同じホテルに宿泊しているが、バッグバンドである彼らは彼と
違って、平均的な階の平均的な部屋をあてがわれている。
それでも、彼が「自分のバンド」を銘打ってくれているだけ、
他のスタッフより格段に待遇が違うのだが。
その中のリーダーである男の部屋にメンバーが集まり、マネー
ジャーから彼の容態を告げられた。
「とりあえず、明日のスケジュールは変わらず移動、あいつ
に関しては、経過しだいだが別行動の可能性もあると思ってて
くれ」
「・・・わかりました」
全員がしんねりと首をうなだれて、マネージャーの言葉に頷い
た。
「それから、今夜は余程のことがない限り、ホテルから出ない
で欲しい、どこから嗅ぎつかれるか分からないからな」
人気アイドルが病気でダウン。それだけで格好のマスコミのネ
タになる。虎視眈々とどこかで彼らを狙うものはここかしこに
いるのだから。
その言葉に、もう一度全員が頷く。
「・・・分かってますよ」
それじゃ、といってマネージャーは部屋を出て行った、彼はこ
れから、事務所への対応、明日以降への仕事への状況把握とや
ることは山ほどあるのだ。
「あーあ、今日は缶詰かよ」
ベッドに寝そべりながら、メンバーの一人が苦笑を漏らした。
「ぼやかないぼやかない」
誰かが諭した言葉に肩を竦めながら、身体を起こした。冷蔵庫
から缶ビールを取り出し、プルトップを空ける。
「・・・・・あいつ、大丈夫かなあ」
口をつける前に、ふと口についた言葉。返事は無い。
沈黙が、部屋を包み込んだ
熱のせいで深い眠りにつけないまま、夢とも過去ともつかない
景色を見る。
夜の河原に仰向けに横たわる二人、流れる川のせせらぎの音を
ずっと聞いていた。
「明日は東京かあ」
「そうやな」
彼が答える。
「やっていけるかな」
「何とかなるもんやろ」
彼が笑う。
「お前がおるから、何とかなるやろ」
そう言って笑った、彼の笑顔。覚えているのに。
どうして、どうして、どうして
「・・・・・寒い」
両腕を抱きしめても、冷たい腕に温もりはなく。
「・・・・・・・寒いよ」
目じりから一筋、涙が零れた。
「・・・・・今回は特例だからな」
「分かってます、感謝します」
マネージャーからマスターキーを受け取る。
おせっかいだと分かっていながら、どうしても見過ごすことが
出来なかった。
部屋に入ると、広い部屋に震える子供が涙を流していた。
どうして、どうしてと誰かを求めながら。
「おい・・・」
思わず駆け寄り、手に触れる。びくりと彼の身体が跳ねた。
「あ・・・・・・」
こちらに振り返る。
微笑んでいた。
「戻って・・・きた・・・?」
手を、強く捉まれる。
「ここに・・・おる・・・・?」
泣きそうな顔で、微笑んでいる。何処にもない、誰かを見詰め。
それでも
「ああ、ここにおる」
そう言うしか、なかった。
彼の笑みが崩れた。
「・・・・・・嬉しい・・・・・」
うれしい、うれしい、ここにいてくれる、ずっと側にいてくれ
る。
つかんだ手が、引き寄せられた。彼の手が、背中に回る。
熱に浮かされた胸に抱き込まれる。
「離さない・・・もう二度と」
それは誰を言っているのか、分かってしまった。
それほどにまで、求めていたのか。そう思うと、胸が締め付け
られる。
両手で彼の顔を包み込む。熱で曇った瞳には、自分の姿は映っ
てない。
「そんなに・・・」
辛かったのか、寂しかったのか。
激情が身体を走った。
思わず唇を重ね合わせた。彼の身体が一瞬強張る。それでも、
すぐに緊張がとけた。
なすがままに唇を吸い合わせてくる、全てを受け入れるかのよ
うに。
唇を離すと、彼は笑っていた。
「なんだ・・・」
幸せそうに、微笑んでいた。
「こうすれば、よかったのか・・・」
少し哀しげに、
「皆にされること・・・・お前もしたかったんやな・・・」
そう呟きながら。
思わずの彼の胸元に目をやる。明らかに情交とわかる、跡が見
える。
「お前・・・・・」
彼は呟く、
「そうか・・・・・」
熱にうかされて、
「そうすれば・・・・・・」
そうすれば
お前は音楽、続けてくれたんやな
「ごめんな・・・・」
彼をきつく抱きしめた。骨も折れよ言わんとばかりに。
求めた者と違う人の胸の中で、彼は何度も謝罪の言葉を口にす
る。
決して届かぬ、謝罪の言葉を、求める言葉を、罪の言葉を。
その言葉を聞くものも、彼の哀しさをいとおしいと感じるもの
で。
でもその思いは、側にいても、決して彼には届かない。
誰にもどうすることの出来ない想いは、互いの涙で洗うことも
出来ずに、彼はただ、愛しいものを想って、かりそめの夢の中
で笑っていた。
かりそめの腕の中で。
泣き出しそうな声で。
初めての棚投下なので、お見苦しいところがあると
思いますが勘弁してください。
途中改行変になっちゃったよママンorz
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| | □ STOP. | |
| | | | ∧_∧ エチシーンカキタカッタナ
| | | | ピッ (・∀・ )
| | | | ◇⊂ ) __
|  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | ||―┌ ┌ _)_|| |
| °° ∞ ≡ ≡ | || (_(__) || |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
やまだたいちのミラクル
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|│l> play. │|
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( ,,゚) ピッ ∧_∧ ∧_∧
/ つ◇ ( ・∀・)ミ (` )
. (⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒)
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└─────│たいち→やじま TVに向ってやじばさん連呼し過ぎな理由。
└───────────────
オールスターゲームまでに・・・・・・、オールスターゲームまでに・・・・・・。
そう思いながら太一は、木にバッドを打ち続ける。矢島に言われたとおり手首を鍛える為に。
「ぃでっ!!」
太一は木に跳ね飛ばされ尻もちをつき、バットがころころと手放した方向に転がる。立ち上がってバットを取ろうと思ったが、痛い手首で支えられなく、腰が上がらなかった。
太一は顔を歪ませる。
太一は矢島に言われてから毎日練習をしているが、まだ一度もバットを木に固定できた事はなかった。頑張ってはいるが、もともと弱点の部分だったためか、なかなか強化できないでいた。
思わず涙が出そうになり、急いで顔を上げた。そうしたら、木々の枝の間から月が顔を覗かせていた。太一はきょろきょろと辺りを見回す。
既に夜だった事に今更ながら気づいた。何時もの事だが、練習していると時間の概念が無くなる。
そう言えばろくに食事もしていない。チームメイトの平田か誰かが呼びに来たような気がするが、よく覚えていなかった。
木々の暗闇の中、注意深く目を配せると、近くの木立にオニギリと水筒があった。誰か置いておいてくれたのだろう。
太一は手首を上手く庇い、そこまでハイハイで移動すると、お皿に掛っているラップを外し、オニギリを頬張った。
水筒のお茶を飲んで一息吐く。何気なく強化途中の手首を見て、矢島の事を思った。
―――やじまさんなら、練習止めさして、ご飯一緒に食べてくれるだけどな。矢島には入院以来会っていない。
お見舞いに行きたかったが、手術まで絶対安静のようで、お見舞いに行ける時間や人数が制限されていた。それに、試合や訓練等で忙しい太一には難しかった。
太一は寂しくなって、もう一度泣きそうになりながら鼻水を啜った。
矢島は太一に対しての練習や訓練を、丁度良い感じでコントロールしてくれる。平田なんかも調整はしてくれるが、平田は要のキャッチャーとしてチーム全体を見ていたりするので、ほぼ太一専属コーチと化している矢島とまでとは行かなかった。
それは仕方がない事だし、自分が好きで練習しているから恨み事は思いつかないが、矢島が居ないとこんなに違うものかと思った。
「会いたいなー。」
太一はぽつりと声に出して思いを呟いた。
それと同時に、そんな事を思う自分にびっくりした。弟の泰二以外に、傍に誰か居て欲しいと思ったのは始めてかもしれない。
太一は野球が絡まなければ結構人見知りだった。弟の泰二以外の人間と一緒に何かしたいと思ったのは、監督の三原だけだ。アストロズを優勝させるという誓い。でも、これは泰二も絡んでいるので、一概にそうとも言い切れない。太一は首をひねった。
そして矢島を思い出す。怖い顔一つしないで、何時でも微笑んでいる。
自分の話を良く聞いてくれて、協力してくれて、とても褒めてくれる。
あの大きな手で、頭を撫でらるれるのがすごく好き。
―――やじまさんに撫でて欲しいなー。痛い手首を摩って欲しいなー。
太一は少し赤くなりながら、いつもの白昼夢よろしく妄想の世界に旅立とうとした。
しかし、手首が痛いのを思い出し我に帰る。
今、矢島は自分の傍に居ない。
―――もしも、もしもずっと居なくなったら?
ふと思った事に、白昼夢の妄想で赤らめた顔が一瞬で青くなった。
『おまえは矢島にビョーキをうつして殺そうとしてるんだ』
前に矢島の友人で、タイガースの相原が言っていた言葉を思いだした。
アストロズのみんなは太一に対して、矢島の病気は少し心臓が悪いだけで、手術をすれば治ると言っていた。しかし、本当はもの凄く死にそうなくらいに悪いのではないか?それも自分のせいで?
太一は震えだした。
―――手首、まだ出来ていない。
アストロズを優勝させるには不可欠だと矢島は言った。自分と泰二と三原監督で、アストロズを優勝させると誓った。だから今は訓練して、練習しないとダメだ。
―――でもどうしよう、、、おれのせいで死んじゃったら、死んじゃうの?
太一はぽろぽろと涙が出てきた。
―――今度の試合はいつ?手首が出来るのはいつ?
これが一番大切な筈なのに、太一はそれよりも矢島の事を考えていた。
―――手術はいつ?矢島が帰ってくるのはいつ?
太一は慌てて立ち上がり、夜の闇に駈け出した。
夜、夜中。
矢島の病院まで来た太一は、やっとの思いで来たのにどうしたら良いか困った。
外来正面入り口は当然閉まって入れない。夜間受付はあるだろうが、太一の頭には無かった。
外から病院を見上げる。病室は覚えていた。入院の帰りに見上げたら、一緒に来ていた平田が教えてくれた。
―――お外から昇ろう。
太一は至極単純に考えた。危ないという考えは無かった。石田と崖を登ったそれがあるので、なんとかなるだろうと。
ちょっと怖い思いをしたが、なんとか矢島の病室の窓に辿り着いた。個人部屋だからか幸いに、室外機置き用に狭いベランダが付いた。太一は手すりに座り窓を覗く。カーテンが閉まっていて中の様子は伺えない。取り合えず軽く窓を叩いてみた。
当然中から反応は無いだろうと、太一は何故だか冷静に思った。
ここまで勢いで来てしまったが、もう時間が時間だし、矢島が起きているわけがない。やっぱり反応は無いので太一は溜息を吐く。
そして来たルートを戻ろうと手すりに立ち上がり、壁伝いに下ろうとしたら、いきなり矢島の部屋のカーテンが開いた。
最初、矢島は目の前の外の景色として月を見たが、それを少し隠すように小さい人影があった。
いや、何か居ると思ってカーテンを開けたから、居るのは驚かなかったが、居るのが太一だったので解った瞬間、心底驚いた。
「やじまさん!!」
にわかに信じがたかったが、太一の大きな声がした。ホンモノだ。
「―――た、たい―――!?」
太一が手すりでぴょんぴょんジャンプしたから、驚く以前に心臓に悪すぎる。「やじまさん!やじま、わぁ!!」
「!!」
矢島が慌てて窓を開けたら、太一は手すりから足を踏み外した。
太一が落ちる寸前、矢島の手が太一を掴んで引き寄せた。太一の身体の小ささと矢島の腕力で助かった。矢島は太一を掴んでぶら下げたまま、窓辺からベランダに身を乗り出した格好で溜息を吐いた。
「どうしたんだ太一?どこから来たんだ?」
矢島は太一を部屋に入れるとちょっと困った顔をして太一に訪ねた。しかし、太一は顔を真っ赤にして矢島の足にしがみ付いていて、自分の名前を呼ぶばかりだった。
これはどうしたものかと思いながらも、太一が来てくれたのは正直嬉しかった。入院以来、全く会っていなかった。
だから、久しぶりに矢島は太一の頭を優しく撫でる。そうすると太一は矢島の名前を呼ぶのを止め、矢島の方を見上げた。
太一は頭の上を撫でられるより、額から髪を掻き揚げるように撫でられる方が好きだ。矢島は何の躊躇も無くそうしてやると、太一は普段大きな眼を珍しく細めて気持ちよさそうにする。
―――猫みたいだな。
矢島はよくそう思う。
太一はあまりの気持ちよさに、そのまま身を預けそうになったが、撫でられていて思い出した。
「あ!やじまさん!おれ、おれ、、、大丈夫?ビョウキ平気?手術いつなの?オールスターゲームでれる?」
太一は矢継ぎ早に質問した。焦って質問する太一を矢島は静かに見つめる。
「もしかしてダメ?なの?ビョウキおれのせい?どうしよう、、、おれ、おれ、、、。」
太一は不安になって泣き出す。鼻水を垂らして、先ほどとは違い、大きい目をめいいっぱい広げてぼろぼろと涙をこぼした。
「おれのせい、、、おでのせいで、、、やじばさん、死んじゃうー。」
矢島は本当に困った。
太一の質問、矢島の病気は簡単なモノでは無い。オールスターゲームどころか、手術してもこの世に居られるかどうかも解らない。
「死ぬかもしれないが、太一のせいじゃない。」
矢島は太一を見つめて静かに言った。太一は衝撃的な矢島の言葉に驚く。
「死、ぬの?」
太一は音にならない言葉をなんとか取り出して口に出した。
「解らない。死ぬかもしれないし、死なないかもしれない。」
矢島は答えれる正しい答えを言う。太一には自分の事で嘘を吐きたくないと思った。
「何で?何で?何で?おれどうしたらいい?何したらやじまさん大丈夫になる?」
太一は矢島の顔を見て必死に聞いた。しかし、矢島はにっこり笑って答えなかった。
「死なないよね?」
太一はゆっくりもう一度聞いてみた。矢島はそれにも答えない。
「指きりのやくそく、うそ?」
答えてくれない矢島に、太一は更に聞く。
「それは嘘じゃない。」
矢島は返した。
今度は矢島が、太一とは正反対に冷静に質問してきた。
「・・・太一、強い手首はできたか?」
太一は慌てて答える。
「うわ!ごめんなさい。手首、、、まだ。」
鍛えている手首を握りしめ、もう片方の手で手首を抑えた。
「そうか。大丈夫、強くなるまで根気強くやれば良い。」
矢島はゆっくりそう言うと、太一をベッドに腰かけさせ、自分も隣に腰をかける。そして太一の鍛えている手首を取り、優しく撫でる。
太一は幸せな気持ちになる。矢島は自分がして欲しい事を、して欲しい時にちゃんとしてくれる。
「太一、俺は約束したよな?一緒に優勝するって。」
「うん、うん。」
うっとりしはじめた太一に、矢島は話し始めた。
「俺が教えたこと、おまえは正しく守って、それが出来ている。この手首もそうだろう?訓練はちゃんとしているだろう?」
「うん!やってるよ!」
「俺が教えている事全て、お前が叶えてくれる。だから、一緒に戦っているのと同じなんだ。解るか?」
太一はコクコクと頷いた。
「太一が今よりもっと強くなることで、アストロズは必ず優勝できる。、、、俺がその場に居なくても、俺と一緒に優勝したのと同じなんだ。」
そう言って矢島はまた、にっこり微笑んで太一の頭を撫でた。
それとは反対に、太一は顔を歪ませ叫んだ。
「嫌だ!!」
矢島は驚く。
「嫌だ嫌だ!やじまさん居なくなったら嫌だ!一緒に優勝しないと嫌だ!」
太一は矢島に抱きついた。
「おれ、おで、、、やじばさん居ないと、練習とか優勝、出来ない。一緒に、傍に居でぐれないど、、、ずっと一緒に、、、。」
太一はまた、わあわあと泣き出した。
太一の言葉に、矢島はなんとも言えない気持ちになり、思わず太一を抱きしめた。強く、強く抱きしめる。
「やじばざん?」
太一は涙を止め、苦しい隙間からどうしたのだろうと矢島を呼ぶ。しかし、矢島は答えない。しばらくして、矢島は絞り出すように声を出した。
「俺も、太一とずっと一緒に居たい。」
それを聞いた太一は、嬉しくてドキドキしてきた。
「うん!うん!ずーっと一緒に居よう。それで、一緒にアストロズ優勝させよう!」
こんどは太一の方が強く矢島の首に抱きついた。
「だから、だから矢島さん居なくならないよね?死なないよね?」
太一は矢島の首から離れ、矢島の顔を見る。抱きしめられているので近いので、矢島の額に太一の額が付く。
「やくそく、守るよね?」
太一は矢島の目を見据えてそっと聞く。
太一の潤む瞳や、普段聞かない、切なく、囁くような問いかけをする唇が愛おしいと矢島は思った。自分はこれを失いたくない。
「おれにできること、ない?」
太一の問いに、矢島は静かに微笑んで、ひとつのお願いをした。
「約束は守る。だから、太一にひとつお願いしたい。俺がもし、もし死にそうになったら、太一の大きい声で、俺の名前を呼んでくれないか?」
何時でも元気が良い、太一の大きな声が矢島は大好きだった。
「太一の口から出る元気の良い声が聞こえると、手術もがんばれる。必ず約束も守れる。」
その矢島の言葉に、太一は顔をぱっと輝かせて頷く。
「うん!うん!おれ!かなーりよくわかった!やじまさんのおねがい、必ずまもるよー。」
太一は嬉しくて、また矢島の首に強く抱きつく。
「おれの声聞いたら元気になるよね?元気いくらでもあげる!やじまさん大好き!」
太一は高まる自分の気持ちをどう表現しようかと思ったが、考えより先に行動に出ていた。
大好きと言い終わった瞬間、太一は矢島の唇に、自分の唇を押しあてていた。矢島は何が起こったのか解らず、そのまま硬直した。
「やじまさん、絶対、ぜーったいやくそくね!手術がんばって、オールスターゲーム一緒にでようね?優勝しようね?ずーっと一緒に居ようね?」
太一は唇を離し、捲くし立てるように矢島に言った。矢島は何をされた考えが及ばず、コクコクとびっくり眼で頷くしかできなかった。
「よし!おれ、がんばって強い手首作るもんねー!」
太一は矢島から降り、入って来た窓を開けてよじ登った。
「おれ帰るよやじまさん!おれもがんばる!やじまさんもがんばってね!」
太一はそう言って、もと来た道を去って行った。
矢島は太一が目の前から居なくなってしばらくして、慌てて窓の外を見まわしたが、太一の姿は何所にも無かった。
矢島は今更ながら顔を真っ赤にし、妄想だか現実だか解らない出来事を胸に、遅い夜のベッドに入って眼を閉じた。
おしまい
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|│ロ stop. │|
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ピッ ∧_∧
◇,,(∀・; ) テンプレ展開、正直スマンカッタ。
. (⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒)
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>521
GJ!GJ!!!
萌えたよ!ありがとう!
>>509 バリバリ昭和世代なのに誰かがわからんもどかしさにちょっと萌え
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
彼に会う前に一戦交える羽目になったのは予定外だった。
「お前それ大丈夫かよ?血ィ出てんじゃねーか」
案の定、顔を合わせるなり見咎められる。
手を取られ、袖の裂け目から覗く傷に口を付けられた。
傷口を探る舌の動きが、出血を促す動きに変わる。
あぁやはり、と苦笑する。
久し振りに訪れた魔界の気に中てられている。
溢れ出る血を啜り、嚥下する音。
「そんなことをしていたらいつまでも血が止まらない。そろそろ放してくれ」
しぶしぶ、といった様子で顔を離すのが可笑しくて、思わず笑みを零す。
「血がダメならこっち、いいか?」
下方を指差しながら言われた。
「こっち?」
指と同時に下へ向けられていた視線が、戻ってくる。
「飲みてーんだ」
呆気に取られ、一瞬言葉を失う。
だが人をして沈着と言わしめる頭脳はすぐに冷静さを取り戻し──取り戻した上で、いいですよ、と答えていた。
異様な熱心さで舐られている。
込み上げてくる感覚を、深い溜め息で遣り過ごす。
歯が掠める度に息を詰める。
視線を感じ薄く目を開ければ、自分を窺う両の目とかち合う。
重なる視線はそのままに、歯を立てられる。
背筋に震えが走った。
このまま噛み切られてしまったら、という恐怖。
同時に感じる、倒錯的な快楽。
「───ッ、」
極める瞬間湧き上がってきた笑みは、自嘲かそれとも、歓喜だったのか。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
>>509 GJGJ!!
受理タン儚げでいいっす
ギターの人セツナス
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|│l> play. │|
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( ,,゚) ピッ ∧_∧ ∧_∧
/ つ◇ ( ・∀・)ミ (` )
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└──────│某スレ
>>550からのお風呂ネタ
.|せっちゃんの風呂嫌い捏造気味。
└───────────────
「わああああああっ!!」
盛大な水音と共にロック/オンの悲惨な悲鳴が響き渡る。
4人の舞スターの内、ただ一人脱衣所で待機していたティエ/リア・アーデはその悲鳴に耳を塞ぎ、
眉間にしわを寄せてため息をついた。
「こらっ、刹/那! 暴れないで……っ、言うことを聞いてよ!」
「うるさい! オレは……風呂くらい一人で入れる!」
普段は穏やかなアレ/ルヤが、声を荒げて刹/那を羽交い締めにする。
刹/那もまた普段の冷静さを忘れ、泡まみれのあられもない姿でじたばたと暴れ回っていた。
しかしきちんと鍛えたアレ/ルヤの腕はビクともせず、
夢中でばたつかせている手足に洗面器やら石鹸箱やらが当たって浴室内を飛び回っている。
そんな刹/那の必死の抵抗の最中、冒頭で浴槽の中へ投げ込まれたロック/オンの頭に石鹸が当たり、
ゴツッと鈍い音を立てた。
アレ/ルヤがその音に振り返ると、頭の先までずぶぬれになったロック/オンが浴槽の中で怒りに震えていた。
「嘘つけっ! いつもシャワー室で水被るだけで仕舞いにするくせに!」
案外に大人げないロック/オンが浴室内に響き渡るような怒声をあげる。
あまりの剣幕にアレ/ルヤは、まるで自分が叱られたようにびくりと首を竦めてしまった。
刹/那は図星を突かれたためか、突然暴れるのをやめ、憮然とした顔のままアレ/ルヤの腕の中で収まった。
不機嫌ながらもアレ/ルヤの両腕におとなしく抱えられるその様は、まるで悪戯を叱られた後の猫だった。
「ちゃんと髪はシャンプーで、体は石鹸で洗わないとダメだよ。
水だけじゃ汚れは落ちないんだから」
「言われなくても、そのくらい分かってる」
アレ/ルヤの優しい声にもつっけんどんに低く唸り返す。
アレ/ルヤはこれ以上刹/那に何を言っても無駄なような気がして、ロック/オンに目配せをした。
ロック/オンも浴槽から這い上がりながらアレ/ルヤを見やり、お手上げだという様に肩をすくめた。
アレ/ルヤはそれを見て同じように肩をすくめ、ため息をついて刹/那を拘束していた腕を解いた。
「しょうがないな……。
今日はなんとかキレイになったからいいけど、これからは一人で頭も体も洗うんだよ?
泡が目に入るのが嫌なら、今度地上に行ったときにシャンプーハットを買ってきてあげるから」
アレ/ルヤの許しの言葉に、刹/那がこっそりと安堵した次の瞬間、
まだ泡にまみれた刹/那の頭に洗面器いっぱいのお湯が被せられた。
「わっ」
「〜〜〜〜〜っっ!!」
突然の出来事に刹/那が声もなく体を硬直させ、ギュッと目を閉じる。
おかげで泡は目に入らずにすんだが、刹/那は鬼の様な形相で振り返り、ギロリとアレ/ルヤの背後を睨みあげた。
そこには、大人げなく洗面器片手に仁王立ちになっているロック/オンが同様の表情で刹/那を見おろしていた。
「次はねえからな」
まるで戦場で敵を狙い打つときの様に冷酷な声を出すロック/オンをフンと鼻で笑い、
刹/那はアレ/ルヤの膝の上から立ち上がって浴室を出て行った。
その後1 録荒
「ったく刹/那のヤツ、手間かけさせやがって……」
もうもうと立ちこめる湯気が濡れた服と肌にまとわりついて気持ちが悪い。
ロック/オンは雫のしたたり落ちる前髪を掻き上げ、浴槽の栓を抜いて用済みの湯を流した。
刹/那の風呂嫌いはマイスターになった当初から手を焼かされてきた。
水浴びだけでもするようになったのは刹/那的には大きな進歩なのだが、現代人の衛生管理レベルにはほど遠い。
初めは、土煙の中から突然現代都市生活に放り込まれて戸惑っているだけだと思っていた。
しかし違うのだ。
刹/那は風呂が嫌いなのだ。
とりわけ石鹸やシャンプーのような薬剤を嫌う。
最初にシャンプーを頭に垂らしてやったときなどは、声なき悲鳴を上げて頭をぶるぶると振って嫌がった。
まるで犬か猫だ。
確かその時も自分たちは水浸し、泡まみれになって大変な思いをした気がする。
戦争を終わらせる前に、俺の育児戦争が終わるんだろうか……。
ロック/オンはそんなことを思ってため息をついてしまった。
そんなロック/オンの横でクスリと笑う声がした。
アレ/ルヤだ。
アレ/ルヤはロック/オンの育児に疲れ切った横顔を見つめながら苦笑のような笑みを浮かべていた。
ロック/オンがその視線に気付きアレ/ルヤの顔を見ると、アレ/ルヤは小さく、お疲れ様と囁いた。
先ほど似合わない大声を上げたからだろうか。少し声が掠れている。
ロック/オンはアレ/ルヤの長い前髪が頬にぺたりと張り付いているのに気づき、それが自分が刹/那に引っかけたお湯のとばっちりだと悟った。
「アレ/ルヤ、大丈夫だったか? 悪ぃ、びしょびしょになっちまったな」
厚めの前髪を指先で押し上げてやると、濡れた髪の間から金色の瞳が覗いた。
不思議な色合いの瞳はいつ見ても目を奪われる。
アレ/ルヤはロック/オンの指をくすぐったそうに避け、少し楽しげに笑った。
黙っていると冷たく見られがちなアレ/ルヤの容姿は、笑うと花が綻んだように可憐なのだとどれだけの人間が知っているのだろうか。
ロック/オンは男性に対する表現として適切ではないと思いながらも、アレ/ルヤの笑顔を愛らしいと思っていた。
少し困ったように眉尻を下げて微笑む彼を、抱きしめてやりたいといつも思う。
そしてロック/オンはただ一人アレ/ルヤからそれを許されているのだ。
この特権を使わない理由はない。
「君だってびしょびしょだよ、ロック/オン。ほら、髪が張り付いてる……」
ロック/オンは額に伸ばされるアレ/ルヤの指をおもむろに掴み、自分のほうへ引き寄せた。
ロック/オンの突然のアクションにアレ/ルヤは不意を突かれ、ロック/オンの方へ姿勢を崩す。
「ロ、ロック/オン……?」
訝しげなアレ/ルヤの瞳をじっと見つめ、ロック/オンは極力顔を近づけてアレ/ルヤの名を囁いた。
「アレ/ルヤ……」
低く篭もり、セクシーな響きになるロック/オンの声に、アレ/ルヤは彼の意図を知る。
ロック/オンの左手がアレ/ルヤの腰に回り、濡れたシャツの裾から侵入してこようとする。
「ロック/オン……、ぁっ……」
アレ/ルヤの目尻が恥ずかしげに赤く染まっていくのを、ロック/オンは間近で視認する。
(まぁ、こんなご褒美があるなら、子供のお守りも悪くないかもな……)
ロック/オンはそんな風に溜飲を下げ、満足げに笑みを零した。
その後2 茶説
逃げるように浴室から待避した刹/那は、そこで待ち受けていた意外な人物に少し動揺した。
ロック/オンやアレ/ルヤのする茶番にもっとも興味を抱かなさそうな男が待っていたからである。
「逃げてきたのか、刹/那・F・セイエイ」
嫌みったらしくコードネームをフルネームで呼ぶティエ/リアを、刹/那はロック/オンにしたように殺気だった目で睨んだ。
「貴様には関係ない。そこをどけ、ティエ/リア・アーデ」
負けじとフルネーム呼びで応対するが、ティエ/リアの顔に特別な反応はなかった。
相変わらず、感情の読めない無表情で刹/那を見据えている。
「俺は俺の任務を遂行するだけだ」
「なんだと」
無機質に放たれたティエ/リアの言葉に刹/那が呻く。
任務、という単語に警戒心を強める刹/那の少し丸まった背筋からティエ/リアは猫を連想したが、
それを表情に出すことはなかった。
「ミス・皇からのミッションだ。お前が風呂を出た後のサポートをしろと、な」
まだこの茶番が続くと知って刹/那は激昂する。
「余計な……お世話だ!」
素早い身のこなしで刹/那はティエ/リアに蹴りを繰り出す。
しかし刹/那の足裏がティエ/リアの顔に届くよりも先に、ティエ/リアの華奢な指が強い力で刹/那の足首を掴んでいた。
足を引こうにも引けない不安定な体勢で刹/那は悔しそうに唇を噛みしめた。
そんな刹/那の額に、堅い鉄塊が突きつけられる。
黒い装甲と直角に曲がったシルエット、重さのある圧倒的な威圧感……。
懸命に無表情の仮面を被ろうとする刹/那を見て、ティエ/リアは微かに唇を歪め酷薄な笑みを作る。
「おとなしく髪を乾かされろ。さもないと濡れたコードで感電させるぞ」
脅しつけるように銃口、ではなくドライヤーの排気口を刹/那の額に押しつけると刹/那の顔が目に見えて引きつる。
ドライヤーはシャンプーを凌ぐ刹/那の天敵であった。
顔に吹き付けられる熱風を想像しただけで刹/那の背筋に不快感が走る。
刹/那はドライヤーをはね除けて後ろへ飛び退き、入り口を背にしてティエ/リアを威嚇する。
「オレに触るな……っ! こんなもの使わなくても……」
「言っておくが、濡れた髪のまま外へ出ようとしたら……君を後ろから撃つ」
そう言ってドライヤーを構えるティエ/リアの目は真剣だ。冗談を言っている風でもない。
冷酷なティエ/リアのことだ。このまま背を向ければ、たちまち後ろ手を捕まえて、
刹/那の意思にかかわらず、ドライヤーの熱風を当てることだろう。
そんなことになるぐらいなら、自分でやったほうがマシだ。
「こ、このくらい自分で出来る!」
情けなく震えてしまう喉を叱咤し、刹/那は虚勢を張る。
自分でやれば加減が出来るぶん、恐怖も薄れると思ったからだった。
ティエ/リアは刹/那の進言に少しだけ目を開き、次いで凄絶な笑みを唇に敷いた。
「ほう。ではやってみろ」
投げて渡されたドライヤーの重みを噛みしめながら、刹/那はドライヤーに目を落とした。
こう断言した以上、もはや刹/那に逃げ道は残されていない。
しかし刹/那は自分でドライヤーを扱ったことがなかったのだ。
長く垂れるコードは電源に差し込めばいいのだとして、肝心のスイッチはどこにあるのだろうか。
ドライヤーのグリップ部分には3つの窪みがあるだけだ。
どれがどの操作に対応するのかはグリップに印字されていたようだが、擦れて既に解読不能になっている。
ティエ/リアに大口を叩いた以上、使い方を聞くことなど出来ず、刹/那は途方に暮れて立ちつくしてしまった。
そんな刹/那を眺めながら、ティエ/リアは呆れてため息をつくしかなかった。
「……分からないな。何故君のようなお子様がガソダ厶舞スターなのか」
それから、めっきり静かになってしまったバスルームから漏れる声と物音に頭痛を催し、
こめかみを押さえてもう一度深くため息をついた。
_________
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|│ロ stop. │|
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[::::::::::::::::MONY:::::::::::::::::]
ピッ ∧_∧
◇,,(∀・ ) 連番ズレタorz
. (⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒)
| |
└────────────────┘
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
某スレのアレ。
一瞬、何が起きたのか解らなかった。
突如、視界を覆った黒。危ない、という聞き慣れた声。甲高い悲鳴。無茶だ、という声も混じっていた気がする。
どん、という鈍い音。追うのはばしゃ、という水音。
また、悲鳴。そして、闇が晴れた。
「メフィスト2/世っ!」
そう叫んだのはこうもり猫だったか。そこで初めて、闇の正体が彼だと知った。
今まさに右方向へと視界から消えていく、白いシャツが頂く真っ赤なネクタイが、やけに大きく思えた。
「いやああああっ!」
悲鳴。鳥乙女だろうか、それとも幽子か。悲鳴の理由が見つからない。
否。脳が拒絶している。
「よくもメフィスト2/世をぉっ!」
怒りに顔を真っ赤に染めた妖虎が土ぼこりをあげて駆け出す。
勝利の笑みを浮かべんとしていた悪魔は、次の瞬間には真っ青な炎に包まれていた。
「ギャァァァァァァァァァァ!!」
断末魔。耳をつんざく、嫌な音。だがそれが、一つではない。
「…………え?」
足元。足元に、黒い固まり。真っ赤なじゅうたんに横たわる、黒衣の悪魔。
元より白い肌を青白く変えて、彼は虚ろな目で主を見ていた。
「よ、か、っ……た」
ごぼり。赤黒い液体が、気味の悪い音を伴って吐き出される。そんな姿を見てもなお、主の脳は現実を理解しようとしなかった。
「メフィスト2/世っ!」
駆け寄ってくる仲間達。その中央で、黒衣の悪魔はひうひうと空気を吐き出した。
「死んじゃダメだモン!」
百目が縋りつく。が、地に転がった白い手はぴくりとも動かない。
「だ、旦那ぁぁっ、しっかりぃっ!おいこらピクシー!早く薬、薬を作れよこのグズッ!のろまっ!とんとんちきっ!」
こうもり猫が急き立てるが、双子の小鬼はうなだれたままメフィスト2/世を眺めるばかりだった。
「メフィスト、2/世?」
やっと、声が出た。皆が弾かれたように振り向き、やがて力なく2/世の方へ向き直る。
倒れたまま動かない、真っ赤なじゅうたんをどこまでも広げる悪魔に、真/吾はそっと触れた。
「へ、へ、ごめ、な」
ごぶり、ごぼり。言葉を押し出すたび、赤暗色が地面を叩く。
生暖かいそれに触れて、真/吾はようやく眼前の悪魔が死に行こうとしているのだと理解した。
「いやだぁぁぁぁっ!!」
縋りつく仲間を掻き分け、真/吾は2/世を抱き起こした。その胸には、致命傷となった大きな刄が、背中から貫通していた。
「やだ、やだよ、2/世、何で、そんな、やだ、いやだ、2/世、2/世っ!」
何度名を呼んでも、赤く汚れた唇は動かない。虚ろな瞳はどこを見ているのか定かでなく、だらりと垂れた両腕も動く気配はない。
「いやだ、いやだよ、2/世、目を開けて僕を見てよぉっ!」
膝をついて座り込めば、生温い液体が下肢を汚す。彼の体から流れ落ちたそれの中で、真/吾は声のかぎりに叫んだ。
「……………………」
それに、応えたのか。ただ垂れているだけだった右手が、ゆるゆると持ち上がり真/吾の頬に触れる。
驚いた真/吾が見たのは、精一杯の笑みを浮かべた愛しい悪魔。
震える唇は言葉を紡がず、声にならない3つの音を静かに形作った。
シ
ン
ゴ
頬をゆるく撫でていた手がふいに力を失った。ずしりと重みがかかり、真/吾は重量を支えきれず2/世の体ごと血液のじゅうたんに突っ伏す。
ああ、と声が上がって、真/吾は目をむいた。
「に、せい?」
聞こえない吐息。
伝わらない心音。
閉ざされた瞳。
薄く開いたままの口。
それが何なのか、解らない真/吾ではなかった。
「メフィスト2/世さぁんっ!」
幽子の甲高い悲鳴を待っていたかのように、全員が泣き出した。……ただ1人、真/吾を除いて。
徐々に温もりを失っていく体を抱き締めたまま、真/吾はただ震えている事しか出来なかった。
泣く事も、忘れて。
▼
葬儀は、その日の夜に行われた。葬儀といっても、棺に彼の体を納め、そこに皆で花を添えて、土葬するだけの簡単なものだ。
「土葬、なんだね」
両手いっぱいの花を抱えた真/吾が呟くと、メフィストが小さく頷く。
「火葬するのは、とんでもない罪を犯した悪魔だけじゃよ」
自分よりも早く逝ってしまった1人息子を見下ろしながら、ぽつぽつと並べられる言葉にさえ、仲間たちは肩を震わせ俯く。
泣き腫らした目元をこすり、棺に花を入れる百目は何度も首を左右に振って、その度に付き添う鳥乙女がそっと小さな体を抱き締めていた。
12人の仲間からいっぱいの花を貰った2/世は、言われなければそれと解らぬほどきれいな顔をしていた。血を拭い、軽い化粧を施した肌は死人のそれとは思えない。
「メフィスト2/世、まだあったかいもん!まだ、生きてる、もぉん!」
「そうね、でもね百目ちゃん、あったかいけど、2/世さんは、もう、死んでるのよ」
同じく目を腫らした幽子がそう口にして、最後の一輪を2/世の手元に手向けた。
そこでいよいよ耐え切れなくなったのだろう、はじかれたように走り出すとそのまま部屋を飛び出していってしまった。
「あっ、幽子!」
既に献花を終えていたユルグが後を追い、部屋を飛び出す。ドアの向こうから、押し殺した泣き声がかすかに届いた。
「さ、悪/魔く/んの、番よ」
涙をぬぐって笑いかける鳥乙女に、しかし真/吾は笑い返すことが出来ない。泣く事も、出来ない。
無表情のままゆっくりと棺へ歩み寄り、花に埋れた第一使徒と対面した。
別れの言葉はおろか、今までの楽しかった思い出すら思い浮かばない。頭が、意識が、考える事を、思い出す事を必死になって拒絶している。
自分をなだめる言葉も、自分を慰める言葉も思い浮かばない。ただ淡々と花を捧げ、記憶にあるよりも随分硬い頬に触れて棺から離れた。
棺が閉じられても、それが大きな穴に下ろされても、その上に土がかけられても、真/吾が泣く事はなかった。
短い葬儀を終え、会話もなく見えない学校へ戻った面々は、満足に言葉を交わす間も無くそれぞれの部屋へと消えていった。
1人、大広間に残った真/吾は、何をするでもなく椅子に腰掛け、本人も気付かぬ間にある場所へ視線を送っていた。
集まれといっても、なかなか傍に来なかった彼。2人きりなら不要なほど傍に来るくせに、いざ皆と集まるとなると妙に距離を置く事があった。
そんな時、いつもそこに座っていた。己の身長の何倍もある大きな窓、それも部屋の奥のほうにあるそれの窓枠に腰掛けて、外を見ていた。
片足を上げてよりかかるようにして、決して長くない足をわざわざ見せ付けるように格好をつけて座るのが常だった。
そうでなければ、空中に座している事も多かった。鳥乙女や家獣、こうもり猫よりもよっぽど空中に居る時間が長かったように感じる。
そうでなくても木の上だの何かの上だの、とにかく高い場所に居る事が多かった。
「……」
メフィスト2/世という存在が完全に抹消された世界で、真/吾の思考はくるくるとよく回った。先ほどまで、頑なに沈黙していたのがウソのようだ。
だが、恐らくは。あのまま沈黙していてくれたほうが、よかったのだろう。
要らぬ事まで、考えてしまうから。
「……立ち止まって、いられない……」
言い聞かせるように呟いた直後、視界が歪んだ。
「ッ」
目から熱いものが零れ落ちる。彼がこの世を去ったのだと知った瞬間から今の今まで、気配すら無かったそれが後から後から溢れてくる。
「ぅ、ッ、く、ぅ、ッ、にせぇ……ッ」
色が変わるほど強く両手を握り締め、真/吾はテーブルに突っ伏した。
「1人に、しないって、約束したじゃないかっ……!ずっと、ずっと一緒だって、何があっても守ってくれるって……!」
拳でテーブルを叩き、クロスを握り締めて頭を振る。溢れ出る涙が言葉を歪め、吐き出す言葉が不明瞭になっていく。
その間も、思考はくるくる回り続ける。真/吾が望まずとも、くるくると、くるくると。
「にせぇ、にせぇぇっ……!」
2/世に会いたい、2/世と一緒に居たい、泣いている場合じゃない、前に進まなきゃ、自分こそがしっかりしなきゃ。
2/世が居なくなってしまった、2/世に会いたい、ここで立ち止まればこの悲劇が繰り返される、前へ進まなきゃ、前へ、前へ、前って、どこ?
混濁した思考が無数の言葉と現実を混ぜ合わせる。どれだけの間そうしていたか解らないが、あるとき真/吾は絶望に歪んだ顔を上げ室内を見回した。
「……違う」
室内には誰も居ない。恐らく、きっちりと閉じられたドアの向こうにも誰もいないだろう。
「僕が、1人なんじゃない」
乱暴に涙を拭い、真/吾は椅子を降りる。もう一度室内を見回して、彼から貰った最初の贈り物である唐草模様の風呂敷マントの裾を握り締めた。
「2/世が、1人ぼっちなんだ」
辿り着いた事実を口にした途端、背筋を冷たいものが滑り落ちる。冷たい土の下で眠る2/世を思い浮かべた真/吾は、迷う事無く足を踏み出した。
いつの間にか、外は真っ暗になっていた。時計は見ていないが、もうそれなりに遅い時間だろう。
こんな時間の悪魔界を1人で動き回るなんて正気の沙汰ではないと知ってはいたが、そんな事に構っている暇は無かった。
幸いにも、外はさほど寒くは無かった。自宅の窓から見るのとは違う、赤々と光る月を見上げて、真/吾は見えない学校を抜け出した。
行き先は、当然、彼が眠る場所。歩調は見る間に上がり、とうとう真/吾は走り出した。
「言って無いのに、2/世に、何もまだ言って無いのに……」
きり、と音を立てて歯を食いしばり、真/吾は先を急ぐ。
「お礼なんて全然言い足りないし、他にも言いたい事、いっぱいあったのに……何より僕、2/世に、一番大事なこと、言って無いのに」
墓地までは、さほど遠くない。それでも辿り着いた時には、すっかり息が上がってしまっていた。
「まだ、はぁ、まだ、何も、全然、言って無いのにっ」
地面に膝を突き、真/吾は土を掘り返し始めた。つい今しがた被せられたばかりの土は柔らかく、素手でも容易に掘り進められる。
だがそれでも、棺の蓋を外すにはそれを覆う全ての土を取り除く必要がある。爪に土が食い込んでも、皮が剥けても、構わずに手を動かし続けた。
手を汚すのが土なのか自らの血なのか解らぬほど汚れきった頃、ようやく棺の蓋に手が届いた。
より一層速度を上げて土を掘り返し、追いやり、真っ赤な月明かりを浴びながら全ての土を取り払った。
「は、ぁ、はぁ、はっ、あ、に、にせぇっ」
棺の蓋に手をかける。少々重たくはあったが、何とか……邪魔者を取り除いた。
「2/世……」
彼はまだ、花に囲まれて眠っていた。鼻先にラーメンを近づけたなら起き出すのではないかと思うほど、安らかな寝顔だ。自ら掘り返した土の上に座り込み、真/吾は涙を浮かべたまま笑った。
「2/世、愛してるよ」
語りかけても、何も返ってはこない。それでも真/吾は、微笑みかけたまま言葉を投げかけ続けた。
「僕ね、すごく感謝してるんだよ。君に。君、僕と出会ってから、満足に家に帰って無いでしょ?ずっと僕の傍に居て、僕のこと、守ってくれたよね。
助けてくれたよね。僕が宿題のノート忘れた時、取ってきてくれたよね。僕が本に夢中で階段を踏み外しそうになった時、さりげなく助けに来てくれたよね。
僕に何かあった時は、必ず駆けつけてくれたよね。まだあるよ、僕にラーメンを持ってきてくれたり、スコーンだっけ、おやつを分けてくれた事もあったよね。
君がつれてってくれた場所、沢山あるけど、全部覚えてるよ。君の背中、とっても乗り心地よかったよ。こんな事言ったら家獣が怒るかもしれないけど、家獣よりもずっとずっと乗り心地、よかったよ。
だから僕、君に乗ってあっちこっち行くの、大好きだよ。君と色んな所に行って、色んな事して、笑ったり、ケンカしたり、考えたり、悩んだり、とっても楽しかったよ。
ねえ2/世、聞いてる?僕、ホントに君の事が大好きで大好きで、とってもとっても愛してるんだよ?」
真/吾は恐る恐る棺の中へ降り立つ。眠る彼の体を踏まないように気をつけながら2/世の上で四つん這いになると、きっちり閉じ合わされた唇に自らのそれを押し付けた。
「おかしいよね、男なのに、男が好きなんて。でもね、僕ね、本気で君に恋してたよ。君が来るとドキドキした。君を見たらドキドキした。君に見られたら、もっともっとドキドキした。
君と一緒に居るのが楽しくて、君と一緒に居られない授業がすごく嫌で嫌で仕方なかった。他の皆も大切だけど、君は、ホント、特別なんだよ」
冷たい唇に何度も口付けを落とし、真/吾は冷たい体を抱き締めた。どんなに強く抱き締めても、もうあの優しい心音を聞く事は叶わない。
「……なのに、君を、独りぼっちにしちゃった」
冷たい胸に頬を寄せ、真/吾は目を伏せる。涙が零れて、2/世の白いシャツに小さなしみを作った。
「どうしよう、このままじゃ、僕、君を本当に独りぼっちにしちゃう」
抱き締めたこの体は、いつかは朽ち、土へと還っていく。魂を失って、更にこの体まで失うなんて、とても耐えられなかった。
それが、解っていたから。あの時、真/吾は考えることを拒絶していたのだ。
「ねえ、どうすればいい?どうしたら、君とずっと一緒に居られる?約束したもの、僕だって、君を1人にしないって約束したんだもの」
どんなに問いかけても、答えは返ってこない。閉じ合わされた瞼に口付けて、真/吾は必死になって考えた。
「どうしたらいいんだろう、どうすれば、君とずっとずっと、一緒に居られるんだろう」
失うなんて考えたくも無い。その為には、何か決定的なものが必要だった。
誰に奪われる事も。
誰に邪魔される事も。
誰の干渉を受ける事も無く。
彼と、共に在り続ける方法。それが早急に必要だった。
「…………!」
考えに考えた結果、真/吾はある物語を思い出した。
ドジな猫と、生意気な魚のお話。
宙返りの1つも満足に出来ない、ドジな猫は、兄猫達に笑われ、母には呆れられる毎日を過ごしていた。
そんなある日、小さな池で小生意気な魚と出会った。
2人は、友達になった。
2人が仲良くなるにつれて、ドジ猫は立派な猫に成長していった。
ドジ猫と呼ばれていたのがウソのように、宙返りもジャンプも華麗にこなすようになった。
だが、ある日。魚の事が、兄猫に知れてしまった。
母猫は、魚を獲る試験をすると言い渡した。それは、友達が殺されるのを見守るか、または自らが彼を殺すか。いずれかを選ばなければならないという事だった。
2人は毎日毎日、考えた。悩んだ。
試験が目前に迫ったある日、魚は言った。死ぬ覚悟は出来た、と。取り乱す猫に、魚は言った。
殺されるなら、君がいい。と。
君に、食べられたい。と。
君とひとつになって、ちっぽけな池を飛び出し、君と一緒に、どこへでも行って、色んなものを見たい、と。
猫は涙を拭い、応えた。 ぼくは、あなたを、たべます。と。
試験の日が、来た。兄猫達は、ずぶ濡れになって魚を追い回した。魚も負けじと潜り、飛び跳ね、攻撃を避け続けた。
とうとう末っ子……かつてドジ猫と呼ばれた猫の番になった。
猫は優しく友に語りかけ、戦い、そして――――
魚と、ひとつになった。
「……ごめんね、2/世」
そっと頬を撫で、唇をなぞり、真/吾はもう一度口付けた。
「僕、君を、食べるよ。君の全部、食べるよ。食べて、君と、ひとつになるよ。君を独りぼっちになんかしない、僕と、いっしょになろう?」
真/吾の問いに答える声は、当然無いけれど。
真/吾には、彼が笑ったように、見えた。
そうと決まれば、ここから彼を連れ出さなければならない。どう考えても、一度に全てを食べ尽くす事なんて出来はしない。食べ尽くすまでの間、彼を隠せる場所が必要だ。
「……とにかく、ここを離れないと」
墓穴から空を見上げ、真/吾は噛み締めた歯の間から息を吐く。こんな所を誰かに見られたら、それこそ一大事だ。
「2/世、大丈夫だからね、今度は僕が、君を守るからね」
横たわる愛しい人にそう告げて、真/吾は一足先に墓穴を出た。2/世と1つになるには、まずこの棺から彼が姿を消した事を悟られない様にしなければならない。
棺から2/世を連れ出して、蓋を閉じ、元通り土を被せて形を整えるだけでも、一仕事だ。
「絶対、2/世と一緒に居るんだ……!」
大切に抱き締めていた想いの為に、彼の為に、真/吾は傷だらけの手に土を取った。
「手伝おう」
「!?」
心臓が口から飛び出すかと思った。恐る恐る振り向いた先には、かつて自分が憧れた悪魔が立っていた。
「メフィ、スト」
一体、いつからここに居たのか。何処から何処までを聞いていたのか。全てを知ってしまっているのか。自分が、彼を、食べると宣言した事も、知ってしまっているのだろうか。
青ざめる真/吾の前で、メフィストは1つ大きな溜息を吐くとステッキを取り出して軽く振った。
「ほれ、早く乗りなさい」
乗れと言われて示された方を見ると、魔導カーがあった。そこにはもう、眠ったままの2/世が腰掛けているではないか。
墓穴を見ると、そこはもう真/吾が来る前の状態に戻されていた。
「え、メフィスト?」
話が掴めず困惑の表情を浮かべる真/吾に、メフィストは笑顔とも困り顔ともつかぬものを向ける。
「さ、話は後じゃ。まずはここを離れよう」
そっと背中を押されて、真/吾は2/世の横に乗り込む。3人で乗るには少々窮屈だが、今はそんな事は言っていられない。
「行くぞ」
「……はい」
物言わぬ2/世を抱き締めて、真/吾はメフィストの運転に全てを任せた。
魔導カーは夜の闇を飛び、辿り着いた先はメフィストの家だった。
何をどうしていいか解らぬ真/吾を魔導カーから下ろすと、2/世の遺体を抱きかかえ、何も言わずに歩き出した。
「ここ……」
広い屋敷の中を歩き回り、案内されたのは天蓋つきのベッドが中央に堂々と座する部屋だった。
「せがれの寝室じゃよ。このところ、ずっと使われてなかったがの」
この豪華な部屋が使われないでいた理由をよく解っている真/吾は、ベッドへ横たえられる2/世をただ見詰めるだけだった。
「悪/魔く/ん」
「……はい」
次は、何だろうか。身構える真/吾に差し出されたのは、小さなナイフだった。
「食べすぎには注意するんじゃぞ」
あっけにとられ、真/吾はナイフを受け取るのも忘れてメフィストを見上げていた。
2/世を食べると宣言した事を聞かれていた事よりも、メフィストがそれをあっさりと許した事が驚きであったし、信じられなかった。
「わしゃ、せがれが望んでいるであろう事を、叶えてやりたいだけじゃよ」
メフィストはそう告げて、真/吾にナイフを握らせると部屋を立ち去った。戸が閉ざされ、2人きりとなった室内で、真/吾はナイフを握り締めたままベッドへと近づいた。
ナイフを強く握り締めたままベッド脇に立ち、ベッドに横たわる愛しい悪魔を見つめる。彼を土の下から救い出す際に傷つけた手を撫でれば、乾いた土がぱらぱらと絨毯の上に降った。
「こんな汚い手で触ったら君、怒るよね」
何か手を洗うことの出来るものは無いかと室内を見回すと、壁ぎわに小さな観葉植物らしきものとジョウロがあった。物は試しとジョウロを手に取ると、それはずしりと重かった。
「汚い水でごめんね」
ややひからびた植物の上で手を洗い、早足で2/世の元へ戻る。再びナイフを手に取り、さあどこから食そうかと視線を泳がせた。
食べやすいのは指先だろう。ごくりと音を立てて生唾を飲み、しみ一つない手袋に手を掛けた。
然したる抵抗もなく外された白布の下には、青白い肌があった。この手が、真/吾を守っていた。支えていた。引っ張っていた。
繋いだ事もある。殴り合いの喧嘩になったこともある。突き放したことも、引き寄せたこともある。
その手を、今から。
「ちょっと、痛むかも」
死後硬直さえ解けた手を握り、その左手の小指にナイフを当てた。ずぐり、とでも言えばいいのか。何とも言えぬ音を残して、小さな指は切り離された。
「……」
赤黒く汚れたナイフを握ったまま、真/吾は左手を解放して小指を拾い上げた。
「2/世……」
自分のそれより幾分小さな指。緩やかなカーブを描く腹にそっと口付け、意を決して口内へ招き入れた。
冷たい固まりが、口の中にある。歯を立てるのが申し訳なくて、でも丸呑みに出来る大きさでもなく、飴のように舐めながら迷う内、じんと舌が甘く痺れてきた。
「……?」
痺れ始めた舌はやがて確かな甘味を感じ始めた。随分暖まった指に歯を立ててみると、甘味は一層強まった。
「……ッ」
大粒の涙が零れ落ちる。固く閉じ合わせた目蓋を震わせて、真/吾は指を咀嚼した。
「2/世、美味しいよ、2/世っ」
ナイフを握り直し、再び左手を持ち上げる。始めの内こそそうして切り分けていたが、やがてまどろっこしくなって直接歯を立てた。
文字通り、真/吾は2/世を貪った。肉を齧り、骨を噛み砕き、滲み出る体液や血液を啜った。口や顔、シーツに至るまでが汚れていくことも気に留めず、腹が満たされるまで口を動かし続けた。
「はぁっ、はぁ、はっ、はぁ、はっ、はぁっ」
満腹を感じ、ベッド脇に崩れるように座り込む。上がり切った息を整えることもままならぬまま、悪魔を見やるとまだ左腕を根元まで失ったのみだった。
「これじゃあ、時間が掛かりすぎる……」
肩を上下させ、真/吾は涙と体液で汚れた顔を拭う。悪魔の体がどれほどで腐りだすかなど知りもしないが、いくら何でも一週間も二週間もこのまま、という事はないだろう。
だが、食べられる量には限界がある。真/吾はもともと、大量に食べる方ではない。
最大限の努力をするなれば、毎日の三食を全て……彼にする。これ以上はない。
その為には、一日に食べるだけの骨肉を切り分けて持ち帰るか、或いはここに来なければならない。見るからに食肉でないそれを、大量に持ち歩くのは良策とは言えない。
だが、連日連夜、家で一切の食事を摂らずにいるなどという事が、果たして可能だろうか。夜は頻繁に抜いていたが、朝というのはあまり経験が無い。それを連日となると、不要な詮索を生みかねない。
「君と、一つになるって決めたのに……っ」
無理をすれば、まだ食べられる。が、無理とは祟るもの。
「……2/世」
「やはり、その辺りが限界か」
戸の開く音もなく侵入を果たした人物に驚きもせず、真/吾は縋りついた悪魔の体を抱き締める。
「悪/魔く/ん」
亡骸の父が優しく肩を叩き、振り向くように促す。おずおずと振り向いた真/吾が見たのは、寂しげな笑みを浮かべるメフィストの顔だった。
「悪/魔く/ん、どうか、せがれを一緒に連れて行ってやってくれ。その為なら、何でもしよう」
一緒に。その音を聞くや、真/吾はこみ上げるものを耐え切れずぼろぼろと泣き出した。
一緒、一緒と繰り返し、何度も何度も頷いて、声を上げて泣いた。
▼
朝は普段より相当早く起きて早く行かなければならないと理由を付け、何も食べずに家を飛び出す。そのまま学校へは向かわず、メフィストと合流し、魔界へ。
昼は先生に呼ばれているだのと言って仲間の輪を抜け、やはりメフィストと合流して魔界へ。
夜は夜でいつもと同じ調子で、調べものがあるだのと言ってしまえば誰も干渉してこない。それをいい事に、また魔界へ行く。
右腕。右足半分。残り半分。左足半分。残り半分。腰部分。内臓半分。残り半分。胸。
3日かけて喰われ続けた2/世の体は、とうとう頭部を残すのみとなった。
この3日間、2/世以外に口をつけた固形物など無い真/吾は、もう涙を流す事も無かった。
あの部屋へ行くたびに、どんどん自分と2/世がひとつになっていくのが嬉しくて、楽しくて仕方が無かった。
「とうとう、頭だけになっちゃったね、2/世」
微笑む真/吾は、2/世の頭をそっと持ち上げて口づける。化粧を落としたその顔はやはり死人のそれだったが、もう悲しむ事ではない。これを食べてしまえば、願いが叶うのだから。
一人にしないと誓った。
ずっと一緒だと誓った。
誰にも渡さないと誓った。
全てが、成就する。
「いただきます、2/世」
微笑さえ浮かべ、真/吾は2/世の頬に歯を立てる。びりびりと痺れる舌で肉を撫で、唾液と混ぜ込んだ肉を飲み下す。
痺れはじわりじわりと全身に広がり、真/吾はベッドに倒れこんで『食事』を続けた。
「2/世、とっても美味しいよ。ほら、もうすぐ、一緒になれるよ?」
骨を齧り。
「この目で、ずっと、僕だけを、見ていてね?」
眼球を噛み砕き。
「きっと君も、我慢してたよね?もう、言っていいんだよ?」
薄い唇は丸呑みに。
「ずっとずっと、囁いていてあげるから、聞き逃したりしたらダメだよ?」
耳は軟骨の食感を存分に楽しんでから。
「君の骨、とっても丈夫だよね。ラーメンばっかり食べてるわけじゃなかったのかな?」
骨はそのつど、小さく噛み砕いて。
「知ってた?脳を食べたら、記憶を共有できるんだってさ」
根気よく削り続けた骨の間から、淡いピンク色の塊が覗いた。脂肪と神経細胞の塊であるそれに骨の間から舌を伸ばして、表面を撫でるように舐めた。
「君が何を見て、どんな事してきたのか、全部見ちゃうからね?」
骨に歯を立てて穴を広げ、頭皮と髪も一緒に飲み下す。やがてぽっかりと空いた穴の中に、つやつやと光る脳が姿を現した。
「いただきます」
にこりと微笑んで口を開き、ピンクに口付けるときつく吸い上げる。
その瞬間、舌と体の痺れは頂点に達した。
「ぁあ……」
肝臓を食んだ時と同じ、濃厚かつ滑らかな口当たりに震えが走る。もう二度と普通の食事なんて出来ないのではないかと思いながら、真/吾は脳を啜った。
その間にも骨を噛み砕き、肉を齧る。
じわじわと小さく軽くなる顔に、一体何度口付けたのだろう?
「……あぁ、もうこれで最後だよ、2/世」
『食事開始』から30分。真/吾の手の中には、角と少量の髪、ちいさな脳の欠片と一塊の肉を残すのみとなった。髪と肉を絡めて咀嚼し、脳はその後でじっくりと味わった。
残ったのは角だが……これが骨より硬く頑丈で、とてもじゃないがトンカチ等で砕かないと食べられそうに無かった。
「……君、角って結構敏感だったよね……トンカチなんかで殴ったら気絶しちゃうよね……」
付着していた頭皮も全て綺麗に食べつくされた骨を優しく撫で、真/吾はその先端に音を立てて口付けた。
「まぁいいや。これは君と僕が1つになった証だよね」
手の中にすっぽり納まってしまう角を優しく撫でて、真/吾は主を失ったベッドの上に四肢を投げ出した。
恐ろしく満ち足りた気持ちだった。ほんの数日前、気が狂うほどに泣いたのがウソのようだ。彼と1つになった、彼の全てを手に入れたのだという事実が、あの日の彼のように真/吾を優しく包み込んでいた。
「これでずっと一緒だね、メフィスト2/世」
うっとりした顔で角を舐め、引く様子の無い痺れに身悶える。細胞の一つ一つにまで彼が行き渡って、抱き締められているかのようだ。
「愛してる、愛してるよ、メフィスト2/世。ずっとずっと、君だけだよ」
もう何処にも居ない悪魔に愛を囁いて、真/吾は満ち足りた息を吐いた。
笑うようになった真/吾を、仲間達は安堵の目で見ていた。
辛い出来事だったけれど、乗り越えたんだと。
だから、誰も気付かない。
あの土の下に、彼がもう居ない事に。
真/吾の笑顔の真実に。
『お守り』と称して持ち歩くモノの正体に。
「ずっとずっと、ずーっと……一緒だよ、2/世」
真/吾が毎晩、そう囁いている事も。
【das ende】
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
最初に注意書くのスポーンと忘れてたorz
この手の話が苦手なのに読んでしまった姉さん達、誠に申し訳ないorz