いいかげん、保田を卒業させるスレ

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473【保田圭2011】
#Special Episode "Holy Day"

オレンジとパープルのチェック柄。
生地は厚手のフェイクファー新素材。
普通なら着られないような妙なスーツ。

それを後藤真希は、さりげなく着こなしている。

冬のオープンカフェ。
しんしんと冷えて、吐く息が白い。
テーブルの向かいに彼女は座っている。

しっかりとした、流行りのメイク。
シンプルな、ネイルアート。

何気なく、どこかを見ている。
大人びた横顔。
今までに見た事の無い、大人びた横顔。

ポケットからシガレットケースを取り出した。
ケースの底を叩くと、器用に1本のシガレットを飛び出させる。
それを咥えようと、口を開けて顔を近づける。

咎めるような視線に気づいたのだろう。
動きが止まる。
シガレットの直前で口を開いたまま、こちらを見た。

そして笑った。

愛想笑いが半分。
苦笑いが半分。
悪戯を見咎められた子供のような、そんな表情。
子供のような、表情。

『なによう、圭ちゃん』

『いいでしょ別に。あたしもう26歳なんだよ。もう歌手じゃないんだしさ』

『圭ちゃんとこまで、煙、飛ばさないってば』

そして、不意に諦める。

『いいですよ〜だ』

指でシガレットをケースに押し戻してふたを閉じた。

『はいはい、タバコは良くないですよ』

開き直るように言う。

そして、テーブルの上のシナモンティーに手を伸ばす。
良く考えもせず、オーダーを真似した。
案の定、口に合わないらしい。
一口すすって、無遠慮に顔をしかめる。

自分の好きな物をオーダーしなおせばいいのに。

『いいよ、これで』

些細な事で意固地になる。
娘。時代から、そうだった。

再び、まずそうにすする。
そして溜息をついた。

『ねぇ、圭ちゃん』

後藤は、視線を合わさない。
テーブルの端を見つめている。
言いにくい事を切り出そうとする時の、後藤の癖。
娘。時代から、そうだった。

『なっつあんの事で、悩んでるんでしょ』
474【保田圭2011】:01/12/24 11:46 ID:ifI5Z9El
『なっつあんがさ、あたしの事、憎んでたってさ』

後藤は突然こちらを見た。
視線が合う。
澄んだ瞳が、真っ直ぐに見つめてくる。

『それって、当然じゃん』

『だって、娘。を最初からずっと引っ張ってきたのは、なっつあんなんだし』

『急にあたしがポンと出てさ、うまいコトいっちゃったからさ』

『そりゃ憎むって。当然だよ』

『でも圭ちゃん、心配要らないよ』

『あたし、なっつあんの事、大好きだし』

『なっつあんも、あたしの事、大好きだし』

『あたしとなっつあんは、愛憎入り混じる複雑な仲なの』

そう言って後藤は、笑った。

『もう解散から8年かぁ』

後藤は空を見上げていった。
ここに空など無いのに。
見上げる物など、何も無いのに。

『おかしいね。時間がたつとさ、忘れちゃうんだね』

そして笑った。
おかしそうに。

『だって、あたしたちが『愛憎入り混じる仲』って言ったの、なっつあんなんだよ』

『娘。の頃から、ずっとずっとそうだったんだよ』

『あたしがあんな事になって、なっつあん、混乱しちゃったんだね、きっと』

『可哀想。でも、大丈夫』

『なっつあんは、きっと大丈夫』

『可愛い子供と、素敵な旦那様がいるんでしょ?』

『だったらさぁ、圭ちゃんの方が危機的なんじゃない?』

『人の心配してる場合じゃないじゃん』

『こら、聞いてるか、保田圭』

『無口だね、圭ちゃん』

『やっとマトモなあたしに会えたから、口を開くのが怖いんでしょ』

『なんか、やだなぁ』

『仕方ないけどさ』
475【保田圭2011】:01/12/24 11:47 ID:ifI5Z9El
『他の娘。たちだって大丈夫だよ』

『圭ちゃんが心配することないって』

『かえって、大きなお世話かもしんないよ』

『もう、すっかりヘコんじゃってさぁ』

後藤は椅子から立ちあがった。
そしてテーブルを回りこんで歩き、すぐ隣に立った。

『よしよし、後藤が抱きしめてあげよう』

抱え込むように頭を抱きしめた。
彼女の胸に、右の頬が当たる。

けれど。

何の感触も伝わっては来ない。
何のぬくもりも伝わっては来ない。

これが夢だとわかっている。

今、自分はハルギスタンにいる。
軟禁されたホテルの、硬いベッドの上で眠っている。
目覚めれば、2011年12月24日。
この日は生涯忘れ得ぬ日になるのだろう。

『大変だね、圭ちゃん』

後藤は手を離して1歩下がると、微笑んでいった。
それは、哀しそうな微笑みだった。

『でも圭ちゃんならきっと大丈夫だよ』

『そんな顔しないで』

『しっかりね』

そして後藤は、はじけるような笑顔を見せた。

『圭ちゃんは、この先もずっと生きていかなきゃいけないんだから』

「ちょっと、それ、どういう事?」

思わず、口を開いたその時。

後藤の姿も、テーブルも椅子も、何もかもが掻き消えた。

闇の中に、ただひとり残された。


神様。

今日はクリスマスイヴです。
お願いです。
プレゼントをください。

どうか目が覚めても、忘れさせないで。

どうかこの夢を、永遠に心の中に。

[End of Special Edisode "Holy Day"]