いいかげん、保田を卒業させるスレ

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430【保田圭2011】
#20

安倍なつみは、娘。の初代メンバーだ。
飯田圭織と共に、結成から解散までを経験した。

のんびり屋で、ちょっとうっかり者。
いつでも明るく、いつでも元気。
安倍は、娘。のムードメーカーだった。

結成当初から解散まで、なつみはずっとフロントメンバーだった。
当初は、福田明日香とのツートップ。
福田卒業後は、しばらくはひとりで。
後藤真希加入後は、二人が最強のフロントコンビになった。

娘。解散後、彼女はしばらく休養期間に入った。
数ヶ月かけて充電し、マルチタレントとして復帰する予定だった。
移籍先の事務所も決まり、第2のデビューの準備は着々と進行していた。

しかし、あの『事件』が起きた。
安倍は復帰を断念し、そのまま引退となった。
故郷である室蘭に帰り、以来ずっとその地を離れていない。

しばらく後、彼女は婚約した。
相手は、曽根崎幸仁という会社員だった。
北海道に仕事できた時に、紹介された。
年は彼女より二つ上と言う事だったが、なにやら頼りない印象を受けた。
色白でおとなしい曽根崎は、元気な安倍とはあまり似合わないように思えた。

この結婚は、ずいぶん反対されたらしい。
それというのも、曽根崎幸仁が勤めていた水産加工の会社が結婚直前になって倒産したからだ。
二人は話し合い、一緒に飲食店を始める事にした。
しかし、その費用のほとんどを安倍が出す事に、周囲は不安がった。

反対を押し切って彼女は結婚し、曽根崎なつみになった。
幸仁は猛勉強して調理師になり、ついに二人は小さな店を持った。
『お食事処なっち』
その店名は、客寄せには充分だった。
まだ娘。の記憶も新しい頃だ。
物珍しさとなつみ見たさに、多くの客が押し寄せた。

いつまで続くだろうか。
周囲は心配した。
だが二人は、努力を続けて店を盛り立てた。
次第に、料理を目的に来る本当の意味での常連客が付き始めた。
安くて旨い店として『なっち』は有名になっていった。

やがて、小さな店ではやってくる客を捌き切れなくなった。
そしていったん店を閉じ、改めて現在の場所に大きな店を開いた。

味が落ちるのではないか。
違う店になってしまうのではないか。
店のファンは心配したらしい。
しかし二人は努力を止めず、満足のいく味を提供し続けている。

今では、『お食事処なっち』は有名なグルメスポットだ。
『なっち』という名前も、元娘。の安倍なつみの愛称というよりも、店の名前としてもう一人歩きしている。

大手の商社から、チェーン店化の話もあったらしい。
素晴らしく良い条件だったそうだが、幸仁はきっぱりと断ったそうだ。
「それはもう、『なっち』ではありませんから」

なつみの選んだ相手は、頼りない外見とは全く違う硬骨漢だった。
431【保田圭2011】:01/12/17 01:43 ID:OOQhrDsS
今日はしっかりと変装してきた。
これなら、なつみの目の前に立ってもすぐにはわからないだろう。
今日はなつみは店に出ているだろうか。
もしも、彼女がオーダーを取りに来たら最高だ。
いきなり変装を解いて、驚かせてやろう。
そんな子供じみた悪戯に、いつになく夢中になる。
ひさしぶりになつみに会える。
その事が、心を浮き立たせている。

扉を開けると、店内の賑わいが聞こえてきた。
入ってすぐは、小さな待合所になっている。
混雑時には、客がここで待つのだろう。
駅の待合所のような、質素な作りだ。
そこに、大きな垂れ幕が下がっている。
『特盛セール実施中 通常\200 → \100』
なんとも庶民的で、良い感じだ。

幸い、空いてきている時間帯だ。
待合所の席には、誰もいない。
案内を待つ間、座っていようと思ったその時。
悪戯の計画は、あっさりと破られた。

「圭ちゃ〜〜〜〜〜〜〜ん」

広い店内の一番奥、厨房への通路らしきところ。
そんな遠くから、こちらを見つけたなつみが大声をあげた。
(な、なんで?)

なつみは、トレーを抱くようにしながら、こちらに走ってくる。
「ど〜〜〜したの〜〜〜〜〜〜」
満面の笑顔と、大きな声に、客たちが何事かと驚いている。
(は、恥ずかしいって...)

元気良く、駆けて来る。
だんだん、近づいてくる。
(止まれ止まれ、そろそろぶつかるって...)
(あれ、ぶつかんない...)

遠近感が狂った感じ。
やがて、目の前に立ち止まったなつみは、最後に会った時よりもずっとふくよかになっていた。

「わぁお、なっちの特盛だぁ」
「...久しぶりに会っていきなり、失礼だべさ、この人は」

なつみは、膨らんだ頬を更に膨らませて見せた。
周囲の客が、どっと笑った。

「どうしたの、突然、電話も無しにさぁ」
「今朝、家の方に電話したんだけどさ、誰も出なかったよ」
「留守電になってなかったべか」
「なってなかった」
「ごめ〜ん。仕込みがあるから朝早くこっちに来ちゃうんだ」

「で、どうして室蘭へ?」
「うん。なっちに会いに」
「うれしいべさぁ」

つい、通路に突っ立ったまま話しこむ。
432【保田圭2011】:01/12/17 01:43 ID:OOQhrDsS
「あ、圭ちゃん、お昼、食べた?」
「まだ。ご馳走してもらうのアテにしてきた」
「ご馳走、するべさ、するべさ」

なつみは、奥まった席を選んで案内してくれた。
その席は中2階のように一段高くなっていて、窓から街の様子が良く見えた。

「ここ、一番いい席だよ。空いてて良かった」
「うん、良い眺めだね」
「で、ご注文は?」
「う〜ん」

卓上のメニューを手にとって、考えるふりをする。
どれでも構わない。
どれでも美味しいに、決まってる。

++++++++++ ++++++++++ ++++++++++ ++++++++++ ++++++++++

食事の後、裏にある事務所の応接室に通された。
質素で飾り気の無い事務所は、きれいに整頓されていた。
娘。時代のちょっとズボラな彼女からは考えられない。
なつみも良き妻に、そして良き母になったのだ。

しばらくひとりで待つと、夫の幸仁が挨拶に来た。
「お構いも出来ませんが」
「いいえ。美味しく頂きました。本当に美味しかったです」
幸仁は、嬉しそうに笑った。
もうすっかり、骨の髄まで料理人なのだろう。
「ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ。すぐなつみ、来ますんで」
頭を下げると、慌ただしく去った。

やがて、なつみがトレーの上に、二つのコーヒーカップを載せて現れた。
「うちの店は、コーヒーも自慢なんだよ」

香りを楽しみ、一口すする。
「おいしい」
「だべ?」

「あ、ねぇさっきなんで変装してるのにすぐにわかったの?」
そう訊くとなつみは呆れたように笑った。
「圭ちゃん、おマヌケ」
「なによう」
「娘。の頃、そんな格好で、何度も一緒に出かけてるべさ」
忘れていた。
おめでたい。

ふと見ると、部屋の入り口から小さな女の子が覗き込んでいる。
手招きすると、元気良く駆け込んできた。
そして見知らぬ訪問者を、珍しそうに見上げた。

「きゃー。なっちのミニチュアだ」
「あははは。良く似てるって言われる」
「なつきちゃん、だよね」
「あ、なつきの名前、覚えててくれたんだ」
「と、当然でしょ」
「なつき。こんにちは、は?」
「こちはぁ」
元気に叫ぶ。
あまりの可愛らしさに、思わず抱き上げた。
「なつきちゃんは、いくつ?」
「なつきじゃ、ないよぉ」
「ん〜。じゃあ、あなたはだあれ?」
「ちびなっちだよぉ」

ちびなっちは、誇らしげに胸を張った。

抱っこされた状態が気に入ったのか、ちびなっちは膝の上に落ち着いた。
「ごめんね。重くない?」
「体重はママと似てないもんねぇ」
「んまぁ。憎たらしい」
「きゃははははははは」
わかっているのか、いないのか。
ちびなっちは、楽しそうに笑った。
433【保田圭2011】:01/12/17 01:45 ID:OOQhrDsS
「今日は、子供はどうしたの」
「うん。ダンナとダンナの実家」
「連れてくれば良かったのに。会いたかったよ」
「うん、でも今回は強行軍だから」
つい、微妙な嘘をついてしまった。

「強行軍?」
「北海道、岡山、滋賀を回るの」
「?」
「ちょっと、長めの休暇もらってさ。急にみんなに会いたくなっちゃって」
「みんな? 娘。の?」
「そう」
「いーなー。もうみんなに会ったの?」
なつみは、本当に羨ましそうに、身悶えした。

「なっちで何人目かなァ」
「誰、誰に会ったの?」

「最初はね、新垣」
「新垣ちゃん。懐かし〜。元気だった?」
「うん。それから、裕ちゃん」
「裕ちゃん! 懐かし〜」
「新垣と二人で『裕子の部屋』の収録でね」
「わぁ『裕子の部屋』出たんだ。見るべさ。絶対見るべさ」
「うん、見て見て」
「裕ちゃん、相変わらずだった?」
「相変わらず。前の日に深酒して遅刻してきたんだよ」
「あはははは。そんなとこまで相変わらずなんだ」
「それからね、吉澤」
「うわぉ、よっし〜〜〜。会いたぁい」
「それから、後藤」
「......そう」
「それから、昨日の夜、彩っぺにも会ったよ」
「そう」

急になつみは元気を無くした。

「ねえ、なつき。ちょっとお外で遊んでおいで」

なつきは、突然の母の異変に驚いたようだった。
部屋を出されまいと、小さな手で服の端を握り締めた。

「なつき」
「なつきちゃん。ごめんね。お願い」
「ちびなっちだよぉ」
なつきは小さな声でそう言うと、膝から降りてとぼとぼと部屋を出ていった。

やはり後藤の話はするべきではなかったのだろうか。
なつみもまた、あの夜、あの場所に居たのだ。
自分とて、ようやく数日前になって後藤の事に向き合えるようになったばかりではないか。
それを突然、なつみに強要するのは酷というものだ。

しかし、なつみの想いは全く別のところにあった。

「後藤、どうだった?」
「うん...」
なぜか、返答に詰まってしまった。

なつみの春色の瞳が、いつの間に鈍色に変わっていた。
そして、窓の外を見ながら、抑揚の無い声で言った。

「私ね、ざまあみろって思った」
「なっち...?」

「あの時、ざまあみろって思ったんだ」

[to be continued]