―― 一方その頃 ――
一方その頃、モーニング財団本部では。
「あの、あほコンビ。絶対これ見て参加するつもりになったんやわ」
中澤が、後藤が置いて行ったメモ用紙の
“優勝賞金1000万円”と書かれた所を指差して
ピラピラと保田に見せていた。
その時だった。
ピー
ピュルルルルー
「あ、この音は」
そう言って中澤が部屋の壁にかかったプラズマディスプレイ
の方を振り返って手元の通信装置のボタンを押した。
すると、壁の画面いっぱいに飯田の顔が映し出された。
「裕ちゃん、裕ちゃん!今度ねカオリとノノ
レースに出る事になったから」
通信システムがつながるなり、唐突にそう言い出す飯田。
「今、何処にいるんや?」
思わず声が大きくなる中澤。
そんな何故か焦った様子の中澤に飯田は少し困惑する。
「え?それはね、レースの主催者との約束があって今は言えない
でもね優勝賞金1000万円だよ。
優勝したら裕ちゃんにも何か買ってあげるね」
「何を呑気な・・・
なぁ圭織。そのレースはなぁ・・・まぁええわ。とにかく至急戻ってきいや。
圭織にやってもらいたい重要な仕事について話があんねん」
中澤は必死の形相で飯田にそう伝えた。
「ふーん、あ、ゴメン裕ちゃん今忙しいんだ。
その仕事の話はレース終わって戻ったら聞くから
それじゃまたね」
プチッ
「チョッ、圭織っ!圭織もっと重要な話があんねん!!」
通信システムに向かって大声で怒鳴る中澤。
「クソッ、あいつら、メインスイッチ切りやがった。
まあ、いいわ。どうせ圭織とノノには囮になって
潜入捜査して貰う予定だったし・・・」
そう言って中澤は諦め顔でつぶやいた。
「ただ、相手の目的が何なのか分からない以上、圭織達が危険よ」
保田のその言葉に、中澤も何か嫌な胸騒ぎを覚えた。
「ふー危ない、危ない。
せっかくこれからレースに出ようって言うのに
なんか仕事を言いつけられる所だったよ」
飯田はノノに向かってそう言う。
「あ、裕ちゃん、1000万円って聞いて妬んでるのかも」
「なかざわさんも、きっと8段アイス食べたいのれすね」
「1000万円貰ったら裕ちゃんにも買ってやるといいわ」
中澤と保田が2人を真剣に心配している頃
飯田とノノは相変わらず呑気な事を言い合っていた。
―― AM4:00新宿都庁前 ――
ブオン、ブオン
ボボボボボ
静かな街に野太いエンジンサウンドがこだまする。
ここはまだ薄暗い午前4時頃の新宿都庁前。
既に、キャノンボールレースに参加する参加車両が
路肩に集まり始めていた。
非公式な裏レースであったが既に20台以上の車が集まっていた。
集まっている車はフェラーリー360モデナ、
ランボルギーニムルシエラゴ、
ジャガーXKR、マセラティクーペGT等など
世界に名だたるスポーツモデルばかりだ。
それはある種、異常な光景であった。
「凄いよ、ノノ」
その光景を見た飯田は、そう感想を漏らした。
「凄いね・・・」
そして、ここにも飯田と同じ感想を持った人達がいた。
「ここにカローラなんかで乗りつけたら逆に目立っちゃうよ」
安倍と後藤は、無線でそう連絡をとりあうと、かなり離れた場所に
自分達のカローラランクスを停車させた。
そしてスタートの午前4時半が近づいた時であった。
1台のベントレーが姿を現した。
飯田をはじめとした、そこに集まっていた皆が、
およそレース車両とは思えぬ、そのベントレーに注目した。
そして、そのベントレーはウインカーを出しながら
静かに路肩に車を寄せると、そこに停車した。
「ホホウ、いい車が揃っているじゃないか」
フルスモークのベントレーのリアシートに座った男が
部下に向かって嬉しそうに、そう話しかける。
「はい、先生」
先生と呼ばれたその男こそ
先程、飯田が尋ねたビルのついたての奥に居た男であった。
しばらくすると停車したベントレーの助手席から
大きな旗を持った1人の男が降り立った。
そこに居た皆の視線が一斉にその男に集まる
「この旗が振られたらスタートして下さい!」
男は大声でそう叫んだ。
周りの車のドライバー達が自分の車の運転席に戻る中、
飯田も急いでモーニング2000の運転席に戻って準備する。
「なんか、ドキドキするね」
飯田はノノに向かってそう言った。
ブオーン、ブオーン
バリバリバリバリ
午前4時40分、予定よりも10分遅れて、大きな旗が振られ、
激しい爆音と共にキャノンボールレースはスタートした。
各車、一斉に首都高の入り口に向かって発車した。
もちろんノノも。
しかし、ノノは・・・
「何よ、ここ。新宿駅じゃん」
「あれ?間違えたのれす・・・」
「ちょっとー、しっかりしてよー!」
飯田はそう言ってハンドルをバンバン叩いた。
新宿西口の首都高入り口を目指したノノは
何故か逆側の東口にあるスタジオアルタ前を通り、
そして再び都庁の前を通り過ぎ、
グルーっと回ってようやく首都高に入る。
その時間、AM5:00。
もはや、他の参加車もベントレーの姿もどこにもなかった。
「もー、出遅れちゃったじゃない」
飯田はそう言って嘆いた。