いいかげん、保田を卒業させるスレ

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400【保田圭2011】
#19

>>>> 多賀からのメール

待機、あと5日に延長。
準備難航中。
連絡待て。


>>>> 社長からのメール

多賀君からハルギスタン行きを希望している事を聞きました。
私は、反対です。
今度お会いしてお話ししましょう。
また連絡します。


>>>> 紺野あさ美からのメール(2通目)

さっきのメールで書き忘れたので、追伸です。
人を訪ねるのなら、相手の事を良く思い出しておくこと。
特に訪ねる相手の子供の名前を忘れてるなんてサイテーです。
もういい大人なんだから、そういうところもちゃんとしてくださいね。


(紺野め。ナマイキな。最近言いたい放題じゃないの)
(大体、失礼よ。子供の名前くらい覚えてるわよ)
(なっちのところの子は、え〜と......)
(......)
(......)

(年賀状で調べとこう。ま、今回は感謝しとくか)


>>>> 紺野あさ美からのメール(3通目)

今日、3通目です。
検索屋さんから結果が来たので、取り急ぎ。
市井紗耶香さんについて、検索を依頼していました。
評判のいいところに頼んだのですが、結果は残念ながら Not Found でした。

それから、言い忘れていたのですが、今年になって福田さんから電話をもらいました。
さっきかけてみましたが、今は連絡がつかないようです。
念の為、電話番号です。
福田明日香さん(自宅) 5XXX-XXXX

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はい、福田です。
現在、長期海外出張中です。
帰国は来年早々の予定です。
モントリオール支部に居ますが、外出が多いので連絡はメールでお願いします。

++++++++++ ++++++++++ ++++++++++ ++++++++++ ++++++++++

(出張中かぁ)
もう何年、福田明日香に会っていないだろう。
そういえば、就職先も知らない。
(また、冷たいとか言われそうだなぁ)

受話器を置くと、その瞬間にコールが鳴った。
(あれ、ひょっとして明日香、帰ってきてるのかな)
慌てて受話器を取った。

「もしもし、保田さんのお宅でしょうか?」
「はい」
「あ、保田? ねぇ今夜にでも会えない?」

「...彩っぺ?」
401【保田圭2011】:01/12/09 23:50 ID:51eyagPs
石黒彩は、娘。初代のメンバーだ。
そして、娘の二人目の卒業生でもある。
彼女と共に娘。として過ごしたのは1年半あまりだが、共に苦労した忘れ得ぬメンバーだ。

特徴的な、ややつり上がった大きな目に、鼻ピアス。
一見、きつそうに見えるが、娘。の中で一番優しい性格をしていたのは彼女だろう。

「彩っぺは、おかあさんみたいだね」
いつか、後藤がそう言っていた。
「だって、何にも言わなくても後藤の事わかっちゃうんだもん」

いつも、優しく包み込むように近くにいる。
彩は、そんな暖かな存在だった。

娘。卒業の理由は、服飾デザイナーになる夢をあきらめきれない、ということだった。
しかし彼女は、卒業後しばらくして結婚し、家庭に入った。
そのために、結婚が本当の理由だったのだろうと取り沙汰されたりもした。

もちろん、真実は彼女しか知らない。

++++++++++ ++++++++++ ++++++++++ ++++++++++ ++++++++++

「へぇい、保田ァ」

約束の時間を15分も過ぎて、彩は現れた。
彩が指定した、レトロ趣味なスカイバーだった。

「遅ォい。自分から呼び出して、遅刻?」
「すまん、すまん。あ、あたしも同じのを」
大袈裟に謝る仕草をしつつ、隣のカウンター席に納まった。

豊かな髪は、相変わらずきつめに染めている。
上品だが、派手な色のスーツを着込んでいる。
とても小学生の子供を持つ母親には見えない。
だが、彼女が子煩悩な良い母親だと、誰もが知っている。

「久しぶりだねぇ」
「ホントに久々。...ねぇ、保田、どうかした?」
「えっ」
「何か変だよ。何かあったの?」
自分の言葉に自信を持って、彩はそう訊いてきた。
そして心配そうに、顔を覗き込んでくる。

(久々に会っても、そうなんだなぁ)
取り繕ってみても、彩には通じない。
まるで見透かすように、相手の心を言い当てる。
娘。の頃から、ずっとそうだった。

(いっちゃおうか)
一瞬迷った。
覗き込んできた彩と、目が合った。
大きくてきれいな瞳が、今にも泣き出しそうに、潤んでいる。

(いっちゃおうかな)
夫と子供の事。
ハルギスタン行きの事。
そして、後藤に会ってきた事。

(...ダメだね)
話すべきではない。
彩には辛い話は、するべきではない。
402【保田圭2011】:01/12/09 23:51 ID:51eyagPs
「今日は、どうしたの? 急に電話くれて」
無理やり話題を変えた。
そうとわかるように。

「そっか、話したくないか...」
彩は、視線をそらすと寂しそうに言った。
「...大丈夫だよ」
「...」
「私は、大丈夫だよ」
「...そう」

「なんか、寂しいわ」
彩は、カクテルに唇をつけたまま呟いた。

「さぁ楽しく飲もう。久しぶりじゃないの」
「...ごめん」
「ん〜」
「楽しい話じゃないんだ」
「そか、...いいよ。話して」

彩の顔を見ずに、カクテルグラスを見つめていった。
彩がこちらを見ているのがわかる。
迷っているのがわかる。
やがて、迷いを断ち切るように、彩は大きめの声で話し出した。

「裕ちゃんの事なんだけど」

「裕ちゃん?」
意外だった。
中澤裕子の話とは、思いもしなかった。
「あんた、新垣ちゃんと『裕子の部屋』出たでしょ」
「...うん」
「その日、裕ちゃん遅刻してきたでしょ」
「うん。深酒して寝坊したって言ってた」
「あたしね、一緒だったの。前の晩、一緒に飲んでたの」
「...」
「裕ちゃん、荒れちゃってね、すごく」
「...どうして?」

彩は、少しためらった後、続けた。
「あんたに会わなきゃいけないから」

殴られたような衝撃だった。
愕然として、グラスを落としそうになった。
中澤は、再会を喜んでくれていたのではなかったか。

そして、思い出した。
鏡越しの、あの視線。
憎悪に満ちた、あの視線。
中澤はやはり、自分を見ていたのだ。

「誤解しないで」
彩は慌てて付け足した。
「裕ちゃんは、あんたの事、すごく大事に思っているんだ」

(じゃあ、何で...)
聞きたかったが、声が出なかった。
彩は、その様子を見て、なだめる様にゆっくりと話した。
「ごめん。変な言いかたして。裕ちゃんはね、自分にいきどおっちゃってるんだ」
「...」
「裕ちゃん、ずっと歌で成功したかったのよね。ずっとがんばってた。でも、駄目だった」
「...」
「だから、あんたが成功して、すごくうれしいんだけど、すごくうらやんじゃってる」
「...」
「...憎むくらいにね」
「...」
「自分の気持ちをどうにも出来ないみたい」
403【保田圭2011】:01/12/09 23:52 ID:51eyagPs
「...ごめん。こんな事、話しちゃいけない事だよね。ごめん」
彩は椅子ごと背を向けた。
肩がわずかに揺れている。
泣いているのがわかる。
その夜からずっと、悩み続けてきたのだろう。

彩の一番の泣き所は、多分優しすぎる事だろう。
彼女の心の容量は、きっととても小さいのだ。
優しすぎる彼女は、時に他人の悲しみでその心を一杯にしてしまう。
そしてその苦しみに、堪えられなくなってしまう。

中澤は、きっと酔いに任せて自分の気持ちを彩にぶちまけてしまったのだ。
それを彩は、ダイレクトに受け止めてしまったのだろう。
そして、堪えられなくなってしまったのだ。
そうならば、中澤もきっと自分の気持ちに苦しんでいるのに違いない。

「わかったよ」
明るい声を作ってそう言うと、彩は振り向いた。

「じゃあ、もっともっと裕ちゃんに憎まれるような、すっごい歌手になるわ」
笑って言った。
本当は泣きたかった。

「そう」
そんな気持ちをきっと見抜いているはずの彩はしかし、優しく微笑んでうなずいた。

++++++++++ ++++++++++ ++++++++++ ++++++++++ ++++++++++

羽田空港から、新千歳空港へ。
そこから室蘭へは電車を乗り継がなければならないが、今回はレンタカーを借りてみた。

今年はまだ、雪が降っていない。
年々初雪が遅くなっていると聞いた。
地球温暖化は確実に進んでしまっているのという。

人々が狂い、世界が狂い、地球が狂っているといったのは、確か有名な環境活動家だ。
未来は閉塞感に満ちている。
いつからこんな時代になったのだろう。
それでも、ほとんど変わらずに暮らし続ける自分や周囲に、不思議さを感じる。

もっとも世界の行方はおろか、自分の歩く道にさえ迷いがちだ。
だからこそ、自分の道を見つめるために、娘。たちに会おうとしている。
そのために、ここまで来た。

彼女に会うために。

やがて、目的地に着いた。

交通量の多い国道沿い。
郊外型大型店舗の電気店と紳士服チェーン店の間。
もう昼時をずいぶん過ぎているのに、広い駐車場は半分近くが埋まっている。

レンタカーを駐車場に止めた。
家族連れが多い。
ずいぶん繁盛しているようだ。

(ホントにあるんだ...)
本人にも聞いた。
テレビや雑誌の取材も見た事がある。
しかし、実際に目の当たりにすると、何やらおかしさが込み上げる。
(笑ったら、怒られちゃうな)

巨大な看板には堂々とした毛筆で、『お食事処なっち』とあった。

[to be continued]