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十月末になると、山の紅葉も黒ずんで、汚くなり、とたんに一夜あらしがあつて、
みるみる山は、真黒い冬木立に化してしまつた。遊覧の客も、いまはほとんど、数へるほどしかない。
茶店もさびれて、ときたま、おかみさんが、六つになる男の子を連れて、峠のふもとの
船津、吉田に買物をしに出かけて行つて、あとには娘さんひとり、遊覧の客もなし、
一日中、私と娘さんと、ふたり切り、峠の上で、ひつそり暮すことがある。私が二階で退屈して、
外をぶらぶら歩きまはり、茶店の背戸で、お洗濯してゐる娘さんの傍へ近寄り、
「退屈だね。」
と大声で言つて、ふと笑ひかけたら、娘さんはうつむき、私はその顔を覗(のぞ)いてみて、
はつと思つた。泣きべそかいてゐるのだ。あきらかに恐怖の情である。さうか、と苦が苦がしく私は、
くるりと廻れ右して、落葉しきつめた細い山路を、まつたくいやな気持で、どんどん荒く歩きまはつた。
それからは、気をつけた。娘さんひとりきりのときには、なるべく二階の室から出ないやうにつとめた。
茶店にお客でも来たときには、私がその娘さんを守る意味もあり、のしのし二階から降りていつて、
茶店の一隅に腰をおろしゆつくりお茶を飲むのである。