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仕事も終わり、私は”マリア”に行った。「おはようございま〜す」と
自然に入るとケイがいて驚いていた。
「サヤカは謹慎中でしょ。働かせないよ」
「わかってるって、遊びにきただけ」
「‥こんな店に遊びにくる人間なんて初めてだわ‥」
ケイは呆れながらも嬉しそうだった。
私はケイの部屋(つまり事務室)に入り、熱いお茶をもらった。ケイ自
身が淹れたものらしいが、はっきりいって渋くて不味かった。
一息いれてから、ヒトミがいるかどうか聞くと「いない」と言われた。
別に急ぐことでもないし、いたとしても何を聞けばいいのか上手くまとま
っていなかったので、私はただ流した。
「それよりも、何があったか説明してよ」
私とケイを挟む木製の白いテーブルをトントンと指で叩きながらケイは
言った。
「やっぱり昨日のことはサヤカらしくないし、今日は一転して元気そうだ
し‥ホントよくわかんないわよ」
私はしばらく閉口した。そう聞かれることは覚悟していたけど、やはり
一瞬気が咎められるところがある。
「今日の私、元気?」
「うん、通常の2倍ぐらい」
おかしな表現を使うケイについ表情を緩めてしまう。
「ちょっと体調が悪かっただけだよ。寝不足で、頭が混乱してて‥。なん
かよくわかんなくなってた」
言っててウソっぽいな、と思った。ケイは盲目的に信じたかどうかわか
らないけど、「そっか」とただうなずいていた。
「それよりさあ、ヒトミちゃんの携帯電話の番号教えてほしんだけど‥」
「ヒトミの?なんで?」
「かけたいから」
当たり前のことを言うとケイは「う〜ん」と唸る。
「基本的には教えないことにしてるんだけど‥」
と一旦釘を刺しておいてから、ケイは私に教えてくれた。あまり従業員間
の連絡は好まないらしい。
「ありがと。でも何で教えてくれたの?」
「アンタら、仲がいいみたいだからね。ヒトミったらさあサヤカが謹慎っ
て聞いて、『何とかしてください』って私に懇願してたし」
ケイは口を開けながらウィンクをした。少し気色悪かったがさすがに半
年も付き合っていると慣れた。
「へぇ〜。まだ代わってやったことに恩義でも感じているのかな?多分、
ケイちゃんが思っているほど仲良くないよ」
「ふ〜ん、サヤカはそうかもしれないけど、ヒトミは相当仲良くなりたが
っているみたいだけどね」
部屋にとりつけられている電話が鳴った。
ケイは「はいはい」と言いながら重い腰を上げる。その仕草はカラオケ
の店長のユウコにそっくりで本当にケイは20代後半かも、と一瞬思わせ
た(ユウコは確か来年で29だ)。
電話を終えたケイは申し訳なさそうに私を見た。
「どうしたの?」
そう私に言わせるまでずっとそんな顔を保つ。
「今入ってる子が生理痛がひどくて倒れちゃって‥。代わりに入ってくれ
ない?」
「‥私、謹慎中なんだけど‥」
「そんなの私がどうにかする!」
そんなに自慢気に言わないでよ。
私はヤレヤレと重い腰をう〜んと唸りながらあげた。あ、さっきのケイ
みたいと思った。
419 :
:01/12/30 07:40 ID:Y8yFE2e7
>>414 まさかヒ(略 がリ(略 だったとは。妄想王だなアンタ(w
雑談スマソ。
421 :
ねぇ、名乗って:01/12/31 04:56 ID:IGzalyPp
この小説、昔のモー板小説にあって、今は無くなってしまった「空気」みたいなもの
があって、とても好きです。
続き、期待してます。
423 :
:01/12/31 17:40 ID:eDPpm+7z
大晦日ですが更新します。暇じゃないんですけどね。
>420 妄想王って‥(w。俺なんて、既成のイメージしか持ってないですよ。
ま、誉め言葉だと受け取ります。雑談オッケーですよ。
>421 そういうのは意識していない(というかわからない)のですが、ちょっと嬉しいです。
昔かぁ‥‥どういう空気なんだろう?
>422 がんまりまっす。
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大丈夫だと思っていた。
昨日の原因はマリがあんな目に遭わされたからだろうけど、それは時が経
てば自然と消えていくものだと思っていた。現に今日の朝出かける時も、カ
ラオケ店で性欲溢れるハイティーンのカップルを応対した時も、そして、こ
の”マリア”に入った時もいつもと変わらぬ私がいた。
だから、ケイのダメ元の願いも簡単に受け入れたのだ。
しかし、この”プレイルーム”に入ったとき、吐き気と動悸はやってきた。
カラダがこの場所にいることを拒絶している。
ヘドロのような液体がカラダを侵食させ、息苦しくさせる。ピンク色のシ
ェードが網膜を襲い、狂おしいほどの熱くて臭い匂いが鼻孔をとらえる。
汗が全身を包み、気持ち悪さが倍加する。
「どうしたの?」
店側の都合でチェンジとなってしまって少し不満気だったM字型のハゲオヤ
ジが私の顔を覗きこもうとブリーフだけの汚らしい裸体がドスドスと音を立て
てドアの前に立ち尽くす私の方にやってくる。
昨日の記憶を断片的に思い出す。私は客を力の限り殴った。そして、私も意
識を失った‥。
今日は若干の理性を持っていた。
どっちにしろ今の状況はヤバすぎる。やってくるのは客だ。これ以上”マリ
ア”やケイを困らせたくないってわかっているのに、数秒後近くにあるものを
投げつける自分を想像してしまう。
私はひどく震えた全身のうち、右腕だけを何とか抑えつけて、バッグから財
布を取り出した。
「あ、あの‥これだけ払いますから‥帰ってくれません‥?」
私は財布に入っていた札を全部出して近づくハゲオヤジの前に掲げた。
しばらく考えこんだ後、オヤジはそのお金を受け取った。
「こんなこと初めてだよ‥。金をもらえるお店なんて」
オヤジはニヤリと嘲笑的な笑みを浮かべる。口が歪んだもので淫欲を根幹と
したいつもよく見る笑みとはまた違っていた。
「いいサービスしてもらったよ、って店長に言っておくよ」
オヤジは何か誤解しているようだ。ともかくオヤジは着替え終えたあと、部
屋を出た。
私は急いで部屋の冷房を”強”にし、風速を”急速”にした。そして天井に
取り付けられているエアコンの風にできるだけ顔を近づける。
全身の汗が急速に体温を奪っていく。
しばらくして、私はその場に腰から崩れ落ちた。客のいないこの部屋はまだ
マシだった。残る悪臭もピンク色の光も何とか受け入れられた。
疲弊したカラダを私はベッドを背もたれにしてカーペットの上に座り込む。
「お金いくら入ってたっけ‥?」
とりあえず、入っていた札を全部渡した。10万ぐらいは入っていたことを
思い出す。それでも後悔よりは何とか場をしのいだ満足の方が大きかった。
落ち着いた後、私は部屋に取り付けられたインターホンからではなく、自分
の携帯電話でケイに電話した。
「やっぱ、帰るね」
しかし、ケイは「ダメ」と言った。次の客が私を指名しているそうだ。私の
写真をもう店内に貼ったのだろうか。
さすがに焦る。この場所で落ち着いたのがまずかったと後悔する。
「とにかく、私は謹慎中なんだから!もうイヤだから‥」
悲壮感漂う私の気持ちもケイは全く察してくれない。それどころか、
「前にも会った客だと思うよ。絶対損はしないって」
と電話越しでも客がよく見せるような卑猥な笑みをしているケイを想像した。
「どういうこと?」
その返事はこなかった。そして、「切れた」と気づいた直後、目の前のドア
が開いた。
何かをする前なら断ることは容易だろう。「体調が悪い」って言えばいい。
レイプ願望が強く、そう拒絶する私を掴まえて犯そうとしたりする人間でない
ことを願った。
「こんにちは」
という若い男の声。気弱そうだったので直感的に少し安心が芽生える。
「あの、今日は実は‥」
申し訳なさそうに低姿勢で声をかける。しかし、その後の言葉は視覚に飛び
込んできた情報で封印された。
ある意味、問題のある人間だった。
逃げようとする足がピタリと止まり、私の目は男の顔の一点に集中される。
「先日はどうも‥」
「ユウキくん‥」
マキと似ている顔が申し訳なさそうに立っていた。
429 :
:01/12/31 17:51 ID:eDPpm+7z