>>552 私がぼんやりしてて繰り上げの計算間違えた。ごめんorz
インド式計算法学んでくる
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・)ジサクジエンガオオクリシマ~ス!
埋めがてら投下
※実はモデルがいるなんて書いた本人も信じてない。
※猫だけど獣姦でも猫耳でもないです。
1
仕事が早く終わり、飲みに行こうかと同僚をさそったが、今日は子供の誕生日だと
断られ、続いて誘った後輩には彼女とデートだと言われ、すっかり飲む気の
うせた俺は一人淋しく家路に着いた。
帰りを待つ者もいない家に向かう足は重く、冬の寒さが身にしみる。
ふと道ばたの黒い固まりが目に入った。ゴミかと思って近づくと、それが黒猫だと気付く。
車にはねられたのだろうか。かわいそうだが、猫の死体などあまりじっくりと見たい物でもない。
足早に通り過ぎようとした時、かすかに耳に届いた、声。
慌てて戻って、猫に触ってみると心臓はまだ力強く動いていた。
そのまま体をあちこち触ってみるが、前足の毛皮が禿げて血がにじんでいる以外は
大きな怪我はないらしい。
どうしようと思ったが、この寒空のなか放っていくのも後味が悪い。
迷う俺の耳に、すがるような弱々しい鳴き声が聞こえる。
俺はその体を抱き上げた。
マンションの部屋に戻り黒猫の体をタオルでくるむ。
傷口に包帯を巻いてやり、暖房の近くに手頃な箱を用意してその中に寝かせた。
どうやら軽傷のようだが、体が弱っているようでぐったりしていた。
あとは、猫自身の回復力次第だろう。
翌日急いで仕事から帰って来ると、猫は素晴らしい回復をみせていた。まだふらついてはいたが、
俺を見てなにかくれろとナオナオ鳴く。
買ってきていた猫缶を開けてやると、よほど腹が減っていたのかあっという間にぺろりと平らげた。
3日もすると猫はすっかり動けるようになった。
なかなか利口なヤツのようで部屋を荒らしたりはしないしトイレもすぐ覚えた。
その一方でテレビのリモコンを隠してみたり、俺の読んでる新聞の上にわざわざ丸まったり、
そういうささいなイタズラをしかけてくるようになった。
俺は呆れつつも文句をいったが、俺が本気で怒ってないとわかっているのか
黒猫は決まってイタズラッ子のような瞳で見上げて、ナーオと鳴くのだった。
猫と暮らし始めて一週間。家に帰るのが楽しみになっている自分に気付く。
扉の向こうで俺を待っている猫の姿を思い浮かべながらドアを開いた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
いつものナーオという鳴き声が聞こえるかと思ったら、聞こえるはずの無い
人間の声が聞こえてきて、俺は心底驚いた。顔をあげると目の前にひとりの青年が
笑みを浮かべて立っていた。部屋を間違ったかと思わず廊下に出て確かめるが
確かに自分の部屋だ。
「えーと、君、誰?」
「わかんないですか?冷たいなぁ。一週間も一緒に過ごしたって言うのに」
青年は笑いながら腕をまくってみせる。治りかけてはいるが、それでも痛々しいこすれた傷跡。
ハッとして青年の顔を見ると、いたずらっ子の様な瞳が黒猫の面差しと重なった。
呆然と突っ立つ俺を、青年は「まあまあまあ」と促しながら部屋へと誘った。
「先日は危ないところを助けていただきどうもありがとうございました。」
青年(=黒猫?)は深々と頭を下げる。
「いやー、ほんと助かりました。餌を取りに行く途中だったんだけど、腹は減ってるし、足は痛いし。もうだめかと思ったんですけど、」
それにしてもよく喋る。
「おかげさまで動けるようになったから、そろそろおいとましようと思ったんですすが、
何も言わずに出て行くのも悪いと思って。」
青年のセリフにハッとする。
「出て行くのか?別にここにいても…」
「そういっていただけるのはありがたいんですが。女房と子供が待ってるんで」
「女房!?」
思わず大きな声を出した俺に、青年は目を丸くして首を傾げる。
「お前、女房って、嫁さんがいるのか?」
「いますよ?初めての子供が生まれたばっかりなんですけど、これがまたかわいくて…」
青年の見た目は20代の中盤という雰囲気だ。
たしかに、実際職場でもそれぐらいの年齢で家庭を構えるヤツもいないではない。
だが俺は勝手に黒猫も独り身なのだと思っていたから、なんだかショックだった。
ただ、子供のことを話す彼の表情は本当に幸せそうでーーー少し、羨ましいと思った。
「ええ、だから、あなたは僕だけじゃなくて女房や子供の命の恩人でもあるんですよ」
まっすぐな瞳で見つめられて、思わず目をそらす。
こんなふうに素直な感情に触れるのは久しぶりで照れくさかった。
「あなたは、一人なんですか?」
一週間も一緒に居れば、この部屋に俺以外の住人がいないことはわかるだろう。
「今はね」
「今は?」
微妙なニュアンスを聞き取って青年が首を傾げる。そう、少し前まで、俺にも家族がいた。
「結婚、してたけど、うまくいかなくてね。子供も、いたんだけど…」
仕事にかまける俺に愛想を尽かし、子供の手を引いて出て行ってしまった妻。
そのときになって俺はもう何年も妻の顔をきちんと見ていなかったことにようやく気づいた。
「寂しいんですか?」
黙り込んだ俺の顔を覗き込むように青年が訊いてきた。俺は答えられなかった。
仕事は順調。友人もいるし、上司の覚えもいい。後輩にもそれなりに慕われていると思う。
それでも時々、酷く孤独な気分になる。
過ぎてしまったことは仕方が無いけれど、もっと向き合えばよかったと
妻のこと、子供のことを時々思い出すたびに胸の奥が痛む。
気がつけば青年の顔がすぐ近くにあって、ペロ、と頬を嘗めた。
驚いている俺に、今度は唇が触れ合うだけのキスをする。
「お前、オスだろ?」
「人間ってオス同士でもするんでしょ?」
なんでそんなことを知っているんだ。
「…浮気だろ…」
「別に、他のメスとするわけじゃないし…助けてくれたお礼です。」
そういって、俺の顔を両手ではさみ、先ほどより深い口づけを落とす。
「なんでこれがお礼なんだよ」
何度も重ねては離れる行為の合間を縫って愚痴のよう零す。
「だって、寂しいんでしょう?慰めてあげますよ、僕が」
彼はそういってニヤリと笑った。その挑戦的な表情に思わずドキリとした。
本当にこいつは猫なのか、いろいろと疑問はあったが絡む舌の熱さにしだいにどうでもよくなる。
カチャカチャとベルトを外す音がして、下半身が冷気にさらされて身震いする。
「はっ…」
彼が足下にうずくまり、俺のものに触れてきて、思わず息を吐いた。
チロチロと先端に舌を這わせ口に含む。
やわらかく歯を立て、口に含みきれない部分は指を使って擦り上げる。
まったく、どこで覚えたのか、巧みな舌使いにほどなくして射精感が高まった。
彼の髪を引き目線をあげさせる。目で達しそうなことを伝えると、彼は目だけで笑って強く吸い上げた。
唇についた精液を嘗めとる舌の動きに魅せられた。
彼の腕をつかみ、引き寄せ口づける。苦い味がした。
そのまま喉に鎖骨に胸に唇で刺激を与えるとそのたびに、体を震わせ柔らかな喘ぎ声をあげる。
「…あ、ん…」
彼のあげる甘い啼き声に、否応無く興奮している自分がいた。
彼は向かい合い俺の腰の上にまたがって、再び硬くなった俺自身を飲み込もうとしている。
彼自身の指と、俺が吐き出した精とですでに慣らされていたそこは
キツいながらも徐々に俺を受け入れていった。
「ん…」
ときおり苦しそうに眉を寄せ、深く息を吐く。それでも腰を落とすことはやめない。
「きもちいい?」
「っ…うん、いいよ」
俺の答えに満足そうに微笑むと、彼はゆっくりと腰を動かし始めた。
擦られる感触と、なにより中の熱さに俺の気持ちも高ぶった。
俺は無意識に彼のモノに手を伸ばす。それは触れるまでもなく濡れていた。
「あ、あ」
擦り上げてやると、彼の体が快感に震える。その度、彼の中にある俺自身をギュウと締め付けてきた。
溶け合う熱に理性は輪郭を失って、ただ本能がささやくままに腰を振る。
「…っあ、イク…!」
はじける瞬間、後ろにそらせた喉のラインが綺麗だと思った。
行為を終えて眠ってしまった彼の黒髪を撫でる。柔らかい感触が、猫の毛並を思い出させた。
少し高い彼の体温に眠気を誘われながら、俺はぼんやりと先ほどの彼の言葉を思い出していた。
「お前となら、暮らしてもいいと思ったんだけどな…」
青年はわずかに身じろぎしたが、答えは無く、聞こえるのは寝息だけ。
何を言っているんだか…かすかに自嘲して温かい彼の体を抱きしめ、俺も眠りに落ちた。
翌朝、目が覚めると俺は腕にしっかりと黒猫を抱えていた。部屋を見回しても俺と猫の他には誰もいない。
猫の前足をもってビローンと立たせてみる。どこから見ても立派なオス猫だった。
ナオと抗議の声を上げる猫にゴメンゴメンと言って手を離す。
昨晩のは俺の妄想だったんだろうか。妄想するなら綺麗なおねーちゃんだっていいはずなのに、
なんで男。しかも猫。そこまで溜まっていたのかと軽い自己嫌悪に陥る。
俺の考えていることがわかったのか黒猫が俺の膝に前足をかけて見つめてきた。
その悪戯っぽい眼差しはやはりあの青年を思い起こさせる。
とりあえず体はすっきりしてるし、なんだが悩むのもバカらしくて、俺は深く考えるのをやめた。
朝食を片付け、出かけようとドアに手をかけた俺の足下に猫がすり寄ってきた。
ぴったりとよりそい俺の顔を見上げてくる。外に出せといっているようだ。
「お別れかい?」猫に問いかけると、ナーオと少しすまなそうに鳴いた。
外に出ると、身軽に塀に飛び乗り、別れを惜しむかのように俺の顔を見た。
俺は猫に微笑み口を開いた。
「短い間だったけど、楽しかったよ。」
元気でなと声をかけると、ナーオと答えて、身を翻し、猫は植え込みの中に姿を消した。
俺は猫が消えた方をしばらく見ていたが、ふっきるように2、3度頭を振ると、ゆっくりと、歩き出した。
よく晴れた、冬の朝だった。
□STOP ピッ ◇⊂(・∀・)ジサクジエンガオオクリシマシタ!
>>555 すごく良かった! ほんのりほのぼのな感じがしながら、きっちりドキドキさせられた。
ちょっと切ないけど、読後爽やか。よかったです〜〜
>>555 ぬこ好きの自分としては、女房子供もろとも引き取ればいいと思う
そんで、にぎやかに暮らせばいいんだ
あの夜のことは、甘ずっぱい二人(?)の秘密ってことで
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| ナマ ラクGO家 ガッテンシショー ×ショタシショー
____________ \ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| __________ |  ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄| 最後の話です。長くてスマソ
| | | | \
| | |> PLAY. | |  ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| | | | ∧_∧ ∧_∧ ∧∧ ドキドキ
| | | | ピッ (´∀` )(・∀・ )(゚Д゚ )
| | | | ◇⊂ )( ) | ヽノ___
|  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | ||―┌ ┌ _) ┌ ┌ _)⊂UUO__|| |
| °° ∞ ≡ ≡ | || (_(__)(_(__). || |
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惹かれているというのなら、その人柄だったり才であったり。
ひとつひとつ並べると、どうしても惹かれちゃう自分への言い訳に見える位だ。
出会う前から存在は知っていて、初めての出会いの瞬間こそ覚えては
いないけれど、気が付けばこの業界にいる誰よりも、ある意味で近い場所に
入り込まれていた。
趣味も嗜好も180度違う。鎹と呼べるのは、お互いのこの職業に対する真摯な気持ち。
真逆のベクトルを持つこの男を、何時から好きだったかなんて、俺は覚えちゃいないんだ。
普通ね、温泉ってやつは、癒されたくって来るもんだよねぇ。
ふやけるの上等! な勢いでお湯に浸かって、美味しくご飯頂いた挙句に
しっかり酔っ払ってる人間が言うのも失礼な台詞なんだけどさ。
癒されてはいるんだよ。身体的には。
お刺身美味しゅうございました。
地酒美味しゅうございました。
たった一つの気がかりの所為で、気持ち良くは酔っ払えないこのジレンマ。
二歩先にあるシノさんの楽しそうな背中が羨ましいよ、八つ当たりだけど。
流石温泉効果なのか、いつもよりも軽く見える足取りを眺めていると、
先日覚えた違和感が嘘みたいに思えた。本当に『嘘』なのは今の状態なんだろうけど。
そんなに切り替えの早い人じゃない。
しかし寒いったらありゃしない。コートの前を合わせても、背筋を震えが駆け上がる。
耳も痛い。酔いも何処かに行っちゃうよ。
流石温泉街と言うべきか、まだ早い時間なのにネオンなんかは殆ど消えて
しまっているし、土産物屋のシャッターもこぞって下りているから余計に寒々しい。
お互いに一泊二日分の休みのスケジュールが上手に合ったから、じゃぁ本格的に
旅に行く前に取り合えず近場で何処か行きましょうなんて話になったのは、
真昼の、あの不透明な呼び出しから十日も経たない頃だった。
この家業はタイミングが勝負。行った者勝ちだもん。兎に角忙しいシノさんですからね。
俺の方はといいますと、多忙なシノさんに合わせられる状況だったのが
ラッキーだった……のかなぁ。
会いたいけれど会いたくない。会えば気持ちがぐらぐら揺れる。楽しく呑気で
平穏に生きたいんだよ、俺は。こんな葛藤趣味じゃないんだ。
まぁでも色んな事を足したり引いたりしても、悔しい事にシノさん会わないって
選択は自分の中にはなかったってのが我ながら泣けるんだけど。
会うまではドキドキしてたけれど、待ち合わせていた駅で、俺が時間通りにしか
来ないのを知ってる癖に早目に着いたらしい、シノさんの待ちくたびれた顔を見たら
すとんと心が落ち着いた。捜し求めていた『いつも通り』ってヤツが不意に
戻ってきたんだな。だからいつもの旅行みたいに、電車の中から缶ビール開けて、
お互い結構ご機嫌な状態で現地に着いて、相変わらず遺跡関係に興味のない
シノさんに愚痴零しながら引っ張って観光して歩いて、それは楽しかったんだよ。
そのテンションのまま宿入って風呂入ってご飯食べてって流れだったから
余計な事考える暇もなかったし。
そのまんまで居られたら良かったんだよ。
なのに、どうかな、これ。
わざわざもう1回着替えて、寒風吹き荒ぶ中、わざわざ煙草ひとつ買いう為に
コンビニですよ。馬っ鹿じゃないの。
旅館でも売ってるじゃん。そんな珍しい銘柄吸ってる訳じゃないんだし。
それが、繰り返すけど、『わざわざ』、どうして、コンビニなんだろう。理解に苦しむわ。
頑なに主張しやがったオヤジはやけに楽しげな姿勢を崩さないから、文句を口に
出す気にはなれない。その分腹の中で繰り返してみたけど、これでラク太郎兄さん位
腹黒になったらどうしようかと考えてやめた。黒くなったおなかの中を元に戻す方法、
ガッテンする程のものがあるとは思えない。本当に煙草だけを買ってコンビニを後にした
帰り道、シノさんは道の途中で足を止めて夜空を仰いだ。
「ショウちゃん、ほら」
「ん?」
「星が良ぉく見えるよ」
右手の人差し指で天上を指して、シノさんは囁く様に言った。
導かれるまま目線を真上にすると、確かにそこには街灯の光に負けない沢山の星が
瞬いていた。シノさんの歩く足元ばっかり見ていたから、全然気付かなかったよ。
「すごいねぇ」
思わず素直に返してしまう。吐く息の白さと、頬を撫でる風の凛とした冷たさ。
その上でキラキラと静かな光を降らせる星というのはずるいシュチエーションだった。
悔しいかな見惚れていると、シノさんが言った。
「今まで色んな場所で満天の星ってヤツ見てきたけど」
「え、ガッテン?」
「うるせぇ。ま・ん・て・ん。お前、そういう混ぜっ返し好きだねぇ」
脊髄反射みたくボケてみたら、シノさんは目尻の皺を深くして呆れて肩を竦めた。
シノさんに『お前』って言われるのは嫌いじゃない。比率では『あんた』の方が
多いから、ふとした拍子に出る『お前』を聞くと、なんだか得した気分にもなった。
トーンの柔らかさが、そのまま親しさに繋がるからだろう。
「すいませんねぇ。それで、色んな所で見て来たけど?」
「あぁ、沖縄で見たのが、銀色の砂を空一面にぶちまけたみたいな星空で、
一番奇麗だったけど、今日のも妙に奇麗に見えるなぁ」
「酔っ払ってるからじゃない?」
「それもあるけど、お前と見てるからかねぇ」
……駄目だ、このオヤジ。うっかり俺の事殺しちゃう気じゃないの?
殺されかけてる俺が悪いんだろうけど、他意なく言うなよ、そういう台詞。
「あんた、口上手いね」
素っ気無く言い返すと、何がツボに入ったのかシノさんは大口を開けて短く笑うと、
そのまま目を細めて俺に視線を移した。
「噺家だからね」
「そりゃそうだ」
オチとしては正しい着地。ツッコミを入れる隙はないし、これ以上此処に突っ立って
いるのも寒いだけだからと歩き出す。今度はシノさんが俺の後ろを着いて来る形だ。
俺ははぐらかしたのかな、とぼんやり思った。
酔っ払いの戯言といえばそれまでなのに、やけにきつい態度を取った。多分シノさんは
俺の後ろ頭を見てるんだろう。
振り返れなかった。
宿に戻って、シノさんが美味そうに一服をするのを肴に酒宴を再開させる。
飲んじゃうに限るんだ、こういう時は。
話はまだまだ山の様にあったし、シノさんは先刻のやり取りを気にした風もない。
だらだら飲みながらチャンネル数の少ないテレビを観賞している内に、潰れたのは
シノさんの方だった。
床に転がったシノさんに、布団かけてあげるべきかなぁなんて考えつつ、手元の
リモコンでテレビの電源をオフにする。
すぐには動く気にはなれなかった。この所の、はっきりしない自分の気持ちを
確かめるには良い静寂だ。何より目の前に張本人がいる。
しばらくの間、テーブルに頬杖をついて静かに上下するシノさんの胸の辺りをぼんやりと
眺めながら、出会ってからの色んな事を思い出していると、自然と『もう駄目だ』って
覚悟が固まった。
動物園のベンチで青空を見上げながら、うちの師匠を想ったあの瞬間が頭を過ぎる。
時間がさぁ、サラサラサラサラ流れてって、ついでに色んなものを押し流して
行っちゃって、奇麗なものだけが残るじゃない?
辛かった事や哀しかった事は流れてって、最期は晴れた日に太陽に透かしたビー玉を
覗いたみたいな記憶が残される。
まだうちの師匠に対してはそんな美しいレベルに達していないけど、でもいつかは
そうなっちゃう。風化が怖いとか、そういう理由じゃないよ。
残酷だけど美しい世の中の理ってヤツ?
あの時ね、めちゃめちゃ日常な癖に、時間の流れから取り残されたみたいに、
100年後でも呑気に長い鼻をブラブラさせてそうな象なんか見てたからさぁ、
気付かされちゃったんだよ。
シノさんとこうやってんのも、いつか記憶の中だけの事になっちゃうんでしょ?
でも、それでいいってやっと思えた。今離れる理由になんてなりはしない。
ましてや、育った気持ちを打ち消す理由にもならない。
何かもう、全部をひっくるめてこの人がいとおしいよ。お手上げだ。
魚をね、生まれてこの方見た事ない人間は、魚を魚って認識出来ないじゃない。
権助魚と一緒だよ。
今まで知ってたのと心の動き方が全然違ったから、上手に分類出来なかった。
でも、これはこういうものだ。魚屋にあるからって、カマボコがそのまんま川を
泳いでたって信じる様な間違いはしてない自信はある。
完全に白旗を掲げたらもやもやしていたのがすっきりしたから、安心してシノさんを
起こそうって気になって、寝てる傍まで近寄ると床に正座して肩を揺さぶった。
「シノさーん、風邪ひくよー」
……起きねぇなぁ。
そういや、この前と立場逆なんじゃない?
前回は俺が寝ちゃってて、シノさんが起こそうとしてた。まぁ、俺は途中から
狸だった訳ですが。
「シノっち〜」
もう一度呼びかけて強めに肩を揺すったけれど、瞼が一瞬ピクっとした位で起きる気配は
皆無だ。疲れてるんだなぁ。
仕方がないので、歪んだら不味いからとシノさんがかけてる細っこいフレームの眼鏡を
そっと引き抜こうと手を伸ばした。フレームの冷たい感触が指先に伝わった刹那、
シノさんの左手が俺の手首を掴んだから驚いた。無防備になっちゃってた所に、
ぐっと腕を引っ張られちゃったから、勢いそのまま倒れこむ形になってしまう。
シノさんとの距離が、ひどく近い。
狸寝入りだった証拠にシノさんはぱちりと瞼を上げると、ふぅっと一つ息を吐いて
最近よく目にする苦い笑みを浮かべながら、低く問いかけてきた。
「ショウちゃん、あん時起きてたろ」
『あん時』が『どん時』なのかは瞬時に理解出来た。ついでに冷や汗が滲む。
あの晩の雪の名残みたく本当に冷たいよ。悪戯がバレたって、そんな可愛い気持ちには
ならなかった。どちらかというと、人の日記を盗み読みしたみたいな感覚だ。
覗き込んでくるシノさんの中に確信めいたものがあるのを知り、これ以上誤魔化せないと
悟って頷いた。
「……起きてました」
「やっぱり」
「いつから気付いてたの?」
「気付いてた訳じゃないよ。……あのさぁ、なんであの時、目、開けなかったの?
起きてたなら、俺が何をしようとしてたのか気付いたろ」
怒ってるのでもなく、ただ単に質問をされて、それがとても答えにくいもんだから、
俺としては黙るしか手がない。
一番シンプルな回答は『されても良かった』だけど、もうちょっと正確には
『して欲しかった』になるのかも知れない。どっちにしろ言い難いんだよ。
察しているのかいないのか、シノさんは目を逸らしてくれない。
まだ腕は掴まれていたけれど、力なんてこれっぽっちも篭ってなくて、逃げようと
思えば逃げられた筈だった。俺がシノさんの上に覆いかぶさっている体勢と、
心の現状は正反対だ。
「気ぃ使って、起きられなかった?」
「違う」
間髪入れずに答えてしまう。起きようと思えば何時だって出来たんだってば。
心の整理はついたけれど、まだそれを口に出すのは躊躇われた。簡単に出して
いい言葉じゃない。
逡巡をどう取ったのか、シノさんは腕を引っ張った時と同じ唐突さで肩を掴むと、
くるっと体勢を入れ替えた。今まで畳を見ていたのに、今度は天井。
余りに早業でびっくりしたよ。
「じゃぁ、やり直し」
「やり直しってっ」
淡々と言ったシノさんの指がひょいっと伸びて眼鏡のブリッジにかかる。反射的に
目を瞑りかけたら、簡単に眼鏡を引き抜かれた。途端にぼんやりする視界。組み敷かれる
体勢の、上から降ってくるシノさんの掠れ声。
「裸眼でどの程度見えるの?」
「ほとんど見えないよ」
「これは?」
顔の間にある距離を、どうやら半分くらいに詰めてくる。目を眇めた所で視界の悪さは
変わらない。
「0.01の視界を舐めなさんな。本当に見えないんだって」
「じゃぁ、こんなもん?」
さらに半分。プレッシャーがじわじわかかるって。
心理戦に勝てる自信なんてこれっぽっちもないよ。反撃なんて逆ギレ程度。
「自分だけ眼鏡かけてずるいんだよっ。見えるわきゃねぇだろ、そんなの」
威勢が良いのは口先だけ。頭の中の冷静な部分で、後に引けないのは俺かシノさんか、
どっちの方かなって考えた。ちょっとづつを距離を縮めるシノさんと、まだ見えないと
叫ぶ俺と。最後までいったらどうなるのかなんて、明白過ぎんのに。
シノさんの思惑が読めない。表情が見えないから、余計にだ。
しばらくの間シノさんは黙っていたけれど、ふと感心した様に言った。
「そっかぁ」
「なんだよ」
「ショウちゃんがツリ目気味なのに可愛く見えんのは、目の上っ側の方が丸っこいから
なんだな」
「観察してんじゃねぇよっ」
余裕のある態度に、ぷっつりと忍耐の糸が切れた。
顔の横に突かれているシノさんの腕分の距離を、浴衣の襟をぐいっと引っ張って
数センチまで縮めてやる。
「あんた散々確認してるけど、これでもまだ見えないからね。」
本当はもう結構シノさんの驚いた顔が見えていた。でもここまでくると完全にチキン
レースだもん。虚勢を張ってなるべく挑戦的に見える様に睨みつけてはみたけれど、
訪れた沈黙に迷いが頭をもたげる。一旦固まった気持ちがまたぐらぐらしそうになった。
逃げると思ったのかな。
それとも逃げて欲しかったのかな。
シノさんの気持ちは分からない。
動かないシノさんにその揺れが伝わったのか、浮かんでいた困惑がすぅっと引っ込んで
真顔になって、ぽつりと零した。
「俺の負けだわ、ショウちゃん」
勝ったっと変な達成感を持ったのも束の間、シノさんの唇が額に触れる。
予期せぬ行動は、俺を硬直させるのに十分だった。
次に、瞼。思わずぎゅっと目を閉じると、耳元で囁かれる。
「いいの? 目、閉じられると、先に進んじゃいたくなるんだけど」
この後に及んでまだ探り入れますか、このオッサン。
瞼を上げると、至近距離でまともに目が合う。
小さい頃砂場でやった、砂で作った山を両端から片手で掘っていってトンネルを作る
作業みたいだった。今、大きな砂山の真ん中で、やっと指先が触れた気がした。
俺一人が勝手にあたふたしてたんじゃなくって、この人もそうなんだ。
随分前に流行ったビビビって感じる恋じゃない。二人でゆっくりとここまで積み上げた。
俺が目を開けたのを拒否と取ったのか、シノさんが身体を引きかけるのを、
掴んだままだった襟に慌てて力を込めるので防ぐ。
「ショウちゃん……」
頼りない声に、表情が緩んじゃう。
額と瞼って微妙さだけどキスして貰っちゃったから、次は俺の番でしょう。
一つ大きく息を吸うと、伝わります様にと念じながら口を開いた。
「例えばさぁ、シノさんちの流派には、前座から二ツ目に上がる際のラインが
あるでしょ。鳴り物、歌舞音曲の一通りをマスターする。最低でも50席は噺を
覚えて合格を貰う、だっけ? あんたが2年弱でやっちゃった事だよ。当たり前だけれど、
人の気持ちにこんな明確な基準はないじゃない。だから迷ってたんだけど、
なら別にこれはこれでいいんじゃないの?」
「これって?」
「俺がシノさんを好きだってこと」
初めて声に出して、あぁやっと言えたなぁって実感が湧いた。嬉しくて泣きそうになった。
「前座の頃に出逢ってるから、初めて会った時からもう20年位経ってるよ。
仲良くなってからは10年以上かぁ、……時間かかったよねぇ。古酒の発酵見学してた
みたいだよ。呑気が信条の俺にこんだけシリアスさせてんだから、あんた凄いわ。」
シノさんは目をまん丸にして俺の言葉を聞いていたけれど、読み込み速度の遅い
昔のパソコン並の時間をかけてやっと理解してくれたのか、ふにゃっと解けた笑いを
浮かべた。
「ショウちゃんは、落語だけじゃなくって俺を喜ばせる天才だね」
「まかせといて」
別に狙って言った訳じゃないけどね。
シノさんがこつっと額をぶつけてくる。握っていた襟を離して、その手を背中に
回しながら、今度はちゃんと自分の意思で目を閉じた。
明け方に、目が覚めた。
障子の向こうは薄ぼんやりとしていて、夜が明けているのがわかった。ぐるっと
首を回すと、酒の残った頭が痛む。
あぁ、今日は二日酔いスタートか。
あの後、気持ちが通じ合ったからといって勢いでそのまま最後までって訳にもいかず、
妙に気恥ずかしいテンションのまま酒盛りを再開させて、反動で二人ともべろべろに
酔っ払って眠った。
最後の方の記憶がないからどっちの責任かは知らないけど、腕枕ってどうよ。
道理で寝苦しいと思った。……暖かかったけどさ。
ちらっと見上げるとシノさんの幸せそうな寝顔があって、恥ずかしさの余り慌てて
目を逸らしてしまう。いや、恥ずかしいだろ、どう考えても!
おっさん二人で腕枕ですよ。絶対に他人に見られたくない。
見られたら口封じだよ。洒落になんねぇって。
なんだろう、こう、じたばたしたくなる感覚。
シノさんだよな、これやったの。俺からねだったとか思いたくもない。
でも万が一ってのがあるから、この件については問わないでおこう。うん。
起こさない様にそっと腕を外して、枕元に置いた眼鏡をかけながら布団を抜け出す。
暖房の切れた室内はひんやりとしていて、二の腕を手で擦りながら背中を丸めて
冷蔵庫からお茶を取り出した。
暖かいのが飲みたかったけれど、わざわざ煎れるの面倒だし。
冷えたお茶が咽喉を滑っていく感触に、乾きが癒されて人心地つく。
ふとビールの空き缶やなんかが転がっているテーブルの上に置き去られていた、
キャビン・マイルドの赤い箱が目に入った。
何となく取り上げると、中にはまだ数本が残っていたからその内の一本を抜き出してみる。
俺が煙草を常習的に嗜む機会は、きっと一生ないんだろうけど。
戯れみたく火をつけて、煙を吐き出しながら眉を顰めた。
ずっと匂いだけはよく知っていたその煙草は苦い筈なのに、昨夜のシノさんの唇と
同じ味がして、甘かった。
惹かれているというのなら、その人柄だったり才であったり、人の煙草隠れて吸ってる
可愛らしさだったり。
ひとつひとつ並べると、どうしても惹かれちゃう自分への言い訳に見える位だ。
……いや、もういいよ。言い訳で。どうしたって好きなんだ。
言葉を操る商売をしていても、上手く伝えられない心ごと全部。
明るくて軽い、他人を気遣える人柄も。
しなやかでありながらしたたかに不思議な空間を作り出す才能も。
ちっちゃい癖にやたらとアグレッシブな所も。
素は意外なまでにシャイで孤独を持て余している不器用さも。
並べてみると、やっぱり言い訳だ。
浮かびかけた苦笑いを、バレない様に噛み殺す。寝ているフリがばれるのは、お互い
1回あれば十分だろう。
認めればとてもシンプルな、たった一つの気持ちが心の中に灯りを燈す。
それはショウちゃんが吸ってる、俺の煙草の先で赤く燃えている蛍みたいな小さな
明かりだったけれど、暗闇の中確実に存在を示した。
そう、存在。存在だよ。
ぴったりハマる言葉を、やっと見つけられた。
ショウちゃんに惹かれるとか、まどろっこしい言い方じゃないものを。
早くショウちゃん戻ってこねぇかな。そしたら昨夜言いそびれた言葉を言えるのに。
俺はね、多分、全部ひっくるめて、ショウちゃんの存在ってやつを愛してる、ってさ。
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| | □ STOP. | |
| | | | ∧_∧ 長らくのお付き合い
| | | | ピッ (・∀・ ) ありがとうございました。
| | | | ◇⊂ ) __
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これだけ書いたらすっきりするかと思ってたが
熱がさめてくれないので、諦めてサイト作る努力します
ネットの海の何処かで見かけたら、その時はよろしくお願いします
>>578 うおお大作GJ!!
サイト絶対探しに行くからガンガレ!!
>>578 あなたがネ申だったのですね…っ!!!
すげぇええええ、すげえキュン萌えでやべええええ!!!
乙でした、サイトを血眼になって探させていただきます!!!
>>578 シリーズ通しで超GJです
もう夜中に転げるほど萌えますた…!
最終回ときめきメーターが振り切れました
自分も貴方のサイト探しに旅立ちます
乙でした!
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )トウトツニ、ジュシンシタカラ オオクリシチャイマス
人が笑顔で近づいて来ても、何かを企んでいるようにしか見えない。
ぼくの悪い癖だ。
かといって、無表情で近寄られても、それはただ薄気味悪いだけで。
いつだってぼくの周りには、そんなやつらばかりだったんだ。
「…お前さぁ、いいかげんにしろよ」
ジャイロがいかにも『不機嫌です』という表情でぼくの頭を抑える。
今のところ、ぼくには何も非難される謂れはないのだけれど。
…いや、アレか。きみの自信作(新曲)にぼくが初めてケチをつけた事をまだ根に持っているのか。
それともさっき、ホットパンツからぼくだけローストビーフサンドを貰ったからか。いや、でもそれなら文句はホットパンツに言ってほしい。
もしかすると、爪弾の誤爆でジャイロの脳天をかすめてった事か!あぁ有り得る。それが1番有り得る!しかもどさくさに紛れて、謝ってないじゃないかぼくは!
そうこう苦悶している間も、ジャイロは無表情でぼくの頭をわしわし撫でる。何を考えているのか、読めない。
というか、頭が洗えないからいい加減放してほしいのだけど。
そう、ぼく達は今夜は珍しく宿に入れて、久々のベッドにウカレ、そして久々のバスタイムを楽しんでいたところなのだ。
というわけで、今現在ぼくは湯舟に浸かっているわけで。…要するに、何も着ていない、わけであって。
「っ…ジャイロ!悪かった、謝るから!」
考えてみたら急に恥ずかしくなって、ぼくは思わずジャイロに怒鳴るように謝罪した。
するとジャイロは、キョトンとした顔で「…はあ?」と呟きやがった。なんだ、謝罪じゃなけりゃ一体何が目的なんだ。
「なんでおたくが謝る必要があるのよ」
「だ、だってきみ、怒ってるんじゃないのか…?」
「ねーよ」
ただ、それだけ言って、相も変わらずジャイロはぼくの頭を撫で続けている。
わしわしと乱暴に撫でていたかと思うと、急に髪を梳くような動きになって、ぼくは焦る。
優しい、ジャイロの優しくて柔らかい手が、ぼくのうなじに触れる。
まずい。
下半身が動かなくなってから、久しく忘れていた感覚が沸き上がる。
なんで、どうして。
なんだってぼくは今、ジャイロ相手に欲情しかけてるんだ!
認めたくなくて、そして悟られたくなくて。とにかくジャイロの顔を見ないように、うつむいて。
「…もっとさぁ、オレを頼ったらどうなのよォ」
数瞬か、はたまた何時間か。
膠着状態だったぼく達の空間に、ジャイロが言葉を落とした。
その一言はとても意外で。
というか、的外れで。
ぼくは彼に気を遣わせまいとしていただけなのに。
「ジョニィジョニィよぉ、おまえさん、なんでも一人でやろうとし過ぎじゃねぇのか?」
「…出来る範囲の事は一人でやるのが常識だろ」
ああぼくは。なんて可愛いげのない返事を。
「あーのーなー!おまえは出来ると思ってやってる事でも、余所から見てると危なっかしいんだよ!」
ぐいと唐突に腕を引っ張られ、バランスが崩れる。脚が動かない、腕だけで身体を支えるぼくには死活問題だ。あんたはぼくを殺す気か!
「っわ、…何するんだよ!」
「…ちょっとバランス崩しただけで、おまえ沈んじまうじゃねーか」
痛い位に引っ張り上げられた腕を、放してくれと乱暴に振りほどくと、そこにはジャイロの哀しい表情。
なんなんだ。
こんなカオする人間、ぼくの周りにはいない。知らない。
同情でも嘲笑でも、敵意でもない。こんなカオは。
…ああ、一人、『居た』
いつのまにかぼくは泣いていて。
いつのまにかぼくはジャイロに抱きしめられていて。
いつのまにか、ジャイロに、ニコラス兄さんを重ねていて。
心配をかけたくなくて。足を引っ張りたくないのに。
ぼくが立ち止まると、当たり前のように手を差し延べてくれる。
ニコラス兄さんが居なくなって、そんな人は周りに誰も居なくなった。だからぼくは…
ジャイロの差し延べる手に、気付いてすらいなかったんだ。求めていたものは、こんなに近くにあったのに。
「なんかするときは、オレを呼べよ」
「…うん」
「無理だったら、すぐ呼べよ」
「…うん」
「つーか…オレの目の届かないとこ、行くな」
「…それは…言い過ぎだろ」
「そうか?」
「そうだよ」
「じゃあ、おまえがオレから目を離せないようにしてやる」
言い終わる前に、唇に噛み付くようなキス。
目を離せないとか、よく言うよ。
ぼくはきみを追い掛けて、飛び入りでレースに参加したんだぞ?
もうとっくに、離せるわけ、ない。
「…っクシュン!」
ぼくの盛大なクシャミが、ムードをぶち壊した。
そういえばぼくは湯舟に浸かっていたんだった。上半身はジャイロに抱きしめられているせいで、腰から下しかお湯に入っていない。
「なんだぁ、冷めちまったな」
苦笑いしながらジャイロが、ぼくをゆっくりと湯舟に沈める。
なるほど、こーゆーときに手伝いたいのか。なら。
「…きみが暖めてくれるんだろう?」
「ハッ、足腰立たなくしてやるよ」
「元々立たないよ、ばか」
無表情で近付いてくる人間は、嫌いだ。何を考えているか、わからないから。
でもジャイロは違う。彼の無表情は、ぼくに対して気遣うでもなく、見返りを求めるでもなく、ただ『当然のこと』として手を差し延べているだけなのだ。そこに考えなんて、ない。
ドアにロックが掛かっていたから、キーを差し込む。彼にとっては、その程度の事。
でもそれを拒絶されたら、彼は部屋から出られなくなる。だから、ぼくからキーを差し出さなくては。
ぼくはちょっとヒネた人間だったようだ。
これからは、素直にキーを渡す事を覚えよう。ジャイロに受け取ってもらえるかな。
「ねえジャイロ」
「あんだよ」
「頭洗って」
「…しょうがねぇーなぁー」
ほら、こんな簡単な事。
めんどくさそうにぼくにシャンプーする彼の顔は、とてもうれしそう。ニヤニヤしながらジャイロは口を開く。
「風呂からあがったら覚悟しとけよ。寝かさねーからな」
…前言撤回。
警戒心は、必要。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
もっとジョジョ好きさん増えたら嬉しいなぁ
>>582 血が湧くほど萌えた…!!
GJです!!
>>587 シルバーチャリ乙。
禿げ上がる程ヒートした。
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| さらいや五葉 政之助×弥一
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| __________ |  ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄| 政之助が桂屋の用心棒になってからのお話
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| | |> PLAY. | |  ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| | | | ∧_∧ ∧_∧ ∧∧ ハジメテトウカシマス…
| | | | ピッ (´∀` )(・∀・ )(゚Д゚ )
| | | | ◇⊂ )( ) | ヽノ___
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| °° ∞ ≡ ≡ | || (_(__)(_(__). || |
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いるかい、という短い伺いの後、木戸がすらりと開かれる。薄暗い部屋に小春日特有の馬鹿明るい光が差し込み、政之助の目は一瞬眩んだ。
「……弥一殿」
「いいって。部屋にいる時ぐらいくつろいでな」
たたずまいを畏まらせようとしたところを、弥一に声だけで制止される。
懐手で柱に背をもたせ、弥一は随分と気だるそうだ。ただでさえやくざ者にしか見えない風貌に、色悪の雰囲気が重なって見える。普段より隙がある気がする、したたかさの抜けた顔つき。
今まで寝ていたのだろうか、昨日も忍んでくる遊女の相手をしていたのかもしれない、と政之助は柄にもなく邪推した。
「ちょっと用がある。半刻ほど身を貸してくれ」
そう頼まれ、訳も分からぬままとりあえず頷く。どこかへ参るので、と問うと、今ここを空ける訳にはいくめぇよ、と含み笑いで返された。
「女達は浅黄裏の相手、他は湯使いだ。三町先の銭湯に顔の良い三助がいるとかでな。主人は作らせてるかんざしの進み具合が気になるらしい」
「松吉殿の店でござるか」
こんな端近の部屋を宛がわれておきながら、遊女達の行き先はおろか、人が出払っていることすら気付かないとは……。
政之助は己の愚鈍さに嫌気が差した。滅入る気持ちと共に吐いた息はごく小さく、溜息さえも度胸が無い、と我ながら呆れるばかりだ。
「つまり今は人がおらぬのか。そのように無用心にして、女所帯だというのに大丈夫であろうか」
弥一は僅かに目を見開き、それからさっきよりも露骨に笑い声を立てた。くく、と口の端を震わせながら、火鉢の前へ着座する。
「なんのためにここにいるんだい、あんた」
全くだ。自分でも十分すぎるほど分かっているのだが。
政之助は弥一の口利きで桂屋に入った。用心棒として雇われているはいるが、女郎たちに気押されているばかりで日々が過ぎ、正直護衛として役立つどころではない。
居候、と呼び名を変えてしまった方がいっそしっくり来る。
「面目ない……。だがそんな簡単に留守を預けられてしまっては」
「竹光差してるんじゃねえんだ、もっとしゃんとしな。腕は立つんだからさ」
弥一は片頬で笑みながら煙管に火を浸ける。
片肌脱ぎになった二の腕。立膝でだらしなく座る足元。懐の奥や肌蹴た裾から覗き見えるのは、肌理の整った――――
今まで幾度となく抑圧してきた邪さがまた焔を上げんとする。政之助は恥じ入るように俯き、少々間を置いてから本題に入った。
「して、今日は如何様で」
「如何様で、ねぇ……」
鸚鵡返しにする弥一の声から、先程までの軽やかさが消えた。唐突なその違和感に気づいた政之助が、はっ、と顔を上げると、向かいに座っていたはずの弥一がすぐ隣で構えていた。整った顔が目の前に迫る。
肩口を軽い力で、とん、と突かれただけで、あっけなく畳に寝転がされてしまった。
「おめえさんが欲しいんだが……今は気が乗らねえか」
「……わからないでござる」
「乗らねえ、とは言わねえんだな」
勝気に出られれば、誠之助元来の引っ込み思案が先に立ってしまう。ぐ、と押し黙っていると、弥一はその気弱さに器用につけ入り、政之助の全てを目くばせ一つで制してくるのだ。腰紐に手を掛けながら寄越す、優しく、それでいて有無を言わさない逼迫した視線。
弥一の強気な表情を見ると、優柔不断でうだつの上がらない自分が許容されているような、流されてしまいたいような気分にさせられる。
「好きにさせてもらう。嫌ならいつでも言えばいい」
彼の言葉は、常にそれの意味以上でも以下でもない重さをしている。政之助は止めることも進むことも出来ず、ただ戸惑っていた。いつもの手立てと分かっている。だが、それに抗えた試しは一度たりとてない。
弥一は自らの懐へ手を入れ、もう片方の肩口からも腕を抜く。露にされた、儚くしなやかで透き通りそうな上半身。
政之助は知らぬ間にその胸元へ掌を寄せていた。
その白さは、狡かろう……。
我慢の利かない自分が恥ずかしくて仕方ない。政之助はぎゅっ、と童のように固く目を瞑った。
この御仁のようでありたい、と、この御仁が欲しい、は同義なのだろうか……。
などとしゃっちょこばって考えているうちに、気付けばすっかり弥一の中に飲み込まれていたのだった。
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| | | | ∧_∧ ジダイコウショウオカシカッタラスマン
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ありがとうございました
>>590 政の気の弱さと、あの二人の空気が良く出てた〜
GJですよ!
おいしくいただきました!
スレが終わる前にこれだけは…これだけは言わせてくれ
>>578 禿散らかるほど萌えた!
姉さん素晴らし過ぎるぜ
麻ドラも合わせてかなり噺家界に興味が湧いてきた
ありがとう
>>578 リューショー師匠燃えから込みでショタ/ガッテン大好きの身としては、もう
心臓ばくばくもんでGJ!でございます。
これから貴方を探す長い旅に出ます……どこかでヒントだけでも
落として下さると狂喜乱舞でございますです……。
>578です
お言葉に甘えてヒントを書かせて頂こうと思ったんですが、
いかんせんどれをヒントにして良いものか悩み、ナマが検索避けを
しないのも問題なんで最終話のIDで捨てアド取りました
お付き合い下さる姐さんはID+ヤフメでご一報下さい
スレ違いですみません
このスレまだいけるかな…
史実のエピに萌えて書いた。やおいと信じれば801。
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| 細道シリーズの師匠と弟子だってさ。
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| __________ |  ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄| 死にネタ注意だよ。
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| | | | ∧_∧ ∧_∧ ∧∧ マジカヨ
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宿のうすい布団に病んだ青年が横たわっていた。顔色は紙のように白く、数日来ろくな食べ物をうけつけていないため、ひどく面やつれしてしまっている。
そのかたわらで外聞もなく泣きじゃくっているのは、青年よりひとまわり以上も年かさの男だった。
「――いい加減にしてください、芭蕉さん。うっとうしい」
眠ると見えた青年は、目を開くとしっかりした口調で言った。枕元に白湯の入った急須とともに置かれた手ぬぐいをつかみ、男の顔面に投げつける。
「洟を拭いてくださいよ。ただでさえ抵抗力が落ちてるんだから、バイ菌のかたまりを垂れ流されては迷惑です」
辛辣な物言いは常と変わらず、芭蕉は「バイ菌ってなんだよ!」と条件反射的に言い返しながら、顔をぬぐった。
弟子の曽良は、金沢に着いたころから体調を崩していたが、ここ山中温泉まで来て、とうとう倒れてしまった。
はじめのうちこそ鬼の霍乱、命の洗濯ができると思っていた芭蕉だったが、曽良が寝込む日が長引くに連れて、事態の由々しさを悟らないわけにはいかなかった。
これからどうすれば良いのかわからない。曽良の回復がいつになるかも知れず、旅を中断しようにも、江戸はまだまだ遠い。なにより、普段は鬼のごとき弟子が顔を青褪めさせ、マーフィー君のようにぐったりしているのを見るのは、思った以上につらかった。
「曽良君……ごめん」
「……? 何を謝っているんですか」
いぶかしげな弟子を見下ろして芭蕉は鼻をすすった。
「私は、何も出来なくて……」
曽良は何も言わず芭蕉を見上げたが、ふと目をそらし、よそを向いたまま口を開いた。
「伊勢に親類がいます。そこを頼って養生させてもらおうと思います」
「え……?」
「ここでお別れしましょう。僕は明日の朝伊勢に発ちますから、芭蕉さんは予定通り残りの旅程を続けてください」
「そんなっ、そんなのできないよ!」
思わず大声が出てしまう。曽良と別れて旅を続けるなど、考えられなかった。
「わ、私には一人旅なんて無理だよ……」
引き止めるために泣きごとを言う。しかし弟子は、そんなことは予想済みとばかりに、金沢で知り合ったばかりの俳人や行く先の知己の名を挙げるのだった。
「芭蕉さんに一人旅が出来るとは思っていません。当面は、金沢の北枝さんが同行してくれます。大垣まで行けば、如行さんの家に泊まれます。手紙を出しておきましたから、敦賀まで誰か迎えをよこしてくれるでしょう」
何もかも用意周到な弟子だった。思えば、旅費の管理から宿の手配、各地で俳席を設ける段取り、すべて曽良がやってくれたのだ。そうして事務的なことをこなしつつ、曽良が叱咤し、(文字通り)尻を蹴飛ばしてくれたから続けられたような旅だった。
「……ごめん、病人に気を回させて……」
「まったくですよ」
ばっさりと言って、曽良は何を思うのか、起き上がろうとする。芭蕉はあわてて助け起こした。腕をまわした身体は記憶よりも軽く、頼りなかった。白い夜着につつまれた肩が、痩せて尖ってしまっているのを芭蕉は痛ましい思いで見た。
「こんな体で、伊勢まで行けるのかい」
このまま抱き締めて、あるいは縋り付いて、行かないでくれと言おうかと考える。
しかし曽良は芭蕉の腕を押しのける。
「足手まといがいなければ、それくらいの旅はできます」
そっけない応えだった。相変わらず師を師とも思わぬ言いようには、さすがに悲しくなってくる。
うつむいてしまった芭蕉の前で、曽良はきちんと正座し、布団に手をついた。
「――師匠。かえすがえすもお世話いたしました」
「ああ、え…ええ? 曽良君いま師匠って……。ええ!? なにその挨拶?」
あたふたと聞き返すも、曽良はもう知らぬ顔でそっぽを向いている。その視線の先にあるのは、縁側を隔てる障子か、その向こうの夜の闇か。あるいは実体を持たぬ思い出の姿なのかもしれない。
今の言葉が弟子の精一杯の気持ちの表現なのだと、芭蕉には飲み込めた。もとより曽良の決めたことを覆すなど、できそうもない。
「……うん、世話を焼かせたね」
秋の虫が盛んにすだいていることに、今更ながら気づいた。
「都をば、かすみとともにたちしかど――。……長い旅になりましたね」
曽良が静かにそう言った。
翌朝、芭蕉が目を覚ましたときには日が高くなっていた。旅のあいだ毎朝乱暴に蹴り起こされるのが通例だったが、曽良が病気になってからはそれもない。
「はっ、曽良君は!?」
曽良の布団はきちんと畳まれ、荷物はすっかりなくなっていた。宿の者をつかまえて訊くと、
「今朝はやく発たれましたよ」
と言う。
見送りもできなかったのだった。
芭蕉が呆然と立ち尽くしていると、宿の者が呼びかけてきた。
「あの……お連れの方が、これをと」
渡されたのは一葉の短冊だった。曽良の綺麗な手蹟で句が書き付けてある。
―― 跡あらん 倒れ伏すとも花野原
(このさき道半ばで僕が行き倒れたとしても、秋草を踏み分けて歩いた跡が残っていることでしょう)
だからその時は、見つけてください――この亡骸を。
言外にそのような意味を含ませた、遺言にも似た句だった。
「……何だよこれ。俳句うまっ。うますぎるよ……弟子のくせに……」
曽良の字の上に、涙がいくつも落ちて墨をにじませた。
秋風がカサカサと音を立てて渡っていく。
すすきは白髪のように枯れ乱れ、桔梗もおみなえしも萎んで黄色くなり、ただ咲きおくれた白萩がほろほろと花びらをこぼす、寂しげな野だった。
草の海のような野には道どころか獣の歩いた跡すらない。
右も左もわからない場所で芭蕉は途方にくれていた。
「曽良君の嘘つき……。君が歩いた跡なんかどこにもないじゃないか」
心細く呟きながら、枯れ草を掻き分けて歩き出す。
(いや、そうじゃない。曽良君は先に行ってなんかいない……)
夢うつつに思い出す。
そうだった。
曽良はあのあと伊勢で体を治し、大垣まで迎えに来てくれたではないか。
再会できたときはうれしかった。でも、別れていたあいだに作った句を見せたら、風呂の焚き付けにされてしまったっけ。そんなことすら、今となっては懐かしく思える。
いまや記憶ははっきりしたものになった。
みちのくの旅路は何年も前に終わったこと。そのときの思い出をもとに紀行文を書いたこと。紀行文には曽良が良いと言った句しか載せさせてもらえなかった。曽良の作った句も、仕方がないのでいくつか載せてやった。
そして今、上方に向かう旅の途中で病に伏しているのは、自分自身だということ。
自分のたましいは衰弱した体を抜け出して秋の野にいるのだろうか。
「そうだ……これで良い。これで良いんだ。これが正しい順番だ」
誰の踏み跡もない枯野を進みながら、芭蕉はひとりごちた。弟子が師匠に先んじて良いはずがない。やっと、あの不遜な弟子も順序をわきまえたのだ。
小雪のような白萩の花を手のひらに受けて進む。
旅を終えて、江戸に帰ってからはわずらわしいことが多かった。人はとかく派閥を作りたがり、俳諧の世界もその例外ではなく、人間関係に悩まされることが多かった。
その度に、奥州の細い道々を、過ぎ去った時間を恋しく思った。弟子に蹴られたり、溺れかけたり、弟子に平手打ちされたり、悪いキノコにあたったり、弟子にあやうく国外追放されそうになったり、艱難辛苦の道のりだったが、この上なく自由だった。