■ テスト その1

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399第一話 師弟
その海兵は足元をふらつかせながらも、なんとかテーブルに付いた。
「…なあ、ここはレストランやろ?もう何日も、何も食べてへんねん。
なんでもええから持ってきてくれんか…。」
海兵は弱々しく、そばにいた男のウェイターに頼んだ。
そのウェイターは汚い物でも見るような顔をしている。
「…失礼ですが、お客様、代金はお持ちでらっしゃいますか?」
「…見ての通りや、今は持ってへん。せやけどウチは海兵や、
ツケといてくれんか…?」
ウェイターの顔つきが一段と険しくなる。
「では、お持ちではないんですね…。」
ガツッ!
「ウグッ!」
ウェイターが海兵を殴りつけた。
海兵が椅子ごと倒れて、床に転がる。
400第一話 師弟:02/01/10 21:01 ID:Zx9FVeXT
「持ってないだと?ツケにしろだと?こんなに広い海なんだ、
逃げられちゃたまんねぇ。海兵なんか関係ねぇ、うちは現金商売なんだよ!」
ウェイターが大きく啖呵を切る。
「おー、いいぞー!」
周りの客から歓声と拍手が起こった。
普段、威張り散らしている海兵たちに不満を持つ者は少なくない。
海兵がウェイターに懇願する。
「…頼む!なんでもええねん!このままやとウチだけやない、後の皆も…!」
「しつこいぞ!」
ドカッ!
「グッ!」
ウェイターが海兵の腹を蹴り上げた。
「哀れなもんだな海兵さんよ。これが本当の“落ち武者”って奴か?」
客たちから笑いが起こる。
401第一話 師弟:02/01/10 21:03 ID:Zx9FVeXT
その一部始終を、辻たちは不快な思いで見ていた。
「…ひろいのれす、なにもそこまれしなくても…。」
すると、スッと吉澤が辻たちのテーブルを離れて厨房に消えた。
そしてすぐにベーグルとゆで卵を持って戻って来た。
海兵のところに近づく吉澤。
それをウェイターが止める。
「…なんのつもりだ、吉澤?お前、また勝手な事するつもりか?」
吉澤はウェイターに見向きもしない。
「…こいつは腹を空かしてるんだろう?だったら食わせるのがレストランだろ。」
ウェイターが吉澤の胸倉を掴む。
「お前!ちょっと長くここに居るからって何様のつもりだ!」
「お前に何が分かる!死ぬほどの空腹ってやつを味わった事あるのかよ!」
吉澤がウェイターを睨み付けた。
402第一話 師弟:02/01/10 21:05 ID:Zx9FVeXT
その時だった。
「うるさいよ!お前たち!」
二人を厳しく叱り付ける声がした。
フロア中の視線が厨房から出てきた娘。に集まる。
「…保田オーナー…!」
ウェイターがかしこまる。吉澤は見向きもしない。
石川が驚く。
「あ、あの人、足…。」
そう、この海上レストランのオーナー兼、料理長の保田圭。
昔、ある船の料理番を務めたことで、この世界で知らない者はいない。
その左足は木で作られた義足になっている。
「まったく、お前らはいつもいつも…。お客さんに迷惑だってのが
分かんないの?…ちょっと、吉澤!聞いてんの!?」
保田がゆっくりと吉澤に近づく。
「あたしはこの海兵が腹へってるってゆーから、
飯を食わせようとしただけだよ。」
吉澤がやっと振り返って保田に答えた。
403第一話 師弟:02/01/10 21:07 ID:Zx9FVeXT
保田がその海兵の姿に驚く。
「ま、まさか、みっちゃん…!?一体どーしたの?」
「…圭ちゃん!?…さよか、ここ圭ちゃんの店やったんか…。」
海兵が顔を上げた。その顔も驚きに満ちている。
保田が海兵に近付き、膝を付いた。
「みっちゃん、みんな心配したんだよ。急にいなくなっちゃうから…。」
この海兵の名前は平家充代。
昔、保田と同じ船に乗っていた。
その後も三色の一つ、“黄色”で共に戦った古い付き合いだ。
保田は懐かしい仲間の姿に喜びを隠せない。
「よかったよ、みっちゃん。それにしても何、その格好?なんかのギャグ?」
「…ウチは今、海軍におんねん…。」
「何それ?どーゆー事?悪い冗談よしてよ!ちゃんと教えて!」
平家は言葉を絞りだすようにつぶやいた。
「…ウチは今、はたけさんの船に乗っとる…。」
404第一話 師弟:02/01/10 21:10 ID:Zx9FVeXT
保田の体に衝撃が走った。
みるみる表情が険しくなる。平家の胸倉を掴んだ。
「…まさか、みっちゃん!お前が、全部…!?」
「…許してくれとは言わん!…ウチが全部悪いんや…。」
保田の中で不可解だった事、点と点が思い出される。
「なんで!?アイツは“あの方”を裏切ったんだぞ!」
「…しゃーないねん。ウチは愛してもーたんや、はたけさんを…。」
「……!」
完全に繋がった。モヤモヤしていた出来事のすべてが。
説得したはずの安倍の事。
最後の大戦の直前に、平家が姿を消した事。
そして、最終決戦の終盤。後藤と安倍の一騎打ちが、
今、まさに決着を迎えんという時に、アイツらが現れた事…。
405第一話 師弟:02/01/10 21:13 ID:Zx9FVeXT
保田の体は怒りに震えている。
「それじゃあ、まさか、“青組”が来なかったのも…。」
「……。」
平家は無言でうなずいた。
保田は込み上げて来る怒りを抑え切れない。
しかし、平家の気持ちはみんな気付いていた。
あの船の仲間内で、みんなまるで自分の事のように願っていた。
(みっちゃんの思い、届くといいね…。幸せになれるといいね…)

保田は平家の胸倉から手を離した。
立ち上がって平家を見下す。
「みっちゃん、もうお前を責める気はないよ。
…だけど、絶対に許せない!お前はウチらを、仲間を裏切ったんだ!
もう二度と、ウチらの前に顔を見せないでくれ…。」
「……。」
平家は無言で立ち上がった。
そして、ふら付きながらレストランの出口に向かった。
406第一話 師弟:02/01/10 21:16 ID:Zx9FVeXT
「どうしたんだよ、オバチャン!?腹へってる奴を追い返すのかよ!」
吉澤は驚きを隠せない。保田に詰め寄った。
保田は目を合わせようとしない。
「オバチャンだって知ってるだろ!?死ぬほどの空腹を…!」
「…うるさい!」
ドガッ!
ガッシャーーーン!
保田が吉澤を蹴り飛ばした。
吉澤が吹っ飛び、後藤たちのテーブルをなぎ倒す。
「お前に何が分かる!?何も知らないヤツが口出しするな!」
明らかに保田の様子がおかしい。
こんな保田の姿を、吉澤は前に一度だけ見たことがあった。
吉澤はなんとか立ち上がる。
「そうだよ、分かんないよ!…今日のオバチャン、おかしいよ!」
吉澤はベーグルとゆで卵を持って、平家を追いかけた。
その後ろ姿を見つめる保田。
(…クソッ…!)