□歪――忘れさせて…――
徳井には、ちゃんと彼女もおって。それも承知の上で、付き合って。愛人という立場の、娼婦のような人間になって、
徳井の欲を満たすためだけに、足を開いて。安い人間だとは思う。最低だとも思う。
けど、それすら幸せに感じて。どうしようもなかった。捨てられるなんて、手に取るように分かりきったことで。
それでも良かった。徳井が傍に居てくれるなら。
そんな関係も、終わって。もう駄目やって、言われて。分かってたけれど、辛くて……忘れられへんくらい、徳井が好きで。
大好きで。でもそれは完全な片恋。片想いに過ぎなかった。
それで、どうしようもなくなって。男色のオッサンに体を売った。でも、誰も、徳井を忘れさせてくれるような人は、
居なかった。寧ろ、募る想いは、深まる一方で…余計に虚しくなった。
ある日、知らない親父に連れられホテルに行く途中。川島に見つかった。
「福田…さん?何して……」
どこかショックを受けたような顔をした彼から目を反らすように下を向くと、親父に肩を抱かれ、ホテルへと連れられた。
俺は無償に悲しくなって、心の中で泣いた。いつものようにホテルを出てタクシーを拾って自宅へと着くと聞き覚えのある、
よく聞く声に足を止められる。「福田、さん。」
「川島………」
気まずい。なんとも言えない空気が俺達を包む。先に口を開いたのは俺の方で、とりあえず上がってもらうことにした。。
「お邪魔します。」リビングに在る時計が指す時刻は、1時を回っていた。
川島は重たそうに口を開くと、なんであんなことを、と苦虫を噛んだような顔で聞いて来た。お前には関係ないやろ、と
声を張り上げても怯む様子は無く。なんでなんですか、と。辛そうにする川島に…涙が溢れて来た。
「お…前には、わか…らへ、ん…ッ」俺の気持ちなんて、絶対わからへん。
涙混じりに訴えると、すっと長い綺麗な手に覆われた。その手が酷く徳井に似ていて、目の前に居る川島が、徳井に見えた。
辛くて、すべてを吐き出すように、愛人として過ごした日々を川島に告げた。
川島は痛そうに笑うと優しく抱きしめてきた。その腕は小さく震えていて、それでも力強く、包み込むように抱かれた。
「忘れさせて…」
俺は川島の優しさを利用した。どうか、あいつを忘れて、目の前のお前を、川島を好きにさせてくれ、と。心から願った。
初めて、コトの最中に泣いた。声を荒げて、縋るように川島の背中に爪を立てた。
「…ゎ、島っ……ぁッ、はぁ///」「福田さん…ッ」
朦朧とする意識の中で見えた川島の顔は、辛そうにも嬉しそうにも見えた。只、交わされるキスがとても甘くて
川島の優しさが、酷く心に滲みた。いつもとは違う体温と、優しさと、感情が、嬉しかった。
愛の無い抱かれるだけの毎日に、さよならした気分で。直ぐに眠りにつくことができた。
俺が眠ったあとに言った川島の言葉は、俺の耳には止まらない。「やっと、捕まえた。」
すべては残酷な関係で。知らず知らずのうちに作り上げられていたシナリオの上で踊らされていることには気付かず。
成すがままに。「福田さんが好きです。」何度も繰り返される台詞。すべては今、この手の中にあると、勘違いの毎日。
けれど、愛されてるってそう感じられるだけ幸せで。想い出は残酷そのまま。深く封印された過去とえぐり返された現在と
両極端な毎日に、俺は身を任せた。自分が利用されていたなんて、気が付かないまま。
二人の描いたシナリオの上で過ごす毎日。fin.