スレ立てtest
立った。
いま気づいたけど名前欄も残るのかぁ。
結構快適な板っぽいけど自治がどの位なのかだなぁ・・・。
4 :
名無しさん:01/09/15 06:01 ID:j3LZ61lE
test
5 :
名無しさん:01/09/15 07:51 ID:u0lGQ9.Y
てすと
6 :
名無しさん:01/09/15 08:06 ID:bXBlpB/.
tes
7 :
名無しさん:01/09/16 07:08 ID:pwBN2SuM
test
8 :
名無し娘。:01/09/16 07:11 ID:6QKEifDg
test2
9 :
名無し:01/09/18 12:14 ID:wOCKrp52
test
10 :
名無しさん:01/09/22 14:42 ID:n.AQiNK.
test
11 :
JM:01/09/25 06:01 ID:Yf/kcOhU
−凍える太陽 完全版−
12 :
JM:01/09/25 06:12 ID:Yf/kcOhU
序章
スペアパーツと壊れた心が、この地球を動かしている
−ブルース・スプリングスティーン−
「そういう事だ、な、来てくれるだろう。」
その台詞は断言だった。俯いている彼に言葉を投げ込むと、
男は返事を聞かずに去っていった。選択は、1つしかない。
もちろん、従う以外に道はない。
雨の降りしきる午後、壊れかけたビニール傘をさし、彼は町
並みを彷徨っている。回答は一つのみ。求め続けていた、
唯一無比の答えに辿りつく為の旅路の末路、いよいよ「その時」
が来た事を雨の東京は、静かに彼へ告げていた。
「・・・・・・」
まだ冷たい雨の残る早朝、この町の全てを威圧するかの様
に聳え立つ真新しい高層マンションの前に、立ちすくむ彼の
姿があった。 彼は遂に踏み出した、運命の引き金を静かに
下ろす為に。
「おう、やっぱりきてたな・・・」
男は、シルバー色の大きなワゴン車から軽やかな足取りで
出てきた。先に出てきていた大学生風の容姿をした男女2
人を引き連れその要塞に消えていった。
マンション前のやや細い道は、人の影がまばらに増え始め、
そして引いていく。さすがに雨の冷たさは幾分かは和らいで
いたが、それに反し雨粒の方は次第に大きくなっていくよう
であった。
13 :
JM:01/09/25 06:14 ID:Yf/kcOhU
時が滞る。
雨音が町中に静かに伝わる。苛立ちが彼の心に芽生え始めた
その時、要塞の門から漸くあの男が一人スゴスゴと出てきた。
「すまない、・・・ちょっとあってな。それよりお前が帰ったんじゃないかと思って心配したよ」
男の言葉を待つまでもなく少し遅れて先程の2人に引きつられて
来たその「相手」の態度を見れば、何かがあったのは一目瞭然で
あった。
大粒の雨の中、彼はワゴン車の前でイラつく「相手」に、慰め
だとは知りながらも、自分の傘を差し出した。
「さすがのお前だって、この娘の名前くらい知っているだろう?」
「・・・」
「何だ、知らないのか?」
「・・・」
男の問い掛けに彼は困惑した。その「相手」の顔を見た事
はあったが、正確な名前までは知らなかった。ただ今の彼
にとっては、彼女が何者であるかなどは、どうでもいい事だ
った。
彼は漠然と頷くと「相手」に対し軽い会釈したが、「相手」は
彼に一瞥もくれず、纏わりつく男女の腕を振り払いワゴン車
の中に消えていった。
14 :
JM:01/09/25 06:23 ID:Yf/kcOhU
「お前も俺と同じで、随分と嫌われたな。まぁいいから、とにかく話は
ついているから安心してくれ。後でおって連絡する」
「・・・」
男は、そう言い残すとワゴン車には乗らず、小走りに200m程度
先にある大通りへ向かった。どうやらそこに車を待たせてあるらし
い。走りながら、せわしなく携帯電話に向かい大声で叫んでいる
その野太い男の声が静かな街並みに反響している。
その残響音と共にその場に残されたのは、連れの2人と彼、そし
て車内にいる「相手」だけであった。
「じゃぁ、あなたも乗ってください、急ぎますから」
「・・・」
連れの片方である女性にせかされ、彼も「相手」が乗り込んで
いるワゴン車の後部座席に座った。運転席では連れのもう片
方である学生風の青年がブツブツと小言を口走りながら、慌
てながらエンジンをかけている。
青年は漸くとワゴン車を走らせ始めると、瞬間的にスピードを
あげ往来の激しい大通りへと向った。助手席に座った女性は
苛立ちを隠さず、忙しない様子でハンドルを握る青年に指示
を与えると、バッグから携帯電話を取り出し、どこかへと電話を
掛け始めた。
そうした前部座席の忙しなさとは対照的に、後部座席では、白
けきった「相手」と沈黙を保つ彼との二人の間に、何ともいえな
い重苦しい空気が醸造されていた。
15 :
JM:01/09/25 06:24 ID:Yf/kcOhU
彼は、車窓の外に眼を遣り、ただこの沈んだ空気に身を沈めて
いた。激しさを増し降りしきる雨音は、車体を、そして車窓を強く
叩いている。
(確か、あの日もこんな天気だったな・・・)
彼は、追憶の彼方に残るあの日の事を思い出していた。全ての
「終わりの始まり」であった、あの日の事を・・・。
「やっぱり嫌!私には関係ないじゃない!」
「何をいっているの!ここまできて!もういい加減にしてよ!」
突如、目の前に座っている「相手」と女性が座席越しに口論を始
める。しかし彼の耳にはその内容は入ってこなかった。遂にはそ
の口論に運転席の青年までもが加わり、車内は激しい言葉の応
酬の洪水と化していた。
にも関わらず彼の耳には3人の話は何一つ届きはしていなかった。
唯一彼の耳に届いていたのは、彼らの喧騒にまぎれながら、かす
かながらに聴こえてくるFMラジオからの物憂げな音楽だった。
16 :
JM:01/09/25 06:36 ID:Yf/kcOhU
(ビリー・ジョエル・・・)
車内には、彼とは無関係の3人の人間が口々にわめき散らす
罵声と、車体を叩きつける雨音、そして悲しいピアノの音色が
溢れている。
「・・・・・」
激しい雑言の飛び交う車内。猛狂うかのごとく降りしきる雨音。
彼の心は重く沈んだままだった。あれから何も変わらない、い
や変われない。彼の心には、深遠なる虚無感が支配していた。
FMでは悲しげな曲が終わり、明るいダンスナンバーが流れ始
める。彼の心はその曲を聞く事を拒否した。彼だけに再び沈黙
が訪れようとしていた。
彼は悲しげな微笑を一瞬だけ浮かべると、喧騒の最中、そして
静かに目を閉じた。
<序章 了>
17 :
名隠:01/09/25 07:19 ID:y1cUyuvY
待ってました。J.ケインはまだ見つけてません。w
18 :
名無しさん:01/09/25 08:16 ID:ocO2EvZw
小説総合スレのほうにあげちゃっていいのかな?
とりあえず沈黙。
19 :
名無しさん:01/09/25 18:54 ID:ol6DTRKA
>>18 構いませんが、この小説は既出の完全版なので
需要があるかどうか、些か心もとないのですが・・・
20 :
名無し娘。:01/09/26 00:09 ID:TQ/NCFHI
>19
前回は小説総合スレで正式に紹介されていなかったので、
知らない人も多いと思いますよ。今回も期待しています。
21 :
第1章:01/09/26 02:50 ID:wWWt1KUw
第1章
誠実"、なんと言う、悲しい言葉なのだろう・・・
−ビリー・ジョエル−
「もう少し掛かりそうなんです・・・」
足元を照らす薄明かりのみが光る暗い地下駐車場。そこにポツンと停車
しているワゴン車。彼女は関係者専用の出口から小走りに近寄ってくると
徐にドアを開け、後部座席で本を読んでいる彼の姿を確認すると、一瞬
息を呑んだ後、言葉をかけた。
「あと1時間程度なんですけど・・・」
「・・・」
彼はほんの一端彼女に視線を送ったが、気持ちだけ首を傾け了解の意思
を示した。彼女は何か言いたそうに、彼を見つめていたがほんの一つ小さ
な溜息をつくと、ドアを閉め今来た所へ帰っていった。
彼は、横目で彼女を見やりながら車内の時計を確認する。午前1時。いつ
もの時間、今日も深夜までこの場所で、いつもの体勢で「相手」を待ってい
るのが彼の日課だ。
ただいつもと違うのは、いつも金魚のフンのように付きまとっている片割れ
の男がいない事だった。
22 :
第1章:01/09/26 02:56 ID:wWWt1KUw
「結局、こんな時間になっちゃって。真希は、局が用意した隣のホテルに
泊まる事になりましたので・・・」
「・・・」
午前3時、街中は静まり返っている。結局待つべき「相手」は現れなかった。
運転席でハンドルを持つ彼女の背中は、憔悴の色を感じ取るのが容易で
あった。彼は後部座席に身を沈め、静寂に包まれている東京の街並みを
窓越しに焦点なく眺めていた。
過ぎ去った時間を取り戻すかの様に車は猛然とスピードを上げると、靖国
通りを素早く抜けて、左へ大きくカーブを切る。前方には三方交差の交差
点が見えてくる。しかし煌々と燈る赤色の信号を前にしても車のスピードは
変わらぬままであった。そして二人を乗せたワゴン車は、そのまま何の躊
躇いもなく交差点を通り過ぎたかと思うと、突如キキキッ、という激しいブレ
ーキ音を立て、交差点横に伸びる舗道に片輪を乗り上げて、急停止した。
誰もいない交差点の先端、再び周囲には静寂が訪れている。彼女はハン
ドルに頭をもたげて、苦しそうにうめいた。
23 :
第1章:01/09/26 03:03 ID:wWWt1KUw
「すいません。今信号が・・・」
「運転替わりましょう」
彼は後部座席から勢い良く身を乗り出すとドアを開け表に出た。そしてウイン
ドウ越しに手振りで彼女に降りるように即し、改めて運転席側から座席に飛び
乗った。
憔悴した彼女は促されたままに、そのまま助手席に乗り込むと、俯き加減に目
を落す。彼はシートの位置とバックミラーの角度を直すと、静かにアクセルを踏
み込んだ。二人を乗せたワゴン車は、再び静かに走り出した。
「あなたの家は?先にそちらに行きましょう」
「でも・・・」
「いいから。何処ですか?」
「・・・江古田です。ご存知ですか?」
「江古田、池袋の先の?大丈夫、知っていますよ。昔知り合いが住んでいましたから」
「そうなんですか・・・。それじゃ、お願いします。」
車は先程抜けた靖国通りに戻ると、新宿方面に進路を変えた。昼間の喧騒
がウソのように静まり返るその町並みを見遣りながら、車は夜の東京に溶け
込んでいった。
ハンドルを握る彼の眼には頭を小さく振りながら、自分を責めている彼女の
姿が入っている。彼は意を決したように小さく咳払いをすると、珍しく、いや出
会ってから初めて、彼の方から彼女に話し掛けた。
<続>
24 :
作者:01/09/26 14:35 ID:wWWt1KUw
>>18 やはりというか、当然ですが総合スレの方で却下されたようなので、
更新情報の方は載せて頂かなくても大丈夫ですよ。
基本的に毎日掲載していく予定です。
25 :
名無し娘。:01/09/26 23:14 ID:TQ/NCFHI
>24
更新情報の者です。「却下」というのは誰かのネタだと思います……
更新情報を掲載させていただきます。
26 :
作者:01/09/27 03:51 ID:.Qa2ZYDc
27 :
第1章:01/09/27 03:53 ID:.Qa2ZYDc
「お仕事大変ですね」
「そんな事も無いですよ。慣れましたから。」
「そうとは言え、派手そうに見えても、実は地味で大変な仕事なんだなぁ・・・」
「そうかしらね。そういえば、あなたはこうした経験はないの?」
「まさか。ありませんよ。初めての体験です」
彼女は、彼ときっちりとした話をするのは、これが初めてと言う訳では
なかったが、いつも彼に感じる無機質で、まるで機械相手の様な無味
乾燥的な口調との違いに少々驚いていた。車は幾分スピードを緩め、
更に西へ向かっていた。
「ずっとこんな感じなんですか?夜も遅い?」
「ええ。・・・私も真希についてから、まだ日が浅いから分からないけど
多分ずっとこんな感じかな」
「それじゃあ、チーフも自分の時間が持てずに大変ですね。」
「そうね。でも今のところ、特にないし・・・。それにいいの。今は真希の事
だけ考えなきゃいけないんだし」
彼女に先程まで容赦なく襲っていた睡魔はどうやら少し晴れて来たよう
だった。少し打ち解けた空気もそれに後押しさせたが、彼女の頭の中に
今まで抱えていた彼への興味に俄然と湧き出してきた。それとなく彼女
は言葉を繋げ、彼の事を探ってみた。
28 :
第1章:01/09/27 03:56 ID:.Qa2ZYDc
「あなたの本職は、なんなの?」
「え?」
「会社の人は、元ボクサーの警備員といっていたけど・・・」
「会社の人?」
「ええ。あなたに初めて会った日に来ていたでしょう?」
「ああ、あの人ね」
「それで・・・どうなのかしら?」
ワゴン車は、左手に首都高速のバイパスを見ながら、大きく右にハンドルを
切った。車影もそして人影もない静まり返った交差点に近づくとユックリとそ
のスピードを落とす。無人の交差点に備え付けられている信号機が、空しく
赤色のライトを照らし出していた。
「ボクサーといっても練習生ですよ。それに警備員でもないですし」
「そうなの・・・。それじゃあ、あなたは一体・・・」
「そうですね・・・。何でも屋って、いるでしょう?例えば、下水が詰まったとか、
ネコがいなくなったとか・・・、ちょっとした瑣末な事があるとそれを手助けする
みたいなネ・・・・。まぁ、そんな様なもんです」
「そう・・・。でも失礼な言い方かもしれないけれど、何でそんな人が?」
「さぁ・・・。それは私に聞かれてもね。それこそ会社の人に聞いたらどうですか?」
「まぁ聞かなくて、分かっているわ。思い当たる事だらけだから・・・。」
「・・・」
彼女は重い溜息をつくと、首を傾け車窓の外を焦点なく眺めた。彼は、
横目でそうした彼女の様子を確認しながら、車を静かに走らせ続ける。
再び無音に包まれる車内。彼女はそんな空間を嫌がるかのように、
ポツリと呟いた。
29 :
第1章:01/09/27 04:00 ID:.Qa2ZYDc
「・・・そういえば、この間、あなた真希と話していたわね」
「話し?いや、あの程度のことを会話とは言わんでしょう・・・。いけませんでしたか?」
「ウウン。そうじゃないけど、でも何か随分と楽しそうな感じがしたから」
「楽しそうでしたか?そうでもありませんでしたが・・・」
「何を?」
「たいした話じゃないですよ。」
「それだったら尚更いいじゃない。教えてよ」
彼女は笑みを浮かべて少し彼の顔を覗き込んだ。彼も彼女の視線に
気付き、一つ軽く咳払いをすると、その問いに答え始めた。
「いや読んでいる本の話とか、私が飼っている猫の話とか・・・どうでもいい話ですよ」
「そうね。貴方いつも何かしら読んでいるから、気になっていたんでしょ」
「そうですかね・・・」
「そうですよ。大きな体を丸めて、いつも窮屈そうにして・・・。で、それから?」
「それからと言われても、それだけですよ。別に・・・、それに彼女は
私には余り興味は無いようですから」
「それは違うかもよ。あなたが一人で車にいる時に聞いている音楽とか、
本の事とか、やたらに私に聞いてくるもの」
「そうですか・・・」
「何かしらあなたの事、気になるみたい・・・。それに自分のことを監視している
人間な訳だから。興味がない訳ないでしょう?」
「そうかもしれないですね」
「それにあなたは、少し変わった感じがするから」
「皆さんに言われますが・・・、そんなにわたしは、変ですかね?」
「変ですよ。それに変わっている人ほど、自分では気づかないってよく言うから・・・」
「そうかな・・・」
一気に打ち解けた彼女と彼はその他愛のない話を楽しんでいた。今まで
数週間の間、義務的な会話しかしていなかったのがウソのように、車内
には楽しげな会話が弾んでいた。緊張の解けた彼女に、再び眠気が襲
ってくる。小さく欠伸をした。
30 :
第1章:01/09/27 04:02 ID:.Qa2ZYDc
「・・・やっぱりお疲れのようですね。」
「えっ?ええ・・・。いつもに比べればそうでもないんだけど・・・。
今日はあいつがいなかったから、特別かも・・・」
「そうかな。却って、彼のいない方が、精神的には楽なんじゃないですか?」
「!?」
彼女はとめどなく饒舌に語る彼にも驚いたが、急所を突くようなその質問に
驚きを禁じえなかった。
「・・・そう言う風に見える?」
「誰だって分かりますよ。あれくらい露骨ならね。」
「やっぱり・・・。そうかな・・・。」
「・・・彼は年下なんですか?」
「ええ。」
「失礼ですが、あなたはおいくつで?」
「24歳です。今年でね。」
「そうですか・・・そうは見えないな」
車は青山通りを横切ると、進路を変えて小道を通りながら脇道を走り抜け、
やや車の数も多い大通りにでた。すると先程まで暗闇に包まれていた空が、
白みがかってきた。
「そうは見えません?ふけてるかしら・・・」
「いえ。その逆ですよ。20そこそこにしか見えなかったので。」
「ホンとに?・・・それは喜んでいいのかな?・・・」
「さぁ・・・。どうでしょう・・・」
彼は少し返事に窮しながらも、彼女の話に合わせていた。
(意外だな。こんなにしゃべる人なんだ。)
彼女は眠さを忘れ彼との会話を続けた。
<続>
31 :
第1章:01/09/28 04:00 ID:yST8fRwE
「それでは、チーフは・・・」
「ねぇ。その呼び方は止めて貰えません?」
「えっ?あぁ、じゃあ、どういう風にお呼びすれば?」
「後藤で結構ですよ。・・・それより聞きたい事があるの」
「なんでしょう?」
「本当の貴方の名前は、なんて言うんですか?教えて貰えないのかしら?」
「本当の名前ですか・・・一応それは遠慮させて頂きたい伝えてあったと・・・」
「うん、聞いているわ。でも、こうして一緒にいるのに、名前も知らないなんて、
なんだかおかしな感じだわ」
「確かにそれはそうですが・・・。警備上の秘密という事で勘弁して貰えないでしょうか?」
「・・・秘密ね。ウンわかったわ、仕方ないわね。でも、最後に・・・教えて貰えるかな?」
「・・・約束は出来ません。・・・でも、考えさせてください」
「フフフ。いいの、無理に言いたくなければいいの。それに誰にだって
言いたくない事はあるもの・・・」
彼女は過ぎていく景色に目を遣りながら独り言のように呟く。彼は敢えて
それ以上、その言葉の意味を探らなかった。 ただ沈黙を保ち、続く彼女の
言葉を待っていた。
32 :
第1章:01/09/28 04:07 ID:yST8fRwE
「私も・・真希みたいになりたかったなぁ・・・」
「・・・」
「でも、世の中にはなれる人となれない人がいるんだもんね。しょうがないか・・・」
「そうですね。どうにもならない事ばかり、世の中はそんなもんですね、確かに・・・」
彼女は再び彼の顔を見つめ直した。返事を返したその一瞬によぎった冷めた寂し
げ顔色を即座に見つける。彼女は、彼の見せたその表情に自分と似たような感
覚を感じ取っていた。
「・・・あなたは?」
「何ですか?」
「何かになりたい、とか、そういうのあるのかしら?」
「わたしですか・・・。別に・・・。まぁ、昔だったらこの世界で、というのはありましたけど・・・」
「へぇ。じゃあ俳優さんか何かに?」
「いや、音楽関係でね、飯を食えたらよかったんですけど・・・」
「でもまだ若いんだし・・・。もう諦めたわけじゃないんでしょ?」
「そうですけど。でも個人の力では、どうにもならない事もありますから」
「どういうこと?」
「こういう世界では特にね。それに・・・消したくても、消せない事っていうのも
あるでしょう?過去は、消せないんですよ。例え、時間がいくら過ぎようとも・・・」
「・・・そうだね。私もそう。消せないよ自分の事・・・。もう私のせいで真希には
もう迷惑かけられないから」
「・・・」
彼は彼女と同様に、彼女の心の奥底に眠るやるせない気持ちを感じ取っていた。
ハンドルを握る手が少しだけきつくなる。彼は車内に流れる重い空気を切り裂くか
のように少しだけ声のトーンを高く上げると、再び話を続ける。車のスピードを少し
だけ上げながら・・・。
<続>
33 :
お詫び:01/09/28 05:23 ID:yST8fRwE
校正未了で投稿。誤字脱字多し、申し訳ありません。
34 :
第1章:01/09/29 04:32 ID:PQIkfH7Q
「只今お掛けになった電話は、電波の届かないところか・・・」
「・・・」
漆黒の闇に浮かぶ星屑の光がやんわりと顔を照らす。寂しげな眼差し
が宙を彷徨う。窓の外には、遥か彼方に見える船舶の光が、ゆっくりと
動いているのが見て取れる。
昼間には富士山までもが見渡せるその高層ホテルの最上階、まるで宮
殿の応接間の様な空間の中、少女はたった一人、窓際に置かれている
大きなベッドの片隅で、応答のない携帯電話を手にしながら蹲っていた。
「ひとり・・・だもん」
彼女は悲しげに一人呟くと、携帯電話の液晶部分をただ虚ろに眺めてい
た。つまらないメールが処理しきれない程、受信BOXには溜まっている。
彼女はそれらの一つ一つを確認しながら消去のボタンを押し続けていた。
いつの間にか窓の外に広がる暗闇の向こうから、白みがかった光の気配
が押し寄せてくる。そんな気配を感じる事すら無く続く、彼女の機械的な動
作がふと止まった。
彼女は、その親しげな呼び掛けが刻まれた件名をみつけると、それまでの
無表情な顔色が一変し、可愛らしい笑顔を浮かべた。
35 :
第1章:01/09/29 04:35 ID:PQIkfH7Q
「ごっちん、元気かぁい?今日のTV、カッコよかったよ!!
疲れていると思うけど、頑張ってね!それから、この間のメール、
あれ、なにぃ?驚いちゃったよぉ、もう、ごっちんは・・・」
真希は、その他愛のない言葉が書き連ねられた文面を何度も読み返し
ながら一人で笑っていた。しかしその笑顔には、いつもの様な悲しい色
が付き纏っている。
いつからだろう、心の底から笑えなくなってしまったのは・・・。真希は自
分で自分に問い掛けて見たが、当然のことながら、その答えを見出せ
ずにいた。
「圭ちゃん・・・。寂しいよォ」
真希は携帯電話を抱き締め、両足を抱えながらベッドの隅で小さくな
っていた。壁面に据え付けられた大時計の秒針の音だけが部屋中に
響き渡る。やるせない気持ちだけが急いて真希の心を掻き毟る。
何もない、そう何も見えなく何も掴めない、そんな空虚な時だけが無情
に過ぎていく。真希は自分の中の何かが崩れていく怖さと、それを止め
られない虚しさを噛み締めていた。
<続>
36 :
名無しさん:01/09/30 04:42 ID:Dav34.u.
「それで、何を目指していたの?」
「いや、私の話はいいですよ」
「いいじゃない。ここまで話したんだから。教えてくれない?」
彼は即されると、少しハニカミながら言葉を選びながら彼女の問いを
返して始めていた。
「実を言いますと私は・・・、本当はピアニストになりたかったんですよ」
「ピアニスト?本当に?あなたピアノ弾けるの?凄いなぁ
私なんかバイエル止まりよ」
「別に凄くはないですよ。ただ楽しくピアノさえ弾けていれば、それで
良かったんですけどね」
「楽しく弾けない・・・何かがあったの?」
コンビニに配送するトラックが何台か反対車線を通り過ぎていくものの
相変わらず車影もそして人影もまばらな大通りを、彼とマネージャーで
ある真希の姉を乗せ、ワゴン車は快適な速さで西へ西へと進んでいた。
車内では、すっかりと打ち解けた二人の会話が先程来、止む事無く続
いていた。
37 :
名無しさん:01/09/30 04:48 ID:Dav34.u.
「ええ、まぁ・・・。それよりも、ピアノ、あなたも弾けるんですか?」
「ウン、少しだけね。小学校の時、エレクトーンを、ホンの少しだけね」
「そうですか・・・。今はもう興味はないのですか?」
「そんな事ないわ。音楽は聴くのもそれから弾くのも、でも・・・」
「でも?」
「ウン。でも、あなたみたいにプロ目指していたわけじゃないから
大して上手くはないけど・・・でも弾くのも大好き。あなたはどこか学校で勉強を?」
「私ですか。学校と言う訳ではないですけど、ある有名なピアノ教師の元
で弟子みたいな事をしてたんですよ」
「そうなの・・・今は、もうそこは辞めてしまったの?」
「いや・・・嘱託みたいな格好で籍だけは未だあるみたいですけど。
随分と回り道をしてしまってね。ナカナカ先生に顔向け出来ませんよ」
「そうなんだ・・・」
彼は少し苦笑いを浮かべながら、ハンドルを大きく左に切った。車は
無人の巨大な高層ビル群をくぐり抜け、北へと進路を変える。遠くか
らカラスの鳴き声が響く中、暗く覆われた夜空の向こうが、少しだけ
明るさを帯びてきている。間もなく夜は明けようとしている。
彼女は窓の外に目をやりながら、先程から続く彼との会話を続けた
がっていた。それは眠気をはらすという以上に、彼への興味が湧い
て来ている事に他ならなかった。
38 :
名無しさん:01/09/30 04:55 ID:Dav34.u.
「・・・その先生て、厳しい人なの?」
「厳しいですよ。言葉使いからしてね。辛らつですし、でも言う事が
正論だから、こちらとしては悔しいわけでね。あんな人が母親だったら、
私なんかとっくに家出してますよ・・・」
「母親?それじゃ女性なの?」
「ええ、勿論。でも・・・先生として、音楽の師匠としては素晴らしい人ですよ。
俺みたいな落ちこぼれを未だに面倒見ていてくれるんですから」
「面白い関係ね、あなたとその先生って」
「そうかな。そうだ、もしよければ一度お会いになりますか?」
「そうね。会ってみようかしら」
「いや、冗談ですよ。というよりも、私が会いたくないですから」
彼女は今まで感じ得なかった彼の違う側面を見て少なからず満足
していた。これほどまでに見た目の印象と話しての印象が変わると
は思っても見なかったが、それと同時に根本的な疑問が浮かび上
がってきていた。
彼女は一瞬だけ言葉を淀み掛けたが、勢いに任せてその思いをぶ
つけ、言い放ってみた。
39 :
名無しさん:01/09/30 04:59 ID:Dav34.u.
「それなのに・・・どうしてなのかな?そんなあなたが今、こんな
仕事しているのは、どういう事なのかしら?」
「・・・何ででしょうかね?偶然の積み重ねと言うか、運命というか、
そういうもんじゃないですかね」
「運命・・・。それってどういう運命なのかしら?」
「さぁ、それこそ神様に聞かなければ分らないですよ。運命とは何か
なんていう難しい話は・・・」
彼は核心を鋭く突いてきたその問いをかわした。動き出した歯車
は止まらない。運命と言うより必然の集積が今の状況である事を
彼は把握している。それであるが故に、この問いにはどこまでも
逃げなければならない。
彼は気持ちアクセルを踏み込むと、車は幾分とスピードを速めて、
夜の東京を走り抜け続けていた。
<続>
40 :
第1章:01/10/01 03:55 ID:izDRsImM
漆黒の空が漸く白みがかかって来る。車は狭い江古田駅の前に
差し掛かる。彼女の案内で、狭苦しい路地を抜け細い道を何度も
くねる。すると車は、少しばかり広い通りに出たかと思うと二人の
眼の前にはこじゃれた高層マンションが視界に入ってきた。
「あそこなの。意外に立派なマンションでしょ。」
「そうですね・・・」
「でも、こういうとこに住めるのも真希のおかげなのよね・・・」
「・・・」
自虐的に笑う彼女の声を聞きながら、彼は静かに建物の裏側
にある車庫に車を入れた。二人は朝焼けの眩しい、マンション
の前に降り立った。
41 :
第1章:01/10/01 04:02 ID:izDRsImM
「・・・少し休んでいって。汚いけど・・・」
「いえ。帰りますよ。駅まで歩いていけば、もう始発が出ているでしょう」
「じゃあ駅まで、送っていくから・・・」
「大丈夫ですから。それより早く寝たほうがいいですよ。今日も早いんでしょ?」
「でも・・・」
「いいですから、私の事は。今夜、またお会いしましょう」
彼は、彼女へ静かに別れを告げると今、車で来た道を歩き戻って
いった。彼女は一度、マンションに向ったが、ふと思い直したかの
ように歩みを変えるとその背中を追うように、彼を呼び止めた。
「お願い・・・があるの・・・」
「え?・・・なんですか?」
「真希の事・・・これからもお願いしますね。」
「お願いといっても。私はただ彼女の護衛をしろと言われているだけで・・・」
「護衛じゃないでしょ。監視でしょ?」
「ええ。まぁ・・・そうですが・・・」
「だから、お願いしたいの」
「何をですか?」
彼女は改めて彼の前に立つと彼の眼を見つめた。彼は180cmを
雄に超えるその体を少し丸めると、彼女を見つめ返した。
42 :
第1章:01/10/01 04:07 ID:izDRsImM
「もう、これ以上真希に苦しんで欲しくないんだ」
「・・・」
「真希は今、付き合っている男の子がいるの。知っているでしょう?あなたも・・・」
「・・・」
「・・・いいわ答えなくても。でもあの男の子以外ともね、あるのよ・・・」
彼は厳しい視線を彼女に投げかけた。そして重くなった口を漸くと開いた。
「この間、騒いでいたあの中年の男ですか?」
「・・・違うの。あれとはそういうんじゃないんだけど・・・。まぁあなたも、
これだけ一緒にいたら分かっているでしょ。なんとなくは・・・」
「確かに何も知らないとはいいません。ですが、これは私の様な部外者
が関われる話ですかね?」
「部外者だから出来るんじゃない?だって会社の人は勿論、
私なんかのいう事、真希が聞く訳ないでしょ?」
彼女は、自らを蔑んだ言葉で表すと、その吐き捨てた言葉の重さ
の為に思わず彼から眼をそらした。そして俯きながら搾り出すよう
に話し続けた。
43 :
第1章:01/10/01 04:11 ID:izDRsImM
「あなたも聞いていると思うけど・・・。私はチョイ昔、イロイロとあったから。
こういうことに関しては私の言う事は説得力なし、だしね」
「・・・」
「とにかく、もうこれ以上自分を傷つけるような真似はしないで欲しいんだ」
「傷・・・」
「そう。結局ね・・・自分に返ってくる」
「・・・」
「まぁ真希なら、体の関係だけでも、心までは大丈夫だとは思うんだけど。でも・・・」
「でも?」
「でも、いつの間にか心もおかしくなっちゃうの。だから怖いの」
「・・・」
44 :
第1章:01/10/01 04:13 ID:izDRsImM
彼女は乾いた笑顔と哀しい言葉を残したまま、彼の返事を待たず
その場を立ち去った。彼は返す言葉もなく、ただ、彼女の姿を見送
る他は無かった。
重い足取りで駅へ向かう道すがら、眩しい程の朝日が彼を照らし
出す。思い立った様にふっと後ろを振り返ると、その朝日の中に
彼女の住むマンションが溶け込んでいた。遠くから列車の走る音
が聞こえてくる。彼は踵を返すと、更に足取りを重くさせ駅へと向
かっていた。
彼女はだれもいない自室に戻ると、洋服のままベッドに横たわっ
た。そして天井を見やりながら、空虚な気持ちが波の様に襲って
きているのを感じていた。
(このままで、いいのかな・・・)
消せない想いを残しつつ、彼女はいつの間にか眠りについていた。
<続>
45 :
第1章:01/10/02 04:34 ID:/8Qe0o.g
「・・・俺だ。ウン、何、そんな事ないさ。スマナカッタな。迷惑を掛けたよ、
・・・そうじゃないさ。まぁ俺の事情も・・・。それはわかってる、悪かったのは俺さ・・・」
やや沈んだ調子の声色が重く響く。くすんだガラスに四方を囲まれた
公衆電話のBOXの中、彼はいんぎん丁寧に会話を続けていた。
「そうさ、君には迷惑はかけないよ。安心してくれ、・・・ああ、明日にでも
・・・そうさ・・・その時に会えるじゃないか」
鮮烈な太陽の照射が彼の身を包む。まだ人通りのない駅の前、
ポケットにある小銭をチャラつかせながら彼は話し続けている。
首を傾けながら焦点なくウインドウの外を眺めがらの会話は続
いた。
「そうじゃないさ・・・。絶える事のない痛みは、俺が引き受ける。そういう事だよ」
彼は最後の言葉をぶっきらぼうに投げ出すと、そのまま受話器
を置いた。頭を少し落としながらふっと溜息をつき、BOXの扉を
ゆっくりと開く。いつの間にか真上の空には暗闇が消え薄白色
の雲が靡いていた。
46 :
第1章:01/10/02 04:35 ID:/8Qe0o.g
BOXの隣にあるコンビニの前では、店員が気だるそうにホウキ
でゴミを掃いている。彼はその店員を横目で眺めながら、誰もい
ない駅舎に歩を進めた。
古びた自販機で切符を買うと、やる気なさそうに欠伸を繰り返す
駅員にそれを差し出すと、その駅員は機械的にその切符に鋏を
入れた。
彼は一人きりのプラットホームで錆びたベンチに腰を下ろす。や
や肌に纏わりつくような湿気に包まれた朝の駅。彼は俯き加減
にフッと息を吐く。そして鋭い眼光を放ちながら、コンクリートの
地面を睨んでいた。
「漸くと・・・始まったよ。もう・・・戻れないな」
重く冷たい呟きが空に浮く。彼は地面のただ一点を見つめながら、
頭を上げる事無く、一人無人のプラットホームに佇んでいる。暫し
緩やかな時の流れを感じながら、彼は何かを決したかのように冷
たい笑顔を浮かべ小さく息を漏らすと、ゆっくりと凍てつくその眼を
閉じた。
<第1章 了>
47 :
INDEX:01/10/02 04:39 ID:/8Qe0o.g
<凍える太陽 INDEX>
序章・・・ >>11-
>>16 第1章・・・ >>21-
>>46
48 :
INDEX:01/10/02 04:42 ID:/8Qe0o.g
49 :
第2章:01/10/03 02:59 ID:B9GYrNd.
第2章
君がいないと、いや例え君と一緒でも、僕はもう生きていけないんだ・・・
‐ ボノ ‐
「フフフフゥ」
冷たく笑う彼女の顔には、悪魔の影が潜んでいた。彼は、
そうした彼女の態度に努めて無関心を装っていた。
「あの男、きっと誰かに言いふらすよぉ、バカだよねぇ」
「いきましょうか・・・」
彼女の刺のある台詞が耳に響き渡る。つい先程まで背後
で繰り広げられた醜悪な音が車内にこびりついている。男
女の舌と舌が絡み合い纏わりつく、官能的で厭らしいあの
音がまだ車内に残っていた。
50 :
第2章:01/10/03 03:02 ID:B9GYrNd.
「今日は、あなた一人?」
「ええ。お二人とも、今は大変みたいですから」
「そうぉ?やっぱネ・・・。私のせいなんだぁ・・・」
「・・・」
彼女は無邪気に笑って見せた。そして手足をパタパタさせ
ながら、まるで子供のように話を続けた。
「ねぇ、さぁ。今の事もやっぱ報告するのぉ?」
「・・・いえ、別に。それは、私の仕事じゃないですから。」
「ウソぉ?。じゃぁさぁ、どうしてあいつとの事バレたのよぉ?。
あなたが言ったからじゃないの?」
「別に私が言わなくて、あれだけ大騒ぎになれば、誰だって
知るんじゃないですか?」
「そうかぁ。そりゃそうだよね」
彼女の乾いた笑い声が響いた。彼は、何事もなかったかの
ように、あくまでも機械的に黒塗りの大き目のワゴン車を静
かに走らせていた。今日もまた、いつもの同じ様にあの要
塞のような彼女の自宅に向かっていた。
暫くすると、耳障りな笑い声も消え、静けさが車内を支配し
始めた。多分彼女は寝ているのだろう。湾岸線を新宿方向
へ向かう。この道は彼の一番好きなコースだった。彼は徐
に内ポケットからMDを取り出し、コンポに差し込んだ。
51 :
第2章:01/10/03 03:04 ID:B9GYrNd.
車内には、先程までの殺気立った空気から一転し、切ない
ピアノに縁取られた甘い女性の歌声が満たし始めた。
「これ誰の歌?」
「!!」
後部座席からの不意な呼びかけに、彼はギクッと身を硬直
させた。バックミラー越しに様子をうかがうと、寝ていたもの
とばかり思っていた真希が横になりながら、脚をパタパタさ
せている。
「起きていましたか・・・。消しましょうか?」
「いいよ、そのままで」
彼は、慌ててMDをEJECTしようとデッキに手を伸ばした。す
ると彼女は後部座席から身を乗り出し、か細い腕で彼の手を
制してみせた。
「いいから、そのままでいいよ」
「・・・」
彼女は彼の左手をキツク握り締めて囁いた。バックミラー越し
に見える彼女の表情は妖しく光っていた。
<続>
52 :
第2章:01/10/04 00:46 ID:V.11.0TE
「いつも一人でいる時、洋楽聞いているよね?。これは誰なの?」
「サラ・マクラクラン、という人です。」
「ふ〜ん、そうなんだ。この人の事好きなの?」
「えぇ、まぁ・・・」
少し激しめのナンバーが終わり、再び静かなピアノのイントロが
流れ始める。"I Will Remenber You"と囁きながらリフレイ
ンするサラの歌声が車内に響き渡った。
「けっこう、いい歌じゃん、でも、英語じゃ意味がわかんないや」
「そうですね、確かに歌詞の意味がわからなきゃ、つまらないですね」
「そうねぇ。でも、別に、つまんなくはないよ」
ワゴン車は、他の車影もまばらな高速道路の上を静かに走って
いた。夜は深まり、刻々と時がただイタズラに過ぎていく。
真希は少しの沈黙の後、彼に対し唐突に核心をつく問いを投げ
かけた。
53 :
第2章:01/10/04 00:50 ID:V.11.0TE
「あなたは、なんでさぁ、こんな仕事やってるの?お金いいの、やっぱり?」
「・・・」
「それとも、やっぱモーニング娘。の傍にいたいんだぁ?」
「・・・」
「いつもこの車、運転しているのいるじゃん。あいつさぁ、いつも私を
みてんのよね〜。いやらしい眼をして・・・。バレバレなんだよね。あんたも同じぃ?」
「・・・」
「やっぱ、私とやりたいんだ。別にいいよぉ〜。したいんでしょ?」
「・・・」
彼女は、問を止めなかった。ただ、いつもの彼ならば、彼女の投げ
かける言葉をそのまま流すのだが、今日に限ってその先の言葉を
継ぐ「何か」があった。
「真希さんには、私も彼と同じ様に見えているんですか?あなたとセックス
したい様に・・・。そういう風に見えていますか?」
彼の言葉は、少しの笑みが含まれていたが、それだけにその
言葉は宙に浮かんだまま、なかなか消えずにいた。真希は気
持ちシートに背をもたれかけると、窓の外に目を遣った。そして
少し間隔を開けその問いに答えた。
54 :
第2章:01/10/04 00:53 ID:V.11.0TE
「ウウン、そうは見えないけど・・・。じゃあ・・・、どうしてこの仕事してるのぉ?」
「・・・頼まれましてね。」
「誰に?会社のエライ人?」
「いや、あなたが知らない人ですよ。」
「ふ〜ん。難しいね。」
車内には変わらずサラの歌声が響いている。車はジャンク
ションを抜け、漸く下の幹線道路に降りた。車内の時計は
とうに12時を回っている。彼はデジタル時計に目をやりな
がら静かに話しを続けた。
「真希さんは、毎日が楽しそうですね」
「・・・そういう風に見える?」
「えぇ、忙しくて大変でしょうけど、楽しそうですよ」
「そうかな・・・。あんな、つまらない男と、ああいう事していても?」
彼女は、窓の外に顔を向けながら言葉を投げた。バックミラー
から窺うその眼は冷たかった。先程彼の背後で晒した醜態の
時にミラー越しに見えたあの眼と同じ温度をしていた。彼は言
葉を一つ飲み込んだ。
55 :
第2章:01/10/04 00:55 ID:V.11.0TE
「そうですね。人の気持ちなんて、誰にも分かりはしないですね。」
「・・・」
「分かったフリして、すみませんでした。」
「別に、いいよぉ・・・、謝らなくても」
「自分のホントの気持ちなんて、誰にもわかりやしないんだから・・・」
彼の呟きが車内にこだまする。知らぬ間に、MDは演奏を
終えていた。沈黙が再び車内を支配する。彼は、もう一度
MDのプレイボタンを押した。
再びスピーカーから流れる曲は、地上のどこかにいるとい
う秘密の天使に、魂の救いを求める悲しい人の事を歌って
いた。
「この歌は悲しすぎるな。」
呟きは車内に悲しく響く。曲は滞ることなく流れている。二人を
乗せたワゴン車は、いつの間にか彼女の家に近づいていた。
<続>
56 :
第2章:01/10/05 04:43 ID:aiX/qKjE
「そういえば明日は、9時だそうです。いつもの二人が来るそうですから」
「うん。分かってる。・・・あなたは?」
「私ですか?どうも休んでいいみたいですね。まぁ家でゴロゴロしていますよ。」
「あのさぁ、遊びとか、いかないの?友達とか彼女とかと一緒に・・・。
誰もいないの?」
「友達や彼女ですか?アハハ、いないですよ。休みの日くらいは一人でね。
それに一人が好きなんですよ。」
「ふ〜ん。そうなの・・・」
彼は、静かに車を止めると運転席から降り、後部座席の
引きドアを開けた。彼女の大きなショルダーバッグを一緒
に持って、外で待ち受けていた。
57 :
第2章:01/10/05 04:48 ID:aiX/qKjE
「他に荷物はないですか?」
「ウンないよぉ。大丈夫、ありがとう。」
真希は彼からバックを受け取ると、重たそうに肩にかけて
マンションの中に消えていった。彼は何気なく上を見ると、
暗闇の空、月の光だけが妖しく光っているのが見えた。
彼は一つ溜息をつくと、運転席に戻りエンジンをかけた。
するとマンション内に消えた筈の真希が運転席の傍らに
小走りに駆け寄ってくるのが眼に入った。
その真剣な眼差しを見れば何かを話したそうなのは、
容易に分かる。彼はウインドウを下げると静かに真希
の言葉を待った。
58 :
第2章:01/10/05 04:51 ID:aiX/qKjE
「どうしました?」
「さっきはゴメン。なんか言い過ぎちゃった。」
「何を・・・ですか?別に気にすることなんか無いですよ。」
「うん、ありがと・・・。それから・・・まぁいいや。とにかく、じゃあ、さよなら。」
「さようなら。」
真希は別れ際俯きながら、彼に名残の言葉を告げた。
「・・・ねぇ、寂しくないの?」
「寂しいのかな、どうなのかな。自分でもよく分かりませんよ。
・・・それより真希さんは、どうですか?」
「わたし?」
「ええ。寂しくないですか?」
「・・・わかんない」
「それじゃ私と同じですね・・・それでは、お先に失礼します」
投げられた言葉は置き去りにして、エンジンが再び響き、
彼は車と共に夜の街に消えていった。
走り去る車を眺めながら、重い足取りで自分の部屋に戻
った真希は、そのままベッドに寝転び、先程の彼の言葉
を心の中で反復していた。
(わたし、寂しいのかな・・・)
59 :
第2章:01/10/05 04:52 ID:aiX/qKjE
<続>
60 :
第2章:01/10/06 08:27 ID:6zNjmWhA
真希は、ベッドの脇にあるチェストから一冊の
本を取り出した。その本は、先日ちょっとした
イタズラのつもりで、助手席においてあった彼
の本をくすめたまま、そのままにしていたもの
だった。
真希は仰向けになりながら、その本を読むとなく
漫然とページをめくっていた。一気に最後のペー
ジまで捲り終わると、そのまま本を胸において視
線の焦点をぼかしながら、ただ天井を見つめてい
た。
(やっぱり、返さなくっちゃ、マズイかな・・・)
「ピンポーン」
物思いに深けている真希の耳に、金属音が伝わる。
しかし真希はその音に何の反応を示さず、相変わら
ず天井を見遣っていた。
(あの人、ホントはどんな人なのかな・・・)
61 :
第2章:01/10/06 08:34 ID:6zNjmWhA
「ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン」
真希の想像を消し込む様にベルはなり続けた。
そしてガチャガチャとドアのノブがこねくり回
される音が重なって聞こえてくる。
真希は、しょうがないな、という表情を浮かべ
ながら気だるそうに立ち上がり、玄関に向かう。
ドアの向こうからは、聞きなれた少年の声が聞こ
えてきた。
「何だよ、真希。鍵、空けとけよ。早く開けろよ!」
忙しない音が冷たい鉄板の向こうからこだまする。
(あ〜あ。あいつって、暇なんだな。たるいよ)
真希は体全体で倦怠感を醸し出しながら歩き出す。
暫くドアの前で何をするでもなくただ立ち尽くして
いたが。次第に高まるドアノブを回す音を聞きなが
ら諦めたように無造作にドアの施錠を外すと、漸く
と玄関を開放した。
62 :
第2章:01/10/06 08:41 ID:6zNjmWhA
「な〜にぃ?」
「何じゃねえよ。おい、カギ開けとけよ。となりに
部屋の奴にばれそうになったよ」
挨拶も程々に少年は、ズカズカと真希の部屋に
入ってくる。
(いつの間にか、ずうずうしいじゃん)
真希は不服そうな表情を見せながらドアを閉め
後ろを振り返る。既にその"男の子"はTシャツを
脱ぎ捨て、上半身を晒していた。
「え〜何よ!もうやるの?」
「いいじゃん、最近してないジャン。我慢してたんだからさ・・・」
上半身を晒したまま少年は、獰猛な欲望を剥き出し
にして真希に襲い掛かってきた。乱暴な手つきで真
希の衣服を剥ぎ取ろうともがく。真希はやるせなく
その行為をただ受け入れていた。
(今日も同じ事の繰り返しだな…)
真希の気持ちを置いてけぼりにしながら少年の
喘ぎ声だけが響く部屋の中、真希は冷たい笑顔
を浮かべ、そして静かに目を閉じた。
<続>
63 :
第2章:01/10/07 04:47 ID:TUQn/O7Y
「やめてください・・・」
「なんでさ、いいじゃないか・・・」
「・・・やめて!」
梨華は怪しげに笑い絡みつくその男の腕を激しく
振り払うと、そして目に涙を一杯と浮かべ走り出
した。
(絶対に・・・イヤ!)
梨華は心の中で叫んでいた。暗く冷たい地下駐車
場を走り抜け、緩やかなループを昇り切ると地上
に出た。
しかしその外は、激しい雷雨が鳴り響いている。
梨華は思わず立ち竦み躊躇した。すると背後から
黒塗りの高級車が近づいたかと思うと、梨華の右
横に停車した。
ウインドウが静かに下りる。先ほどのニヤケタ笑
顔を晒す男がヒョッコリと顔を出した。
64 :
第2章:01/10/07 04:50 ID:TUQn/O7Y
「ホラ。この雨の中、どうする?いいから乗りなさい」
「結構です。タクシー呼びますから・・・」
「ハハハッ。こんな時間にしかもこんな雨で直ぐに来る
訳ないだろ。いいから乗りなさい」
「いいです。大丈夫です。」
「いいから心配するな、今日は何もしないよ、家まで
送るだけだから…、ホラ、いいから乗りなさい」
男は笑いながら梨華の手を取った。その手の
引き付ける強さに梨華は萎縮した。
(また・・・あの時みたい・・・。イヤ!)
心で幾らそう叫んでも、その叫びは声になら
なかった。男は梨華のそうした態度を見透か
すように、ドアを開けるといやらしい手付き
で梨華の腰に手を回しその身を自分に寄させ
た。
梨華は、本当に聞こえないような位の小声で
抵抗をしめすのが一杯だった。
65 :
第2章:01/10/07 04:52 ID:TUQn/O7Y
「・・・イヤです。一人で帰ります」
「いいじゃないか。俺たちの関係なんだから、遠慮なんかするなよ」
“俺たちの関係”という言葉は梨華の心に一層
の嫌悪感を込み上げさせる。梨華は、その男の、
喋り方も、匂いも、そしていやらしい顔付きも
その全てが嫌いだった。
いや今は、という但し書きが必要なのが、哀し
かった。なぜならば、あの時、そうではない自
分が少しだけ、いたのだから・・・。
だからこそ梨華は、この男同様に自分自身の事
も嫌いだった。
あの時の嫌悪感とそして恐怖感、耐え切れない
この気持ちを精一杯の抵抗で示そうしたが、そ
の脂ぎった男は造作なく引きずる様にして易々
と梨華を助手席に連れ込もうとしていた。
か細い梨華の抵抗は、その全てが無駄に終わろ
うとしていた。
漆黒の暗闇の中、土砂降りの雨は止まず、そし
て雷は鳴り響いていく。梅雨の終わりを告げ、
夏が来た事を知らせる夜だった。
<続>
あん
なんだ
この
すrっど
67 :
第2章:01/10/08 03:21 ID:6bGrD4M2
「もう一つ、お願いがあるんだけど、いいかなぁ?」
「…何でしょう?」
モダンな趣を保ちながら聳えるビルディングの前、
降りしきる雨がフロントガラスに叩き付けられて
その残音が耳にこびりついて離れない。
今日もワゴン車内には真希と彼が二人きりだった。
彼は帰宅を嫌がる真希の願いを聞き入れ、この豪
雨の中、むやみに車を走らせるのを諦めて、レコ
ーディングスタジオが入っているこのビルの前で
時が流れていくのを漫然とやり過ごしていた。
真希の二つ目の願い・・・。彼にはその願いが何なの
か、何となく理解していた。多分雨粒のシャワー
の向こうで微かに見て取れる「騒ぎ」の事なのだ
ろう。
68 :
第2章:01/10/08 03:27 ID:6bGrD4M2
「あのバカ・・・、早くやめさせて。」
「・・・お知り合いですか?」
「そんな事いいから。とにかくお願い、早く!
どんな事してでもいいから!」
真希のせかす声が車内に鳴り響いた。彼の眼が
バックミラー越しに真希の眼と合う。その眼は
いつにも増して冷たく哀しげに光っていた。
彼は全てを含めると、物事を了解した。
「分かりました。何をしてもいいんですね?
・・・で、彼女の名前は何て言うんですか?」
「知らないの?もう・・・。んとね、石川梨華ちゃん。」
「男のほうは?」
「それはわかんないけど・・・とにかく早くして」
何気なく真希が言葉を濁した事を彼は聞き逃さ
なかった。しかし敢えてそれを咎めずに言葉を
継いでいた。
「分かりました、石川さんですね・・・」
彼は助手席に置いてあった英国製の大き目の傘
を取り、そして自分のキャリングバッグにしま
われていたキャップを取り出すと目深に被り徐
に豪雨降りしきる外に出る。
しかし彼はその豪雨に打たれながらも敢えて傘
はささずに、帽子ひとつだけの格好で土砂降り
の雨の中を歩き出し始めた。
69 :
第2章:01/10/08 03:30 ID:6bGrD4M2
人影の無い大きな通りを横切ると、彼の眼には
全身で嫌悪の感情を爆発させている梨華をどう
にかしてコントロールしようと、もがいている
男の姿を鮮明に捉え始めていた。
(ナニ!)
彼の心はそう叫び、心の奥底で感情の何かが大
きく弾けた。彼の眼に飛び込んできた男・・・。
彼は今自分自身に運命を感じていた。
「あの時」から今まで昏睡していた意識の全て
が覚醒し全身を衝撃が貫く。しかし彼は、そう
した気持ちを敢えて完全に密封し、一切の表情
を変えずに男へ近づく。そして雨のシャワーの
中から、恐怖で縮こまる梨華に向けて言葉を放
った。
70 :
第2章:01/10/08 04:55 ID:6bGrD4M2
「あなたが、石川さんですか?」
「・・・ハイ、えっ、でもあなたは、だれ?」
強烈に地面を叩く雨音に押され、梨華のか細い声は
掻き消されそうであった。梨華は眼の前にいる見知
らぬ男性の問いかけに困惑の色を濃くしていたが、
今のこの状況を抜け出せる一筋の光をその男の登場
に見い出そうとしていた。
「私は会社のものです。お話中にすみませんが、
よろしいですか?」
「なんで…しょう」
「実は後藤さんが一緒に帰ろうと、言っておられるのですが。
どうですかね?」
「え・・・ごっちんが?」
梨華の掠れる様な細い声を制して、男の野太い声が
空気を切り裂く。
「何だ、お前誰だ!」
男は訝しげに彼を見ながら威嚇した。しかし彼は表
情を一切変えずに、そのまま言葉を続けた。
71 :
第2章:01/10/08 04:58 ID:6bGrD4M2
「どうしますか。あちらの車に真希さんは、いますけど」
視界も侭ならない豪雨の中、彼の指差すその先に、
大きな黒いワゴン車の中から顔を出し、手を振る
真希の姿を梨華は見つけた。それまで硬直してい
た梨華の顔が 一瞬だけ緩んだ。
「それじゃあ…、私も帰ります。さよなら…」
そういうと梨華は、渾身の力を振り絞り男の手を
振り払うと彼のもとに近づいた。邪険にされた男
は怒りを見せながらその後を追おうとすると、彼
は手にしていた傘の先をふいに男の眼前に突き出
した。
男は自分の勢いが御せずに、躓きそうになりなが
らも、どうにかして体を捻りそれを避けた。一瞬
の間の後、怒りの矛先を彼に向かわせようと思っ
た刹那だった。
男は彼の無表情でいて冷たく光るその眼の鋭さに
恐れをなし言葉を飲んだ。そして改めてその彼の
顔を見据えると、
「アッ」
と小さく驚嘆の声を上げ、その表情を怒濤の驚愕
へと変化させた。
「お前が・・・なんでここに!!」
<続>
72 :
第2章:01/10/09 04:34 ID:NYlQA2M.
「石川さん。傘を。」
彼は男の言葉を遮り、その眼前に差し出されていた傘
を開いて、梨華に手渡した。梨華は、この二人の間に
あるのは何なのか、その想いを必死にめぐらせていた
が、今時分が置かれている状況を再確認すると、慌て
て彼の差し出す傘を手に取った。
「どうぞ、お先に・・・行っていてもらえますか?」
「でも・・・。それだとあなたが、ぬれちゃいますよ・・・」
彼は、この期に及んでも、彼の事を慮ろうとする梨華に
少し心を惹かれたが想いを振り切ると男を眼だけで制し
語気を強め、梨華を車に向かわせた。
「いいから、早く行きなさい!」
「ハイッ!」
73 :
第2章:01/10/09 04:42 ID:NYlQA2M.
彼は、梨華の確かな返事を聞き終えると肩の力が少しだ
け抜けた。暫くするとその背後から豪雨の音に混じりワ
ゴン車後部座席の閉まる音が聞こえてくる。それと同時
に、彼はニコリと笑い、男に告げた。
「驚いただろ。でもそれは俺も同じだよ。案外早く再会
できたな・・・」
「何でお前が・・・。そんなバカな」
「馬鹿な事ね。まぁこの世の中はそんな事ばかりだな。
まぁ近々、また会える日を楽しみにしていますよ・・・」
彼は妖しい笑顔を残しつつ、ずぶ濡れになりながら豪
雨の中にその姿を消した。一人残された男は、ただ呆
然と彼の姿を見届けながらその場に立ち尽くしたまま
であった。
<続>
74 :
第2章:01/10/10 03:26 ID:et7bH1HQ
「ごっちんアリガトネ。」
「ううん。わたしはいいけど、梨華ちゃんダメだよぉ。
夜遅い時、一人で帰るのは・・・」
「うんデモネ・・ううん、わかってるの、私が悪いの。
…でも本当にありがとうね。」
「私は大丈夫。それより、この人のおかげだよ。ねぇ?」
「うん。本当にありがとうございました」
「…」
梨華は、頭からバスタオルを被りながら、ハンドルを
操る彼のその背中越しに、深々とお辞儀をし感謝の念
を伝えた。彼はバックミラー越しに、その梨華の健気
な姿を見ていた。
その時だった。彼は初めて梨華の顔をハッキリと確認
した。そして彼はその顔立ちに息を呑んだ。
(似ている・・・)
彼は、明らかに動揺していた。が、そうした心の"ゆ
らぎ"は一切表に出さずただ漫然と車を走らせていた。
75 :
第2章:01/10/10 03:29 ID:et7bH1HQ
「ごっちん。今日の事…みんなに言わないでね。お願い…」
「ウン?もちろんだよぉ。いわないよ」
「ありがとね…」
「それより、もうアイツとは、関わっちゃダメだよ。」
「…ごっちん、あの人の事、知ってるの」
「ウン、まあね。・・・本当に嫌な男だよ。」
真希は吐き捨てるように言葉を投げた。梨華はその語気
の強さに驚いたが、自分と同じ気持ちを共有している仲
間を見付けた嬉しさを感じた。しかしその瞬間、やるせ
ない気持ちが頭を擡げた。
(もしかしたら、真希ちゃんも、あの男に…)
76 :
第2章:01/10/10 03:40 ID:et7bH1HQ
荒れ狂う窓の外を漫然と見やる真希の眼は、いつに無く
虚ろだった。ここ最近真希の心を襲い続ける、投げやり
な空しい気持ちが覆い被さっている様だ。
梨華は真希の虚ろげな表情を眺めながら、気持ちだけ
真希の身体に身を寄せた。肩と肩が微妙に触れ合う感
じまで近づく。梨華のつく悲しげなため息が真希の聴
覚を刺激している。
(もしかしたら、やっぱり梨華ちゃんも…)
すると真希は少しの笑みを浮かべながら梨華の頭に覆
い被さっているバスタオルを手に取り優しく梨華の頭
を撫でた。
「梨華ちゃん、まだ濡れてるよ」
「ありがとう、ごっちん…」
ミラー越しに二人のやり取りを眺めていた彼の顔に、
まだ拭き切らない雨の雫が頭からポタポタと落ちてい
る。何とも表現できない感情が心の中を渦巻いていた。
彼はフロントウインドウに絶え間なく叩き付けられる
雨を睨み付けながら、心の中で呟いた。
(もしかしたら、ふたりとも、そうなのか・・・。)
彼の心はいつになく乾き始め、その両眼が冷たく光る。
3人の重く、切なく、そして虚ろな気持ちを載せたま
ま、ワゴン車は雨降る夜の東京の街を走り抜けていた。
<続>
77 :
第2章:01/10/11 02:10 ID:TIUd2mrE
「本当にありがとうございました。」
「いえ。余り気になさらないで下さい」
梨華は改めて深々とお辞儀をした。今春越して来たばかりと
いう真新しいマンションの前、未だ止まぬ雨の中、梨華は何
度も何度も運転席の彼に頭を下げた。彼はウインドウをあけ
その都度、梨華を制していた。
「早く中に入ったほうがいいですよ」
「ごっちんもアリガトウネ。」
「ウン。梨華ちゃん、わかったから早く入って。風邪引くから。」
「ウン。本当にアリガトウ・・・」
梨華の眼から大粒の涙がこぼれていた。彼は慌てて運転席の
ドアを開けると胸のポケットからやや大きめのハンカチを差
し出した。梨華はそのハンカチで自分の顔を拭った。
78 :
第2章:01/10/11 02:12 ID:TIUd2mrE
「…すいません」
「いいですから…」
「そうだよ、梨華ちゃん。また明日会おうね!」
「ウン…」
彼は黙って梨華に一礼をすると、すぐさま運転席に戻り、エ
ンジンをかけ直した。後部座席の窓際では、梨華と真希は何
事か笑いながら話していたが、それも終わると、窓越しに肩
と肩とを抱き合い、別れを惜しんでいた。
彼は、梨華が名残惜しそうに手を振りながらマンションの中
に消えるのを確認すると、静かに車を走らせた。
79 :
第2章:01/10/11 02:14 ID:TIUd2mrE
「彼女、優しくていい子ですね。あの子もメンバーなんですか?」
「ホントに何も知らないんだね。テレビとかあんまり見ないのぉ?」
「いや、見ているほうだと思うんですけどね・・・」
「ウソぉ?どうせニュースとかばっかでしょ」
「いえ、ニュースなんか殆ど見ませんよ。」
「じゃあ何みてんの?」
「…そうですね。見てる、て言うより眺めているのかなぁ」
「それって、どう違うのぉ?」
「さぁ…うまく説明するのは…難しいな」
車はいつもの見慣れた通りに差し掛かると、あの要塞の様な
マンションに近づいた。先ほどまで荒れ狂ってた空は落ち着
きを取り戻し、雷鳴は消え、漸くと雨も小ぶりになっていた。
80 :
第2章:01/10/11 02:17 ID:TIUd2mrE
「明日は9時です。お二人が来られますから」
「ウン。・・・あなたは休み?」
「ええ。」
「ふ〜ん。また休みなの」
真希の言葉には何かしらの意味が含まれていたのを彼が気付か
ない訳がなかったが、敢えてそこには触れず、少し話の向きを
変えてみた。
「そうだ。この間の本は読まれましたか?真希さんが持っていった
んでしょ?」
「え?あぁ、ウン。ゴメンネ、黙って持っていって」
「別に構いませんよ。それより読まれました?」
「え?・・・ウン面白かったよ。それに絵も可愛かったし。」
「ああいうのなら、本読むのも楽しいでしょ?」
「そうだね。あれからね、・・・あなたに黙っていて悪かったん
だけど、よっすぃ〜にも貸してあげたんだ。面白かったって」
「そうですか、それは良かった。あれは真希さんにあげますから、
お好きにして下さい」
「でも・・・いいの?ちゃんと返すから、今取ってくるね」
「いいですよ。別に、気にしないで下さい。そんな値段のするもの
でもないですから。ああ、そうだ。それから・・・」
彼は真希との会話の中で良く出てくる"よっすぃ〜"というのが、
果たして誰なのかは皆目分かってはいなかったが、いつもの様
に話の流れを折らずにそのまま言葉を続けた。
81 :
第2章:01/10/11 02:20 ID:TIUd2mrE
「それじゃ、今日はこちらを・・・」
そういうと彼は助手席に置いてあったバッグの中から、シン
プルな包装紙に包まれた少し大きめな書物を取り出して、真
希に手渡した。
「これはぁ?」
「写真集ですよ」
「写真集?女の人の?」
「まさか・・・猫のですよ。世界中の猫が写ってますから。
可愛いですよ。」
「ふ〜ん。本当にいいの?」
「構いませんよ、どうぞ」
「あなたホントに猫が好きなんだね」
「そうですね。でも、まぁ暇な時とかにでも見てください」
「でもやっぱ。ホントに、いいの?」
「どうぞ、どうぞ。面白いし可愛いですから、楽しめると思いますよ」
「ウン。アリガトネ。なんか貰ってばかりで」
「いえ、いいんですよ。人にプレゼントするのが趣味なんですから」
彼はそういうとエンジンを切り運転席のドアを開けた。しかし
真希は彼に即される前に自分でショルダーバッグを持ち出すと、
彼がその後部座席のドアを開けるのを待つまでも無く、自分で
開けて外に出た。
82 :
第2章:01/10/11 02:23 ID:TIUd2mrE
「すいませんでした。大丈夫ですか?」
「自分の荷物くらい自分で持つもん。大丈夫だよぉ」
真希は重たそうにショルダーバッグを抱えてマンションに消
えていった。彼は運転席に戻り、ハンドルを握りなおす。す
ると真希がマンションの入り口でくるりと回転して、車のほ
うに向きを直して、少し大きめな声で彼に問い掛けた。
「ねぇ!・・・あなたはいつまで、この仕事するの?」
「・・・前にも言いましたけど、そうは長居しませんから」
「そうなの・・・。別にさぁ、私は迷惑じゃないから、他に仕事
なけりゃいてもいいよぉ。」
「大丈夫ですよ・・・ご心配なく。そのうち、仕事も見つかるでしょうから」
彼は今まで真希に見せた事のないような底抜けに明るい笑顔
を残し、夜明けを静かに待つ町の中に消えていった。真希は
一つ溜息をつくと、静々とマンションの中に消えていく。
一人残された真希は、いつまでもその車の行き先を眺めてい
た。完全に視界から車が消え去ると、真希は哀しげな溜息をつ
いて空を見上げた。
未だ少しの雨粒が下りてくる深い夜。ふと何気なくマンション
の最上階を見ると、自分の部屋の明かりだけが煌々と照らされ
ている。真希はその灯りを見つけると、その顔付きを一瞬に曇
らせた。そして手足をブラブラとさせながら、けだるそうにマ
ンションの中に消えていった。
<第2章 了>
83 :
JM:01/10/12 02:43 ID:Pzc9wP96
84 :
第3章:01/10/12 17:17 ID:Pzc9wP96
第3章 序編
ごめんね、という言葉は言い難いものさ。だから抱きしめて欲しいんだ
― ピーター・セテラ(シカゴ) ―
「この曲、いいな」
「でしょ?なんだかんだ言って、サイモン&ガーファンクル
を聞くと心が落ち着くもの」
「これ最近出たベストですか?」
「ウウン、MDよ。自分で編集したの。」
「そうですか。…そうだ、今度アート・ガーファンクルの
ソロアルバム持ってきましょうか?なかなかいいんですよ」
「ホントに?楽しみだなぁ」
85 :
第3章:01/10/12 17:29 ID:Pzc9wP96
レコーディングスタジオの地下にあるメニューの少ない
この喫茶店は、関係者以外に入れないある種の隠れ家の
ような存在だった。最近の彼は、この場所で仕事帰りの
真希たちを待っている事が多くなっている。
彼はお気に入りのウィリアム・メリット・チェイスの絵
画集を読みながら、いつものようにマズイ紅茶を飲んで
いた。また最近親しくなったウエイトレス兼店長でもあ
る快活なこの若い女性との会話も彼の楽しみの一つに増
えつつあった。
そうした時間を楽しんでいた彼の眼の片隅には、先程か
ら先日の雨の中、救い出した少女の姿が入っていた。少
女が自分に何か言いたそうな気配を醸し出しているのは
分かっていたが、こちらから声を掛ける義理もなければ、
そうした仲でもないだろう。彼はそう決め込んで、その
気配を無視して、音楽と彼女との会話を続けていた。
86 :
第3章:01/10/12 17:33 ID:Pzc9wP96
暫くするとその少女の直ぐ隣の席に、だらしなく
Tシャツを外にだし、一見して直ぐ分かるように
如何にも業界人の気配を漂わせている干からびた
中年男が腰掛けようと近づいた。
その瞬間、少女は突如立ち上がり、その男との距
離を開けるように遠くの席に移動した。彼は眼の
片隅でそうした少女の行動を捉え続けていた。
ある種の感慨が彼の胸の中を去来したが、その想
いは心の中に閉じ込めた。彼は何事も見なかった
かのように、ウエイトレスとの会話を続けていた。
そうしている内に彼女の元には、上のスタジオか
らの注文が来たようだった。彼との会話と中断し、
忙しなくカウンターの中を動き回る。彼も会話を
止めると、心地よい音楽に身を沈めながら、再び
手元にある絵画集を読み耽っていた。
87 :
第3章:01/10/12 17:39 ID:Pzc9wP96
「すいません、ちょっと上に行ってきますから」
「わかりました」
「お客さん来たら、よろしくね!」
「え?チョット、よろしくって困りますよ。いったい、
私は、どうすれば?」
「どうにかして、お願いね!」
「お願いって・・・」
そういうと彼女は幾分速足で店を出て行ってしまった。
彼は途方に暮れてその場に立ち竦んでいた。そして不安
そうに辺りを見回すと、喫茶店の奥で小さく身を丸めて
いる梨華と眼が合った。するとどちらともなく互いに目
を逸らす。梨華の小さなため息が彼の耳に届いた。
梨華はずっと趣味の音楽の話ですっかり意気投合してい
た彼とウエイトレスの会話を喫茶店の片隅で耳を済まし
て聞いていた。先程梨華に対し嫌悪感を漂わせていたあ
の中年男の姿も今はもうない。
梨華はこの少し狭苦しい一室に二人きりとなった事を認
識した。すっかり挨拶をするタイミングを無くして、ど
うしていいか困っていた梨華とって、絶好のチャンスが
訪れていた。
梨華は息を整えるかのように目の前に置かれている水に
口をつけて喉を適度に湿らすと、座りながらではあるも
のの心の底からの勇気を振り絞り、彼に話し掛けてみた。
<続>
88 :
第3章:01/10/13 03:44 ID:lxWs0UwU
「あのぉ・・・、こんばんは」
「こんばんは。確かあなたは・・・石川さんでしたっけ?」
「そうです。…この間の雨の日は、本当にありがとうございました」
「いえ、大した事をした訳ではないですから…。
そういえば…、あれから大丈夫ですか?」
「…ハイ。もう大丈夫です」
「そうですか、…それは良かった」
喫茶店の隅と隅で梨華と彼の言葉が飛んでいた。彼はなるべく
梨華の顔を見ない様に努めて話していたが、途切れ途切れの話
にぎこちなさは拭えない。梨華の眼差しをかわしながら、改め
て見るその彼女の顔は、彼の心の中に住み続けている、かの女
性に瓜二つであった。
89 :
第3章:01/10/13 03:47 ID:lxWs0UwU
彼は梨華との思わぬ邂逅に喜びを噛み締めていたが、かと
いってその気持ちを表に出すわけでなく、逆にそれを押し
隠すかの様に、極めて平坦な口調で語り続けた。
「今日は、もうお仕事、終わられたんですか?」
「ハイ・・・。」
「そうですか・・・」
彼は、どうしても梨華の顔を見つめ続ける事が出来なか
った。一つしゃべる度に俯いて梨華の顔から目を背けて
しまう。
しかしそうした態度とは裏腹に彼の本心は梨華の事を見
詰めていたくて仕方がなかった。しかしその先の言葉は
続かず、ただただ俯いて残り少ないティーカップをスプ
ーンで空しく撹拌させていた。
梨華も何となく二人の間に流れ始めてきた気まずい雰囲
気に少し飲み込まれ掛けている。何もいえずにピンク色
のカッターシャツの端をモジモジとさせながら、続ける
べき言葉を懸命に探す。しかし頭の中には何一つ気の効
いた言葉は浮かんでこなかった。それでもこの沈黙を破
るため、梨華は後先を考えず、口を開いた。
90 :
第3章:01/10/13 03:49 ID:lxWs0UwU
「あの…」
「あの…」
彼の考えも同じだった様だ。後先を考えていない繋ぎの
言葉が口をつく。苦し紛れの同じ言葉が宙に浮く。する
と梨華と彼はお互いの顔を見合わせ、少し微笑んだ。
「石川さん、どうぞ。なんでしょう?」
「いいえ、どうぞ。そちらこそ…」
「いや、大した話じゃないですから」
「私の話も大した話じゃないですから…」
「…なんだ。それじゃあ、お互いに大した話じゃないんですね」
「フフフ。そうみたいですね」
今までの少し刺々しい空気が幾分和らいだ気がした。彼は
思い切って梨華に話し掛けた。
91 :
第3章:01/10/13 03:54 ID:lxWs0UwU
「今日はレコーディングですか?」
「ハイ。」
「大変ですね、こんな遅くまで」
「でも、私が悪いんです。私のパートだけ上手く取れて
いないみたいなんで…この後も居残りなんです」
「そうですか…頑張ってくださいね」
「…ありがとうございます」
彼は当然ながらこの間の「事件」については触れなかった。
触れたくもなかったし、触れるべきでもないだろう。全て
を忘れようと心の奥にあの時の記憶をしまい込んでいた。
しかし梨華の気持ちは違っていた。いや忘れたくても忘れ
られない「雨の記憶」の衝動を抑えきれないでいた。
「…この間は、アリガトウございました」
「いいえ。大した事していませんから…」
「そんな事ありません。ありがとうございました」
梨華は立ち上がると彼に対して深々とお辞儀をした。彼も
それにつられ、恐縮そうに大きな身体を丸めながら、梨華
の動きに呼応して頭を下げていた。
「そんなに御気になさらないで下さい。それよりも…」
彼は先程まで心の奥にしまいこむと決め込んでいた感情を
一時だけ解き放ち、気になっている事を問いただした。
92 :
第3章:01/10/13 03:57 ID:lxWs0UwU
「それよりも…あれからは大丈夫ですか?」
「ハイ…」
「とにかくあんなゴミ屑みたいな男には近づかない方が良いですよ」
「ハイ…」
梨華は明らかに毒々しくあの男の事を評する彼に対して喜
びと同時に少なからずの疑問がわいていた。
(あの人のこと、知っているみたい…でも、どうして)
梨華が言葉を掛け様とした瞬間、彼のほうからの問い掛
けが続いていた。
<続>
93 :
第3章:01/10/14 03:53 ID:5BDfpi2M
「石川さん?」
「ハイ、なんですか・・・」
「いや・・・でしゃばるようですが、もしまた・・・ああいう事が
あったら、ご両親なり、事務所の人に話した方が良いですよ。
いや、そうなる前に話すべきだと思いますよ」
「それは・・・出来ません・・・」
「どうしても?」
「出来ません、絶対に・・・言えません・・・」
梨華は思わず下を向いた。言える訳などない。何故ならば
・・・。言えない事を知っているからこそ、あの男は私に付き
纏うのだから・・・。
梨華の瞳に雫が溜まる。その大きな珠がポロリと落ちそうな
その刹那、廊下の先から愉しげに談笑している真希の声が聞
こえてきた。
梨華は慌てて、彼に気付かれぬように涙を拭うと、一礼をし
て喫茶店から飛び出した。
94 :
第3章:01/10/14 03:54 ID:5BDfpi2M
「あれ〜、梨華ちゃんどうしたのぉ?」
真希の軽い声が廊下に鳴り響く。梨華は真希とすれ違い様、
「何でもないよ」
という言葉をか細く残し、上にあるスタジオに小走りに向
かっていった。真希は小首を傾げながら、喫茶店に入って
くる。その横には彼の見慣れない女性が一緒にいた。真希
はその女性の腕に自分の腕を絡めてしな垂れかかっている。
誰もが一目見てわかる様に真希がその女性に甘えているの
は明白であった。
「今、終わったようぉ。ねぇねぇ、梨華ちゃんどうかしたの?」
「え?いや、別に何でもないですよ」
彼は慌てて嘘を付いた。真希はそうした彼の変な素振り
を見逃さずすかさず茶々をいれた。
「まさか〜、なんか変なことしたぁ?」
「してません!何もしてませんよ!」
彼は少し上気させながら言下に否定した。真希はそうした
彼の様子を見て笑いながら話を続けた。
95 :
第3章:01/10/14 03:57 ID:5BDfpi2M
「ウソだよ〜。わかってるよ。あ、そうだ、紹介するね。
この女の人はね・・・私の恋人の圭ちゃんで〜す!」
「ごっちん、何言ってるの。バカなこと言って」
正直に言えば彼は少し戸惑っていた。真希のこうした女の
子らしい様子を見たのが始めてであったからに他ならない。
16歳というよりもそれより更に幼児化した様に、その傍
らにいる女性に全面的に甘えている。今まで彼の見ていた
少し斜めに構えて、物事に頓着しない様と、今眼の前で見
せているこうした真希の違う側面を垣間見たのは意外でも
あり、面白くもあった。
「私たち結婚の約束してるんだもんね〜」
「もう、ごっちんたら、・・・変に思われたらどうするの?」
「変に思われるって、な〜にぃ〜。フフフフ」
いつも聞く真希の声とは明らかにトーンが違う。まるで
アニメーションのキャラクターのように変幻自在に声の
高低を操っている。
彼は見慣れないそうした光景にしばし呆然としていたが、
気を取り直し背筋を伸ばすとその女性に挨拶をした。
96 :
第3章:01/10/14 03:59 ID:5BDfpi2M
「私は事務所の方から頼まれまして後藤さんの身辺警護を
しているものです」
「私は保田圭と言います」
「保田さんですか、始めまして」
「圭ちゃんね、この人名前言わないんだよ。警備上ダメな
んだって。それにね・・・圭ちゃんの事もきっと知らないから
・・・失礼だよねぇ」
真希の言葉が店内に広がる。彼は慌てて否定するも、真
希の言うとおり、その女性が何者であるか等全く把握し
ていなかった。
「そんな事ありません。存じ上げています」
「ウソー!ウソついちゃいけないんだよぉ。じゃあ、どんな人?」
「えっとですね・・・確か・・・」
「フフフ、もういいよォ、無理しなくてもぉ。教えてあげる。
4月まで娘。にいたの。私の先生!」
「先生って・・・ごっちん、やめてよ」
「そうですか・・・。正直にいますと芸能界の事に疎くて
大変申し訳ありません」
彼は改めて保田に向かい頭を下げた。そうすると保田は
恐縮そうに彼に向かい言葉を掛けた。
97 :
第3章:01/10/14 04:01 ID:5BDfpi2M
「そんな気にしないで下さい」
「圭ちゃんね、この人ね、私の事も知らなかったんだよ。
面白い人でしょ?」
「そうなの・・・」
「いや、大変失礼を・・・」
彼も保田同様恐縮しながら、頭を下げていると彼女は彼を
制しながら言葉を繋いだ。
「気にしないで下さい。それよりも、いつもこの子が迷惑
かけているみたいで、ごめんなさい」
「そんな事はありません。随分と楽をさせてもらっています」
彼はウソをついた。そう、明らかなウソを。真希の妖しげ
な微笑が彼の眼に入る。もはやこれ以上この会話を続ける
のは難しい、そう判断した彼は話の向きを変えてみた。
98 :
第3章:01/10/14 04:04 ID:5BDfpi2M
「お仕事は、これで終わりですか?」
「ウン。後は帰るだけ!でもこの後圭ちゃんと食事に行く
んだよぉ、ね?」
「そうだね。でも、よろしんでしょうか?ごっつあんを
連れて行っても?」
「それはいいんじゃないですかね。何も聞いていませんし。
それに、他の現場にいたチーフマネージャーも戻ってきた
みたいですから。私の役目はここで終わりですので、後の
事はそちらに・・・」
「そうですか、それなら・・・」
「そうだ、真希さん。ワゴン車にチーフがいますからそち
らに話を通されてみては?」
「え〜、いいじゃん。あなたが言ってきてよ。お願い!」
「それはダメですよ。どの道、真希さんが来たら、一度
車まで来るようにとおっしゃってましたので。これから
出かけるなら尚更ですよ」
「ん〜。わかったよ。じゃ圭ちゃん待っててね。ちょっと
話してくるから」
「ウン。わかったよ、早くイッといで」
「ウン!」
真希は笑顔を残しながら足早に駐車場に向けて走り出した。
喫茶店に残された彼と保田はどちらともなく改めて挨拶を
すると話始めた。
99 :
第3章:01/10/14 04:08 ID:5BDfpi2M
「保田さんも今日はレコーディングだったんですか?」
「ハイ。まだ取り残してあった部分があって。そうしたら
娘。の取りと重なったみたいで」
「なるほど、それでですか・・・。それから先程は大変失礼
しました。あまり芸能の事は詳しくなくて・・・」
「そんな事ないですよ。気にしないで下さい」
彼は保田が醸し出す落ち着いた大人の女性の雰囲気に少
なからず感心していた。グリーンのキャミソールに白の
パンツが良く映える。
すらりと伸びた両腕はか細く、女性らしさを感じさせる。
ほのかに香るパフュームも如何にも大人の女性が身につ
けるそれであった。
「しかし少し驚きました。ああいう甘えた彼女を見るのは
初めてなので」
「そうですか?私の前ではいつもあんな感じですよ」
「本当ですか?」
「あの子は、人見知りするタイプだから。良く誤解される
んですけど、本当は真面目で素直な子なんですよ」
「何となくわかりますね。なかなか自分から心を開けない
のかな?」
「そうですね。大人びて見えるけど、中身は子供っぽいし、
だけど大人びているし・・・。それが後藤のいい所なんですよ」
彼は真希の事を愉しげに笑みを浮かべて語る保田の顔を
しばし眺める。他人には分からない二人の間にだけ流れ
る特殊な時間があるのだろうか・・・。
彼にしてみれば真希にとって保田の存在がいかに大きい
のかが、垣間見れた貴重な瞬間でもあった。
<続>
100 :
第3章:01/10/15 01:43 ID:gKtisOL5
「まるでお二人は姉妹みたいですね」
「そうですかね」
「もっと言えば、恋人みたいだ」
「そんな事・・・」
彼と保田は顔を見ながら声を出して笑っていた。すると
真希が駐車場の入り口から駆け足でこの場所に戻ってく
るのが見える。
「な〜にぃ?二人で話してたの。ゲラゲラ笑って」
「何でもないですよ」
「ウソ。圭ちゃん、なに話してたのぉ?」
「別に大した事じゃないよ」
「何で隠すのよぉ。大した話じゃないなら、教えてよぉ〜」
真希は保田の腕にしがみつきながら、じゃれあっている。
彼はそうした二人の愉しげな光景を見ながら、最近感じて
いなかった柔らかな気持ちに包まれていた。
101 :
第3章:01/10/15 01:46 ID:gKtisOL5
「真希さん、チーフにはお話してきました?」
「え?ウン、良いって。圭ちゃん、イコ!」
「そうだね。あなたは、この後?」
「私はチーフと一緒に未だ仕事が残ってますので・・・」
「そうですか。それじゃあ・・・」
「ええ。お気を付けて。真希さんも」
「わかってるよ、じゃあね」
愉しげに笑いながら二人の女性がホールにあるエレベータ
ーへ向かい歩き出す。彼は二人に向け一礼をすると、それ
に気付いた保田は合わせる様に頭を下げ、真希は彼に向け
て手を振った。そしてドアを開けて待っていたエレベータ
ーに乗り込んで階上に向け上がっていく。
誰もいなくなった喫茶店で彼は一人佇んでいた。店内のス
ピーカーからは男性のデュオの声が悲しげに響いている。
「沈黙の音」と名づけられたその曲を聞きながら、彼は一
人静かに歩き出した。
<第3章 序編 了>
102 :
作者注意:01/10/15 02:10 ID:gKtisOL5
次章である第3章・本編は、やや性的描写が詳細に渡る為
そうした描写がお嫌いな方は、予めご了承ください。
更新は明日未明の予定です。
103 :
JM:01/10/15 02:13 ID:gKtisOL5
第3章
暗闇が再び訪れ、悲しみと苦しみは静かに迫る。今宵も彷徨う。街並みに聞こえるのは、
沈黙の音だけだ・・・
−ポール・サイモン−
「わたし帰ります」
「いいから、遠慮するな。少し休んでいきなさい」
「でも、明日の朝早いですから・・・」
「梨華ちゃん。嘘を付いちゃいけないよ。明日は夜まで
仕事はないじゃないか」
「でも、ボイトレしなくちゃ・・・」
「いいから、お茶でも飲もうじゃないか。夜は長いさ・・・」
ニヤ付いた男の顔が梨華の眼の前に突き出される。梨華は
相も変わらない自分自身の優柔不断さを呪い、そして自分
で自分を嫌悪していた。
深夜にまで及んだ一人きりのレコーディングが終わり、
家路に急ぐために階下の駐車場に向かった梨華の眼に、
いるはずのマネージャーの替りにいた、この男の姿が
入った時の絶望感が脳裏に再び甦る。
この間のように助けてくれる救世主はいる筈もなく、
梨華は男の強引な手招きで車に連れ込まれていた。高
級車の助手席から眺める深夜の東京の街並みがいつに
も増して悲しげに映る。
あの場所に行くのは、あの時以来・・・。梨華の心にしっ
かりと植え付けられた悪夢の記憶が鮮明に頭の中でエン
ドレスにリプレイされていた。
巨大な高層マンションの地下駐車場。高級外車のドアの
向こうで梨華を待つ男の姿。梨華の懸命な拒否に苛付い
たその男は、電話を取り出し何やら話していた。梨華の
耳には何一つその会話は入ってこない。ただただ、必死
に車のドアノブを掴んで、外に出る事を拒絶していた。
「オイ!」
「?」
「こっちだよこっち!」
「誰?」
「・・・俺だよ。わかんないかよ?」
真希は、自宅マンションの前にある小さな植樹の影から
聞こえてきたその音に驚いて振り返った。聞き覚えのあ
る声が真希の耳に響く。この声は、アイツの横に付き纏
っているあの少年に違いない。真希の直感はそう確信した。
その声の主、それはいつも真希とアイツが二人きりになる
のを邪魔してくれる少年・・・。そしてアイツと同じ事務所の
仕事仲間・・・。でもアイツと二人きりになるのを邪魔してく
れる少年の存在は、今の真希にとっては大切だった事に違
いはない。
ただしそれは、あくまでもアイツとの時間から逃れるため
に大切なのであって、この少年単体での存在は、真希にと
っては何の意味も持っていないのも事実に違いなかった。
「なんだぁ、アンタかぁ」
「何だよ、俺じゃ悪いかよ」
「別に。で、何の用?」
「いや、別に・・・。用って訳じゃないけどさ、あれ、アイツは
今日、いないの」
「ウウン。知らない。来てないよ」
「そうか、そうなんだ・・・」
わかっている。そう、真希は明確に認識していた。アイ
ツの友人であるこの少年がこの場所にいる理由が。
いつも真希に優しく話し掛けてくれる、そしていつも冗
談を言っては場を和ませてくれているその理由も・・・。
(私と・・・したいんだ。結局はこいつも同じだね)
少年のギラついた眼差しが薄いオレンジ色のサングラス
越しに妖しく光る。真希はふとため息をつくと、気だる
そうに少年に向け声をかけた。
「なんか、アイツに用でもあるの?携帯はぁ?」
「捕まらないんだよ、それでここに来たんだけど、ちょっと
渡したい物があってさぁ。まいったなぁ、終電も近いし・・・」
「そうなんだ」
モットもらしくもワザトらしい言い訳が少年の口から放た
れる。真希は、直ぐにその嘘を見抜いていたが、敢えて追
及はしなかった。いや、最早そうした気力すら失いかけて
いた。底なし沼の泥の中にその身が沈んでいく様な感覚に
囚われていた。
「ふ〜ん、じゃあ、どうする?私へ部屋で休んでいく?」
「えっ?マジで?そうしてもらうと助かるな・・・いい?」
「いいよ、別に」
真希はそう言うとオートロックのあるプレートの前に進ん
だ。少年は口笛を吹きながら素直に真希の後ろをついて来
た。真希は背中でその気配を確認すると、やるせなくため
息を一つついてみせた。
「・・・今日もかぁ」
「ん?何か言った?」
「別に」
雨の後のむせ返すような暑さが夜の街にこびり付く。真希
と少年は各々に違う思いを抱きながら、大きく聳える高層
マンションの中にその姿を消しこんだ。
<続>
「イヤ!止めてください!!離して!!」
「いいから大人しくしろ!」
「やめて…お願い…、やめて…」
「お前そっち持て、俺はこっち持つから…。ほら暴れんなよ、
静かにしないと、ぶん殴るぞ!」
若い男らの恫喝に梨華は全身が硬直した。その瞬間だっ
た。いとも簡単に梨華の身体は、男二人に抱えられると、
車内から出されてしまった。
梨華は屈強な若い男たちに抱えられたまま、地下駐車場
の片隅にある専用エレベーターに連れて行かれる。その
入り口には、いつものようにニヤけた笑いを見せるあの
男が立っていた。
「おっ!ご苦労。そのまま部屋まで運んでくれ」
「わかりました」
「止めてください」
「ダメダヨ梨華ちゃん。我儘なんだから、ハッハッハッ」
中年男のふざけきった笑い声が地下駐車場に響き渡る。
すると梨華の脚を抱えていた若い男が、その男に話し掛
けた。
「我々もいいんですか?これから」
「ウン?今日はダメだな。まぁいつかな。」
「いいじゃないですか。一回で良いですから。じゃあ見
るだけでも…」
「何言ってんだ、見世物じゃあねえぞ。ダメだ。まぁ、
今日はこれで勘弁しろ」
そういうとニヤけた中年男は、財布から大量の札束を無
造作に取り出すと梨華の脚を掴んでいる男のズボンのポ
ケットに突っ込んだ。
「あとで二人で分けろ。な?」
「こんなにッスカ…有難うございます」
現金を見て男たちの態度は豹変した。そして抱えている
梨華の脚を舌先でペロリと舐めると厭らしい声で囁いた。
「今日はこれだけで勘弁してやるよ!」
最悪の光景が梨華の前で繰り広げられている。これから
始まるであろう悪夢が梨華の頭の中でリプレイが始まる。
梨華は自身の意識が次第に遠のいていくのを感じていた。
エレベーターの到着を告げるチャイムが駐車場内に鳴り
響いた。梨華の眼にまるでスローモーションのようにユ
ックリとそのドアが開くのが入る。まるでコマ送りのよ
うにユックリとユックリとエレベーターのドアが開いて
いく。
梨華は心の中でいる筈もない、いやくる筈もない「彼」
の事を思い出し、声にならない声で叫んでいた。
「お願い、助けて。お願い…」
届かない梨華の叫びが悲しくこだまする。剥き出しの
コンクリートに囲まれた地下駐車場にニヤけた男の乾
いた笑い声を残し、屈強の若い男二人に抱えられ、梨
華の悲しげな姿がエレベーターの中に消えていった。
<続>
何のスレかと思ったら、小説スレか!
「ンンン・・・」
真希は、少年に胸を揉みしだかれながら、虚ろな眼で天井
を見やった。もはやどうにも興奮を押さえ切れない少年は、
乱暴な手付きで真希の衣服を引き千切ろうとした。
「破んないでよ、この服気に入ってるんだから!」
「ああ。うん・・・」
少年は、声にならない返事をして、真希の衣服を脱がす
ことに集中していた。とにかく真希の全てを見たがって
いた。
彼女の静止は、全く耳に入らなかったらしい。少年は赤
いワンピースのボタンを無造作に引き千切り、その豊か
なバストにむしゃぶりついた。ブラジャーのフックも外
さず、そのまま剥がしにかかる。ナカナカ思い通りにな
らない自分自身に苛立ち、手付きは更に乱れていた。
「やめて、て言ってるじゃない、聞こえてんの、ねぇ?」
「あぁ、チクショウ。どうなってんだよ!」
真希は的を得ない返事の応酬に、どうでもよくなっていた。
(もう、いいや)
心を覆い尽くす虚ろな気分は、更に増していた。
「ヒュー!やっぱデカイネ!真希の胸は。見たかったんだよ!!」
力づくでブラジャーを剥ぎ取る事に成功した少年の眼には、
薄く赤く色づいた乳首、そして大きすぎず、小さすぎず、
それでいて弾力性のある真希の乳房が飛び込んできた。
漸くと目標を達せられ、いよいよ少年の興奮はレベルを上
げた。
「ハァハァ・・・、どうだいいだろ?」
「・・・」
少年は、乱暴に乳房をもみし抱きながら、両方の乳首に
交互に吸い付いた。真希にとって、快感というよりもむ
しろ苦痛を伴うような愛撫が続く。暫くすると少年の乳
房への興味は薄れ始め、いよいよ真希の股間を弄り始め
た。乱暴にパンティーを剥ぎ取ると、いきなり陰部に食
らいついていた。
「ア、ンンン・・・」
激しい愛撫に真希は堪らず声を上げた。が、それは義務
感を伴う、儀礼めいたものであった。それでも、真希の
下半身を舐め回し続ける少年の感情を揺さぶるには十分
なものだった。
「何だよ、もう感じてんのかよ、やっぱおまえ厭らしいな」
真希の演技に疑うことを知らない少年は、更に激しく陰部
をなめ続けた。漸く陰部の中に埋もれていた柔らかいヒダ
を自身の舌で探し当てると、今度はそこばかりを集中して
責め続けた。
遠慮を知らない少年は、そしていきなり秘部に2本ばかり
指を挿入して、激しくその指を上下させ始めた。
「うぉー、おまんこの中、もうびしょびしょジャン。もう一本入れるぜ」
少年はその指使い同様、言葉使いも荒さを増してきた。
(やっぱ、コイツも同じなんだ・・・)
真希の心は、セックス時に感じるいつもと同じ様な虚無
感に包まれている。確かにそこは濡れ始めていた。でも
真希にとってそれは、あくまでも条件反射の一種のよう
なもので、決して歓喜の表現ではなかった。
「ン、あぁ、んんん・・・」
「おぉ、お前ホントエッチだな、ほらこの音、聞こえんだろ、
お前のだぜ」
真希の愛液と少年の唾液の絡み合う音がジュルジュルと響
き渡る。少年の興奮はピークを迎えていた。もはや極限ま
で膨張したそのペニスは、既に短パンの脇からその先を覗
かせている。当然ながら真希の眼にも入ってきたその陰茎
は、その少年の容姿には似つかわしくない程グロテスクで、
肉棒自身も意外なほどの大きさを備えていた。
(ふ〜ん、デカいじゃん)
真希は、その客観的事実に感心したが、かといって、それ
以上の興味が湧いた訳でもなかった。
「今度は、俺のを舐めろよ」
興奮の度合いを高めている少年は、命令口調で命ずると、
自分でパンツを脱ぎ捨て両手で真希の肩を押さえつけそ
の場に膝まづかせた。こうした一連の少年の行動に真希
は少し躊躇の表情を見せた。いやそれは躊躇というより
も、何もかも、あなたの言う通りにはならない、という
意思の表明でもあった。
真希は押し黙り顔を横に背けたまま、その場に座り込ん
で少年の命令を拒否し続けていた。
「・・・」
「おい、舐めてよ。ホラ・・・」
「・・・」
「なぁ、いいじゃん。咥えろよ、ホラさぁ」
「・・・」
「頼むよ、真希ちゃん。ねぇ、お願いだよ」
チッポケな真希の抵抗だったが、効果は覿面だった。いき
なりに彼の口調を優しくさせ、そして彼女に同調を求めて
くる。
この男は、もう私に逆らえない、真希はそう結論付けると、
言われるがまま、少年のペニスに食らいついた。そしてジ
ュルジュルと厭らしい音を立て扱き始めた。
「サンキュ!・・・うぉー、いいぞ」
少年は少し興奮気味に叫んだ。真希は舌を巧みに操り、
肉棒に絡ませる。赤づいたカリ頭にただ唾液を絡ませる
だけで、少年のペニスは激しく真希の口の中で上下して
いる。
少しの刺激でも、そのペニスからは十分すぎるほどの反
応が返ってくる。割れ目に舌を這わせて、厭らしい音を
わざと立てながら、口を上下させる。もう少年の肉棒が
頂点を迎えそうなのは明白でだった。
「あぁ、もう駄目だ・・・」
その瞬間、少年のペニスが真希の咥内で激しく屹立する。
真希はギラついた暴発寸前のそのペニスから口を離すと、
傍においてあったティッシュボックスに手を伸ばす。
真希はすばやく右手でティッシュを数枚取ると、彼の亀
頭に軽く押し付けた。すると亀頭の先から白い上バミ液
が出たかと思うと、一気に大量の白濁色の液が放出され
た。真希は冷静に少年の陰茎から出された大量のスペル
マを拭き取ると、サービスだと言わんばかりに、早くも
うなだれた少年のペニスを咥え、まだ肉棒の中に残る残
液を吸い取った。
この行為が彼にとっては至福の喜びを与えたようだ。ペ
ニスから真希が口を離すと少年は口元をダラシナク緩め
ながらその場にペシャンと座り込み、一人で感慨に浸っ
ていた。
「やべーよな、モー娘のゴマキにフェラしてもらったなんて
バレタラ。お前のファンに殺されちゃうよ」
少年は満足そうに微笑みながらその場にうつ伏した。その
全身から達成感と征服感がみなぎっている様だ。そうした
態度に真希は、何の関心も示さなかった。
暫くすると真希はイキナリ彼の上にまたがり、耳元で囁い
た。
「どうする?いれなくてもいいの?」
「えっもう?マジで・・・。ちょっと待ってよ、少しタイム、タイム」
少年は、よろめきながら立ち上がると、次なる体勢を整
えるために台所へと向かった。真希は静かに立ち上がり、
身体にまとわりついていた衣装をその場に脱ぎ捨て全裸
でベッドに横たわると、先程来から続く虚ろな目で天井
を見つめ続けた。
(私・・・何やっているんだろ・・・)
<続>
若く青く、そして苦々しいスペルマの匂いが充満している
部屋の中で、真希はこの本をくれた「あの人」の事を思っ
ていた。 真希は体勢を横に崩し、ベットの横においてある
絵本を手にとり、眺めた。
(・・・あの人が私にくれた本)
先日「彼」が再びくれたこの日記帳タイプの絵本は、真希
のお気に入りになっていた。
一人ぼっちの捨て猫が、心優しい人に拾われる。やっと安
住の地を得たのに、今度はその飼い主が死んでしまう。そ
れに気づかない猫は、ひたすらと飼い主を待ち続ける。餌
もなくなり、ひもじさと寂しさに耐えながら優しくしてく
れたその飼い主の思い出を一生懸命頭の中で紡ぎながら、
その猫は死んでいく・・・。
救いのない哀しい話だが、それでも真希はこの本が好きだ
った。真希は虚しい気持ちを紛らわすかの様に、パラパラ
とページを捲るが、ただ虚しさが増すだけだった。
真希はその絵本をベッドの横に置き直すと、再び天井を眺
めた。その刹那、急に何故か悲しみが押し寄せ、涙が零れ
そうになる。心の奥底が叫んでいた。
(あの人・・・今・・・どこに・・・いるのかな?)
「これは、何に使うんだい?」
「・・・」
「答えなきゃ、売らないとは言わないけど・・・」
「・・・」
「それにしても・・・」
「あなたは、それをホントに知りたいのかい?」
若からず、それでいて老いてもなく、年齢不詳のその男は、
商売相手となる細身でありながら上背のある青年から鋭く
返された言葉の勢いに完璧に飲み込まれていた。
窓の外には、幾重にも重なり、網の目のよう道標が張り巡
らされている日本最大の首都高速のジャンクションが見え
る。暗闇の中に、時折光る車のライトと規則正しく並んで
いる街灯の明かりが、儚くも美しかった。
時折、そばを走り抜ける大型トラックの騒音に邪魔をされ
ながらも、男達の相談は極めて静かに進んでいた
「いや、別に。・・・ただ、」
「ただ、何だ?」
「いや・・・、でも、まぁいいか・・・」
「それが互いのために賢明だよ」
「・・・それにしても金のほうは、ホントにあれでいいのか?」
「昨日、指定の当座口座に外貨預金で振り込んでおいたが・・・。
何か問題でも」
「いやいや、とんでもない。その逆だよ。あんなにいいのかい?
かなり多かったが・・・」
「それは、俺からの謝礼だ。随分とあなたには迷惑を掛けた
訳だしね。・・・それに、もう今の俺には、金は必要ないんだ・・・」
「それならいいんだが・・・。それにしても金に用がないなんて
羨ましい限りだね。、しかしこれだけのものを一体に何に…」
売る側の男は、少し言葉が淀んだ。それは、得も知れぬ
恐怖がそうさせたのかもしれない。長身の男は冷たい笑
いを浮かべ、その男の質問を制した。
「興味はないんだろ。何でもないさ。そうだろ?」
「ああ・・・そうだな。」
怯え切った返事をするその男の振る舞いに、細身の男は
少しだけ頬を緩めた。そして徐に足元に置かれた桐製の
大きなケースの一つに打ち込まれていた杭をレンチで引
っこ抜く。その中には、新聞紙と細かく切り刻まれた木
片に塗れて透明な液の入ったボトルが何本も入っていた。
「これで全部かい?」
「そうだよ。おまけつきさ」
「おまく?」
「そっちの箱がね。おまけさ。」
売人は少し茶目っ気を帯びた感じに言葉を放った。そして、
アルミ製の大きなケースを指差し、注意した。
「信管は抜いているけどね。気を付けてくれよ」
「分かっている」
「それから・・・」
「それから?」
売人はやや声のトーンを落として囁くように話し掛ける。
細身の男は、売人の顔に浮かぶ険しい表情を凝視した。
「くれぐれも、取り扱いには注意してくれ。足がついたら
シャレにならなくなるから」
「ああ」
「本当に頼むよ。あんたがこれで何をするかは知らないが
・・・いや知りたくもないが、騒ぎに巻き込まれるのだけは
ご免だ。それに・・・結果的に人殺しの片棒を担ぐのは・・・
金の為とはいえ俺としても・・・ね。なるべく穏便にしてくれ
ないか?」
「さぁね・・・あなたの申し出に応えられず残念だが俺は既に
覚悟を決めている。同じ覚悟をあなたに求める気はないが、
穏便に済ますつもりはない。それにその気があるなら、こん
な物騒なものをあなたに頼む訳もないだろう?」
「それはそうだが・・・」
「あなたは、心の中にくすんでいる物はあるかい?」
「くすんでいるもの?」
「燃え切れず、そして吹き飛ばされもせずに、心の奥底で
燻り続ける様な深い想いは、ないかい?」
「いや・・・。それじゃあ、あんたの胸にはあるのか、そういう
燻っている物が?」
「消したくても消せない、そういう焔みたいな芯がね・・・。
俺はそれを消す為に・・・還ってきたんだ、地獄の底から」
「・・・」
いつの間にか窓の外からは、車の走る音が消え、この夜に
再び静寂が訪れようとしていた。
先程まで会話を交わし、忙しなく動いていた売り手の男の
姿も消えていた。長身の男性は、自らが運転してきた小型
トラックに荷物の全てを載せ終わると、荷台の上でそのケ
ースを布団にして大の字に寝転んだ。
そして満天の夜空に広がる星屑を漫然とただ眺めていた。
「来るべき時が来たな」
長身の青年は、謎めいた言葉を一人呟き、相変わらず夜空
を眺めている。川の上を走ってきた少しだけ温い風が優し
く吹き抜けた。これで今日を以って全ての手筈が済んだ事
を静かに喜んでいた。
しかし、時間がない事も急がなければならない事に変わり
はない。心の奥に静かに眠る焔を消す為に、一刻の猶予も
許されない。それは自らに残された時間の少なさを確認す
る作業でもあった。
青年は大きく背伸びをし、真一文字に口を噤むと、運転席
に戻りエンジンを架けた。その車は、止まる位慎重にユッ
クリと真っ暗な砂利道を走り抜けると、シフトを変えスピ
ードを上げた。
車は闇から一転して眩しく光るその集団の中へと溶け込み
消えていく。纏わりつく様な夏の熱気を帯びた川面にその
影を残しながら。
<続>
「よ〜し、やろうぜ!」
虚ろな真希の哀しい心を置き去りにするかの様に、少年は
漸くと体勢を整え徐に全裸の真希の上に乗りかかってきた。
少年は、真希の返事も聞かぬまま部屋の電気を消すと、そ
の薄暗闇の中で真希の全身を貪り始めた。
真希の顔、唇、肩、乳房、下腹部、そして秘部、脚先の指
の間まで不作法なまでの稚拙な愛撫は、止め処なく続いた。
「いいだろ!真希!」
「ン・・・アン・・・」
条件反射的に真希は喘ぎ声を出した。その声に反応し、少
年の乱暴な振る舞いは更に激しくなった。欲望を剥き出し
にしながら真希の陰部を執拗に舐め続ける。指先で割れ目
を探し、懸命に舌を入れる。「俺がいかせてやるぜ」とい
う、少年の自己満足感だけが、真希に伝わっていた。
真希は漫然としながらも少年の舌の動きに合わせる様に、
わざと喘ぎ声を重ねて見せる。それは単なる儀礼に過ぎ
なかったが、少年は知る由もない。止まらぬ自らの欲望
に一人勝手に溺れていた。
「真希、どうだよ」
「アッ・・・ウン・・・」
少年には、そうした真希の反応が心地良く伝わる。少年は
頼まれてもいないのに、真希の肛門の穴まで舌を入れよう
とする。さすがの真希もそれは拒否した。腰をあげ両手で
少年を少しだけ突き上げた。
「ちょっと待って。ヤメテよ。それから・・・ゴム、用意するから」
「何だよ、ゴムかよ。生でヤラセテよ」
「駄目だよ、絶対」
真希は頑なに拒んだ。しかし少年は早くも極限まで屹立した
ペニスを立たせながら頑強なまでの自己主張を繰り返してい
た。
「いいじゃん、大丈夫だよ、外に出すからさぁ、信じてよ」
「駄目、ゴムつけないんじゃ、今日はここまでだよ!」
「いいじゃん、大丈夫だよ、じゃぁさ、取りあえず、生で
入れさせてくれるだけでいいから・・・」
少年はとにかく真希の中にそのままの形でペニスを入れる
事に拘っていた。しかし真希は断固拒否した。そしていき
り立つペニスを振り払うかのように、パンと起き上がると
窓際に駆け寄り、少し大きめな声で少年に言った。
「駄目!もし、いれるんならやめるよ。外にいる人呼ぶから」
「そんな・・・」
「どうする?私マジだよ」
「・・・分かったよ。じゃあさぁ、今度は口に出させてよ。
それ位ならいいだろ?」
「・・・まぁ、いいよ」
少年は余程、先程のティッシュへの放出が不本意のようだ
ったらしい。真希は止む無く少年の申し入れを許諾した。
そして洗面所の一番上の棚奥からゴムを取り出してきた。
ベッド上で呆けていた少年を寝かせて、二、三回、肉棒を
口で扱いて唾液でペニスを湿らせてると徐にそのペニスに
ゴムを装着させた。
「ぴったりだね」
「ウッ。そうでもねえよ。チョット痛て〜な」
真希は、少年の上にまたがり自分で少年の陰茎を陰部に導
いた。少年はそれに呼応し、すかさずあわてて腰を動かそ
うとしたが上に乗っかる真希に諌められた。
「ゆっくり!だから、そんなに急がないで」
「分かってるよ!・・・どうだ?」
「ウン。いいけど・・・、もう少し優しくしてよ」
明らかに少年のテクニックは稚拙であった。きっとこうい
う男にヤラれることのみを生きる糧にしているような、取
り巻きの女の子相手への自己中のセックスしか経験がない
のだろう。
彼女たちは、この少年のペニスを受け入れただけでオルガ
ズムを迎えるような単純思考の人間なのかしら・・・。
でも真希は違う。
いや、逆にいえば、いまベッドの上で必死の形相で真希の胸
にむしゃぶりつき、乳首を摘み、乳房を揉みしだき、絶叫を
上げているこの男こそが、モー娘のゴマキとやれる、という
だけで頂点に達している単純思考の人間に他ならなかった。
「すげ〜よ、真希、すげーよ」
もはや少年には、同じ言葉を何度も繰り返すしか術はなか
った。少年は、何度も挿入しなおしながら、騎乗位からバ
ックに回り真希を突き上げる。なまじ陰茎が大きいだけに、
真希の奥までペニスが到達する。さすがの真希も堪らず喘
ぎ声が漏れてしまった。
「ア〜ン。アァ・・・。ウ〜ン」
「真希、真希!中に出してーよ!」
少年のその声に我を取り戻した真希は、すかさず体勢を入れ
替えると正常位になった。そして自ら腰を動かし、少年が絶
頂を迎えるのを早める。
両手で少年の上半身を愛撫し、上胸のあたりを軽く舐めた後、
乳首に軽いキスをした。少年の顔から判断するに、その時を
迎えるのは時間の問題であった。
「駄目だ・・・、もうイクよ!」
「・・・約束だもんね。口でして上げる」
少年は言うがままにピストン運動を止め、限界までに勃起
したペニスを真希の目前に差し出た。すると真希は、ゴム
の上から肉棒をさすり続け、裏筋にキスを重ねた。そして、
その下の袋にもそのキスを移すと、優しく袋を揉み出した。
「真希!いくよ!!もうダメだっ!!真希!」
少年は絶叫に近い叫び声で真希の名前を呼び続けた。その
まますれば精子が出るのはわかっていたが、真希はさっき
の約束を果たすべくゴムを剥いだ。
そして亀頭の先の割れ目をチロチロと数回舐める。更に陰
茎を激しく扱き上げペニスの赤みを増長させつつ、いよい
よ口に含もうかと構えた瞬間、割れ目から液が数滴垂れた
かと思うと、勢いよく白濁色のスペルマが真希の身体にシ
ャワーされた。
「ちょっと、顔に出していいなんていってないよ!」
「ハァハァ、ハァハァ・・・」
少年は荒々しいうめき声を発しながらその場に倒れこんだ。
そのペニスの先からは、まだ残るスペルマがニョロニョロ
と噴出していた。
「ハァハァ・・・。よかっただろう?真希」
「・・・」
真希はその問いには答えず、顔にかかったスペルマを落とし
に洗面所に向かう。石鹸、そして洗顔液で、入念に何度も何
度も顔を洗った。それでも少年の精液の匂いが消えなかった。
「シャワー浴びるから」
真希はベッドの上に座り込んだままの少年に声をかけ、その
ままバスルームに入った。ボディシャンプーで何度も身体を
洗い流し、髪の毛にもシャンプーを施した。
その様は、スペルマの匂いだけでなく、肉欲の塊だった少年
自体の匂いを消すかの如く執拗であった。バスルームに備え
付けられている鏡に、そうした自分の姿を見つけた時、真希
の心に物凄い嫌悪感が棲み付いた。そして鏡の中の自分を見
つめると、心の中で呟いた。
(この女、ブス)
真希は浴槽につかりながらしばし呆然としていた。煙にく
もり、鏡の中の自分が消えていく。何故か無性に悲しくな
った。
(もう・・・ダメかな?)
ふいに真希の眼から涙が零れる。家族にも、事務所の人間
にも、仕事の仲間にも、そして真希に纏わり続ける「下ら
ない男ら」にも見せた事のない「心の叫びの涙」だった。
(もう、疲れたよ・・・)
蒸気で煙るバスルームの中、そして彼女は、静かに目を閉じた。
<続>
「キャー!ヤメテ!!!」
「叫んでも無駄だよ。この階には俺しか住んでいないんだ。
もっともっと叫んで良いよ」
梨華は叫びながら部屋中を走り回る。どうにかして玄関先
まで辿り着くと、震える手つきでチェーンを外し鍵を開放
しドアノブを必死に回した。
しかし一向にそのドアは開かない。梨華は華奢な身体で
荘厳な造りの玄関ドアに体当たりをして、もがいていた。
「どうしたの、開かないの?ほら梨華ちゃん、そのキーパット
見える?番号を押さないとこのドアは開かないんだよ」
「えっ?番号」
梨華は闇雲に番号を押し続けては、ドアに体当たりを繰り
返す。何度も何度も繰り返すうちに、梨華が着ている白
のカッターシャツの右肩部分が赤く滲んで来た。鈍い痛
みが梨華を貫く。それでも梨華は痛みを振り払い委細構
わずにドアに体当たりを繰り返していた。
「梨華ちゃん、諦めが悪いなぁ。もういい加減にしなさい」
男が梨華の背後に立つと梨華の両肩を掴んだ。その瞬間、
梨華は身体を回転させるとその男の頬を目掛けて目一杯
の力を込めて張り手をした。
ピシッという鈍い音が玄関先に響く。今までニヤついて
いた男の顔色が一変した。
「やるな。面白いじゃないか」
そういうと男は両手で乱暴に梨華の着ているカッターシ
ャツを引きちぎった。パラパラと縫い付けられていたボ
タンが玄関に落ちるとその下に身に付けていた薄いピン
ク色のブラジャーが露になった。梨華は慌てて両腕で胸
を隠したが男はその腕をやすやすと掴み上げるとドアに
押し付けた。
「痛い・・・」
「どうした?ん?そんなもんか?」
男は梨華を挑発するような口調で語り掛けると、徐に唇を
重ねてきた。男は無遠慮に梨華の咥内に舌をいれようとす
る。梨華は歯を食いしばり必死の抵抗を試みるが、男は梨
華の髪の毛を少し後ろに引っ張り上げ、強引に口を開かせ
て舌先を絡めてきた。
ピチャピチャという唾液の絡まる音が室内に響き渡る。梨
華の瞳からは、枯れ果てることのない涙が延々と流れ落ち
ていた。
男はそうした梨華の感情などには一切興味を示さずただ
自分の欲望を満たす為だけに、更に乱暴な手つきで未だ
少し纏わりついていた梨華のシャツを完全に引き千切り
捨てると、両手を掴んで部屋の奥に連れ戻した。
「イヤです、やめて下さい。私帰りたいんです…」
「うるさい女だな。少しは言うことを聞かんか!」
男は梨華を大きな外国製のソファーに叩き付けた。そして
カウンターに置いてあった果物ナイフを手に取ると、梨華
の露になった上半身に密着させた。
「何するんですか!!」
「君が少しうるさいからだよ。大人しくしなさい!」
男はそう言うと冷たくとがったその刃を梨華の首筋に当て
た。梨華は恐怖に震え、全身を硬直させている。男はそう
した梨華の態度に満足そうな笑顔を見せると、刃を次第に
下へとずらす。
ブラジャーに覆われた乳房の付近でその動きが止まる。ナ
イフの先がブラジャーの中央で小刻みに動く。その刹那、
「ピンッ」という音と共に梨華のブラジャーが弾け飛んだ。
「イヤ…、ヤメテ…」
「おや、ナカナカいい胸してるじゃない」
男の纏わり付くような湿った声が梨華の耳に届く。男は
ナイフを部屋の遠くに投げると、服を着たままいきなり
梨華の乳房に食らい付いた。
「イヤダ!やめて下さい!!イヤッ!!!」
梨華の悲しい叫び声が虚しく室内にこだまする。手足を
じたばたさせながら必死の抵抗を見せていたが、男の豪
腕の前に次第になす術を無くし掛けていた。
「ハァハァ…」
「イヤ…、イヤ…、イヤ…」
男の獰猛な唇が梨華の全身を舐め尽す。強引に脱がされ
たパンツがソファーの横に置き去りにされる。梨華は脚
をバタつかせ男の行動を邪魔するが、いとも簡単にあっ
けなくその行為は覆される。
男の手が梨華のパンティ-に伸びる。嫌がる梨華の動きを
無視するかのように、男はそのパンティーを一気に破り捨
てた。
露になった梨華の秘部を眺めては独りニヤツク男の顔が
眼に入る。思わず梨華は顔を背けると、思い切り両足で
男の身体を蹴り続ける。しかし男は意に介さない表情で
バタついている脚を強引に腕力で捻じ伏せると、いきな
り梨華の可愛らしい陰部に顔を埋めた。
「イヤ!!!ヤメテ!!!」
梨華の絶叫が室内に空しく響く。男は自身の欲望を剥き出
しにして、身体ごと梨華に乗りかかる。そして自らの衣服
を乱暴に脱ぎ捨てあっという間に白のブリーフ1枚の姿に
なった。
男は厭らしい笑みを浮かべながら、顔を背け嫌がる梨華の
手を力付くで自身のブリーフの上に誘導すると、自分の手
を梨華の手に重ねた。そして早くも屹立している肉棒の上
で上下に擦る。梨華の掌は、嫌悪しか感じられない感触に
蝕まられ始めていた。
「ハァハァ…。ホラ、もっと速く動かして、もっとだ、もっと…」
「イヤ…」
梨華の掌にねっとりとした感触が伝わる。堪らず手を退け
様と思うが、男の腕力がそれを拒む。興奮の度合いを増し
てきた男は、いきなり自分でブリーフをズリ下ろすと、そ
のものに直接梨華の手を宛がった。
「ホラ、もっとだ!ちゃんと掴んで!上下に扱け!」
「もう、イヤ…」
梨華の涙だらけの顔が歪む。男は苦痛に歪む梨華の顔を
そそり立つ自らの肉棒の前に強引に寄せる。そして声を
荒げながら、男は梨華に更なる服従を迫った。
<続>
「咥えろ!早く!いいから、咥えろ、しゃぶれよ!!」
「イヤです。絶対にイヤ…」
「ホラ、ここまで来て何言うんだ!」
「イヤ・・・、イヤ・・・、イヤ・・・」
男は嫌がる梨華の口に指を突っ込みこじ開けると、その
勢いのままにキラついたペニスを梨華の咥内に差し込ん
だ。そして美しい茶色に染まっている梨華の髪の毛を掴
み、激しく顔ごと前後に動かす。梨華の咥内には、脂ぎ
った醜い塊が小躍りしていた。
「ホラ、舌を動かすんだ!音を立てて吸って!!」
「ウウウッ…」
梨華の悲しげな嗚咽が漏れる。仁王立ちの男の股間を自
身の意思とは関係なく咥え、扱いている。嫌がり拒絶し、
顔を離す度に、男の平手が梨華の頬に飛ぶ。
梨華は薄れ良く意識の中で、この男に屈服せざるを得な
い事実を感じていた。
「もっと広げて。そうじゃない、もっとだ…」
「・・・」
「もっとだよ、梨華ちゃん。もっとだ…」
「・・・」
20畳はあろうかというダークブラウンに統一されたフ
ローリングを施されたリビングの中央。薄明かりの間接
照明に照らされ一糸纏わぬ姿の梨華が、全裸で自身の肉
棒を扱いている男の前で、すらりと伸びた両足を開いて
いた。
男は露になった梨華の陰部を見届けると、狂喜の表情を
浮かべながら一層の早さで自身の肉棒を扱いている。
「よし、いいぞ!梨華!アウアウ…」
「…」
男の間抜けな喘ぎ声が梨華の耳にこびりつく。諦めの表
情を浮かべた梨華の瞳には、最早流れ出る涙すら枯れ果
ててしまった様だった。
男はブツブツとなにやらしゃべりながら、肉棒を扱きな
がら、梨華の曝け出された陰部に食らいついた。既に梨
華は、無抵抗に男の愛撫を受け入れていた。
その顔からは表情は消え、まるでマネキン人形の様な顔
付きで男の唇に犯されていた。
梨華の頬には、先程までの暴力の嵐の残骸が痛々しく刻
まれている。しかし右の胸の上に残された傷はもっと生
々しかった。
先程の事だった。無理矢理に男のペニスを咥内で扱いて
いた時、思い余ってその肉棒に歯を立てた際、怒り狂っ
た男がその前に遠くに投げた果物ナイフをもう一度拾っ
てきて、何の抵抗もなく梨華の身体に刃を走らせた、そ
の痕が…。そうクッキリと残っていた。
「梨華、梨華、梨華…。俺のモノになれ、俺のモノに…」
「…」
男はまるで呪文を唱えるように、梨華の名前を呟きなが
ら、股間を弄り続けていた。梨華は丸太の様に男の衝動
には無関心を決めていた。梨華の生気を失った眼は、頭
高く天井にぶら下がる高級そうなシャンデリアを焦点な
く眺めていた。
いつの間にか男は梨華の陰部にペニスを差しこみ、一人
悦に入りながら腰を振り続けている。欲望の欲するまま、
梨華の身体をくまなく貪り続ける。
男は梨華の気持ちなど微塵も感じ取らずに、ただただ肉
欲の塊をいち早く放出せんが為にペニスを差しこみ、激
しく突いていた。
「アッ…、イクゾ!アウアウアウ…、今日は顔で許して
やるよ!!」
「…」
男は四つん這いになって犯されている梨華に向けて叫ん
でいた。梨華は、力なく両手をだらりと床の上に投げ出
し、男の果てしない性欲の捌け口にその身を委ねている。
喘ぎ声もなく、拒絶する言葉もなく、終始無言で男の陰
茎を受け入れている。男は勝手に自ら果てると、梨華の
膣から肉棒を差し抜き、梨華の顔付近にその醜い棒を近
づける。
そしていともた易く片手で梨華の髪の毛を引っ張るとそ
の生気のない顔を自身のほうへ向けさせた。
「ホラホラ咥えろよ!、扱けよ!」
「…」
梨華は眼前にそそり立つペニスがあるというのに全く無
反応に座り尽していた。男はそうした梨華の態度に業を
煮やすと、無理矢理に梨華の口を手で開けるとその肉棒
を差し込む。
そして自分自身で激しく腰を振りながら、梨華の咥内で
肉棒が極限まで膨張するのを感じていた。感極まった男
は、梨華の頭を押さえ込み、激しくその頭を前後に動かす。
しかし梨華の舌は、男のペニスに絡みつく事を頑なに拒
絶していた。それながら男は耐え切れない欲望の果て、
梨華の咥内からペニスを引き抜くと、梨華の顔目掛けて、
一気にスペルマを放出した。
「アアアアッ!出る!出るぞ!」
「…」
男は自身の放出を終えると呆けたようにその場にしゃが
み込んだ。そして未だニョロニョロと亀頭の先から出て
くるスペルマを見て、座り込む梨華の胸に押し当て、そ
の乳房で扱くように命じた。
「梨華、最後まで出させろ。ホラ、手で胸を集めろよ…」
「…」
相変わらず梨華は男の要求に対して、全く反応をしなか
った。男は呆れたように一度天井を見上げると、肉棒を
無理矢理梨華の口に入れて、処理を済ませた。
「どうだ、おいしいだろ。飲み込んじゃえよ」
「…」
梨華はイキナリ、男の足元を目掛けスペルマ塗れの唾を
吐き捨てた。その様子を見た男は、冷たい笑いを浮かべ
ながら、しゃがみ込む。そして獰猛に梨華の口を貪るよ
うなキスをした。
「お前は見込んだとおりだな。気が強くて、俺好みだ」
「…」
男は立ち上がると、一人キッチンのほうへ歩き出す。梨
華はただぼんやりと前面に広がる大きな窓越しに見える
熱気で蒸しかえる夜の東京の街並みを眺めていた。その
時だ。暗闇の中から連続した無機質な機械音が聞こえて
きた。
「今日の記念に。二人の記念に。記念写真だよ…」
「…」
梨華は男に向け冷徹な眼差しをおくる。スペルマ塗れの
梨華の顔をポラロイドカメラで撮っている男の眼に、梨
華の凍える顔が飛び込んでくる。男は一瞬、ややその気
配に押されたが、何かにとりつかれたかのようにシャッ
ターを押し続けていた。
うだる様に暑苦しい都会の夜。外気の熱気に逆らうように、
凍えた眼をした一人の少女が佇んでいる。少女は瞬間的に
光り続ける閃光の波の中、静かのその美しい瞳を閉じた。
<第3章 本編 了>
141 :
JM:01/10/22 05:06 ID:d/1U/PrQ
142 :
JM:01/10/23 05:24 ID:unndecaG
更新2日後の予定
143 :
第4章:01/10/24 04:47 ID:Kbq0VACl
第4章
もう、ここで終わりなんだ。そう、無邪気なままでいられるのは、ここまでなんだ・・・
−ドン・ヘンリー −
「左を出せと言っているだろう、出さないから打たれるんだ。
そんな簡単な事も分からないかっ!」
「ハイッ!」
「だから出せよ!返事はいいから。そう、そうだ。パンチ
出さなきゃ相手は倒れないぞ!」
「ハイッ!」
すっかりと薄汚れた木製のプレハブ全体が軋む。ヘッド
ギアをつけた青年の繰り出す活きのいいパンチが、少し
贅肉をついた男の横腹を捉える。
ガードを着けているとは言え、男の顔がその重さに一瞬
だけ歪む。するとダラシナク垂れ下がったロープに寄り
かかって戦況を見つめていた長身の男性の声が飛んだ。
144 :
第4章:01/10/24 04:49 ID:Kbq0VACl
「なんだ、なんだ、効いてるぞ。そんな口ばっかりのヤツ
倒しちゃえ!ボディに打ち込め!右に回り込んで、そう、そうだ!!」
青年は男性の声につられる様にステップを刻みながら左に
回り込むと、ショートレンジながら角度のある鋭いアッパ
ーブローをスパーリングパートナーの脇腹に放つ。ヘッド
ギア越しに見える男の顔が苦悶に歪む。その瞬間、再び男
性の声が青年に向け飛んだ。
「ガードが下がったぞ!右だ!」
男性の声を聞き終えるまでもなく、青年の右ストレート
が男の顔面を捉えた。ヘッドギアが歪むほどの強烈なパ
ンチに男は思わず膝から崩れ落ちた。その時、タイムを
告げるゴングが鳴り響く。戦い終えた男たちの吐く息の
音だけが、リング上に漂っていた。
そこではゴング音と同時にリング上に大の字になった男
の呟きのみが辛うじて聞こえて来るだけだった。
145 :
第4章:01/10/24 04:51 ID:Kbq0VACl
「お前…余計なアドバイスするな…」
「なんだか偉そうな事言っているからだよ、しかしナイスパンチだ!」
男性はリング下に引き下がってきた青年の肩をポンと叩
いた。青年は会釈をすると、マウスピースを外し、再び
深くお辞儀をした。
「アリガトウございます」
「いやいや、こちらこそ。でも、仕上がりいいね!今度新人戦
なんだろ?頑張れよ」
「ハイ、アリガトウございます」
青年はヘッドギアを外し、タオルを頭から掛けるとその
まま奥のシャワールームに向かっていった。男性はコー
ナーサイドに置いてあったミネラルウォーターを手にと
ると、寝転ぶ男の近くに歩み寄った。
「ホラ、飲めよ、朝倉」
「ハァハァ・・・。サンキューだ。」
男はヘッドギアを投げ捨て、グローブを無造作に解くと、
ばらついたバンテージをつけたままそのミネラルウォー
ターをグイグイと一気に飲み干した。
<続>
146 :
第4章:01/10/25 01:46 ID:+lOPgXsr
「いや、あいつのパンチは効くわ。今度はお前に頼むよ」
「勘弁してくれ。無理だよ、俺なんかには」
「まぁそれはそうだ。指の骨折れるからってボクシング
辞めた人間には務まらないよ」
「それは仕方ないだろう。だいたいピアノ弾きがボクシング
やっていたというのが、どだい最初から間違ってるんだから。」
「そりゃあ、そうだ。確かにそうだ」
男の乾いた笑い声が彼の耳に心地よく届いた。男は立ち上
がると、ロープに掛かっていたタオルを手にして頭から覆
い被せるとリングの片隅に座りなおした。
すると今までの口調とはやや趣を変え、敢えて彼の顔を見
ずに話し掛けた。
「それよりお前…、今まで何処に行ってた?心配したんだぞ」
「…済まなかった。いろいろと思うところがあってね」
「まぁ、思う所があるのは良く分かるけど、それにしたって
急に消えるやつがあるか。」
「悪かった。連絡しようとは思っていたんだが、考える事もあってね」
彼はコーナーサイドにある錆付いた丸椅子に腰掛けると、
やや目を落としながら物思いに耽るような感じで話を続
けた。
147 :
第4章:01/10/25 01:50 ID:+lOPgXsr
「人生は、なかなか思うように任せないな」
「そんな事、今になって分かり切った話でもないだろうが。
とにかく心配掛けんなよ…何せお前、例のヤクザのトコに
乗り込んで以来、姿消してさ。普通、何かあったと思うの
が人情だろ。しかもあんな話聞いたあとだけに」
「もういいんだ、その事は。俺も大人気なかった。」
「それで…大丈夫だったのか?よからぬ噂話も随分聞いた
んだが…」
「どんな話だか知らないが、こうしているんだから大丈夫
だったよ。」
男は奥底に残ったミネラルウォーターを名残惜しそうに
飲み切ると、空になったペットボトルを部屋の片隅にあ
るゴミ箱に投げ捨てた。
カラン、カランという虚しい音をたてて床の上に転がる。
その様子を眺めながら、男は言葉を繋いだ。
「それで…これからどうするんだ?今まで通りここで働いて
もらっても構わないよ。というか、手伝ってくれよ。健一も
新人戦が近いし、練習生も増えてきたしさ。俺とおやっさん
だけじゃ、体が持たないさ」
「…そういえば、おやっさんは?」
「赤坂にある川添さんのトコまで出稽古だよ。あそこなら
最新設備も整っているし…」
「そうか…。朝倉、お前やおやっさんには悪いんだが今、
俺は仕事をやっているんだ」
「仕事?やっぱりピアノ教室に戻ったのか?淺川もそんな
事言っていたが…」
「いや、あれはそうじゃないよ。単なるお遊びと言うか、
留守番程度のもんだ。ちょっと折りいっていてね」
「何だよ、それって俺にも言えない様な事なのかよ」
「そういうんじゃないんだが・・・まぁ、察してくれ」
「何を察するんだか・・・まぁいいよ。とにかく無事でいてさ。
よかったよ」
148 :
第4章:01/10/25 01:52 ID:+lOPgXsr
朝倉は洗濯のし過ぎで色褪せて元が何色だか分からなく
なってしまった大きなバスタオルを頭から被ると、リン
グから降りる。
そして古びた長椅子に腰掛けるとテーブルの上に無造作
に置かれたクシャクシャになった新聞紙を手にとった。
彼も後を追う様にリングから降りると、部屋の片隅に置
かれた錆び付いたパイプ椅子を持ってきてそこに腰掛けた。
朝倉はバスタオルで頭を拭きながら、漫然と新聞紙を眺
めていた。
「まぁお前の方も元気でよかったよ。」
「まぁな。仕事とは言え毎日ボコボコ若い奴等に殴られて
いるけどな・・・。それにしてもなんとまぁ、物騒な時勢だよな」
「物騒ネ・・・何があったのか?」
「ン?ああこの記事だよ・・・いやね、暴力団の抗争だってよ。
頭をズドンと一発。白昼の喫茶店でさ、拳銃で撃ち抜かれたって。
まるで映画みたいだよ」
「そうねぇ。まぁでもよくある話じゃないか。それにあんまり
このジムには関係ない話だろ」
「ところがさ、先々月からずっと空いていた斜め前のテナ
ント、あそこにヤクザの事務所が入ったんだよ。大丈夫かなぁ、
こんな下町の商店街でドンパチでも始まったらかなわないよ。
勘弁してもらいたいなぁ」
「そうなのか・・・どこの系列の組なの?」
「さぁここいら辺だから、住吉じゃないの。良く知らないけど
・・・それよりもお前、今日はこれからどうする?その仕事が
あるんか?」
「ウン?まぁそう言う事だな」
149 :
第4章:01/10/25 01:56 ID:+lOPgXsr
彼は立ち上がると背伸びをしながら部屋の中を所作なく
歩き始めた。天井からぶら下がっている古ぼけたサンド
バッグを力なく叩きながら、うろついている。
朝倉は新聞紙をテーブルの上に置くと、彼に向けて言葉
を投げた。
「・・・お前、もう大丈夫か?忘れられたか?」
「・・・」
「そう簡単に忘れろとは言わないが、アンマリ詮索しても・・・」
「分かっているよ。時計の針は元には戻らないさ。
それ位わかっているよ」
「それならいいが・・・」
「お前らには心配かけたな。もう大丈夫だ」
彼は笑みを浮かべながら部屋の奥にある冷蔵庫から余り
冷えていないミネラルウォーターを取り出すと朝倉に向
け投げた。
驚きながらも朝倉はそれを受け取ると手を上げてそれに
応える。
「ホントに・・・大丈夫だな」
「お前もシツコイナ。安心しろ」
彼は朝倉に聞こえない様に一つ溜め息をついた。そして
ウインドウ越しに見える街行く人の流れを焦点なく眺め
ていた。妙に湿った風が部屋の中を吹き抜ける。気だる
い熱気に包まれた昼間の空気を引きずったまま、漆黒の
夜が来ようとしていた。
<続>
150 :
第4章:01/10/26 04:23 ID:swHy1GZC
「ごっちん・・・ちょっといい?」
「なぁ〜にぃ〜、梨華ちゃん」
いつものように深夜にまで渡ったTV番組の収録も終わり、
メンバーのそれぞれが帰路に着く中、梨華はスタジオの入
り口で半身を傾けながら、前室の片隅でひとみと楽しげに
話している真希に声をかけた。
「おっ、梨華ちゃん、今日の私服、白なんだぁ・・・珍しいねぇ〜」
「そうなんだよぉ。最近の梨華ちゃん、ピンクあんまり着ないんだよね」
「ウン・・・」
「似合ってるよぉ〜、可愛いよぉ〜」
ひとみと真希は、珍しく白いワンピースを着ている梨華
の服装にチャチャを入れた。梨華は恥ずかしそうに笑い
ながらも、手招きをして真希を呼び寄せた。
151 :
第4章:01/10/26 04:26 ID:swHy1GZC
「ごっちん、ちょっといい?」
「何だよぉ〜梨華ちゃん、わたしは仲間はずれぇ〜?」
「よっすぃ〜違うの。ちょっとお仕事の事なの、ディレ
クターさんが呼んでるの」
「なぁ〜にぃ〜。めんどうくさいなぁ〜。タクシー着ちゃうよぉ」
真希はやや不服そうながら梨華の元に近寄った。そして
言われるがままに、梨華の待つスタジオへ足早に向かっ
た。
しかしスタジオの中には誰もいない。真希は首を傾けな
がら辺りを見回した。すると大きな照明機器が無造作に
置かれているその片隅で、梨華がぽつんと立っていた。
「なによ梨華チャン。誰もいないじゃない」
「ウン。実はね、私なの、話があるは・・・」
「・・・ふ〜ん、で、何の用なの?」
梨華は、もじもじとしてナカナカ言葉を言い出せなかった。
すると真希は梨華の傍らに近づき、眼を見つめながら言葉
を即した。
152 :
第4章:01/10/26 04:31 ID:swHy1GZC
「なぁ〜にぃ〜、梨華ちゃん。どうしたの?」
「ウン・・・。ごっちん、この間の背の高い男の人って・・・
どんな人なのかな。会社の人なのかな?」
「え?・・・あぁ、あの人?そうね、そうみたいな、そう
じゃないみたいな・・・」
「ごっちんもよく知らないの?」
「うん。自分の事、よく喋らない人だし。一応雇われている
みたいなんだけど・・・。でもさぁ、名前だってわからないしぃ」
「あの人って、普段は、どんな事してるのかなぁ?」
「送り迎えの運転とか、今私についてるマネージャーさんの
お手伝いとか・・・。そんなトコかな。」
「そうなんだぁ・・・」
梨華は首を傾けて、モジモジと言葉を選んでいるようだ。
真希は、少し悪戯っぽい笑顔をみせて梨華の顔を覗き込
んだ。
「な〜にぃ、梨華ちゃん。あの人に興味あるのぉ?」
「違うよぉ〜。そうじゃないんだけど・・・」
「じゃあ、なあに?」
「・・・ウン。なんかね、あの人と、それから・・・あの男の人
・・・とね、知り合いみたいな気がしたから・・・」
「えっ、それホントなのぉ?」
「ウン・・・。あの時そんな感じがしたんだけど・・・」
真希は、やや意外そうな顔付きで思案を投げていた。
(あの人がアイツと知り合い・・・それってどういう事なのかな・・・)
真希が思いを巡らせている中、梨華は俯きながら話の先
を続けた。
153 :
第4章:01/10/26 04:32 ID:swHy1GZC
<続>
保全sage
…まぁモーコー板じゃないんで大丈夫だと思うけど念のため
ついでにいつも更新楽しみに待ってるよん
スレ汚しすんまそん
155 :
第4章:01/10/28 03:08 ID:BFlkiefQ
「それでね。・・・ちょっとごっちんにお願いがあるんだけど・・・」
「・・・ん?なぁにぃ?」
真希は考えを一時止め、梨華の顔を見つめ直して言葉を
繋げた。
「梨華ちゃん、まだあの男となんか関係あるの?」
「ウウン、そんなことないよぉ。」
梨華はあからさまに言葉を濁した。もちろん真希には、
そこにある「何か」を感じ取るのは容易だった。真希
は、とっさに梨華の手を握りしめるとその悲しげな顔
を凝視した。
「梨華ちゃん、お願いって何?」
「えっ・・・ウン。ごっちんね、あの人に会わせてくれないかな?」
「どうして?」
「あの人に頼みたい事があるの・・・」
「梨華ちゃん・・・もしかして・・・」
「・・・そうなの。ごっちん、思い切って言うね・・・実はね、
私・・・、あの男の人にね・・・」
梨華はその美しい瞳に涙をため、少し嗚咽を漏らした。
梨華の悲しげな表情に心揺さ振られた真希は、思わず華
奢な梨華の体をぎゅっと抱きしめた。
156 :
第4章:01/10/28 03:11 ID:BFlkiefQ
「もういいよぉ、梨華ちゃん・・・。何も言わないでいいから・・・」
「ごっちん・・・誰にも言わないでね・・・」
「当たり前だよぉ」
「・・・アリガトネ」
普段は見せない真希の優しさに梨華は浸っていた。そして
最近感じていなかった、安らかな気持ちがその心を覆って
いた。
「頼んでみるね。・・・梨華ちゃん頑張ってね。あの人いい人
だから心配しないで話してみても大丈夫だよ」
「うん。実はね、この間、レコーディングの帰りに
ちょっとだけ話したの。」
梨華は恥ずかしそうに話し続けた。真希は笑顔で聞き返
した。
「ホントぉ?それでどうだったの?」
「うん。最初は話し掛け辛かったんだけど・・・でも思って
いた以上に優しくて、少し安心したんだぁ」
「でしょ?だから大丈夫だよ。きっと梨華ちゃんの話、
聞いてくれるから。私からも言っておくからね」
「ウン。アリガトウ。ごっちん、お願いね」
誰もいないスタジオ、薄暗闇の中、二人は抱き合いなが
ら互いの傷を慰め合っていた。その二人の様子を入り口
の大きなドアに隠れて見つめるひとみの姿があるのに二
人は気付いていなかった。
(・・・二人で何を話しているのかな?)
ひとみの眼には慰め合う梨華と真希の姿を捉えていた。今
まで見た事のない二人の様子を見ながら、ひとみの心の奥
底で「何か」が少しだけ揺れ動いた。
言葉で表現できないその「何か」がひとみの心を掻き毟る。
ひとみは、ふっと溜息をつくと、先程までいた前室の長椅
子に腰掛けた。
(何だろう・・・、これって何だろう・・・)
ひとみは、自分でも得体の知れない奇妙な気持ちを小さな
胸に抱えたまま、スタジオの隅で一人静かに竦んでいた。
<続>
157 :
第4章:01/10/29 01:37 ID:wGTn99n6
そこは高層のビルディングが林立する一角とはいえ、そ
のビルディングだけは、余りの大きさ故に威圧感さえ漂
わさせて、周りの全ての建物を威嚇しているようであっ
た。
何の季節感も感じさせない装飾が施された中庭を抜け、
厳つい門構えの玄関を通り、幾度かのセキュリティー
チェックを潜り抜けると、中一階に広がる吹き抜けの
ホールに出た。
無機質なコンクリートで覆われた大きな支柱をやり過
ごすと、その奥に数台のエレベーターが待っていた。
ただ一番右端のエレベーターは、他の基とは違い、2
0階までノンストップで上がることが出来るのが大き
な特徴だ。他のエレベーターが止まることさえ許され
ない21階から25階まで階段を使わずに昇るには、
そのエレベータに乗るしか手段はなかった。
158 :
第4章:01/10/29 01:40 ID:wGTn99n6
そのエレベーターを利用できる人間の数は、言うまでも
なく少ない。更に通常の通行パスと同時に、特製のIC
カードがなければ、乗る事すら出来なかった。
しかしだからと言って、そこの空間一帯が特別に豪華に
飾られているわけではない。逆に何の装飾もなくただ
白く塗られただけの吹き抜けに飾られた支柱同様、無機
質なコンクリートに覆われ、むしろ窓が極端に少ないせ
いか息苦しささえ覚える様なところであった。
特に22階は更に他の階に比しても狭苦しい箱部屋の様
な区切りをされた空間が所狭しと居並んでいる。
そうした部屋が並立している廊下を通り抜けると、やや
広めの空間に踊り出るが、かといってそこに窓がある訳
でもなく、その密閉間が解消されたわけでもなかった。
人影もまばらな静かな回廊。空間の奥には、更にその先
に通じる少し広めの廊下がある。その最奥にある小部屋
は、珍しく窓のある"人間らしい時間"を過ごせる場所で
あった。
159 :
第4章:01/10/29 01:45 ID:wGTn99n6
その空間は、他の部屋と違い壁は完全な白ではなく、やや
つや消しと思われる色で塗られ、重厚なデスクの横には、
少し小さめの観葉植物が居並んでいる。
そしてホワイトボードの横には大きな出窓が据え付けられ、
夜の街を展望する事が出来た。遠くに見える東京タワーの
明かりが、今日に限っては鮮明に見える。未だ窓の外は、
近づきつつある台風のせいか異様な蒸し暑さを漂わせてい
る。深い時間だというのに未だ熱気は冷めず、本格的な夏
の到来を前にして、既に数え切れない位になった熱帯夜を
迎えていた。
デスクの椅子には、およそこの建物には似つかわない様な
精悍な顔つきをした若い男が座っている。その男に対峙す
る様に、部屋の真ん中にある黒色の硬めのソファーでは、
やや白髪交じりの中年男性が煙草を燻らせ、膨大な量にな
る書類を今、正に、読み終えようとしているところだった。
<続>
160 :
第4章:01/10/31 03:06 ID:OlIlUCim
「高森君、ご苦労だった。預からせてもらうよ」
「何か、飲みますか」
「ウン?いや、構わないでくれ」
中年男性は読み終えた書類をテーブルに置くと、短くな
った煙草を灰皿に押し付けた。男は、小さく息を吐くと
徐に立ち上がり窓際に近づいた。
遠くに見える東京タワーの灯かりをぼんやりと眺めなが
ら、物思いに耽るかのようにめを薄くしていた。
「実は高森君、折り入って話があるんだが・・・」
「・・・何か報告書に不備がありましたか」
「いや、そうじゃない。完璧だよ、書類は。・・・まぁ君に
見て貰いたい物があるんだ」
そういうと男は、ソファーの片隅に置かれていた黒革の
カバンを手に取ると、その中から数枚の書類が入ったフ
ァイルを取り出すと高森のデスクに置いた。
161 :
第4章:01/10/31 03:07 ID:OlIlUCim
「これはなんでしょう?」
「読んでもらえるかな」
高森は訝しそうにその書類を手にとると、バインダーに
挟まれたそれをパラパラと捲って見た。乱雑な文字が踊
るその書類に書かれた文字列を漫然と眺めていた。
男は高森が読み終えるのを待ちながら、胸ポケットから
ショートホープを取り出すと火を灯すと煙を燻らせてい
た。
時が過ぎていく。
高森は読み終えた書類を何度か読み返すと、ふっと溜め
息をついた。少しばらけた書類をトントンとテーブルで
馴らすと、綺麗に整え、デスクの中央に置いた。
162 :
第4章:01/10/31 03:09 ID:OlIlUCim
「部長、これを・・・信じるんですか?」
「・・・どう思う。君の意見を聞きたいね」
「確かに単なる告発文にしては、看過出来ない気もしま
すが、しかし余りに抽象的な感じもしますしね。しかし、
部長には、これを信じるに足りる何かが他にあるんでし
ょうか?」
「フフフッ、さすが君だ。見込んだ通りだな。鋭いね」
男は煙草を加えながら、ソファーに腰掛けて再びカバン
を取り出した。そして一枚の写真を取り出すと、高森に
投げ出した。
「これは?」
「これが、その張本人だ」
白黒の写真には、海上で撮られたらしく、豪華なクルー
ザーらしい甲板の上で大きな魚を持ち上げて笑い合って
いるサングラスを掛けた数名の男が映し出されていた。
163 :
第4章:
「その右端の短髪の男、それがその主役の男だよ」
「・・・警官とは思えない風貌ですね。まぁ周りの男達も
ナカナカの風体ですが」
「そりゃあ、そうだよ。左端の男はこの間、新宿のホテルで
頭撃ち抜かれたヤツだからな」
「この男がそうですか・・・。で、この写真は一体?」
「今日の午後、送られてきた。まぁ同じヤツだろう」
高森は写真を書類の上に置くと、もう一度、紙の角々を
合わせる為に、テーブル上でトントンと叩き馴らし、再
びデスク中央に置きなおした。
「それで・・・私に何の用でしょうか?」
「決着を付けてもらいたい。事が大きくなる前にね」
「決着・・・ですか?」
「そうだ」
男は再び立ち上がると窓際に再び近寄った。窓ガラスに
寄りかかりながら、短くなった煙草をポケットから取り
出した携帯灰皿にしまい込む。そして静かに話し出した。
<続>