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「後藤、どう言う事やねん?」
コーヒーでむせかえっていた中澤だったが
ようやく落ち着きを取り戻して改めて尋ね直す。
「こんな紙がノノのワイパーにはさんであって・・・」
後藤は先程飯田が投げ捨てた紙をみんなに向かって見せた。
そして、たった今見てきた経緯をかいつまんで説明しはじめる。
「それって、今話しとった殺人レースそのものやん」
後藤の説明を聞き終わった中澤はそうつぶやく。
「え?」
と言う後藤の言葉を遮るように中澤が質問する。
「それで圭織は?」
「んー、わかんない。今なっちがついてる」
後藤は、そう言って答えた。
「しかし、今話し合ってたレースにもう既に
出ようとしてるとは・・・。ものすごい早い展開やな・・・」
「ハァ?」
中澤のその言葉に後藤が不思議そうにそうつぶやく。
そんな何か聞きたそうな顔の後藤と目が合う中澤。
「まあええわ」
一瞬、後藤に説明しようとした中澤であったが
途中で面倒になってやめた。そして
「ごっつぁん!あんたはすぐになっちの所に戻って。
それから矢口と吉澤は、その怪しげなレースについての聞き込み調査!」
そう言って中澤はテキパキと次の指令を出した。
「だめよ、よっすぃーは」
ここで奥から保田が口を挟んだ。
「何でよー」
と不満を漏らす矢口
「よっすぃーには、私と一緒に来てアシスタントして貰うんだから」
「えぇー」
矢口は、そう言う保田の言葉に不満げな声を上げた。
そして、更にその奥には2人の会話から一体何をさせられるんだろう
と不安そうな顔で見守っている吉澤ひとみの姿があった。
「まあ、しゃあないな。そうすると
あと、ここに残っとんのは誰や?」
中澤が振りかえる。
「加護だけか。」
「あ、あの石川もいます」
そう言って奥で石川が手をあげる。
「なんやねん、お前はココでお茶くみや!」
「はーい・・・」
中澤にそう言われて石川は渋々と奥に引っ込んだ。
「じゃ、矢口と加護で」
中澤がそう言った瞬間
「えー」
と言う加護の声
「何でお前がえーって言うんだよ」
と、それはこっちのセリフだと言わんばかりの矢口
「え?いや・・・何か言いたい気分だった」
「相変わらず訳わかんねえよ」
矢口、加護。そして後藤の3名はそんな事を言いながら
部屋を飛び出して行った。
――キャノンボールへの道――
一方、ノノと飯田。
とある大きなオフィスビルの前に居た。
モーニング2000の全面ガラスでできた大きなルーフ越しに、
その巨大なビルを見上げる飯田。
「高いねー」
「たかいれすね」
そして先ほどワイパーアームに挟まれていた紙からカーナビに
インプットされた住所を確認する。
「間違いないわ。ここよ」
そう言うと飯田は、ノノをその大きなビルの地下駐車場に
続くスロープへとゆっくりと進めて行った。
安倍も飯田とノノに続くように、
ゆっくりと自分のカローラランクスを発進させていった。
バタン
「あんたは、おとなしくココで待ってるのよ」
地下駐車場に車を停めた飯田は、ノノにこう言い残すと
エレベーターの方向に向かって歩いていった。
ふぉうふぉう
ノノはそんな飯田の後姿を言われた通りにおとなしく見守っていた。
そして、そんなノノの更に後方で
飯田の様子をひっそりと見守る安倍の姿がある事に、
ノノは全く感づいていなかった。
「あぁあぁ、圭織。こんな怪しげなビルに1人で入ってっちゃったよ。
大丈夫だべか?」
安倍は不安げに飯田の後姿をただただ見守っていた。
ビルに入って地下駐車場からエレベーターを上ると
ロビーと書かれた階に受付係がいた。
「あのー、この紙を見てきたんですけど・・・」
と、飯田はそう言ってワイパーに挟んであった紙を見せようとして
途中で捨ててしまった事に気づいて慌てふためいた。
「あれー、どこやったかなぁ?」
しかし、捨ててしまったとも言えず飯田はジャケットのポケットを
必死で捜す振りをする。
「あのーレースの件なんですけど」
飯田がそう言うと受付係は心得たようにどこかに電話をかけた。
しばらくすると、黒の上下のスーツを着た大きな男がロビーに現れた。
黒スーツの大男は、飯田の前に現れたかと思うと
飯田が何も言う前から
「こちらへ」
と言って、飯田を奥のほうへと案内した。
エレベーターを20階あたりまで昇り、それから長い廊下を歩く。
そしてその突き当たった先が目的の部屋のようであった。
「どうぞ」
スーツの大男に案内されるままに、その部屋に通される飯田。
一歩足を踏み入れた瞬間、昼間なのに薄暗い
その怪しい雰囲気の部屋に、飯田は
(うわっ、明らかに怪しいよ、ヤバイとこ来ちゃったかな)
と少し後悔し始めた。
そして念のために腕時計型の無線機のスイッチをONにした。
ザザッ
「おや?なんだべ」
その電波は地下で待機するノノのみでなく安倍の元にも届いていた。
「よく来てくれた。」
薄暗い部屋を更に仕切る半透明のパーテーション板の向こうから
男の声が聞こえた。
(うわっ、私の前に顔を見せないんだ。益々怪しいよ)
飯田はそう思ったが
「はぁ、どうも」
と適当な相槌を打っておいた。
そしてその声は、当然地下の安倍のもとにも届いていた。
「君の車は何だ?」
「モ、いやファイヤーバード トランザムだけど」
モーニング2000と言いかけて慌てて言い直す飯田。
「いい車だ」
奥の男は静かな口調でそう言うと
「例のキャノンボールレースに参加したいんだな」
と念を押した。
「え?ええ。まぁ」
飯田がそう返事し終わるか終わらないかのうちに
男は一方的にしゃべり始めた。
「出発は明朝、夜明け前の午前4時30分。
道が混み出したらレースにならないからな。
スタート地点は新宿都庁前。
コースはそこから中央高速を名古屋まで進み
名古屋から折り返す形で東名高速を東京方面に進んでもらう。
そして最終的に、ゴールは富士スピードウェイ。
急げば午前中にはレースが終わるだろう。
OKかな?」
男はそこまで一気に喋り終えると、飯田に同意を求めた。
「え、あ、はい」
いきなり色々と言われて飯田はそう答えるのがやっとだった。
「それから、事前に公道レースが行われると言う情報が警察に知れると
取締りのための検問を敷かれたりして厄介な事になる。
このレースの事はくれぐれも内密にしてくれたまえ。
約束して貰えるか?」
男は更にこう言って飯田に尋ねる
「なるほどね。分かったよ。」
男の言葉に飯田も納得したように返事をする。
「ああ、それから言っておくが、このレースはあくまでも非公認の
公道レースだ。もしも、レース中に事故を起こしたり
警察のスピード取り締まりにあったりして捕まっても、
当方は一切関知しないからそのつもりで。」
顔の見えない男は更にそう付け加えた。
「もしも、その内容で納得して貰えるならば、そこにある
書類にサインして行ってくれ。」
暗い部屋のつい立の奥で男は静かにこう言った。
「OK。ところでひとつ質問があるんだけどさ
優勝賞金の1000万っていつ貰えんのさ?」
飯田はそう言って顔も見せぬ奥の男に尋ねる。
「ハハハ、君は優勝するつもりか?」
男がそう言って笑う。
「もちろんよ」
と言う飯田の言葉に男は
「まあ、ゴールに1番に着いたなら、その場ですぐに渡してやろう」
そう言ってまた笑う。
「やったー」
飯田はそう言うと、言われた通りにそこにある書類に署名し、
案内役のスーツの大男に案内されるままに、その部屋を後にした。
ニヤリ
飯田の立ち去った後の部屋で、男は飯田がサインした署名を見て
静かに不穏な笑みを漏らしていた。