「だからオイラは、オイラを裏切ったアイツらを許せない!」
バシュ、バシュ!
矢口のナイフを持った両手が切り離れ、辻めがけて飛んでいく。
「ののちゃん、危ない!」
石川が叫ぶ。
ズバ、ズバッ!
矢口の両手が辻の両腕を切りつける。
しかし、辻はうつむいたまま動かない。
「どーした?怖気づいたのかよ!」
矢口は空中に浮かんだ自分の手を自在に操り、何度も辻を切りつける。
辻の体にいくつもの切り傷がつくられ、血が流れ出ていた。
(チッ、なんだよ。これじゃまるで弱い者イジメじゃん…。)
矢口は不快な気分になって叫ぶ。
「オイ、お前!なんで抵抗しないんだよ!?」
辻は顔を上げた。
その顔は涙でグシャグシャになっていた。
「…らって、らって、いいらさんはそんなひきょうなことしません!
ののはしんじてます!…れも、れも、やぐちさんがかわいそうれす…!
らから、ののはろうしたらいいかわかりません…!うわーーーん!」
辻は大声で泣き出した。
信じてるだと?フザケんなよ。
たかだか少しの間、一緒にいたくらいで何が分かる。
こっちは何年も生死を共にして戦ってきた仲だ。
カオリの事はアタシの方が良く知っている。
「………!」
矢口はハッとした。
そうだ、アタシはカオリの事を良く知っている!
アイツはそんな事に頭の回るヤツじゃない!
そんな器用なマネが出来るようなヤツじゃない!
サヤカだってそうだ。
“あの方”を裏切ったアイツらを、一番憎んでいたのはサヤカじゃないか!
(こんなガキに同情されるなんてどうかしてた。それに仲間を信じてやれないなんて…。)
矢口の攻撃の手が止まった。
「オイ!お前もう十四歳やろー?泣くなー!」
「らって、らって…。ひっく、ひっく。」
「あー、もう!子供に泣かれるとホントに面倒くさいんだよ!
ほら、もう怒ってないからさー。」
「くすん、くすん、…ほんとれすか?」
矢口は辻に背を向けて答える。
「うん、ホント。…あのさー、そのさー、カオリ、元気だった?」
辻は笑顔で答える。
「へい!げんきれしたよ!なんか「カオリ、同じところ回ってるような気がする
んだよねー。不思議だなー。」っていってました。」
キャハッ、そうかカオリらしーや。
じゃあ、きっとサヤカも…。
「じゃあ、ごとうさんのけん、かえしてもらいますね。」
辻が後藤の剣を拾う。
「うん、ってゆーか勝手に置いてったんじゃん。」
「あとれすねー、りかちゃんのおたからとたからのちずもかえしてくらさい。」
(ヒィィィーーー!)
石川の背筋が凍り付いた。
辻のそばに駆け寄る
「な、何言ってるの?ののちゃん…!ウフフフ…。」
「え?らって…、うぐうぐ…。」
石川が辻の口を手でふさいだ。
矢口が不審そうに辻に尋ねる。
「オイラが持ってる地図っつったら、“グランドライン”の地図だけど…。
そんなとこに行って、お前どーすんの?」
辻の耳がピクンと動く。
…グランドライン?
そうだ。飯田に教わった、海賊王が通った路だ。
辻が石川の手を外して大きな声で答える。
「へい!ののはかいぞくおうになるのれす!」
周囲に沈黙が訪れた。
「キャハハハハハハ…!」
その沈黙を破ったのは矢口の笑い声だった。
辻がほっぺたを膨らまして抗議する。
「なんれすかー!?のの、おかしいことゆってないれすよー!」
「キャハハ…。オモシレー!いや、違う。そーゆー意味じゃなくって…。
サイコーだよ、お前!気に入った!」
「ほえ?」
辻には訳が分からない。
「やるよ、ホラッ!」
矢口は懐から丸めた地図を取り出し、辻に投げてよこした。
石川が驚く。
「エッ!?…いいんですか〜?」
「いいんだ、オイラは一度行ったことあるから。」
(それに、他にもっとやりたい事、見つけたし…。)
「…あとさー。」
矢口は辻と石川に背を向けてモジモジしながら言った。
「…後藤に謝っといてくんない?さっきは言い過ぎたって…。」
「…あーい!」
辻は満面の笑みで答えた。
辻と石川は、眠ったままの後藤と、
矢口に分けてもらった水と食糧を船に積み込んでいた。
残念ながら、宝は無い。
辻が宝と言おうとするたびに、石川がカン高い声を出して誤魔化していた。
不思議に思った辻だったが、食糧が手に入ったので宝のことはすっかり忘れた。
そんな二人を遠くから見つめる二つの影があった。
矢口としげるだった。
(仲間、か…。)
南向きの風に吹かれた矢口はセンチメンタル。
そんな矢口にしげるが声をかける。
『あのさー、そろそろここも飽きたし、どっか別のとこに行こーよ。
長い船旅もしたいなー。オレ、船酔いもガマンするし…。』
矢口の目頭が熱くなった。
やっぱりダメだなー。強がってたけど…。
「しょーがないなー!しげるがそこまで言うなら行くか!」
『(ボソッ)チェッ、素直じゃないなー。』
「なんか言った?」
『ううん、別に…。』
爽やかな南風が吹いていた。
(またみんなに、あの時の仲間に会いたい!)
第二章 第二話 完