先手必勝。吉澤が海兵の群れに飛び込む。
ドカッ!
ズダダダーン!
一番手前の海兵に前蹴りを食らわす。そいつ共々、数人が将棋倒しになった。
右横から海兵が吉澤を切り付ける。
吉澤はそれを軽やかなバックステップでかわし、
右足かかとで相手の右こめかみに鋭い後ろ回し蹴り。
ゴッ!
海兵は崩れ落ちた。海兵たちに微かな動揺が広がる。
「クソッ!」
吉澤の正面から別の海兵が突きを繰り出す。吉澤は上体を反らしてかわす。
周りから一度に数人の海兵が襲い掛かる。
吉澤はそのまま後ろに手を付いて逆立ちの状態。
そこから両手を軸に長い両足を広げて回転した。
ズバババッ!
「「グワッ!」」
海兵たちは吉澤を中心とした大きな円の形に倒れた。
「…よっすぃー、つよいのれす。」
辻はなんとなく吉澤の動きに見覚えがあった。
軽やかな身のこなし。踊るようなステップ。
そうだ、加護の村で戦ったアヤカに似ている。
しかし、アヤカよりも数段、ダイナミックで力強い。
はたけはある娘。の昔の姿を思い出す。
「…そうか!保田、お前の技か…!」
「フン。教えたのは、ほんのさわりくらいだけどね。」
その通りだった。
海賊王の船ではほとんどの者がなんらかの武器、或いは特技を持っていた。
そんな中、保田の技は日頃の鍛練から繰り出される体術だった。
“黄色”時代に保田はアヤカにそれを教え、その後、吉澤にも伝えた。
それから吉澤は一人で特訓を繰り返し、技を磨き上げたのだった。
「ののもまけないれすよ!」
辻が海兵に飛び掛かる。海兵が横に大きく剣を薙ぎ払う。
それを素早く身を屈めてかわし、懐に潜り込む。
ズン!
辻のこぶしが海兵の腹に食い込む。
海兵の体がくの字に折れ曲がって崩れ落ちた。
その勢いで続けて二、三人の海兵を倒した。
すると、いつの間にか周りをぐるりと取り囲まれている。
「……。」
以前の辻ならパニックだったかもしれない。
しかし、今の辻は動じない。後藤、今の吉澤と数人相手の戦い方を見てきた。
辻の吸収力はまるでスポンジのようだ。
元々が真っ白な上に、生来の素直な性格が加わり驚くべき成長を促す。
鋭い動きで慌てず確実に倒していく。辻のスピードには誰もついていけない。
(へー、あいつ、なかなかやるじゃん。)
吉澤は素直に感心した。
あんなに小さな辻が海兵数人を相手にしている。
(だてに“グランドライン”は目指しちゃいないってことか…。)
吉澤も次々と海兵たちを倒していく。
二人だけでほとんどの海兵を戦闘不能にした。
「…クソッ!お前ら、小娘。二人に何しとるんや!しっかりせんかい!」
はたけは苛立ちを隠せない。
最初から海兵たちは空腹だった。本当の実力は発揮出来ない。
いや、それを考慮してもこの二人の娘。は強い。
残りの海兵たちは明らかに戦闘意欲を失っていた。
(…あとはあいつを倒すだけ…。)
吉澤ははたけと対峙する。鋭い視線ではたけを睨み付けた。
「お前は絶対に許せない!」
吉澤が一気に間合いを詰めた。保田が叫ぶ。
「吉澤、待て!」
ドゴオッ!
吉澤の右回し蹴りがはたけの腹にヒットした。しかし…
「…うあっ!」
蹴りを入れた吉澤の方が倒れて転がった。右足を押さえている。
はたけは余裕の笑みを浮かべながら着ていた服をひきちぎった。
その下には全身、鋼鉄の鎧を身に纏っていた。
「ハハハッ、そんな蹴りでオレに勝てるとでも思ったか?
オレは今まで戦場で傷付いたことは無いんや。」
「…くそっ!」
保田は知っていた。はたけは海賊王の船で戦闘の中心メンバーだった。
頑丈な鎧を生かした突破力は凄まじく、
その守備力で敵の攻撃から何度も海賊王の身を守った。
(…なのにどうして、どうして裏切ったんだ…!?)
はたけは背中に背負った、これまた大きく分厚い鋼鉄の盾を手に取り構えた。
「…死ね!」
ドシュシュッ!
はたけの盾から無数の短い槍が飛び出す。
吉澤は横に転がって槍をかわした。
まだ足が痺れている。だが、幸い折れてはいないようだ。
辻がはたけに向かって走り出す。
はたけが今度は辻に盾を向けて槍を放つ。辻はそれを側転でかわした。
(ガラ空き!)
吉澤は痺れる足をなんとか抑えて、一気にはたけとの間合いを詰めた。
ゴッ!
「…がっ!」
吉澤の蹴りがはたけのむきだしの顔面にヒットした。
はたけは片膝を付いた。海兵たちと同様にはたけも何日も何も口にしていない。
本来のパワー溢れる攻撃は鳴りを潜め、動きも緩慢だ。
(とどめだ…!)
吉澤ははたけの脳天にかかとを叩き付けようと、高々と足を振り上げた。
その時だった。
「やめろ、よっすぃー!これを見るんや!」
吉澤は横目で声のした方をチラッと見た。そしてゆっくりと足を下ろして向き直った。
「どういうつもりだ、平家さん!?」
平家がいつの間にか保田に近付き、義足を折って床に倒していた。
その頭には銃口が突き付けられている。
「…落ちる所まで落ちちまったね、みっちゃん…。」
保田は憐れむ様な目で平家を見つめた。
平家は保田と視線を合わせようとしない。
「…もう戻られへんねん。ウチはあの人がやられる所は見たない。…頼むわ。
この船を譲ってくれんか?そしたらウチらはもう何もせーへんさかい…。」
「…虫が良すぎんじゃない…?」
「そーやな、保田。確かにそれは虫が良すぎるわ…。」
ゴッ!
はたけが吉澤を盾で殴り飛ばした。
「はたけさん!?」
はたけは立ち上がった。鼻が折れているらしく、鼻血が止まらない。
「ここまでコケにされて許せるかいボケ!コイツは絶対に殺すんや!」
「お前ら、そいつを押さえとれ!」
はたけが海兵に命令した。吉澤を海兵二人が両脇からガッチリと捕まえる。
吉澤は今の一撃で口の中を切ったのか、口から血を吐き出した。
ゴッ!
はたけがもう一度、吉澤を盾で殴り付けた。
吉澤ははたけを睨みつける。しかし、保田の事を考えると手も足も出せない。
「…なんやその目は?じっくりいたぶって、それから殺してやるからな!」
はたけは何度も吉澤を殴りつけた。吉澤は両手のこぶしを強く握り締めている。
「よっすぃー!」
辻がはたけに飛び掛かる。
ドゴッ!
はたけはかろうじて辻のこぶしを盾で受け止めた。
「おい!圭ちゃんがどないなってもえーんか!?」
平家が叫ぶ。しかし、辻は構わず再びはたけに飛び掛かる。
「やめろ!やめてくれ!」
吉澤の悲痛な叫びだった。辻の動きが止まる。
「なんれれすか!?このままらとよっすぃーが、…ゆめはろうするんれすか!?」
「…そんなのどうだっていいんだ!この船さえ、オバチャンさえ無事だったら、
あたしの体なんて…、夢なんてどーだっていいんだよ…!」