■ テスト その1

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151外伝その1
小川は海軍基地に戻ってきた。副長が声をかける。
「おお、今日の主役が何処に行ってた?ん、どうした。目が赤いぞ?」
「いいえ、なんでもありません。」
小川は爽やかな笑顔で答えた。しかし、副長は何か勘付いたらしく、
「…そうか、良い友を持ったな。」
「は、はいっ(なんだ、お見通しかよ。大人ってすげーな…。)!」
副長が小川の肩を叩く。
「さあ、皆が待ってるぞ。今日は騒ぐぞ!」
「はいっ!」
小川は人の輪の中に戻っていった。海軍基地のすべてを笑い声が包んでいる。
しかし、その輪の中に入れずに離れて見つめる娘。が一人だけいた。
新垣里沙その人である。
152外伝その1:01/12/05 21:24 ID:UqgVUTW2
「おい、あれ…。」
そんな新垣の姿に気付くものがいた。そこから急に場の空気が静まり、
やがてすべての視線が新垣に注がれた。
「………。」
新垣は押し黙ったままうつむいている。海兵の一人が副長に話し掛ける。
「副長、彼女の処遇はいかが致しましょう?」
副長は少し考えてから話し出した。
「…海軍の規定では彼女に罪は無い。しかし皆の気持ちを考えると…。」
そう、新垣は一週間後に入隊式を控えていた。しかし、それは新垣大佐の
独断で決めた事。正直なところ海兵達は新垣が気に入らなかった。
153外伝その1:01/12/05 21:25 ID:UqgVUTW2
「ちょっと待ってください!」
大きな声で副長の話をさえぎる者がいた。小川だ。
「あいつの入隊式の時に、アタシをあいつと戦わせてください。お願いします!」
小川が頭を下げる。たしかに海軍の入隊式には、新人の力を見極める為の
決闘が行われる。そこで小川は新垣と闘いたいというのだ。
副長が困惑している。
「し、しかしな…。」
「それじゃ、アタシの入隊式で戦わせて下さい!お願いします!」
小川は再度、頭を下げる。今度はさっきより深く。
「…そ、そうか、まあ君がそこまで言うならいいだろう。」
副長は小川の勢いに負けた。
154外伝その1:01/12/05 21:26 ID:UqgVUTW2
小川は新垣を睨みつける。
「聞いたとおりだよ。一週間後、アタシとお前の入隊式だ。そこでアタシに
 勝ったら…、好きにすればいいよ。」
「………。」
新垣は相変わらずうつむいて黙り込んでいた。そのすぐそばを小川が通り過ぎる。
「…逃げんなよ。」
「…!」
新垣は小川に振り返る。しかし、小川は振り返らずに建物の中へと入っていった。
155外伝その1:01/12/05 21:27 ID:UqgVUTW2
小川は新垣に怒りを覚えていた。
後藤にしようとしていたこと、卑劣極まりなく、海軍の誇りを傷つけた。
しかし、それだけではなかった。
小川の生まれ育った田舎は、ほとんどの人々が一生をそこで過ごす。
海に出て名を上げようなどという者はよっぽどの変わり者であり、まったくいない。
事実、海軍の将校はおろか、おたずね者の海賊なども出たことがない。
そんな土地で育った小川が旅に出るには、それ相応の実力を見せつけるしかなかった。
小川は血の滲む様な努力をした。
時には、氷水に足を入れたり、また時には、塩辛いショートケーキも食べた。
(それなのにアイツは、生まれた環境だけで…、親のコネだけで…。)
と、小川は急に頭を左右にブルブルと振る。
(あー、もう、やな感じ!もう寝よう…。)
156外伝その1:01/12/05 21:28 ID:UqgVUTW2
あの騒ぎから三日が過ぎた。
新垣大佐は裁判を受けるために、海軍本部へと連行された。
平和な日常を取り戻し、海軍基地も通常の業務に戻っていた。
新垣はその間、ずっとベッドの中にいた。食事は運ばれていたが、食欲が無く、
あまり手をつけていなかった。
「…ワー、…ワー…。」
窓の外から掛け声が聞こえてきた。どうやら訓練も再開したらしい。
なんとなく、窓の下の中庭を見下ろす。小川がいた。
(…なに、あの人…。スゴク強い・・・!)
小川は海兵と剣術の訓練をしていた。海兵の剣を簡単に受け流し、弾き飛ばす。
当然だ。田舎では飛び抜けて強かった。海賊時代はあのナッチーに鍛えられた。
並みの海兵など相手にならない。
157外伝その1:01/12/05 21:29 ID:UqgVUTW2
新垣はベッドに戻り、頭から毛布をかぶった。
(なによ、あの人いったい何がしたいってゆーの?)
新垣はハッとする。まさか、自分が後藤真希にしようとした事と同じ事、
さらし者、かませ犬にする気ではないか?
(イヤよッ、そんなのされるくらいなら海軍なんかになりたくないッ!)
新垣は枕を手元に引っぱり、抱えて泣き出した。すると枕元にあった写真立てが倒れた。
「………!」
新垣はその写真立てを起こす。そこには三人の姿が映っていた。
幼い新垣、それを抱きかかえる若かりし日の新垣大佐。彼に寄り添う一人の女性。
新垣は何かを思い出したようにベッドから起きた。
158外伝その1:01/12/05 21:30 ID:UqgVUTW2
その日以来、新垣は人が変わったように剣術の訓練をした。
しかし、その手はおぼつかない。それもそうだ、新垣はこれまでろくに練習
してこなかった。
ダンスの練習の時なども上の空で、よく注意されたりした。ところが、新垣大佐が
娘。を溺愛するばかりに、その注意した先生を処分したりした。
そんなことが繰り返されたせいで、一人、また一人と新垣から離れていき、
新垣自身もふさぎ込んでいた。
今日ももちろん一人。入隊式は明日に迫っていた。
雨の中、慣れない手つきで剣を降り続ける新垣。そんな新垣を見つめる一つの影があった
159外伝その1:01/12/05 21:31 ID:UqgVUTW2
いくつか水溜りが残るものの、昨日の雨はすっかり上がっていた。
中庭の周りは海兵達、それと聞きつけた街の人々で埋め尽くされていた。
左手に剣を携えた小川が中央ですでに待っていた。
そこへ短めの剣と軽い盾をもった新垣が姿を現す。すると、
「コネガキ氏ね!」
「コロヌ!」
「小川―、やっちまえー!」
と、様々なブーイングが乱れ飛ぶ。しかし、新垣の耳には入っていない。
新垣は集中していた。目の前の小川ただ一人に。
160外伝その1:01/12/05 21:32 ID:UqgVUTW2
新垣が剣を振る。
ガキン!
しかし、小川に軽く弾き飛ばされた。小川の剣先が目の前に突き付けられる。
「…もう終わり?」
「いいぞー、小川―!」
歓声が沸き起こる。新垣がバタバタと慌てて剣を拾う。
そして小川に向かって突きを繰り出す。
小川は軽く身をかわし、すれ違いざまに新垣の足を払う。
バシャーーーン!
新垣は水溜りに転がり込んだ。その姿は泥水にまみれてグシャグシャだ。
「ハッハッハッ、いい気味だ!」
「自業自得だ!コネガキ!」
会場一杯に嘲笑が広がる。
161外伝その1:01/12/05 21:33 ID:UqgVUTW2
新垣は水溜りからなかなか起き上がれないでいた。そんな新垣に小川が声をかける。
「あーあ、今度こそ終わりかな。そんな中途半端な気持ちで海軍になろうなんて…。」
小川はハッと身構える。新垣がものすごい形相で睨んでいた。
(中途半端な気持ちなんかじゃない!あたしは…、あたしは…!)
新垣の母は海兵だった。新垣大佐とは職場結婚といえる。仲むつまじい夫婦だった。
そんなある日、新垣大佐の留守中に海賊が基地を襲撃してきた。
手薄になった基地はあっという間に落とされる。その時に新垣の母は殺された。
幼い新垣を守るために、新垣を抱きかかえたまま背中を切られて。
それ以来、新垣大佐の必要以上の溺愛が始まり、すべてが狂った。
162外伝その1:01/12/05 21:34 ID:UqgVUTW2
最初は海賊に復讐する為に海軍に入ろうとした。しかし、今は違う。
(ニィニィは、あの優しくて強かったママのようになりたいッ!)
新垣が小川に打ち込む。それを小川がかろうじて受ける。
(くっ、コイツ…!)
さっきまでとは比べ物にならない威力。そして迫力。小川があとずさる。
新垣が連続で打ち込んでくる。一瞬の隙をみて小川が剣を右手に持ち替える。
ガキッ!
新垣の剣が弾き飛ばされる。と同時にバランスを崩して倒れる。
小川が倒れた新垣に向かって叫ぶ。
「さあ!まだまだこれからだ!かかってこい!」
163外伝その1:01/12/05 21:35 ID:UqgVUTW2
新垣は何度も何度も倒された。倒れるたびその姿は汚れ、
顔は汗と涙と泥でメチャクチャだ。
最初のうちはその姿を見て笑う者もいたが、今はもう誰も笑わない。
中庭に聞こえるのは剣と剣を打ち合う音と、二人の呼吸のみ。
いつしかそれは、小川が新垣に剣の稽古をつけているかにも見えた。
日がかなり西に傾いてきたそのときだった。
ガキッ!
小川の剣が弾き飛ばされる。そして新垣の剣先が小川に突き付けられる。
164外伝その1:01/12/05 21:36 ID:UqgVUTW2
「あーあ、負けちゃったか。」
小川が悔しそうにつぶやく。
と、新垣が剣と盾を両手から落とし、前のめりに倒れそうになる。
それを小川が支えた。
「おめでとう。お前の勝ちだよ…。」
その瞬間、歓声が湧き上がる。
「やるじゃねーか、新垣!」
「ちくしょう!見直したぜ!」
中庭にいた全員が立ち上がり、拍手をする。新垣はなんとか一人で立った。
小川が笑顔で握手をしようと右手を差し出す。その肩には血が滲んでいた。
銃で撃たれた傷は完全に癒えていなかった。
165外伝その1:01/12/05 21:37 ID:UqgVUTW2
新垣が驚く。
「あ…あなたそんな腕で…。」
「アタシは全力で戦った。きっとお前も全力で。ただそれだけだよ。」
小川が新垣の右手を取ってガッチリと握手する。歓声がひときわ大きくなる。
「なんかアタシさー、お前のこと、妬むってゆーか、僻むってゆーか、
 そんな気持ちだったんだ。ゴメンね。」
小川が新垣にチョコンと頭を下げた。新垣の目からひときわ熱いものがこぼれた。
そんなことどうでも良かった。とにかく嬉しくてしょうがなかった。
父を恐れて誰もが避けていた自分に、全力でぶつかってくれた小川。
自分さえ努力すれば周りの人達に認めてもらえること。
そしてなによりも、力一杯頑張ったことが気持ちよかった。
新垣は小川にしがみつき大声で泣き出した。
(うわー、まいったなー。)
拍手と歓声は日が沈みきるまで鳴り止むことはなかった。

海軍の歴史に名を残す将軍となるこの二人。しかしそれはまだまだ先の話である。