…。」
保田はとっくに吉澤に気付いていた。しかし振り返ろうとしない。
「…そんな、あれで、あたしので全部だったの…?」
「…そうだ。」
「じゃあ、どうやって今まで…?」
吉澤は保田の正面に回り込んだ。そこで吉澤は信じられない光景を目の当りにした。
「…まさか、自分の足、…食ったのかよ!?」
保田の左足は膝から下がすっかり無くなっていた。
船の帆の切れ端を包帯代わりに無造作に巻き付けていた。
吉澤は保田にしがみつく。
「なんで…、なんであたしなんか…!?」
「…お前は笑わなかっただろ。だからさ…。」
たったそのくらいの事で?吉澤には理解が出来ない。
「…夢は、あの夢はどうすんだよ!?」
吉澤の瞳からは大粒の涙が溢れ出ていた。
そんな吉澤に、保田はこれ以上無いというくらいの最高の笑顔で答えた。
「身の程知らずな夢見てたから、きっと神様がお仕置きしたんだ…。
 だから吉澤、気にすんな!」
489第一話 師弟:02/01/24 18:37 ID:yfpAq78K
二人が奇跡的に救出されたのはそれから二日後のことだった。
十日目の嵐の日に現れた船に吉澤の思いは確かに届いていた。
助けられた船の上で保田は吉澤に話した。
海のど真ん中にレストランを作る。
金持ちだろうが貧乏人だろうが、そんなの関係ない。
腹を空かせたヤツにいつでも腹一杯食わせてやる。
アタシの新しい目標だと。
それに吉澤はついて来た。
保田圭という人物。
このとてつもなく大きな命の恩人と、彼女の新しい生き甲斐である
真新しいレストランに自らの一生を捧げんが為に。