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その日もナツミは私を食事に誘った。今日は風俗の仕事はなく暇だったが
「2時間ぐらいしか空いていない」とウソを言って断ろうとした。
しかし、「それでもいい」と言われてしまった。前回は自分を追いこんでい
るふしがあったのに今日はない。
積極的なナツミは見ていてちょっと奇妙だった。
結局、私は断る理由を逸したこともあって2時間だけ付き合うことになった。
前回と同じようにナツミは私のバイトが終わるまで1時間ほど待ち、近くの
24時間営業の喫茶店に寄った。なかなかお洒落な店構えで店員の客当たりも
良いとは思うのだがなぜか人が入らない不思議なところだった。そこで、ベー
コンのホットサンドを二人とも頼んだ。
正面に向き合った時、ナツミは純粋なままの笑顔を浮かべていた。多分、私
のような汚れた肉体では決して作ることができない笑顔だった。
ふとマリに近いと思った。正確に言うと昔のマリにだ。
「何か良いことあったの?」
私はナツミがいつもとは雰囲気が違うことをヨシザワヒトミが指摘して初め
て気付いた。あのヒトミはそういう人のココロを読み取ることができるのだろ
うか。
それからナツミの様子を観察したのだが、確かに違うナツミがいた。
自分の中にこもるようなところを一切見せず、客や私たちと接していた。ナツ
ミにとって笑顔とは自分の陰湿な部分を隠す武器のはずなのに、今日のナツミの
それはどう見てもココロからのもののようだった。
「へへへ〜、わかる〜?」
黒の無地のハンドバッグからナツミは携帯電話を慌てた手つきで取り出し、
その後ろを見せた。
そこにはプリクラが一枚貼られていた。
男と女がいた。一人はナツミだろうが顔にカラフルなペンで塗られていてイ
マイチ顔がわからない。
「あ、もしかして?」
ひらめきとともにナツミを見た。必死で堪えようとするもこみ上げる感情に
はかなわなかったのか、表情を崩した。
「うん‥おとといあんなこと言ってたんだけど‥彼氏出来ちゃった」
申し訳なさそうに、ナツミは上目遣いをする。
「へえ〜、どうやって?ていうか早くない?」
「いやあ、それがさあ、サヤカと別れてからおウチに帰ろうとしたんだけどそ
の途中にね、ストーカーに遭ったんだべ」
「ストーカー?」
「うん、私をずっと付けて来る人がいてね。電車の中でも、降りて歩いていて
も後ろにいたんだべ。真っ赤なセンスの悪い帽子を被っていたから鈍感なナッ
チでもすぐわかった」
ナツミは怪談話をしているように私を脅そうとする。怖い話は苦手だし、ナ
ツミはそういう雰囲気を作ることが上手いようだ。
私はちょっと怯える。
「それに一回パッと振り返ったらその赤い帽子の人はサッと後ろを向いたから、
『ああ、ストーカーだ』って気付いたの」
「まさか、そのストーカーが彼氏になったとか?」
常識では考えられないがナツミはある意味私の常識外の人間だ。
「んなワケないよ。それで私ね、怖くなって走り出したの。一瞬後ろを見たら
その人も走ってきて‥」
「うん」
なぜか頭の中にはジョーズのテーマが流れてきた。私にとっては恐怖の象徴
なんだろう。なんて貧困な想像力だと嘆きながら、その頭に流れる音楽に怯え
ていた。
「曲がり角をぶつかったらバ〜ンと!」
私はツバを飲み込んだ。ナツミは自分の前で腕を組む。そして上を見上げる。
「王子様が現れたの」
「はぁ?」
「だから、王子様」
「それがコレ?」
私は携帯電話に貼られたプリクラを指差すと「コレ」と言われたことに一瞬
だけ怪訝な顔をしてからナツミは大きく頷く。
「ま、つまり彼がね現れて‥」
「なるほど。助けてくれて、それで付き合った‥と」
「うん!」
「なんかドラマチックだね〜。月9のドラマの主人公みたいだ」
そう言うとナツミは照れていた。”月9”というのは完璧なお世辞で、正確
に言うとチープな昼のドラマだと思った。でもこういうほうがナツミらしい。
「どんな人なの?」
ナツミは「質問して」と言わんばかりの好奇に満ちた目で私に訴えかけてき
たので、とりあえず聞いた。
「うん、優しくてカッコよくて、それで――」
「結構ひょうきんもの?」
私は口を挟んだ。
「うん、何でわかったの?」
私は再びプリクラを指差した。
「顔に落書きしてるでしょ?二人で撮った最初のプリクラなら思い出を大切に
しそうなナツミだったら絶対何も書かないはず。じゃあこれは彼がやったって
いうことになる。こんなことやる男なんて結構なひょうきん者だろうし」
「へえ、なんかサヤカって探偵の人みたいだね〜」
「まあね、プロファイリングの勉強してるし」
「そうなんだ。カッコいい〜」
おいおい本気にしないでよ。大体「プロファイリング」って何なのか知って
いるのか?私だってよく知らないで適当に言った言葉なんだけど‥。
そう呆れる私を無視してナツミはただ幸せそうに笑っていた。どんなへりく
つをこねたってこの微笑みの前には王水をかけたように溶けてしまう絶対的な
ものに思えた。
私はナツミの幸せを付き合いが短いとはいえ、ささやかに願っていた。だか
ら、こんな明るい顔をするナツミを無条件に微笑んで受け止められるはずだ。
だけど、私はかつてのナツミのように笑顔を”作っている”自分に気付いた。
それを知られたくなくて一度目をギュッと閉じ、底に湧いている鬱屈したもの
を押さえつける。
そうやって意味不明の葛藤と闘っていた。
「どうしたの?」
ナツミは不思議そうに尋ねると、私は「なんでもないと」と首を横に振った。
「もうエッチしたの?」
私は唐突に聞いた。ナツミは大げさに首を横に振る。
「まさかぁ、キスもまだだよ」
私は眉をひそめた。
「本当に付き合ってるの?出会ってまだ2日でしょ?」
「だって、それにプリクラも撮ったし、電話番号も交換したし‥」
「告白は?したの?されたの?」
「いや、どっちも‥」
「はあ?じゃあまだ付き合ってるって言えないんじゃ‥?」
「でもねでもね、たまたま二人とも昨日予定なかったからデートしたんだよ。食
事して映画行って‥」
弁明みたいに早口で喋る。拳をグーに構えて力説をしている。
「それでキスは?されなかったの?」
「うん、でも最後に手を繋いでくれたんだ」
また嬉しそうにナツミは自分の小さな手を見つめながら言った。私はただた
だ呆れた。
きっとこの男も恋愛経験がほとんどない童貞クンなんだろうなぁ。でもそう
いうやつのほうがナツミにはお似合いかもね。
そして、もうちょっとナツミを心配しようと妙な母性が働いていた。
注文したホットサンドはいつの間にかテーブルに置かれていた。それに気づ
き、食べるともうホットではなくなっていた。
291 :
:01/12/16 07:02 ID:6r+TB/dJ
292 :
-17-:01/12/16 16:45 ID:mZB0aAbr
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家に帰るとマリがいて驚いた。
時間的にはいてもいいから驚くべきことではない。私が驚いたのは、すでに
上下長袖のピンク色のパジャマに着替えていたことだ。いや、もしかしたら着
替えていないのかもしれない。今日一日ずっと同じ服を着ていた。つまり外出
を一秒たりともしていないということになる。
外出好きのマリにはあまり考えられないことだった。
「ただいま」という私の声にも後ろ姿が上下に揺れるだけで”窓際リーマン”
のような物寂しさが見え隠れした。
右手にはマグカップを持っている。私はもう一度、今度は若干大きめに呼び
かけると、マリはゆっくり振り向いた。
293 :
-17-:01/12/16 16:46 ID:mZB0aAbr
「おかえり」
そのマリの表情には隠そうとも隠すことができないくらいの翳が宿っていて、
私は一瞬背筋が凍る。いつもの明るいマリの全人格をひっくり返したような気
がしたからだ。
失恋というものはこうも強力なダメージを受けるものなのだろうか。一昨日
よりも昨日よりもずっとその落ち込みかたは激しかった。それは明日も明後日
も続くのだろうか。そしてどんどん深い闇に落ちていくのだろうか?
「今日は外出しなかったの?」
マリはうなずく。
「学校行かなくてよかったの?」
またマリは無言でうなずく。
「体調悪いの?」
今度は首を横に振る。やはり無言で。
それからもマリはほとんど口を開かなかった。活字がびっしりと埋まってい
る小説を手に持っているが、薄くよどんだ黒目は焦点が合っているとは思えな
かった。
294 :
-17-:01/12/16 16:49 ID:mZB0aAbr
何となく違うと思った。一度、マリは失意のどん底に落ちている。しかし、
何かが別のさらなる深い底に落としたのだ。
そう思う理由は説明がつかない。言うなれば、幼馴染としての長い年月がそ
う唱えている。
「マリ‥また、何かあったの?」
マリは反応した。ほんの少しだったけど、あごが上下に振れ、肩が揺れた。
「あったんだ‥」
「‥‥」
「‥別にムリすることはないから‥。話したくなったら話して。昔みたいに
さぁ‥」
「‥‥」
「とにかく‥早く明るくて元気なマリに戻ってね」
私はマキのことについて震えながら話した小学生のことを思い出しながら言
った。しかし、マリは結局最後まで無言だった。
少し聞きすぎたかな、と思いながら風呂に入った。こういう時に詮索するの
は愚かな行為だ。
再会してからはお互いのプライベートに関してはあまり追求しないようにし
ていたから余計にそう思った。
295 :
-17-:01/12/16 16:51 ID:mZB0aAbr
濡れた髪を完全に乾かす前に、私は寝床についた。
暗いところは苦手なので電気をつけて寝る。マリが先に寝ている日は暗い
所で寝なければならないので苦痛だけど仕方がない。
逆に私が先に寝る時は電気をつけたまま寝て、マリが寝る時に消してもらう
ことになっている。
私が穏やかに眠りの泉に落ちていくときだった。
マリが音を立てずに私の近くにやってきて電気を消した。私は「マリももう
寝るんだ」と思うだけで目は開けない。
ほとんど意識がなくなりかけた時だった。
マリは私の布団をめくり、腹の上にのしかかってきた。体重が軽いとはいえ、
一瞬「うっ」とうめき声をあげる。すると、その声を閉じ込めるように、口に
冷たい感触が走った。
296 :
-17-:01/12/16 16:52 ID:mZB0aAbr
それがキスだと気付くのに若干の時間がかかった。落ちていく意識の底から
上向きの力がカラダ全体を押し上げるように働き、私は目を開けた。
驚きという、目から火花が出るようなインパクトのあるものではなくボディ
ブローのようなじんわりとやってくるような衝撃だった。
真っ暗でよくわからないが目の前にはマリの顔がある。
マリは私の胸のあたりを触っていた。カラダの表面を撫でているという感じだ。
「マリ、何してるの?」
状況がいまいち把握できていない私は「どいて」と嫌がることなく尋ねる。
目が慣れてきてマリの表情が徐々にわかるようになる。暗がりの中というせ
いもあるが、寝る前に見た翳をさらに増したような表情だった。
カラダにようやく衝撃が走った。ここまでされておいて何て鈍感なんだ、と
思った。
私は服を脱がされているのだ。そしてよくみるとマリも小振りで形のいい胸
を出している。
297 :
-17-:01/12/16 16:53 ID:mZB0aAbr
「ちょっと、マリ!」
黒く渦巻く空気に一層の危機を感じ、私は必死で起き上がろうとするが、マ
リは私の腹に乗っているため、うまく抵抗できない。
結局そのままブラジャーまで強引に剥ぎ取られ、右の乳首をマリは高速にこ
すりはじめた。
カラダ中が乳首を発信源に熱くなっていく。一瞬洩れそうになった喘ぎの声
を私は唇を意図的に噛んで飲み込んだ。
熱が電流を生み、カラダの中を流れる。それが手足に及ぶ前に私はかろうじ
て自由になっている左腕でマリの右腕をつかんだ。
マリはそんな私の抵抗にも屈することなく、顔を近づけ再びキスをした。今
度はさっきと違い獰猛なキスだ。小さな亀裂からこじ開けるように私の口に舌
を入れてきた。
そのキスの味はなぜかしょっぱかった。
298 :
-17-:01/12/16 16:55 ID:mZB0aAbr
マリに対する嫌悪とかはなかった。
襲われているという感覚もなかった。
ただただ、今の状態を信じることができない。悪夢を見ているようだ。
次にマリは私のパンツに手を入れてきた。その手は一瞬で性感帯にまで
到達する。そして、すぐにいじりはじめた。
キスされた時、私は若干感じていた。マリの手で少しだけ濡れたアソコが滑
らかに弄られている。
キスで閉じられた口が離れたとき、私は思わず女の声を出した。
マリは上手かった。女同士だからどこが感じるかを知るのは簡単とはいえ、
あまりのソツのなさだ。
「や‥めて‥」
ムダだとわかっていて私は必死の嘆願をした。男だったらこんな声で言われ
ると逆に欲情を燃え滾らせることになるだろう。マリも同じでより一層しつこ
く攻められると言った直後に思い後悔した。
しかし、マリは予想に反し、その言葉で動作を止めた。電池式のロボットの
電池が切れたように、硬直した。
そして、私の胸に冷たい水が落ちた。
299 :
-17-:01/12/16 16:56 ID:mZB0aAbr
「マリ?」
時間が止まった感覚がして私はそのスキをついて逃げ出そうと思わない。
私もマリと同じように硬直してしまった。
「何でこんなこと‥?」
私がそう聞いた瞬間だった。マリはアソコに伸びていた手に力を込めた。
そして、ブチッという音とともに、その手を私のパンツから出した。
「痛っ!!」
私は下半身のあまりの痛みに飛び上がった。
その力は上になっていたマリを飛ばした。ドッスンという音がする。私は立
ち上がった。
マリは私の陰毛を毟り取ったのだ。しかも何本も同時に。
カラダをいろんな風にいじめてきた私だけど、この痛みは初めてだった。
「何すんのよ!」
数年ぶりに私は尻持ちをついているマリに怒りをストレートに向けた。そし
て、丁度目の前に垂れ下がっていた部屋の電気の紐を私は引っ張った。
300 :
-17-:01/12/16 16:58 ID:mZB0aAbr
「何で、こんな―――」
電気は2、3度点滅した後に完全についた。その光は私とマリを照らした。
肌色になったマリのカラダを見て、私は絶句した。
マリは泣いていた。もう何日も泣いていたかのように頬に傷のような赤い線
が3Dのように浮かび上がっていた。
しかし、私を絶句させたのはそれだけじゃない。
マリは全裸だった。
そして、そのカラダには無数の傷とアザが生々しく刻まれていた。