「…あいぼん。」
「うん。」
辻と加護の二人は吉澤の後を追いかけた。
後藤のテーブルにいた三人は、椅子ごと倒れている。
石川がユウキを助け起こす。
「大丈夫〜?」
「…イテテテ、なんなんだよ?この店は…。」
ユウキの懐からこぼれ出したのか、大量の写真が床にばら撒かれていた。
その内の一枚に石川が気付く。
手に取り、じっと凝視する。その表情は険しい。
「ああ、それさ、手配書っつって、そいつらやっつければ
そこに書いてある金額が貰えんだ。おもしろいだろ?
…今、見てんのは最近また暴れ出したヤツらみたいだね。」
その時、やっと後藤が目を覚ました。
「…んあー、あれー?なんであたし倒れてんのー?」
体を起こして周りを見渡す。保田の姿が視界に入った。
(あれっ?あの人…。)
hozen
吉澤と平家はレストランの裏手にいた。
平家は涙を流しながら、ベーグルとゆで卵をむさぼっている。
吉澤はやさしくそれを見守っている。
「あははは、あんまり急ぐと喉に詰まるよ。」
「…ン、ンググッ…!」
平家は喉を詰まらせた。
「わっ、言わんこっちゃない。すぐ水持ってくるから待ってて…。」
その時、スッとグラスに入った水を差し出す手。
辻だった。
平家はグラスを奪うように手に取り、一気に喉に流し込んだ。
「めっちゃ腹空かしとるモンに、んなモサモサしたモン食わすなや。」
加護が吉澤に突っ込む。
吉澤はテレ笑い。
「へへっ、そうだったね。うっかりしてた。」
平家は食べるのを止めた。まだ半分残っている。
吉澤が気を使う。
「あれっ?もしかして、口に合わなかった?」
「…ううん、ちゃうねん。こんなに美味いベーグル初めてやわ。
せやから、あの人にも食べさせてやりたいねん…。」
平家はもったいなさそうに食べかけのベーグルを見つめた。
「ホンマにありがとう!この借りは絶対返すから。」
「…そ、そんなのいいよー。当たり前の事しただけだから…。」
吉澤は照れくさそうにしている。しかし、平家は収まりがつかない。
「ホンマに感謝してるんや。ウチは平家充代っちゅうねん。
せめて名前だけでも教えてんか?」
「あ、あたし?吉澤ひとみだけど…。」
「吉澤さん…!ホンマにありがとう!」
「な、なんか照れくさいなー。その呼ばれ方…。」
辻と加護が海を見てなにやらはしゃいでいる。
「あっ、またとびはねたのれす!よっすぃー、あれはなんてさかなれすか?」
「ホンマ綺麗やなー。よっすぃー、教えてや。」
「…よっすぃーって誰の事だよ…。」
吉澤は二人に呆れながら突っ込む。
辻と加護は振り返って当然のような顔をしている。
「“吉澤”やから“よっすぃー”やん。愛嬌あってえーんちゃう?」
「へい、ののもよっすぃーのほうがいいやすいし、すきなのれす。」
(…まったく、これだから子供ってヤツは…。)
吉澤は完全に二人のペースに巻き込まれた。
平家に向き直って笑顔で話す。
「さん付けって照れくさいからさー。もう、よっすぃーでいいや。」
「よっすぃー…。」
「そーいえばさー、平家さん、だっけ。
オバチャンと知り合いみたいだけど何かあったの?」
吉澤は気になっていた。取り乱していた保田の姿を。
「…ごめん、よっすぃー…。それは、その事だけは話したないねん…。」
平家は申し訳なさそうに答えた。
吉澤は慌てる。
「あーっと、話したくないならいいよ。こっちこそゴメン…。」
辻と加護が吉澤の目の前にやってきた。
「人が話したないこと聞くなや。デリカシーの無いやっちゃなー。」
「ほんとれすよ。くうきってもんをよんれくらさい。」
(だー。もー、なんなんだよコイツらはー…。)
吉澤は二人に突っ込まれて困惑した。
「…ふーん。みんなで“グランドライン”目指してるんだ。かっけーな…。」
吉澤は辻と加護から話を聞いた。
小さな二人が旅をしているのが不思議だったからだ。
吉澤は空を見上げた。
「知ってる?グランドラインに棲む幻の魚“ごなつよ”って…。」
辻と加護、平家は首を横に振る。
「へへっ、こーんなに大きくて長くてさー、真っ黒ですっげーかっけーんだ。
みんなはそんなのいないって言うけど、あたしは絶対いるって信じてる。
そいつを料理して食べるのがあたしの夢なんだ…。」
吉澤は身振り手振りを交えて楽しそうに話した。
さっきのキザな姿はどこにもない。無邪気な子供のようにキラキラと輝く瞳。
辻が吉澤の顔を見て嬉しそうにしている。
「…じゃあ、よっすぃーもいっしょにいきましょう。」
(えっ?)
「そやな。どーせ行き先が一緒やったら、人数多いほうが楽しいで。」
加護も辻に同意する。吉澤の胸が熱くなる。しかし…
「誘ってくれてありがとう。でも、あたしはここから離れる訳にはいかないんだ…。」
保田は自分の部屋に戻っていた。
椅子に腰掛け、デスクに突っ伏している。
確かに、平家に不振な点はいくつかあった。しかしそれでも、誰が仲間を疑えようか?
離れ離れになっても、敵と味方に別れても、その信念は互いに理解し合っていた。
結局、平家は友情よりも愛情を取ったということか…。
そうだ。他のみんなは一体…?
様々な思いが保田の中を駆け巡る。
コン、コン。
保田の部屋のドアをノックする音がした。
今は誰とも話したくない。保田はノックを無視した。
ドン、ドン!
ノックの音が一段と強くなった。
「うるさい!…開いてるよ!」
保田はうっとおしいと思いながらも、諦めて返事をした。
「…おじゃましまーす。」
部屋に入ってきた娘。の姿に保田は驚いた。
「…後藤!…なんでここに…!?」
「へへーん、けーちゃんヒサブリー。」
「…?お前、なんか感じ変わったね。まあいっか、座りなよ。」
保田は後藤にソファーを薦めた。
後藤はソファーに腰掛けた。向かい側に保田が座る。
「本当にヒサブリだね…。大戦の時以来か…。」
「あれっ?あの時後藤、けーちゃんに会ってないよ。それよりその足どーしたの?」
二人は何度か顔を合わせた事があった。保田がたびたび赤組を訪ねていたからだ。
後藤は保田の左足が気になっていた。
記憶の中にある保田の左足は、もちろん義足などではない。
「これ?まあちょっとね…。それより、裕ちゃんはどうしてる?」
「んあー、確か昔の仲間に会いたくなったって、どっか行っちゃった。」
(そっか、じゃあきっと、あの娘。の所だな…。
遠いな…。今のアタシじゃとても行けない…。)
保田はその場所に思いを巡らせた。
すると後藤は何かを強く決意したように話し始めた。
「…あのさ、けーちゃん。あの時は何も言えなかったけど、いちーちゃんは…。」