「…遅い。」
アヤカはイライラしていた。予定の時間はかなり過ぎている。
それなのに、松浦家に押し寄せて来るどころか、村を襲っている様子もない。
(何をモタモタしてるの?…場合によっては全員、殺す!)
アヤカは庭を通って松浦家を後にする。
その姿を松浦が部屋の窓から見ていた。
(あっ、アヤカさん、どこに…!)
松浦は驚いた。
アヤカの横顔。いつもの厳しい中にも優しさのあるものではなく、
それはまさに犯罪者、殺人鬼のものであった。
(なに、今の?あたしの知ってるアヤカさんじゃない…!)
松浦は嫌な胸騒ぎがした。このドキドキは、なぜ止まらない?
アヤカが出て行って少し経った頃、柴田が息を切らしてやって来た。
「お嬢様!海賊が来たんです!村の誰も信じてくれなかったけど…、
おやびんは戦っているんです!おやびんの話は本当だったんです!」
柴田が涙ながらに訴える。
松浦の体に衝撃が走る。この目で確かめるしかない。
「…案内して!急ぎましょう!」
ダニオーは地面に尻餅をついていた。
その尻はめり込み、やはり地割れが起きている。
(…助かった。けど…。)
後藤の体にベットリと付いた油のおかげで、
ダニオーの両足が滑り、直撃を免れたのだった。
(アバラの何本かはイッたかな。…くそっ!眠いっ!)
後藤はレファに向かって剣を振る。
しかし、レファは素早い動きでそれをかわし、新しい球を取りに行く。
ダニオーは立ち上がり身構える。
後藤も剣を構えるが、激しい睡魔に襲われ、少し足元がおぼつかない。
(…もう一回喰らったら、さすがにヤバイな…。)
ダニオーはそんな後藤の姿を見て、勝利を確信したようだ。
レファと目を合わせると、またしても大きくジャンプ!
そして、レファは後藤に向けて球を蹴る!
後藤は僅かに動いてそれをかわす。
そこにレファのするどいスライディングタックル!
(ワンパターンなんだよ!この単細胞っ!)
後藤はジャンプでそれをかわす。
そして空中で剣を振り、レファの両足を叩き切る!
「Oh…!」
着地した後藤は両足を踏ん張り、ダニオーの落下地点に剣先を向ける。
「No―――!」
ドシュッ!
ダニオーの串刺しの出来上がり。
「…ヒャ、ヒャクマンエン…(ガクッ。)。」
ダニオーの息の根が止まった。どうやら金で雇われていたらしい。
(マ、マサカ、アノフタリデモ、カナワナイナンテ…!)
ミカは足が震えていた。
アヤカの話と少し様子が違うが、間違いない。この娘。こそ後藤真希。
最強最悪の戦闘マシーンだ。とても勝てる相手ではない。
後藤はダニオーから剣を引き抜く。そして戦況の再確認。
(どうやら、今度こそ終わったかな…。)
すると後藤は、急に地面に仰向けに倒れた。
「ごとうさん!」
辻が駆け寄る。後藤が眠そうに辻に話す。
「…んあー。ちょっと5分だけ…。ZZZ…。」
後藤は眠りに落ちた。体力回復モードだ。
加護は倒れたままで笑う。
「あははっ、なんちゅーやっちゃ。ホンマに…。」
「何やってんのっ!お前たちっ!」
全員が坂の上を見上げる。アヤカがそこに立っていた。
その形相は恐ろしく、怒りに体を震わせている。
「…これはどういう事?ミカ。」
「ソ、ソレハ、コイツラガ、ジャマヲシテ…。」
ミカが弁解する。アヤカは表情を変えない。
「このガキが抵抗してくるくらい分かってたわ。
アンタたち、こんなガキ二人に足止め喰らうなんてどういう事?」
「チガウノ、アヤカ!ゴトウマキガ…!」
アヤカの背筋が凍った。その名前を聞くだけで、今でも震えがくる。
アヤカは辻の傍に倒れている娘。を見た。確かにあの後藤真希だ。
(…なんでこいつがこんな所に…!これじゃ足止め喰らっても仕方ない…!)
しかしどういう事か、後藤は動けないようだ。
アヤカは胸を撫で下ろす。
(そうか、ダニオーとレファの二人がかりで相打ちか。)
助かった。金で雇った二人がこんな働きをしてくれて、その上命を落とした。
計算外の出来事だが、こんなにラッキーな結果になろうとは。
(フフフ、この計画は間違いなく成功する。)
その時だった。
「アヤカさん!もうやめて!」
アヤカは後ろを振り返る。
加護が信じられない、といった顔で叫ぶ。
「あやや!それに柴田!なんでや…?」
そこには松浦と小さな柴田が立っていた。
アヤカは凍りつくような目で松浦を見つめる。
「あら、バカなお嬢様がノコノコと。
そんなに慌てなくても、ちゃんと殺してあげるわよ。」
松浦の背筋が凍りついた。
「どうして、どうしてなの…!」
アヤカはすべてを話した。
すべてはこの村に来たときから始まっていた。
松浦はもちろん、その両親、村人たちの単純さに笑いが止まらなかった事。
自ら松浦の両親を手にかけた事。
「…あとはお前が遺書さえ遺して死ねば、すべてが丸く収まるのよ…。」
松浦は膝から崩れ落ちた。
ショックだった。涙が溢れ出した。
両親を殺された事、ずっと騙されていた事ももちろんだ。
だが、それ以上に…
「ごめんなさい!あいぼん!…あたし、あなたを信じてあげなくて…!」
友達を信じてやれなかった事。深い後悔が松浦を襲う。
自分はひどい事を言ったのに、自分を守る為にボロボロになっている加護。
「なんや、そんなんどーでもええねん。」
(あいぼん…。)
「ウチらは友達やん。友達の為に体張るんわ当たり前やんか。」
松浦はその言葉に救われた。こんな自分でも、まだ友達と呼んでくれる。
24時間経過のため保全
保全
「何やってるの、ミカ!早く済ましちゃいなさい!」
「ワ、ワカッタワ。アヤカ。」
アヤカに促され、ミカは松浦に近付こうと坂を上る。
しかし、後藤の事が気になってその足取りは重たい。
「あいぼん海賊団!おるんやろ!?」
加護が大声で叫んだ。
木陰から三人が飛び出してくる。
「「「はいっ!」」」
「よっしゃ、あやや連れてここから離れろ!」
四人の少女は加護の言葉に驚きを隠せない。松浦もだ。
「…そんな、あいぼん。あたしだって…。」
「アホか、足手まといやっちゅうねん。はよいかんと、
ホンマにもう二度と話しに行かへんで。」
加護は笑顔で松浦を見上げる。松浦は頷く。
「…うん、分かったよ、あいぼん。」
四人の少女は不安そうだ。加護が声をかける。
「あいぼん海賊団!お前らが頼りや、あややを頼むで!」
「「「「…はいっ!」」」」
松浦と四人の少女は駆け出した。
「チッ、小ざかしいマネを…。」
アヤカがそれを追いかけようと振り返る。
その時、後頭部にパチンコが命中し、目から火花が飛び散った。
アヤカは加護に振り返る。
「き、貴様、一度ならず二度までも…、殺す!」
アヤカが素早い動きで加護に近付き、その腹を思い切り蹴っ飛ばす。
「うぐっ!」
「あいぼん!」
辻がアヤカに飛び掛かる。アヤカは簡単にそれをかわす。
その横をミカが駆け抜けた。
加護が息も絶え絶えに辻に話す。
「…ちゃうわ、のの。コイツやない、あの四角いんをやってくれ…。」
「あいぼん…。わかったのれす!」
辻がミカを追いかけようとする。
その前にアヤカが大きく両手を広げて立ちふさがった。
「おっと、ここは通さないわよ。これ以上計画が狂ったらたまらない。」
アヤカは格闘タイプだ。
その技のほとんどは三色時代に、ある人物に叩き込まれた。
ダンスのようなステップで軽やかに敵を倒す。
辻の突撃!ダンシング・アヤカ!
アヤカは時間を稼いでいるように見える。余裕の表情だ。
(くそっ!こんな場合ちゃうわ…!)
加護は立ち上がろうとする。しかし、体がいうことをきかない。
這いずりながら坂を少しづつ上る。
そんな加護の姿をアヤカは冷めた目で見る。
「そんな体で何をしようっていうの?アタシ達にかなうワケないじゃない。」
「そんなん関係あるかい!」
アヤカはその迫力に気おされる。
加護は涙を流していた。
「ウチはあややの友達なんや、アイツらのおやびんなんや!
友達が、おやびんが守ってやらんでどないすんねん!」
(なんだ、こいつ…?)
アヤカは呆れて物も言えない。
そこへ辻が殴りかかる。
アヤカはその辻の腕を取り、背負い投げのようにして地面に叩きつける。
「ひんっ!」
アヤカは辻を見下して言う。
「お前だってそうだ。見ない顔だし、関係のないお前がなんで戦うの?」
辻は涙を流しながらアヤカを睨み付ける。
「ともらちがないてるかられす!」
加護は辻のその言葉に驚いた。
二人は昨日初めて出会った。
同い年、同じ背格好の二人。
辻が感じた懐かしさ、加護が感じた充実感。
決して、加護の父親のおかげというだけではなかった。
出会うべくして出会った二人。
そう、この出会いこそ This is 運命。
(あはっ、もーうるさくって寝られやしない…。)
後藤がゆっくりと起き上がる。
「じーつー!加護おんぶしてあいつ追いかけろ!」
アヤカが後藤に気付く。
「ア、アナタ、生きてたの…!?」
「ごとうさん!」
辻が後藤に振り返った。
後藤は立ち上がり、剣を手に取った。
「早くしなよ。時間がないんだから。」
「へい!」
辻は加護の傍にいくと、ひょいとおんぶして一気に駆け出す。
アヤカは足が震えていた。
「なんでそんな事を!?アナタはクールな戦闘マシーンじゃ…!」
「後藤は別にクールじゃないよ。普通の女の子だよ。」
後藤がアヤカにゆっくりと近付く。
アヤカは一歩も動けない。
「どうして!?アナタには関係のない事じゃない!」
後藤は微かに微笑んで剣を構えた。
「あはっ、あいつらが泣いてるから、かなっ?」
「………!」
アヤカは確信した。
計画の失敗と、自らの命運が尽きた事を。
>347,348,349
保全感謝です。
加護は走る辻に背負われている。
辻がさっき言ってくれた言葉が、加護の胸に響いていた。
(なんや、のの。照れるやないか…。)
加護はこの村に同年代の友達がいなかった。
父親の事をからかわれたり、悪く言われるたびにケンカしていたからだ。
しかし、それでも決して加護はひねくれる事はなかった。
両親を信じて、誇りに思っていればこそだった。
数年前、加護が母親を亡くしたとき、一緒になって泣いてくれた少女。
それが松浦だった。
みんなにやさしい松浦自身は覚えていないかもしれない。
何日も暗く落ち込み、泣き続けていた加護にかけてくれた言葉。
(あいぼん、もう泣かないで…。泣いたらきっと、お母さんが悲しむから…。)
強く生きるチカラを与えてくれたその言葉。
だから松浦が両親を亡くしたとき、加護は真っ先に駆けつけた。
松浦が寂しくならないように、毎日毎日、話し相手になっていた。
加護にとって、友達とは松浦ただ一人だった。
しかし、辻は言ってくれた。
自分の事を、友達だ、と。
辻の肩にはバッサリと切り傷があり、まだ血が出ている。
何の見返りも求めず、体を張ってこの村と自分を守る為に戦ってくれた。
ギュッ。
加護の両腕に力が入る。
「…あいぼん、ちょっとくるしいれすよ。」
辻が走りながら加護に振り返ろうとする。
慌てて加護が辻の顔を前に向かせる。
「しっかりつかまっとらんと落ちるやろー。それにちゃんと前見て走らな。」
「おった、あそこや!」
加護の指差す方向、四人の少女が倒れている。
ミカが松浦の首を捕まえ、目の前に紐のついた輪っかをぶら下げている。
「のの!このまま真っ直ぐ!」
「へい!」
辻の背中で加護がパチンコを構える。
「くらえ!このボケ!」
加護がパチンコを弾く。
その狙いは違わず、紐を持つミカの手に命中した。
「Oh…!」
ミカが輪っかを落とし、松浦を離して手を押さえる。
慌てて拾おうとしたその目の前に、辻と加護の二人が仁王立ち。
「さー、どー料理したろうかな…。」
「りょーりしたるのれす…。」
ミカは天を仰いだ。
「No…。」
二人は容赦無くミカを料理した。殴る蹴るは当たり前。
「この、金魚のフンが!」
「おまえなんかいなくてもいいのれす!」
そして、とどめはもちろん、
「ぷにぷにのー、はらー!」
ボッカーーーン!
ボロボロになったミカは遥か彼方に吹っ飛んだ。
どうやら四人は眠らされただけのようだった。
起きた四人と松浦に向かって加護が話した。
今日の海賊の襲撃は無かった事にする。
いたずらに村のみんなを不安にさせるような事はしたくない。
四人の少女はブーブー言っている。松浦が話す。
「…あいぼんがそれでいいんだったら、あたしはそれでいいよ。」
「それでええんや。ぜーんぶウチのネタやった、っちゅう事や。」
加護が笑顔で答えた。
そんな加護の顔を見ると、四人も納得するしかなかった。
その横で辻が腕を組んでなにやら考え込んでいる。
「なんや、のの。どないしたん?」
「うーん、なんかわすれてるきがするのれす…。」
二人は顔を見合わせた。
「「あっつ!!」」
ズルー。
「…ウェ〜ン、上れない、上れないよ〜(シク、シク)…。」
石川はまだ油の坂と格闘していた。
石川は落ち込んでいる。
「(シク、シク)人間って、悲しいね…。」
結局、自分は何の役にも立てなかった。
辻と加護がヒソヒソと話す。
「なんや、めっちゃネガティブやんか。どないしたん?」
「へい。ののにはわからないのれす。」
と、その時、
「僕には分かる!」
後藤だった。やさしく石川の肩を抱く。
「梨華ちゃんの気持ち、僕には分かる。梨華ちゃんがいなかったら、
後藤も坂を上れなかったしね。ほら、元気出して。」
「…ありがとう、ごっちん!梨華、頑張る♪」
石川は機嫌を取り戻した。
加護がヒソヒソと話す。
「ごっちん、落ちたん梨華ちゃんのせーやん。それにそのキャラおかしいで。」
「あはー、いーじゃん、別に。機嫌直ったんだし。」
「じゃーん!これがトロピカ〜ル号でーすっ!」
松浦が船に案内してくれた。
中規模の帆船だ。
赤・黄・緑のラスタカラーで派手に着色され、マストはなんと椰子の木だ。
「わー、かっこいーのれす!」
「キャ〜、カワイイ♪」
(こんなんで、いーのかな…?)
三者三様の感想だ。
「ほんとにもらっていいんれすか?」
「うん、もちろん!あたしの、ううん、この村の恩人だもん。」
松浦は加護の顔を見た。
本当は二人でいつか旅をする時のためにとっておいた船だ。
しかし、加護が辻たちにあげようと言った。
もちろん、松浦がそれに反対するはずがない。
「旅に必要なものはだいたい積んであるから。」
松浦が笑顔で話す。
辻・後藤・石川の三人は船に乗り込んだ。
「ワ〜、本当だ。これだと一ヶ月くらいは平気だね。ありがとう♪」
辻が加護に振り返る。
「…あいぼんはいかないんれすか?」
全員の視線が加護に集まる。
加護はうつむいていた。
(…ウチかて、一緒に行きたい!
お前と一緒に世界中を見て周りたい!せやけど…。)
加護は松浦の顔を見た。
松浦は優しく微笑んでいた。しかし、その目に涙が浮かんでいる。
「ねえ、あいぼん。あたし、ずっと嘘ついてたんだ…。」
「あたし、本当はどこも悪くないんだ…。でも寂しくて、病気だとかって
言ったら、きっとあいぼんがいつも来てくれるだろうって…。」
松浦は両手で顔を押さえた。
「なんや、そんなん。ウチが気付いてへんとでも思ってたんか?」
(えっ?)
「そんなん、関係ないねん。ウチがあややと話したかったからや。」
(あいぼん…。)
松浦は涙を拭った。
「…じゃあ、あいぼん。もう一つだけ、あたしの嘘を聞いて。」
「えっ?」
松浦は笑顔で話す。
「あいぼんなんか大っ嫌い。だからもう二度と帰ってこないで。」
(あやや…。ありがとう!)
加護は船に飛び乗った。そして松浦に振り返る。
「あやや!ウチはこの目で世界中を見てくる!そして絶対帰ってくる!
そん時はあやや、聞いたこともないようなごっつい話したるから!」
加護は松浦に向かって笑顔で手を振る。
松浦も笑顔で手を振り返す。
帆が風を受け、ゆっくりと船が進みだした。
そこに村田・大谷・柴田・斉藤の四人が駆けつけた。
「あいぼん海賊団!今日で解散や!お前らも元気でな!」
加護は涙を流して手を振る。
四人の少女も泣きじゃくりながら、大きく手を振っている。
加護の気持ちを知っているので誰も止めようとはしない。
船の速度が上がった。
(あいぼん、いってらっしゃい!)
加護と松浦・四人の少女は互いに見えなくなるまで手を振っていた。
第二章 第三話 完
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おまけ:02/01/03 22:30 ID:jEDh/mES
「せやけど、このお宝、どー山分けする?」
ココナッツ海賊団から頂いたお宝だ。
パッとしない連中だったが、そこそこ貯めこんでいた。
「んあー、後藤はさー、梨華ちゃんにほとんどあげようと思うけど。
梨華ちゃん、欲しがってたし。じーつーは?」
「ののもそれれいいれす。」
「なんや二人とも欲がないなー。しゃーないな、ウチもそれでえーわ。」
石川の瞳がウルウルする。
「み、みんな…。」
辻がふとあることに気付く。
「そーいえば、あいぼんのぱちんこのたま、なくなっちゃいましたね。」
「おっ、えーことゆーた。そやな、お宝の代わりっちゅうたらなんやけど、
ここは梨華ちゃんにモリモリふんばってもらわなアカンな。」
石川は動揺する。
「えっ…。そ、そんなの、しないよ…。」
おまけ 完
ここはちょっと長くなってしまいました。
まあ永遠の親友の出会いってことで。
次回の更新は第三章 第一話です。
バレバレのヤツの登場と、
もう一つの物語がけっこう明らかになります。