シアター

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4894-2.3

薄暗かった部屋から、まるで真昼のように照らし出された部屋で、私達
二人は動けなかった。四方を囲む壁紙の風景画は白日にさらされたせい
でメルヘンな色合いをより強めた。
後藤真希の登場はもともとそういった習性のある私ばかりか、フロアに
座った梨華でさえをも、その唇を薄く、呆けたように開かせる力を持っ
ている。

「暗いところでテレビ見ちゃダメだよ。いつもそう言ってるのに。」
反動をつけた後藤真希は、引き戸式の目立たぬドアから、凭れていた身
体を離した。加護亜依は加護亜依でそういった真希ちゃんの小言めいた
モノには慣れているらしくて、私と梨華の気付かぬ間にビデオの再生を
中止していた。
「目、本当に悪くなっても知らないよ。」
などとさらに呟きながら真希ちゃんは近付き、やがてピアノを回って、
やや梨華から距離を置いた場所に、手を静かについて腰を下ろした。
「この子、役に立ったでしょう? 加護亜依。」
私は立ち尽くしたまま、頷く事で精一杯。
490萌え男。:01/12/25 22:23 ID:ZrTQhChi

普段、私の方が梨華より、いくらか活動的ではあるのだった。けれども、
いざという時の覚悟や決断を、常に梨華は私よりも早く決めた。私はそ
の事柄について多少の引け目を梨華に感じ、時々内省したりもするもの
だけれど、この時もやはり、梨華の方が早かった。梨華は、懸命に動揺
を振り切って、その生真面目な瞳を数度瞬いた。
「電話‥。保田さんのくれた番号は‥、あなたの‥?」
「うん‥。ふふ。そうだね。」
勇敢な梨華の、高くて、多少うわずった声に、真希ちゃんはやさしく微
笑んでみせて、それから少し照れたみたいにおどけて頭を揺すった。
カリスマはテレビで見るよりずっと親切で、テレビの中と同じように、
やはりどこかはかなげだ。そういう印象を受けた。


その後、加護亜依がどこからか果物を運んできて、私達はそれを食べた。
4分割された高そうなメロンをそろそろ食べ終える頃には、私の動悸息切
れもだいぶおさまってはいた。けれども、大好きな真希ちゃんを前にどう
しても保守的になってしまって、最初、私はあまり喋れなかった。
「『シャイだね。』って思ったよ。」
仲良くなった後、真希ちゃんはそう言った。梨華はそんな私をよく理解し
てくれているから、いつもよりたくさん、私のぶんまで真希ちゃんに話し
掛けた。
491萌え男。:01/12/25 22:24 ID:ZrTQhChi

正面では加護亜依が不真面目に、そしてさも楽しそうにメロンをほじくり
かえしている。加護亜依の皿の縁には、水っぽい果肉が律儀に整頓されて
ゆく。それを見つめながらも私の耳は、耳だけは梨華と真希ちゃんの会話
へと細心の注意を持って傾けられていた。
「あの携帯はあまり、人には教えてないから、鳴った時は『誰だろう?』
って思ったけど。」
「じゃあ、電話で、ひとみちゃんと話したのも‥、」
「わたし。」
「え‥。ちょっとひとみちゃん、気付きなさいよ!」
「だって‥。切羽詰まってたし‥。普通‥、真希ちゃんの番号だなんて‥、
思う? ましてやあの保田さんに貰った番号だよ。」
(どぎまぎしながら話す私が不器用な声で『真希ちゃん』と口にした時、
 真希ちゃんは一度柔和に笑い、その後、『あの、保田さん』というとこ
ろで、今度は声を立てて笑った。)
「アノ保田さん?あはは!圭ちゃんは今、何してるの?」
「南米に‥、行っていると思います‥。」
保田さんとの別れを思い出し、私は真剣に答えた。梨華も感慨深気に頷い
た。
「南米!?マジ!?」
真希ちゃんは、とてもおもしろそうに笑う。
492萌え男。:01/12/25 22:25 ID:ZrTQhChi

私達が知る保田さんの全てを梨華が的確に時間をかけて話し、驚いたり笑っ
たりする真希ちゃんに向かって、小咄的な合いの手を私がときどき挟んだ。
真希ちゃんは終始笑みを浮かべ、私達の話す保田さんの奔放な振舞いに笑
い涙を時折拭ったりした。それら真希ちゃんの好意的な態度にはもしかし
たら社交辞令的な意味合いもあったのかもしれないのだけれど、私は嬉し
かった。私達の話に後藤真希が共感してくれた。少なくともそんな素振り
を見せてくれた。

大尊敬な真希ちゃんの思いがけずに庶民的な様子は、私達をすっかり饒舌
にさせた(後藤真希は意外にも聞き上手だった!)。すっかり警戒心を解
いた私はこれまでの旅路の全て-----桜の下に埋まった死体や今日人を撃っ
た事、それについて私が全く罪悪感を抱いていない事、等-----を話して
みたくなったけれども、やはりやめた。私のヒーローは私に無関心でなく
てはいけない、絶対。だから保田さんに関連する部分だけ、できるかぎり
おもしろおかしく話した。
493萌え男。:01/12/25 22:26 ID:ZrTQhChi

「姉妹だってわかった時はー。本当にびっくりしたよねー?お互い。」
「うん。私、辛い覚悟しちゃったよ。『ひとみちゃんと別れても、強く
生きていきます。』って。でも、お金は私が貰うけどね。えへ。」
「エ!うーん‥。ひっでえなー。コ〜イツゥ〜。」
「いや〜ん。」
「あは。やめなよ。人前でみっともないよ。けど、姉妹なのに、付き合っ
てるんだね〜。なんつうか、すんげえなー。」

「圭ちゃんも、大変なコトしたね。圭ちゃん自身も、ビビったろうね。ま
さか姉妹だったとはさー。思ってなかったと思うよー。」
「ええ。そう言ってたわ。」
梨華はもう敬語を使ってなかった。もちろん私も。
494萌え男。:01/12/25 22:27 ID:ZrTQhChi

ふとした拍子に眺めると、正面の加護はもうメロンに飽きて、今度は巨峰
ぶどうの皮をひとつひとつ丁寧に剥き始めている。
「真希ちゃんと保田さんて、どういう知り合いなの?」
その黒ずんだ光の玉がまたしても順序よく並べられてゆく加護亜依の皿に
痛快ささえ感じながら、私は尋ねた。
「うーん‥。」
と唸った真希ちゃんは目を細くして笑い、ほんの少し考えた後、ゆっくり
と答える。
「昔の、仲間。一緒に修行したんだ。圭ちゃんには、ほんとうに、力があった。」
「チカラ!?」
この時、梨華の高い声と私の低い声がちょうど良く重なって、絶妙なハーモ
ニーを成した。
「修行ってなんの!?」
今度はためらいのない私が(梨華よりも素早く)聞くと、後藤真希は更に笑う。
その頭上にはもしかしたら、天使の輪でも光っているのだろうと思った。
「教祖の!!圭ちゃんて昔、G教にいたんだよ!?知ってた〜〜!?」
495萌え男。:01/12/25 22:28 ID:ZrTQhChi

「もっとも、その頃はまだ、G教っていう名前じゃなかったんだけどね。
ウチら。」
と、言う後藤真希に、私と梨華は顔を見合わせた。加護亜依も昔の、自分
の知らないG教の話に興味をひかれたのか、黒目の多い輝く瞳でこちらを見
ていた。
「保田さん‥。なんつうか、すんげえなー!」
梨華も真希ちゃんも、おまけに保田さんを知らないはずの加護亜依までもが
大爆笑していたが、やがて調子にのった加護が自分の皿のフルーツ、細かく
刻んだメロンと綺麗に剥いた巨峰数粒を部屋の隅にあるゴミ箱に捨てた。
「お前フザケンなよ!!」
と、上機嫌に叫んだ真希ちゃんの一言で、夜も遅いし、お開きになった。真希
ちゃんの腕に存在する点々とした注射痕に私も梨華も気付いていた。けれど、
見ない振りをした。