■ テスト その1

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474第一話 師弟
時は三色の終わりまで遡る。
海は荒れていた。叩き付けるような雨が降り、風はますます強くなるばかり。
まるで今の自分の気持ちを表わしているようだ、と保田は思った。
大戦の戦場から帰る船の上で保田はイライラしていた。
なぜあそこで海軍の船団が現れる?二人の決着はどうなった?
いや、それだけではない。
自分は結局、何一つ出来なかった。
安倍を止める、と中澤の前で大見得を切って出て来たのに、
止めるどころかあそこまでやらせてしまった。
そして、最後は自分まで中澤に助けられた。
己の無力さに腹が立って仕方がなかった。
そんな保田に見張りの男が声をかける。
「保田様、前方に商船が見えます!いかがいたしましょう?」
「…やるよ!船を寄せろ!…アタシ一人でやる。」
「は、はいっ!」
いつもの保田からは考えられない言葉だった。
しかし、今の保田は何かをしていないと気が狂いそうだった。
この憤りの捌け口を略奪という、普段は忌み嫌う行為で誤魔化そうとしていた。
475第一話 師弟:02/01/23 18:36 ID:+ukI9Kb7
保田に狙われた商船の厨房に一人の娘。がいた。
その娘。はなにやら楽しそうに力説している。
「…だから本当にいるんだってー、“ごなつよ”はー。絶対、“グランドライン”の
 どっかに世界中の魚が集まる“オールブルー”って海があって、
 そこに“ごなつよ”は棲んでるんだよ。」
周りのコックたちは半ば呆れ気味だ。一人のコックが笑う。
「ハハハッ、またその話かよ。そんなバカみたいなことばかり言ってんじゃないぞ。」
「お前、人の夢を笑うな!」
笑われた娘。はそのコックに掴みかかる。周りのコックたちがそれを止める。
「やめろ、吉澤!」
「だって、こいつが…!」
「いいかげんにしろ!確かに“オールブルー”は俺たち海のコックの憧れだ。
 だけどもっと現実を見ろ!お前、料理の腕が全然上がってないじゃないか!」
「……。」
それを言われると吉澤は何も言い返せない。
吉澤は料理をするよりも、厨房から出て女性たちに声をかけている方が多かった。
476第一話 師弟:02/01/23 18:38 ID:+ukI9Kb7
その時だった。
「大変だ!海賊だ、海賊船が近付いてくる!」
甲板から大きな叫び声がした。
それから数分もしない内に、今度は怒声と罵声、
甲板を力強く踏みしめる足音が聞こえた。甲板は戦場と化しているようだ。
「…くそっ!」
吉澤は我慢できない。甲板に駆け上がった。
「……!」
すべて終わっていた。甲板の上では用心棒たちが全員倒されていた。
あまりにも決着が早過ぎる。どうやら相手のレベルが違うらしい。
相手は何人いる?吉澤は周囲を見渡す。
「…まさか!?」
大きく揺れる船、どしゃ降りの雨の中、甲板に立つのは一人の娘。のみ。
雷が鳴り響く。その娘。が吉澤に振り返る。
「……!」
その眼光は怒りに満ち溢れていた。見つめられただけで大抵の者は振るえ上がる。
吉澤も圧倒的な迫力に恐怖を覚えた。凍り付きそうだった。
これが吉澤ひとみと保田圭の初めての出会いだった。
477第一話 師弟:02/01/23 18:42 ID:+ukI9Kb7
「なんで!?なんでこんな事するの!?」
吉澤が保田に向かって叫んだ。海賊相手にこんな質問もないだろう。
しかし吉澤は保田から、普通の海賊とは違う何かを微妙に感じ取っていた。
「…まだ戦えるヤツがいたの?いいよ、相手してあげる。」
「……!」
敵う訳がない。手練の用心棒たちをあっという間に倒した娘。だ。
吉澤の足は震えていた。しかし…
「こんなの、こんなの間違ってる…!」
吉澤は保田に向かって走り出した。保田は両腕を組んだままだ。
ドッ!
「うぐっ!」
保田の蹴りが吉澤の腹に突き刺さる。吉澤は甲板に転がった。
ガッ!
保田が倒れた吉澤の頭を蹴り上げた。
「…何も間違っちゃいない。今の世の中、力を持つ者しか何も言う資格が無い。
 だから無力な者は何もかも諦めるしかないんだ…。」
保田は悲しい瞳をしている。その言葉はまるで自分に言い聞かせているかのようだった。
478第一話 師弟:02/01/23 18:46 ID:+ukI9Kb7
「…そんなの納得がいかない…。」
吉澤は激しい痛みに耐えながら言葉を絞り出した。
最初の蹴りでアバラの何本かは折れているだろう。
保田はそんな吉澤を無表情に冷めた目で見下す。
「確かに強くなけりゃ生き残れないよ!だけど弱いモンだって必死で生きてるんだ!
 あたしだって弱いよ…。でも絶対に諦めたりしない!あたしには夢があるから…!」
「……!」
保田は思い出した。
かつては自分もどうしようもなく弱かった。しかし、夢があった。
それを叶える為に懸命になって努力した。そのおかげで今の力を手に入れた。
一連の出来事のせいですっかり忘れかけていた。その夢はまだ叶えられていない。
(…こんなガキに説教くらうなんてね…。フフッ、情けない…。)

479第一話 師弟:02/01/23 18:49 ID:+ukI9Kb7
その時、波が一段と高くなった。船が横倒しになるくらい大きく揺れる。
吉澤は何かに掴まろうとするが激痛で体がうまく動かない。
「あっ!」
吉澤は海に投げ出された。
「…くそっ!」
バキッ!
保田はこの商船のマストを一発の蹴りでへし折った。
そしてそれを抱えながら、自らも吉澤の後を追って海に飛び込んだ。

海はただただ荒れ狂うばかりだった。
480第一話 師弟:02/01/23 18:53 ID:+ukI9Kb7
吉澤は目を覚ました。いったいどのくらい眠っていたのだろう?
「…ここは?」
「…フン。やっとお目覚めかい。」
吉澤はその声に驚いた。体を起こそうとする。
「…痛っ!」
吉澤の体に激痛が走る。まだ骨はくっついていない様だ。
「まだ動ける訳ないだろ。誰の蹴りをもらったと思ってんの?」
保田は呆れた様子で吉澤を見つめる。
吉澤はなんとか首だけ起こして辺りを見渡した。
辺りは何もない岩場。どうやら海のど真ん中にある岩山のようだ。
船の破片らしき木のくずや、布の切れ端が散乱している。
「ここに打ち上げられたのはアタシとお前の二人だけだ。」
「…それじゃあ、他のみんなは…?」
「分からない。助かったかもしれないし、そうじゃないかも。
 まあ、この有り様を見たら大体予想はつくけどね…。」
(…そんな、そんなことって…。)
481第一話 師弟:02/01/23 18:54 ID:+ukI9Kb7
「…あのさ、お前の夢ってヤツ、聞かせてくんない?」
保田は吉澤の目を真っ直ぐに見ている。
あの時の恐怖を与える視線ではない。とても優しい眼差しだった。
吉澤は自然と、すんなりと話し始めた。

「…ふーん、いいね。すっごく大きな夢だ。」
吉澤が話し終えた時、保田はなにやら楽しそうに晴れやかな顔をしていた。
「ねぇ、アタシの夢ってヤツ、聞きたい?」
「…ううん、別に…。」
ゴツン。
保田が吉澤を殴り付けた。
「痛いなー、何すんだよー。」
「たった二人っきりなんだ。少しくらい話し相手になれよ。」
(…もー、なんだよこのオバチャンはー…。)
普段の保田なら自分からこんな事など話はしない。
今のこの状況で少しおかしくなっていたのかもしれない。
少しでも気を紛らわしたかったのか、ゆっくりと話し始めた。
482第一話 師弟:02/01/23 19:05 ID:+ukI9Kb7
保田の夢。
それは歌って踊れる踊り子になる事だった。それも世界トップクラスの。
偉大な海賊王はその強さや人徳もさる事ながら、同時に世界一の
歌い手、踊り手としても知られていた。
保田はそんな海賊王に憧れて、懸命の努力の末、彼の船に乗る事を許されたのだった。
吉澤はその保田の話を聞いて瞳を輝かせている。
「へー、かっけーじゃん。」
「…笑わないの?」
「なんで笑うのさ?人の夢を笑う奴は絶対に許せないよ。」
「……!」
保田は嬉しかった。保田の夢を聞いたほとんどの者が笑っていた。
あの船の幹部たち、はたけだってそうだ。お前なんかには絶対に無理だと。
笑わなかったのはほんの一握り、海賊王とあの仲間たちだけだった。
海賊王は保田の実力を認めつつあったが、はたけたち幹部の猛烈な反対を抑えきれず、
不本意にも保田を料理番としてしか船に乗せておくことが出来なかった。
しかし、保田は決して諦めたりはしなかった。
与えられた仕事もキッチリとこなしながら、毎日、夜遅くにも鍛錬は怠らなかった。