時は三色志末期までさかのぼる。
ここはとある小さな島。
なにもなさそうな島には不釣合いなほどの数の船団が停泊していた。
その旗は青色に染められていた。
そう、“青組”の本隊である。
三色の中で最大の数を誇る“青組”がこの小さな島に陣取っていた。
船団の中の一段と大きな船の甲板で、二人の娘。が腰掛けて話していた。
一人は背の高い長髪の美しい娘。もう一人は背の低い茶髪の可愛らしい娘。
「ねー、カオリー。サヤカ、遅いねー。」
「そーだねー、矢口。どうしちゃったのかなー?」
この二人こそ、“青組”の大幹部。
背の高いほうの娘。が飯田香織で、背の低いほうの娘。が矢口真里。
二人はセンターの市井紗耶香の身を按じていた。
十日前に「家族に会いに行く。」と言って、一人で出て行ったきり、何の音沙汰もない。
“あか・青・黄”の三頭首の話し合い、いわゆる、三頭会談で決めた
決戦の日まで、残りもう一週間をきっていた。
「カオリ多分ねー、サヤカは路に迷ったんだと思うの。」
「キャハハハ!カオリじゃないんだから、サヤカに限ってそんな事ないよ!」
ただ、不安になるほど心配している訳ではなかった。
二人は信じていた。
ウチらの仲間、センターの市井紗耶香は必ず戻ってくる。
アイツが黙っていなくなるはずがない、と。
「でもさー、カオリなんか変な感じするから、やっぱ、ちょっとその辺見てくるよ。」
「エー!止めてよね、カオリー。カオリの変な予感って当たっちゃうんだもん…。」
飯田には矢口に理解できない不思議な力があった。
中でもどこからか電波をキャッチしているのか、彼女いわく“交信”をすると
さまざまな出来事を予感できた。
「ねぇ、矢口はどーすんの?」
出発の用意をしようと立ち上がった飯田が、矢口を見下ろして言う。
「うーん、オイラはねー、作りかけの新兵器があるからなー。
もうすぐ完成するんだ。これさえあればウチらは絶対勝てるよ!」
矢口は力強くガッツポーズをした。
飯田は少し悲しそうな顔をする。
「ねー矢口、カオリはね、本当は戦いたくないんだ。裕ちゃんの言ってたことも
よく分かるんだ。仲間同士で殺し合いなんて…。」
「そんなの!アタシだって同じだよ!」
矢口が立ち上がり、大声を張り上げる。
「アタシだって仲間と戦いたい訳じゃない!…でも、しょうがないじゃん!
考え方が違うんだから!カオリは“あの方”を裏切ったアイツらを許せるの!?」
「そ、それは絶対に許せないけど…。」
二人の間に気まずい空気が漂った。
「ゴメン、カオリ…。オイラちょっと取り乱しちゃった…。」
矢口が飯田に背を向けて弱々しく謝る。
「ううん、カオリこそゴメン…。大きな流れは止められない、か…。」
飯田は空を見上げた。
今のこの状況を“あの方”はどんな思いで見ているのだろう?
「じゃー、矢口。カオリちょっと行ってくるね。」
飯田が別の船に乗り移ろうとする。
矢口が笑顔で振り返る
「頼んだよ、カオリ。ちゃんと航海士のゆーこと聞くんだよ。」
「なにそれー?まるでカオリが方向音痴みたいじゃん。なんかムカツクー。」
「キャハハ!だって、カオリ本当に方向音痴じゃん!」
次の日のことだった。
矢口は船内で新兵器の開発に手を焼いていた。
「あー、もう!もーちょっとで出来るんだけどなー…。
この“セクシーキャノン”さえあれば、アイツらを…。」
そこへ、仲間の一人が慌ただしく駆け込んできた。
「矢口様!敵襲です!海軍本部の船が…!」
「なんだって…!」
矢口は驚いた。
海軍本部の船がこんな所に来るはずがない。
「そんなバカな…!」
矢口は急いで甲板に上がった。
遠くに見える船影はまさしく海軍本部のものだった。
ものすごいスピードでこちらに向かっている。
矢口は異変に気付く。
味方の船があまりにも少ない。
「オイ!他のみんなは?」
さきほどの仲間が恐る恐る答える。
「はい、他の四幹部の方たちは、あの船影を確認すると散り散りバラバラに…。」
ドンッ!
矢口が船の縁に両手を叩きつけた。
異人のミカとレファはまあ仕方がない。ヤツラは合理的に判断する生き物だ。
しかし、稲葉と小湊は許せない。
ただ、今はそれどころではではなかった。
「すぐに船を出せ!急ぐんだ!ウチらはまだ死ぬワケにはいかない!」
矢口の船は速かった。
矢口自らが、改造に改造を重ねた成果である。
海軍本部の最新鋭の船でも簡単に追いつかれはしない。
時折放たれる大砲の雨をかいくぐる。
逃げる船の上で矢口は考え込んでいた。
なんでこんな地図にも載っていないような島に海軍の船が?
しかも最終決戦の前、よりによってサヤカとカオリがいないときに。
カオリなんて昨日出て行ったばかりだ。
タイミングが良すぎるじゃないか!
(…まさか、オイラは、アタシは二人にも“裏切られた”の…!?)
その時だった。
ドーーーン!
「うわっ!」
矢口の船の後部に砲弾が命中した。
「まだ大丈夫だ!あきらめるな!」
矢口が仲間たちを励ます。
しかし、明らかに船足は鈍っていた。
ドーン!ドーン!
次々と砲弾が命中する。
(チクショウ…!許せない、許せない…!)
矢口の頬には悔し涙が流れていた。
矢口の船が沈むのに多くの時間を必要としなかった。
矢口は運良くとある島に流れ着いた。
しかし、何日もの漂流で、のどの渇きと空腹で体が動かない。
仲間に裏切られた、多くの仲間を失った。
矢口はまさに絶望の淵にいた。
そんな時、大きな黄色い熊が姿を現し、ゆっくりと矢口に近づいて来る。
(あーあ、アタシ、この熊に食べられて死んじゃうんだ…。)
矢口は死を覚悟した。
その熊は矢口の頬をペロペロと舐めだした。
「………!」
矢口が身を起こすと、その熊は一瞬ビクッとしたが、持っていた壺を差し出した。
その壺にはハチミツが入っていた。
「…お、お前…。」
これが矢口としげるの出会いだった。
矢口としげるはすぐに打ち解けた。
仲間に裏切られ、仲間を失った一人ぼっちの矢口。
“悪魔の実”を食べてしまったことにより、毛皮の色が変わり、
人間の言葉を話せるようになったせいで、他の熊から除け者にされたしげる。
似た者同士の二人だった。
それから二人は旅をする。
その途中で矢口は“悪魔の実”を食べ、多くのスタッフを手に入れた。
しかし、今でも本当に心を許すのは熊のしげるだけ。