モララーのビデオ棚in801板61

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384エルシャダイ イールシ 2/4
 思わぬところで狼狽されて、こちらの方が驚いた。
「何、を、」
「え」
 これからまさに、彼を抱こうというときだ。
 ともに寝台の上である。イーノックは半裸だし、どういう技術で織られているのか、向こうが透けて見えるほど薄いルシフェルお気に入りの服も、今は、ほとんど脱げてしまって、むしろ厄介になっている。
 蒼白い肌にはもう何回も唇や舌を這わせたし、熱を帯び始めている下肢にも遠慮なく手を伸ばしたし、それらの総てをルシフェルは笑いながら受け止めていた、のに。
 キスをした。それだけのことだ。
 それだけのことが、ルシフェルを、たいそう驚かせたらしい。
「いけなかったか」
 もしや、ルシフェルにとっては、禁忌だったのか。情交には問題がなくとも、唇を重ねることには何か、まずいことでもあったのか。
 咄嗟に迷い、迷った末に、ルシフェルの薄い唇を、親指の腹で拭ってみる。それにも、ぴくりと敏感な、いっそ怯えるような反応を見せて、ルシフェルは息を呑む。
「ルシフェル?」
 相手を気遣いながら、滑稽なほど冷静に、イーノックは、止まれるか、と、自分自身に問いかける。
 肉欲にはもう火が点いている。消すのは、正直なところ、つらい。しかし、目の前の捻くれ者で、お喋りで、美しい存在を、自分の欲で振り回し、苦しめることはしたくない。
(よし)
 止まれるだろう。嫌だ、やめろと言われたら、すぐにでも離れよう。
 しかし、いつまでも悩ましい顔をしているルシフェルが、ようやく唇に乗せたのは、そういう類いのことではなかった。
「何故……」
「ん?」
「何故、キスをした?」
 いかにも訝しげに尋ねられ、あらゆる意味で面食らう。
「何故って……抱くから」
「私を抱くのに、キスが必要か?」
「そう言われると」
385エルシャダイ イールシ 3/4:2010/11/03(水) 16:09:20 ID:eWllfcO+0
 必要ではないだろう。男同士の情交に結果を求める気はないが、目的が快楽を追うことにあっても、キスの齎すそれは僅かだ。高みを見たいなら、もっと強烈な愛撫を施せばいい。けれど。
「折角だから、貴方を愛したい。……そう思ったから、キスをした」
 告げたのは、正直というより愚直で、恥ずかしいような意図だったのだが、奇妙なことに、目に見えて、ルシフェルは全身を震わせた。
「……、っ」
 詰まらせた息を飲み込み損ねて、くん、と蒼褪めた喉が鳴る。続いて、短く吐かれた呼気は、は、と小さな音を伴い、……そして、はじめて見ることに、紅い両眼が、濡れて光った。
「ルシフェル?」
 ただならぬものを感じて、被さっていた身を起こす。
「おい、大丈夫か?」
 誰かを呼ぶにはあまりにあまりな状況だが、具合を悪くしたのなら、助けを呼ばなくてはなるまい。
 少しでも場を繕えるよう、かろうじて引っかかっていたルシフェルの服を直しかけると、しかし、ルシフェル自身の指が、戦慄きながら、それを拒んだ。まだ強張りの残る表情、声が、それでも、薄く笑う。
「……大丈夫だ。問題ない」
 そう言う彼の様子は確かに、先ほどよりは落ち着いているようだったから、イーノックは手を止めて、じっと、整った顔を見つめる。
「はは。いつもとは、逆だな……」
「いつも?」
「ああ、お前には、もう少し先の、……いや。今は、どうでもいいさ」
 もうすっかり震えの止まった腕が首筋に廻される。それに引かれるまま倒れ込み、再び彼に被さった。
 触れていいものか戸惑う自分を促すように、背を撫でられる。今は穏やかに繰り返される呼吸を右耳に聞きながら、肩の辺りを軽く食むと、ごく小さな乱れが返った。
 しかし、それは、先刻のような困惑に満ちたものではなく、純粋に体の悦びを訴えるものだったから、イーノックは頭と体を、さっさと切り替えることにする。
「ただ、少し……」
「ん?」
「いや、いい。……続けよう」
 溜め息交じりの声はどことなく、哀しんでいるように聞こえたが、密着した身が離れないよう、強く引かれた状態では、呟いたルシフェルの表情を窺うことは叶わなかった。
 それは勿論、ルシフェル自身が、そうあることを望んだのだから、イーノックはもう何も言わずに、彼を愛することに没頭した。