456のつづきね。
「っ!」
市井は自分のとった行動に我に返ると、普段後藤の前で見せたことのない表情をした。
耳まで真っ赤にして、後藤の潤んだ瞳から目をそらした。
あたし…何やった?キスなんかして…!
一方、熱にほだされたようにきょとんとしている後藤。
何か次の言葉を待つように、ただじっと市井を見つめていた。
「あ、あんたが泣きやまないからだぞ!」
照れて、思わずむせながら顔をそむける市井。
後藤も頬を染めながら、涙の跡をごしごしとぬぐった。
「市井さん…。私…あの…。」
「だぁーっ!ゴメン!別に変な意味じゃなかったんだって、その…。」
近付いてくる後藤にあわてて弁解を始める市井。
まだ、自分の中にわきあがる衝動を素直に認めようとはしなかった。
後藤は、今まで教育係として凛としてしっかりした面しか見せなかった市井の、
可愛らしく照れるそぶりに今まで以上の親しみを感じた。
厳しく接してきたのは、きっと自分をちゃんと教育するためだったのだと。
市井は、後藤の表情になんだか立場が逆転したような錯覚を覚える。
目を細くして微笑んでいる後藤は、まるで年下の男の子に向ける
大人の女性のような、そんな雰囲気をたたえていた。
「何がおかしいんだよー。」
「…だって、市井さんなんか可愛いなって…。」
馬鹿やろー。それはあたしの台詞だっつーの。
市井は少しムッとしたように頬を膨らませた。
それに後藤はさらに笑ってしまう。
今までは緊張して、他の看護婦の前はもちろん、
市井の前でこんなに無防備に笑ったことはなかった。
意地になった市井は、ドキドキと胸が鳴るのを押さえ、
いつもの調子で後藤へと詰め寄った。
「いいか、あんたさっきまで怒られてたんだぞ。」
しかし1度素の自分を見せてしまった恥ずかしさはぬぐえない。
また、後藤の見せたほがらかな笑顔により惹かれていく自分を感じた。
「…だから、市井さんが慰めてくれてたんですよね。」
「そ、そうだけど…。」
後藤は涙をうかべながらまだ笑っていた。
しかし今の涙は自分を責める涙ではなく、笑いをこらえようとしているものだった。
市井は意地になって後藤に近付いてしまった事を後悔したが、
引き寄せられるように後藤の髪に手をのばした。
「…お前な、変だぞ?あたしにキスされて笑ってるなんて…。」
さらさらした髪に指がふれる。
後藤はそれにまかせ、無言で市井を見上げた。
「キスされて……笑ってるなんて……。」
後藤が目を閉じる。
市井はもう自分を止めなかった。
唇をそっとついばみ、そして今度はしっかりと口づけた。
「んっ……。」