いいかげん、保田を卒業させるスレ

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635【保田圭2011】
#23

「この子、よく転ぶもんですから...」
小川は、あまりにもありがちな言い訳をした。
それはテレビの報道番組でよく聞く、虐待を続ける母親の言い訳と同じだった。

「一朗君」
名前を呼ばれても、一朗は応えない。
ただ、無表情にこちらを見つめている。
救いを求めるわけでもない。
何かを訴えるわけでもない。
ただ、無表情に見つめている。
だが、彼はトレーナーを自ら脱ぎ捨てた。
見知らぬ客の前で。
母親の前で。
それが、なんらかのサインであることは間違い無い。

「...大丈夫?」
微笑みかけてみた。
けれども、一朗はただ見つめ返しているだけだ。
哀しみも苦痛すらも感じていないようにみえる。
ただ、ひたすらに見つめ返しているだけだ。

「すいません、保田さん」
一朗の姿を隠すように、小川が一朗との間に割って入ってきた。
「今日はお引き取りください。一朗を病院に連れていかないと...」
そして、頭を下げた。
「すいません。せっかく来ていただいたんですけれど」

「待って。今したケガには見えないけど」
伸び上がって、小川越しに一朗を見た。
その痛々しい傷やあざは、少なくとも今日付いたものではないように見えた。
「どう言うこと? 説明して」

小川は蒼白な顔のまま、視線をそらしてうつむいている。

一朗を傷つけているのは、母親である小川だと確信した。
「これは、ただのケガじゃない。遊んでいてするようなケガじゃないわ」
小川を問い詰めた。
許せない、と思った。
ひとりの人間として。
ひとりの母親として。

「何を言ってるんですか」
小川は視線を落としたまま抗議した。
「変な事、言わないでください」

「ねぇ、一朗君」
小川を押しやって、一朗の前に立った。
「その傷、どうしたの?」
一朗は、相変わらず無表情に見つめ返すばかりだ。

「いいかげんにしてください」
小川がもう一度割って入った。
「もう、帰ってください」

「小川ッ!」
怒りがこみ上げた。
思わず、小川を突き飛ばしてしまった。
小川は、床の上にうずくまった。

彼女は激昂するだろう、と思った。
つかみかかってくるかもしれないと、身構えた。
しかし、小川はうずくまったまま、静かに繰り返した。

「もう、帰ってください」

一朗はただ、その光景を無表情に見つめている。
636【保田圭2011】:02/02/04 02:03 ID:jOT1O5EB
呆然とドアの前で立ち尽くして、どのくらいの時間が過ぎていたのだろう。
ふと我に返って、乱れた髪を撫で付けた。
押し出された時に、乱れたらしい。

小川は哀願するように、帰って欲しいと繰り返した。
たいして強くない力だったが、とうとう家の外に押し出されてしまった。

一朗は何を知らせたかったのだろう。
なぜ、何も話してはくれなかったのだろう。
もしも彼が、なにか言ってくれたなら、もっと強く出る事も出来たのに。

小川が虐待をしているのは、間違い無いと思う。
いや、もしかしたら、彼女の夫なのかもしれない。
両方の可能性もある。
だが、なぜ?
夫の事はわからない。
しかし、小川は幸せな生活をしているのではなかったのか?

不意に、部屋にあったギターを思い出した。
弾くことの出来ないギター。
けれども、小川は処分する事も無く、部屋に飾り続けている。
それは、小川の未練を現しているのではないだろうか。

娘。時代、小川はひたすらに努力を続けていた。
そして、誰しもが認める実力を手に入れた。
未来は、彼女の味方のはずだった。
しかし、『事件』により突然に引退させられてしまった。
小川に何一つ落ち度があったわけではない。
それなのに、せっかくつかんだ夢を奪われてしまった。

その想いが、彼女の心を悪魔に変えているのだろうか。
どんな幸せも意味の無い物にしてしまったのだろうか。

もちろん、例えそうだったとしても許される事ではない。
このままにして良いわけがない。
取り返しのつかないことになってからでは遅い。
警察に通報すべきだろうか。
専門家を探して、相談すべきだろうか。
どうにかして、あんな事は止めさせなければ。
自分ならば...。
自分ならば...?

何が言えるだろう。
家族を捨てた自分に、何が言えるだろう。
歌のために危険を承知で、異国へ旅立とうと考えているような女に。
妻失格。
母親失格。
そんな女に、何が言えるだろう。

いいや、それは違う。
それは、自分自信をごまかすための言い訳だ。
そんな口実にこそ、意味が無い。
もう一度、ドアを開けなければ。
もう一度、そのドアの向こうにある現実と向き合わなければ。

けれども、どうしても勇気を奮い起こす事が出来なかった。
そこから逃げ出してしまった。
螺旋階段を、駆け下りた。
バス停の前に立った。
息を整えた。
何も無かったかのような顔をした。

これは、過ちの繰り返しだ。
大切な人の苦難に背を向ける、過ちの繰り返しだ。

冬に向かう風が、撫で付けた髪を滅茶苦茶にして去った。
まるで罪深さを、責めたてるかのように。
637【保田圭2011】:02/02/04 02:03 ID:jOT1O5EB
2005年の『Strange War』により、琵琶湖東岸は壊滅した。
その跡に建つ『倭市』は、徹底的な都市計画により造られた500万人都市だ。
国家の威信をかけて、わずか5年で復興した。

その姿は、子供の頃に見たSF映画の未来都市そのものだ。
計画的に立てられた高層ビル群は美しいが、そのデザインは馬鹿馬鹿しいほどSF的だ。
遠くから見ると、生活感などまるで無いように見える。

けれども、近づくにつれ、そこに市民の生活があることがわかる。
計画的に造られた高架歩道には、たくさんの人が行き交っている。
ガラス張りのビルの中は、買い物客で賑わっている。
見上げるレールラインには、市民の足としてリニア・モノレールが行き来している。
その乗り換えステーションに、リニア新幹線は静かに滑り込んだ。

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『Strange War』は、文字通り『奇妙な戦争』だった。
日本は、そして世界各国は、どこを相手に『戦争』をしたのか現在でも解からない。
各国の首都や主要都市が狙われた。
アメリカは、ワシントンDCと共に、ニューヨークが襲撃された。
ユーロ各国の首都も、瓦礫の山と化した。
アジア、中東、アフリカ、南アメリカの有力な国の首都も、目標になった。
同時に現れた『エイリアン』は、実に32機にのぼった。

この招かれざる異邦人は、空挺戦車という兵器に分類されるのだそうだ。
一般にいう空挺戦車は、航空機からパラシュート降下させるだけのものらしい。
エイリアンは、それとは全く異なっていた。
自ら飛行し、目的地に着陸後に地上兵器になる、他に例の無い無人兵器だった。

日本に向かったエイリアンも、最初の目標は首都東京だったという。
しかし、僅かに10分ほどのタイムラグがあり、日本、他数ヶ国に対しては奇襲にはならなかった。
各基地から緊急発進した自衛隊の戦闘機が、エイリアンを太平洋上で迎撃した。

激しい攻撃にエイリアンは東京湾に入る事が出来ず、西に進路を変えた。
そして、琵琶湖上空に差し掛かった時、ミサイルの直撃を受けた。
エイリアンは、琵琶湖畔に墜落し、全ては終わったかに見えた。
しかし、これは始まりだった。
エイリアンは航空機としての殻を捨て、中から本体が這い出してきた。
それは、6本足の、巨大だが不細工なロボットだった。

次の瞬間、信じられない事が起きた。
とてつもない敏捷さで、エイリアンが動き出したのだ。
エイリアンは、無差別にレーザー砲を乱射した。
瞬く間に、街は瓦礫となり、死者の山が築かれた。
警察では相手にならず、混乱の中、自衛隊の地上部隊の展開は間に合わなかった。

戦闘機からのピンポイント爆撃でエイリアンが沈黙したのは、2日後の事だった。
琵琶湖東岸は、滅茶苦茶に破壊されてしまった。
たった1機のエイリアンのために、死者・行方不明者は、日本だけでも250万人を越えた。
世界全体での犠牲者数は、現在でもわからない。
未曾有の大殺戮だった。

混乱の終息後、エイリアンは徹底的に解析された。
しかし構成部品も、ソフトウエアも、何もかもがその出自を突きとめられなかった。
どこから来たのかわからない無人兵器。
『エイリアン』という名は、この時に付けられた。

誰が、何のために、この『戦争』を起こしたのか?
結局、6年経った今でも何ひとつ解かっていない。

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巨大都市ヤマトシティから、車で約1時間半ほど。
伊吹山地にある、別荘地のログハウス。

矢口真里は、そこにいるはずだった。

[to be continued]