モララーのビデオ棚in801板21

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501平安V 2:2006/12/16(土) 21:31:41 ID:UxisC6PZ0

 今は内大臣である方が大納言であった時、その時代忌まれる双つ子がそこに生を受けた。
 その母君の恩により、それは秘されて一人とされた。
 世にときめくはただ兄の名のみ。
 けれども真実(まこと)は一つにあらず。元服を過ぎたその頃から、二人は自由に入れ替わる。
 それもそのはずその面差しは、二つに割った玉の如く、どちらがどちらと見分けにくい。
 しかしその性質は大きく異なる。お互いの好みに従って、五日に1度は兄者が表、残りの日は弟者が表を演じている。
502平安V 3:2006/12/16(土) 21:34:37 ID:UxisC6PZ0

 渡殿を通る足音で、ふいに機嫌が直る。
 妻戸が開いて外の風が入る頃には、世間ではクールとされる自分に戻っている。
 すっかり冷え切った指がいきなり髪に埋められ、少しかき乱したあとすぐに離れた。
 「お休み」
 「おい」
 「寝てないのだ」
 「どこへ行った!」
 「行ってない。来たのだ」
 思わず胸元をつかむが、相手は落ち着いて肩を叩く。
 「まず左馬頭(友者)と藤式部の丞(オタラー)だ」
 桐壺に与えられたその宿直所に、彼らが訪れて話し込むことは多い。
なんだ、と彼は手を放す。二人して厚畳の上に座る。
 「中流の女はいいな、とか、あんまり所帯じみてるのもな、とか浮気っぽいのもちと困る、とか、
しかし女博士もあんまりだ、とかバカ話をしていた」
 彼らならそうだろう、と弟者はうなづく。
 「そのうち萌え語りになった」
 「ほう」
 「で、俺が妹萌えについて語っていると、すごい勢いで何者かが飛び込んできた。
誰かと思えば左大臣の末の弟君、従五位下だがまだ官職にもついてない坊やがいるだろ、あいつだ」
 「うむ」
 「そうして俺の言葉をさえぎって姉萌えについて熱く語るではないか。
あっけにとられたがここは妹萌えの首領としてこちらも黙っているわけにはいかん。
ケンケンガクガク言い争っていると、そこに式部卿の宮、つまりモララー殿が現れた」
 「ふむふむ」
 「そして彼はSMの真髄について語りだすのだ。これは萌えとは違うモノだと思うがどうだろう」
 「さあ」
 「まあ、主上の同腹の弟君に逆らうのもよくないだろう、と思って聞いていると、
なんせ坊やはまだ若い。平気でさえぎって姉萌えオプションGカップを語る」
 「それなら語りがいがあるだろう」
503平安V 4:2006/12/16(土) 21:39:39 ID:UxisC6PZ0
 「らしいな。しかしモララー殿もさるもの、ご自分の寵愛なさるスィート・ハニーについて誰も聞きたくないぞ、
といいたくなるほど話し続ける。もちろん、性的な意味で。こちらもさすがに面倒になり、
妹キャラの愛らしさについてつい話したくなる。そこに先の二人が加わって、あーだこ―だと言い争っていると、
来たね、ヤツが」
 「誰だ?」
 「我らが上司。左大臣の弟君の一人。蔵人の頭にして右近衛の中将。略して頭中将だ」
 「ヤツか」
 「うむ。騒がしいから抑えに来たのかと思った。だが違う。やつにも萌えがあったのだ」
 「あの男にか。なんだ」
 「百合萌えだ」
 「………激しく納得」
 「萌えるに足るはただ百合のみ、姉萌え妹萌えSM萌えも全て含むことの出来る懐深い萌えだと力説。
彼の弟である坊やなんか口を開けてぽかーんとしている」
 「だろうな」
 「俺でさえ一瞬、洗脳されそうになった。オパーイが二つでなく四つ。なんだかお得な気分がしてな」
 「ってゆーか…」
 「だがしかし、今まで妹単体萌えであった俺が、そうも簡単に宗旨替えするのも業腹である。ここは一つ踏みとどまろうとがんばった。
そのうち収拾がつかなくなり、そう決まったのだ」
 「どう決まったのだ」
 「萌え合わせを試みようと。今月末、左大臣家のヤツの居室だ」
504平安V 5:2006/12/16(土) 21:43:26 ID:UxisC6PZ0
 「なんだ萌え合わせとは」
 「歌合せのようなものかな。まあ和歌でも漢詩でもSSでもイラストでも作ってきて、自分の萌えをアピールしようと」
 「作るのか?」
 「絵師や小器用な女房などに頼まず、自分でやることに意義があるのだ。
で、中でも最もいい作品を作った者には【萌え王】の称号を与えようと」
 「イラネ」
 「何を言う。すばらしいではないか。俺は狙っている」
 兄者は得意そうに腰に手をあてた。
 「萌え王様に俺はなる!」
 「超どうでもええ。一首詠んでやる。柔肌のあつき血潮に触れもみで寂しからずや萌えを説く君」
 「時代が違ううえに先に誰かが思いついていそうだな」
 「いいんだ。まあとにかく、触れなば落ちん、といった女房たちがいくらでもいるのにあんたらは何故、そんな戯れに走る」
 「わかってないなぁ」
 あきれたように弟を見る。
 「やることなんて猫でも出来るだろう。しかし欲望を見据えていったん虚構化し、
なおかつ人様に見てもらうなんてなかなか高等な遊びだぞ」
 ―――おまえこそ、わかっていない。
 誰もいないこの部屋で、与えられた物語などは体を温めてはくれなかった。
彼らはしょせん坊ちゃんで、恵まれたリアルに飽いているから平気でそれを食い散らし、
自由に虚構を弄ぶことが出来るのだ、と弟者は考える。
 「猫ですか」
 どうも視線が怪しい。兄者は少し体をずらした。逆に弟者は間をつめる。
 「とすると、後ろからだな。首に鈴でもつけてみようかな」
 「俺は寝てないのだが」
 腕を捕らえて、引き寄せる。
 「………オレもですよ」
 浮かべた笑みは凶悪、と評するにふさわしかった。
505平安V 6:2006/12/16(土) 21:45:07 ID:UxisC6PZ0

 雨は降り続いている。
 その音に、途切れがちな声が混じっている。
 呼ばれないときには人を近寄せないこの場所を、区切っている笹の葉鳴りがそれを秘める。
 唯一、気ままにそこを訪れる妹君も、宿直開けをおもんぱかってか近寄らない。
 声はいつしか濡れていく。
 外の雨に侵されたように。
 相手を追いつめながら、自分も追われて、瀬戸際にたどり着く。
 確かに彼は感じている。吐息は熱く、雄のにおいが濃い。
 しかし判るのはそれだけだ。心の中など見えはしない。
 同じ顔をしてはいても、どんなに体を重ねても、相手になれるわけではない。
 それでも。

 躯が震えた。自分の熱が吐き出される。
 少し遅れて相手が揺らぐ。
 それを固く抱きとめる。
 果てた後でも抱きしめたい唯一の人。
 自分の執着。自分の劣情。自分の全て。
 そして−−−自分の憎しみ。
 雨はまだ、降り続いている。
506平安V 7:2006/12/16(土) 21:48:46 ID:UxisC6PZ0

 奏上する文書を用意して、頭中将に手渡した。
 彼はいつもの表情の読めない顔で受け取り、そのくせ小さな声で「負けませんよ」と囁いた。
 激しくどうでもいい。歌いたくなるぐらいどうでもいい。
 しかしここは兄者になりきって、「こちらこそ」と答えてすましている。
 大体、この男は得体が知れない。
 職に関しては有能だ。どんな状況でも激することなく、淡々と事柄を裁いていく。
 言葉は慇懃なほどに丁寧で、下の者にもそれは変わらない。
 また、楽の腕も確かで、さまざまな音を自由に扱う。
 容姿もけして悪くない。たとえにくい独特の顔立ちだが、割に好感が持てる。
 けれど、何をどうみてどう感じるのか。それがどうも窺い知れない。
 かてて加えてその上に、彼方にいると思ったらこちらにいるし、空間を切り取って動くのではないかと
疑いたくなるような現れ方をする。
 ―――まさか、あの姫は話してないだろうな。
 この男の妹の二の姫が、兄者の正室である。ただし通常の関係ではない。その上自分の存在を知っている。
 しかし彼にそんな気配はなく、文書を抱えて陣座(じんのざ)に向かった。
 安堵していると、モララー殿が扇の影から目配せする。あいまいに微笑み返す。
 その後なんと通りすがった従兄弟者が、「当日行くとあのバカに伝えて置け」とひとこと。
 驚いて振り返ったときにはもういない。
 あんな男でも何か萌えがあるのか。実に不思議である。きっとモララー殿と同じ系統だろう、と考える。
 そんなこんなでどこか宮中の空気が浮ついている。
 だが隙をついて遊びに行った女房たちはいつもと変わらなかった。


[][] PAUSE ピッ ◇⊂(・∀・;)シバラク チュウダーン!カマワズトウカシテクダサイ

507平安V 8:2006/12/16(土) 23:04:10 ID:UxisC6PZ0
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ ) サイカイシマス



 みちのく紙を前にして、真剣な表情で筆を取る。
 充分に墨を含ませたそれを一息に走らせる。柔らかな曲線が描かれるが、思うものではないらしい。
 兄者は、顔をしかめてそれを丸めた。
 筆の後ろをくわえて考え込んでいると、慣れた足音が響いてきて、やがて妻戸が開かれた。
 「文か?」
 冷えた頬が近寄るので、そこに軽く口付ける。
 身を寄せると立ち上る甘い、誰かのにおい。
 いつものことだ、と内心肩をすくめる。
 「いや、イラストだ。なかなか上手くいかん」
 「どれ、見せてみろ」
 燭台を手近に寄せ、反古の中からましな物を選んで広げる。
 「……バランスが悪いな。妹者か?」
 「うむ。なかなか難しい」
 「衣装は割合によく描けている。問題は顔だな」
 「可愛いものはかえって描きにくいな。そうでないものは簡単なのだが」
 「たとえば」
 「ふむ。見ておけ」
 さらさらと筆が流れる。あっという間に輪郭が築かれ、十二単衣姿の人物が描かれる。
 「うおお……イノキか」
 「イノキだ。髪と着物は脚色したが」
 「目をつぶりたくなるほどにそっくりだ。見事だ、この顎のしゃくれ具合」
 「我ながら恐ろしいまでの才能だ」
508平安V 9:2006/12/16(土) 23:05:30 ID:UxisC6PZ0
 イノキとは、妹者気に入りの侍女である。残念ながらあまり麗しい乙女とは言いがたい。
その上かなりそそっかしくて、雀を逃がしたりドールハウスを壊したりしている。
 「なんだか見ているうちに呪われているような気分になってきた」
 「女の子の絵姿に対して、それはあまりに失礼であろう。…とはいえ俺もうなされそうだ」
 兄者は少し考え、ぽん、と手を打った。
 「そういえばこの間、非常に短くて効果的だという経の一説を習った。
なんでも、清めたい人物の名を唱えてこの経を叫ぶのだそうだ」
 「ほう、どんなのだ」
 「陀羅尼経の一種らしい。俺が唱えたらすぐに復唱しろ。
何回か叫ばなくてはならんらしい。いいか」
 「わかった」
 「イノキ!梵婆家っ!」
 「イノキっ!梵婆家!」
 「イノキ!梵婆家っ!」
 「イノキっ!梵婆家!……本当に効果があるのか?」
 「……さあ」
 絵姿を脇に避け、新しい紙を取り出す。
 「せっかくだから、これは本人にやろう」
 「喜ぶ…かもしれん」
 「それはそうと妹者だ……ぐがぁ、またダメだ」
 「どれ貸してみろ……ここはこう」
 「ほう」
 「で、こう描いて、こう」
 尊敬のまなざしが注がれる。
 「さすがだな。これはいい。実に愛らしい。これを出すことにしよう」
 「自作を出すんじゃなかったのか」
 「なに、おまえのなら俺のだよ、うん」
 「………そうか」
 弟者はそれ以上何も言わず、嬉しそうな兄の横で目を伏せた。
509平安V 10:2006/12/16(土) 23:06:54 ID:UxisC6PZ0

 誰もいない釣り殿で、篝火に照らされた池を見ている。
 雨はやんだが雲が濃く、優しいはずの月は見えない。
 遣り水の流れはゆるく、池の水面をそっと揺らす。
 高欄に寄りかかり、その波紋を眺めていると、水に映った自分の顔が乱れていく。
 ―――昔はものを思はざりけり、とは言ったもんだな。
 渡殿を走って帰ってきた、幼い兄者が目に浮かぶ。
 とびついてまず抱きついて、頬を合わせた。それから外を話してもらった。
 あの頃も妬みも恨みもあったが、こんなもの想いではなかった。
 空気はひどく冷たい。小袖の上に幾枚もの衣を重ねているが、耳や指先が凍りそうだ。
 これ以上、何を求めているのかよくわからない。多分、兄者を閉じ込めて、完全になり代わったとしても、
この憂いは晴れない気がする。
 振り返ると対の屋は全て静かで、宿直の者まで眠っているように見える。
 夜だったら、完全に人払いをした後ならここで二人で遊んでいいと、その頃に父者に言われた。
 夏にほとりで遊ぶのは実に楽しかった。
 秋はどんぐりを拾った。
 冬は氷に石を投げた。
 春は桜を眺めた………全て夜に。
 弓は自室の裏で練習できたが、馬は兄者と交代か、深夜に父者にじきじきに習った。
 オレはあんたじゃねぇよ、とつぶやいてみた。
510平安V 11:2006/12/16(土) 23:07:38 ID:UxisC6PZ0

 出仕した彼の帰りを待っている。
 細い月は高く昇ったが、兄者は帰らない。
 宿直の予定ではなかったが、と首をかしげていると妹者が渡殿を駆けて来た。
 「小さい兄者、大臣の姫より文なのじゃ」
 開いてみて動転した。兄者か頭中将にさらわれたらしい。
 自室には入れないが、様子だけは伺えたことが記されている。
 彼女のことは気に食わないが、この時ばかりは感謝した。
 「妹者、頼まれてくれるか」
 「もちろんじゃ」
 またアレか。弟者は軽くため息をついた。
511平安V 12:2006/12/16(土) 23:08:52 ID:UxisC6PZ0

 部屋の室礼(しつらい)は悪くなかった。
 御簾や几帳も新しく、色目もなかなか洗練されている。畳の雲繝縁(うんげんべり)も鮮やかだ。
 そんな中で、柱に縛り付けられている。
 「いい加減、離していただけませんか」
 「申し訳ありませんね、話してくださるまでそうはいかないのですよ」
 「弟君のでも探ったらどうです」
 「漢詩らしいですね。平仄がどうのこうのとつぶやいていましたから。
モララー殿の趣味はあまり支持を集めないようですし、
左馬頭・式部丞も恐るにに足らず……あなただけなのですよ、義弟殿」
 「従兄弟者とシーン殿も参加なさるようですよ」
 「彼らは彼らで競っていただきましょう。例のご趣味ですから。…しかし、あなたは侮りがたい。
道は違えど敬意はもってますよ、わが桃姫」
 悪趣味なことに、長らく人気のエンターティメント(特殊な双六)にたとえられた。
 「髭の救助者が亀を踏みながら現れてくれるといいのですけれどね」
 「心あたりがありますか」
 「残念ながら、よい髭にめぐり合っておりませんので」
 「そうですか。それではお話ください、扱ってらっしゃる題材を」
 「妹萌え、とは語ったはずです」
 「和歌ですか?SS?ワタクシ、この萌え王に命を賭けておりますので、ぜひ教えていただきたい」
 安い命だ、と思う。確かに萌えは大事だが、俺の命は別のものに賭ける、と考える。
 「お話にならないな」
 両手を広げて言いたいが、あいにく縛られている。
512平安V 13:2006/12/16(土) 23:10:59 ID:UxisC6PZ0
 「仕方がありませんね。私、そんな趣味はありませんが嫌がらせをさせていただきます。失礼」
 「………」
 割りにこいつ、キスが上手いな、と兄者は考える。
 「いかがです?おや、お困りのようですね。…話していただけませんか。そうですか。
初菊を散らすのは痛いそうですよ」
 ―――いや、初めてじゃないから。
 「そのような経験がおありですか」
 「いえ全然。わたくしめは百合にしか興味ございません。……なんですか?」
 部屋の外の廂(ひさし)に侍女がひざをついて何か言っている。

 「彼女の部屋に美しい姫君が!行きますっ!失礼っ!」
 凄い勢いですっ飛んで行ってしまった。
 その後に逆側の回廊から人影が現れる。
 妻戸をくぐる長い髪。柔らかな衣擦れの音。
 「今、何していた」
 「おお、本格的だな。ヅラか?」
 「そうだ。妹者と来た。彼女はあんたの正室のとこにいる」
 「なるほど。…ほどいてくれ」
 「その前に言え。何をしていた」
 「俺はかわいそうな犠牲者だ。助けてくれ」
 むっとした表情のままの弟者が顔を近づけると、なぜか兄者は体を避ける。
 「ヤツには許しといて俺とは嫌なのかよ!」
 「あれはいきなりで逃げられなかったんだ。それとその格好、某人物にそっくりで怖い」
 ああ、と彼は納得する。
 「確かに鏡を見てぞっとした……でも、中身はオレだ」
 そっと唇を重ねる。
 「……なるほど、おまえだ」
 「だろ」
 ふいに妻戸が開いた。
513平安V 14:2006/12/16(土) 23:12:09 ID:UxisC6PZ0
 「可愛い姫君ですが私、ロリ趣味は……あなたは!」
 さっと扇を広げ、瞳だけ出して嫣然と笑う。
 「お忘れですか、頭中将」
 「……尚侍の君」
 似ているのをいいことに、姉者になりきる。
 「弟を返していただきますわ」
 「何故ここに?どうしてご存知なのですか?」
 軽いウィンクが投げられる。
 「妹君にお伝えくださいな。あの日のアナタは素敵だったって……」
 ぱたり、と中将が倒れた。
 「……萌え死んだな」
 「生き返る前にさっさと帰ろう」
 「頭を潰しといたほうがよくないか」
 「そんなことをすると多分、増殖する。ほっておこう」
 「うむ」

514平安V 15:2006/12/16(土) 23:13:20 ID:UxisC6PZ0


 騒ぎの為か、次の日兄者は熱を出した。
 それでも他者の作品が気になって、止める弟者を振り切って強引に出仕したのがたたったらしい。
萌え合わせの当日、どう無理しても体が動かなかった。
 「仕方がない。おまえが行け」
 「仕事じゃないんだから休めばいいじゃないか」
 「仕事より大事だ」
 「それが人生で一番大事なモノなのか」
 「それはおまえ。次が妹者。その次がこれだ」
 相変わらず弟を使うのが上手い。赤面しつつ承諾せざるを得ない。
 「あれから休み続けた頭中将も気になる。見事萌え王になったあかつきには、ざまあみろ、と嘲笑ってやれ」
 「承知……だが、黙って寝とけ」
 心配で、ぎりぎりまで枕もとで見守り、せかされて慌てて絵を抱えて左大臣家へ向かった。
515平安V 16:2006/12/16(土) 23:14:43 ID:UxisC6PZ0

 浅い夢をいくつか見た。
 自分の帰りを待っていた小さな弟者が飛びついて頬をくっつける姿や、池の水面に散った桜の花びら。
 冴え渡る月の銀の光。牛車から眺めた風にのる紅葉。
 華やかに人を呼び、宴となった自分の元服。
 家族だけで見守った彼の元服。
 気持ちを止められずに重ねた唇。
 ―――そりゃ違うけどさ、そこが良くないか。
 熱に浮かされつつそう思う。
 恵まれた立場である自分がそう考えるのは傲慢かもしれない。けれど今のままの彼が好きだ。
 眠りがまた、彼をさらう。近寄ってきた夢の中に、中将の唇。
 ―――OK、精神的ブラクラget……
 その夢を遠くへ蹴りやって、別の小さな夢を探した。
516平安V 17:2006/12/16(土) 23:18:41 ID:UxisC6PZ0

 夕闇が落ちてきた頃に響く足音は、いつもより速い。
 病んだ相手への気遣いと、別種の気持ちの揺れとが読み取れる。
 兄者は体を起こしてそれを迎えた。
 「……大丈夫か?」
 「大分、楽だ。して、首尾は?」
 「その前にだ、知っていたならなぜ教えてくれんのだ。腰を抜かしそうになった」
 「ん?」
 「従兄弟者だ。コスプレか。コスプレが萌えなのか、あの男は」
 「情報通のおまえが知らなかったのか?有名な話だぞ」
 「あいつのことは頭が拒否するんだ。シーン殿はわかる。並みの女房には近寄れない美しさだった。
だが、あの男だぞ。あのひねた男が楊貴妃だぞっ」
 「ほう、今回は唐ものか。シーン殿は?」
 「当然、西施だ。いや、だからあいつが何故……」
 「おまえだって似たようなコトしたじゃん」
 「オレはあんたのために仕方なくだっ。そんな趣味あるか!」
 「まあまあ。で、萌え王は?」
 「違う。左馬頭は萌え萌えの打臥(うちふし)の巫女のイラストで、式部丞は行平と美人海女姉妹のSS。
あ、判者は左大臣の弟で好きでどさまわり(国司)をやっている男がいるだろ、あいつがたまたま一時帰省してたので頼んだ」
 「ああ、あの身をやつして市で物を売るのが趣味だと言う変わった男だな」
 「そうだ、そいつだ。モララー殿は予想通り。和歌入りイラストだが30枚もあの手を見せられて気分が悪くなった」
 「で、萌え王は誰なのだ」
 弟者が口ごもる。兄者がその袖を引く。目つきが鋭い。
 「言え」
 「………頭中将だ」
 「なんだとーーっ」
 「落ち着け。熱が上がる」
 「これが落ち着けるかっ。題材は何だっ!」
 「あせるな。坊やはやはり漢詩だった。大津皇子とその姉の大伯皇女の悲話をけっこう上手に詠みあげた」
 「それか?」
517平安V 18:2006/12/16(土) 23:23:01 ID:UxisC6PZ0
 「違う。左馬頭は萌え萌えの打臥(うちふし)の巫女のイラストで、式部丞は行平と美人海女姉妹のSS。あ、判者は左大臣の弟で好きでどさまわり(国司)をやっている男がいるだろ、あいつがたまたま一時帰省してたので頼んだ」
 「ああ、あの身をやつして市で物を売るのが趣味だと言う変わった男だな」
 「そうだ、そいつだ。モララー殿は予想通り。和歌入りイラストだが30枚もあの手を見せられて気分が悪くなった」
 「で、萌え王は誰なのだ」
 弟者が口ごもる。兄者がその袖を引く。目つきが鋭い。
 「言え」
 「………頭中将だ」
 「なんだとーーっ」
 「落ち着け。熱が上がる」
 「これが落ち着けるかっ。題材は何だっ!」
 「絵巻だ。物語りもイラストも自作。あいつ休んだのみならず徹夜で作ったらしい」
 「内容は?」
 「それが」
 落ち着きなく視線をさ迷わせる。兄者は彼の衿もとを掴んだ。
 「さっさと言え」
 「当然百合だが……お前の正室とうちの姉者のエロエロのやつ……」
 さすがに怒るか、と思ったが、兄者は別の方に激した。
 「見たかった−−−!」
 「『お姉さま、堪忍……ウチ、もう………』『こんなにしてしまって……いやらしい子……』
といった具合で凄いんだ、これが」
 「俺の、というかおまえのは?次点ぐらいいったか?」
 「………」
 珍しく弟者がキョドっている。不審に思った兄者が揺さぶる。
 「すまん」
 「何だ?」
 「あの時、慌てて出かけたもんだから、その…間違えて……」
 「?」
 「イノキのイラストを持って行ってしまった」
 ぱっくりと開かれた瞳と口のせいで、兄者は別人のように見える。
 「な、な、なんだとーーーっ」
 「間違いだから取りに帰ると言ったのだが、許してもらえずに………
おまえ、今回の萎え王に決定した」
518平安V 19:2006/12/16(土) 23:24:32 ID:UxisC6PZ0
 ぱたり、と兄者が倒れた。これは萎え死にというべきか、と弟者が思案していると、
あっという間に生き返って、瞬時に彼を押し倒した。
 「お、おい」
 「お仕置きというものが必要のようだな、弟者くん」
 「よせ、熱が上がるって!」
 「やかましい。黙って下で喘いどけっ」
 黙ったまま喘ぐとはこれ如何に、と考える間もあらばこそ、衣がふわりと舞い散った。
 「ちょ、ちょ…待………」
 「待たねぇ」
 「時にモチつけ!……っ………」
 腕の中に捕らわれて、いつもより熱い体に抱きすくめられて逃げられない。
供えられた贄のように扱われる。
 「覚悟しろよ」
 ―――熱あるくせに無茶だって
 とは言うもの少し手荒い行為に、ちょっと感じてしまったことは誰にも秘密だ。



                                    了
519風と木の名無しさん:2006/12/16(土) 23:26:13 ID:UxisC6PZ0
 ____________
 | __________  |
 | |                | |
 | | □ STOP.       | |
 | |                | |           ∧_∧ オシマイ!
 | |                | |     ピッ   (・∀・ )
 | |                | |       ◇⊂    ) __
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _)_||  |
 |  °°   ∞   ≡ ≡   |       || (_(__)  ||   |

遅くなりましたが、以前AA作ってくださった方、ありがとう!
520519:2006/12/16(土) 23:54:59 ID:UxisC6PZ0
しまった。今気付いた張り間違い 17

 夕闇が落ちてきた頃に響く足音は、いつもより速い。
 病んだ相手への気遣いと、別種の気持ちの揺れとが読み取れる。
 兄者は体を起こしてそれを迎えた。
 「……大丈夫か?」
 「大分、楽だ。して、首尾は?」
 「その前にだ、知っていたならなぜ教えてくれんのだ。腰を抜かしそうになった」
 「ん?」
 「従兄弟者だ。コスプレか。コスプレが萌えなのか、あの男は」
 「情報通のおまえが知らなかったのか?有名な話だぞ」
 「あいつのことは頭が拒否するんだ。シーン殿はわかる。並みの女房には近寄れない美しさだった。
だが、あの男だぞ。あのひねた男が楊貴妃だぞっ」
 「ほう、今回は唐ものか。シーン殿は?」
 「当然、西施だ。いや、だからあいつが何故……」
 「おまえだって似たようなコトしたじゃん」
 「オレはあんたのために仕方なくだっ。そんな趣味あるか!」
 「まあまあ。で、萌え王は?」
 「あせるな。坊やはやはり漢詩だった。大津皇子とその姉の大伯皇女の悲話をけっこう上手に詠みあげた」
 「それか?」

ごめん。
521風と木の名無しさん:2006/12/17(日) 00:13:14 ID:QjxlaZE10
>520
GJ!
このシリーズすごく好きだから今回も楽しませてもらった。
梵婆家ッ!がツボだったwww
あと、個人的に姉×正室にすごく萌えてしまった。
次回作も楽しみにしてます。
522風と木の名無しさん:2006/12/17(日) 02:46:00 ID:8z75CJVU0
このシリーズ大好きなんですが今回は笑い通しでした!
萎え王のオチまで。
523風と木の名無しさん:2006/12/17(日) 02:53:16 ID:rvzcWUyX0
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )
某推理小説主人公と犯人 ネタバレ注意


姦淫は地獄へ堕ちる罪だそうだ。

俺の下に組み敷かれた坊主が前に言っていた。
掛け値なしの貧乏寺、隙間風どころの騒ぎではない冷たい風が入りたい放題の部屋。
食うものも食ってないで万年腹減らしの破戒坊主。
あんまり可哀想になったもんだから仕事帰りに牛丼を買って持って行ってやった。
それこそ三日は絶食していたのではないかと思う勢いで食べる坊主を、
貧乏寺には似合いの煎餅布団に勝手に転がって眺めていた。
食べ終わったあいつと何を話したのかはよく覚えていない。
こっちを覗き込むように覆いかぶさってきたあいつに他意はなかったのだろう。
男色の趣味は俺には無かったつもりだが、ふと抱こうかという気になった。
女房持ち子供有り。
別にそっちで困っているわけでもないのに、そう思った。
つぎはぎだらけの僧衣の襟元を掴んで布団に引き倒した時、あいつはただ
困惑したようなきょとんとした顔をしただけだった。
口付けしても抵抗は無く、舌を差し入れたらあっさりと応じてきてようやく、
そういえば仏教には男色があったっけなと思い至った。
「こっちの趣味があったんですか?」
と事も無げに聞かれて返事が出来なかったのは俺のほうだ。
答えずに僧衣を引き剥がし、乱暴に事に及んだ。
痛いのか嫌なのか顔を顰めて俺にしがみつくあいつの様からは、
何をどうしてやればよかったのか結局俺は読み取ることさえ出来なかった。
酷いことをしたもんだと思う。
果てて倒れ込んだ俺の耳元で、あいつが掠れた声で囁いた。
「地獄に堕ちますよ」
それも仕方ない、と俺は思った。そもそも飲酒が止められない時点で
俺の地獄行きは決まってる、そう言い返して俺は寝た。
524風と木の名無しさん:2006/12/17(日) 02:56:59 ID:rvzcWUyX0
次の日、あいつは何事もなかったようにおはようございます、と言った。
昨日のことなどなかったようだった。
俺も気にもしなかった。

……あいつが死んだ今だからこそ思うのだ。
あの夜の出来事はけして嘘ではないし本当にあったことなのだ、と。
一番近くにいたつもりで知っていたつもりで何も知らなかった、友人と思っていた殺人犯。
「地獄に堕ちますよ」
そう言った時のお前の心境はどうだったんだ。拒まなかったのは俺に来て欲しかったからか、
確かめる術はもうどこにもない。いつか俺が死ぬ日まで分かる事はない。

仕方ない。
地獄で会おう、友よ。


□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
勢いだけで失礼。
525風と木の名無しさん:2006/12/17(日) 04:27:25 ID:W0LVyoGB0
>488  Σ(゚Д゚;)うわまさか連載終わって10年以上立ってるこの作品が!
未だにヤ-マダタイ-チ萌えまくりですよ!久しぶりにこのスレ来たけど、来て良かった!!
くすぶってる柳沼とそれを止めるでも無い監督がそれっぽいよ!
その時のまだ菌に感染する前の平/田や矢/島さんやト/ムの反応が気になる!
姐さんありがとう!大好きだ!!
526風と木の名無しさん:2006/12/17(日) 04:28:54 ID:J1HWS0JyO
【宣伝用】
801の皆さん手伝ったください!

こんな夜中におっぱいうpします
http://ex17.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1166296323/

1 名前:味噌出汁[] 投稿日:2006/12/17(日) 04:12:03.14 ID:53k2FceZ0
スレが立ってから1時間以内に1000いったら自分のおっぱいうpします


男だけどね☆
527風と木の名無しさん:2006/12/17(日) 04:59:41 ID:jbUFhQqV0
>524 GJ!
一見軽く書いてるみたいなのに、とても切ない。
もとネタなんなのかも気になる。
528風と木の名無しさん:2006/12/17(日) 08:24:07 ID:oiXBZOdw0
>>525
姐さん、専用スレがありますのでぜひいらしてください。
作品名そのままのスレタイなのですぐ見つかるはずです。
連載終了して10年以上経ってからこんなに語れるとは思わなかった(*´Д`)
529風と木の名無しさん:2006/12/17(日) 08:31:53 ID:W5tL75gV0
>>525
嬉しいのは分かるがとりあえずモチツケ SSの設定を100回嫁
「山田兄弟が入団する1年前」だからト/ムは来日していないぞ

数字板に対地スレあるよ
530風と木の名無しさん:2006/12/17(日) 22:49:23 ID:YlyxTCWQ0
>>519
GJ!与謝野晶子ワロタ
小ねたの応酬に笑い通し!
百合厨が頭に浮かんでwww
531numb*3rs 工ップス兄×弟:2006/12/17(日) 23:29:05 ID:zD+QPNRG0

                    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                     |  例によってnumb*3rs兄弟ネタだってよ
 ____________  \            / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | __________  |    ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄|  これで終わりだから安心しろってさ
 | |                | |             \
 | | |> PLAY.       | |               ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | |                | |           ∧_∧ ∧_∧ ∧∧ ヨカッタ
 | |                | |     ピッ   (´∀` )(・∀・ )(゚Д゚ )
 | |                | |       ◇⊂    )(    ) |  ヽノ___
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _) ┌ ┌ _)⊂UUO__||  |
 |  °°   ∞   ≡ ≡   |       || (_(__)(_(__).      ||  |

そんなわけでnumb*3r兄弟ネタです
立て続けに申し訳ないんですが、これで終わりなので見過ごしてやってください
とりあえず前回までと続いてます
今更気づいたのですが、このドラマを観たことない方にとっては複数の
小ネタをばらされていることになりますね。今回もそうです。スマソ…
今回は前・中・後編にわけて投下しようと思います

ちなみに平安兄弟のファンです。いつも笑いつつ萌えてます。トンクス!
532numb*3rs 工ップス兄×弟 1:2006/12/17(日) 23:30:25 ID:zD+QPNRG0
 もうずいぶん昔のことだが、チャ―リーが生まれたとき、ト゛ンはこれで相棒ができたと思
った。賢くて強くて信頼がおける、一番の親友ができたのだと。その頃の彼のお気に入りの遊
びは「刑事ごっこ」だった。ト゛ンはじきにその遊びをするときには、この弟が常に傍らに控
え、悪人を(といっても本当は、極悪非道な犯罪者を演じる近所の友達に過ぎないのだが)自
分と一緒に捕まえるようになるだろうと考えた。母親の腕に抱かれてすやすや眠り、そうでな
いときはミルクを飲んでいるちっぽけな赤ん坊を眺めながら、その日が早くこないかと5歳の
ト゛ンはわくわくしながら待った。
 ところが、現実はそうはいかなかった。チャ―リーは3歳になる頃までには既に、ト゛ンが
思い描いていたのとは違う弟になっていた。お絵かきのために与えられたクレヨンでそこらじ
ゅうに数字の羅列を書き殴り、おもちゃの銃になど見向きもしない。もちろんト゛ンが大好き
な野球のバットやボールには、触れることすらない。どうやら半永久的に頼りになる相棒を得
られないことを理解した少年のト゛ンは、その代わりに弟の世話で忙しい両親を助けるために、
誰にも頼らずに一人で何でもできる存在になろうと思った。いわばプランBだ。物語の中の、相
棒のいない英雄たちは大体、相棒がいない代わりに自分だけで何でもできる。そういうふうに
なればいいのだと自分に言い聞かせて、そしてほぼその通りになった。少年時代を一貫して、
彼は自立心の強い子供だった。
 
533numb*3rs 工ップス兄×弟 2:2006/12/17(日) 23:32:05 ID:zD+QPNRG0
 自立を心がけたト゛ンが、FBIに入るまで、一番愛したものは野球だった。野球で大学の
奨学金をもらい、マイナーリーグでとは言えプロとして金を稼いでいたこともあるほど、彼は
野球に打ち込んだ。けれどもト゛ンは23歳のときに、それまでで一番愛した野球を捨てるこ
とを決めた。自分のこの才能ではメジャーには行けない。野球を続けたいのなら、マイナーリ
ーグで不安定な生活することになると悟ったときだ。これまでで一番愛した「野球」と、一番
重んじてきた「自立」を量りにかけると、否応なしに「自立」の方に天秤が傾いた。野球は職
業にするにはリスクが高すぎる。若い、ほんの一時しかそれで金は稼げないだろうし、そうす
ることが許されるのは、自分がその一時で一生分の金が稼げる才能の持ち主の場合だけだ。そ
してト゛ンにはそこまでの才能はない。そこで彼はFBIの試験に志願し、難関を見事にパス
した。
 FBIに就職が決まったよと言うと、両親はまず驚き、それから手放しで祝福した。ト゛ンもも
ちろん満足していた。知性体力ともに抜きん出た(と目の高いFBIの試験官に判定された)
人間しかこの仕事にはつけない。やりがいはありそうだし、サラリーもいい。少なくとも表面
的には、欠けたところが見えない存在になれたのではないだろうか?小さな頃、心に決めた通
りに。
 ところがそんなト゛ンに、水を注す人間がいた。もちろんチャ―リーだ。チャ―リーはその
とき17歳で、一年前にプリンストン大の数学科を卒業し、スタンフォードの院に進んだとこ
ろだった。卒業論文として発表した研究が、学会で大変に評価されたらしいということはト゛
ンも両親から聞いていた。だがト゛ンは正直に言うとチャ―リーの業績にそんなに興味もなか
ったし、普段離れて暮らしていたせいもあって、弟自身とさほど親しいわけでもなかった。そ
んな弟が、ト゛ンの就職を祝うために久しぶりに家族が集まったディナーの席でこう言ったの
だ。「野球はどうしたの?」
 
534numb*3rs 工ップス兄×弟 3:2006/12/17(日) 23:33:09 ID:zD+QPNRG0
 何気ない一言だったが、ト゛ンの心にそれは妙に鋭く響いた。弟に悪気はないということは
わかっていた。両親が気遣わしげな視線を交わすのを目でやり過ごしながら、ト゛ンはさらり
と答えた。「野球はやめた。FBIで働くんだ」 
 チャ―リーはそれを聞いて瞬きし、それから何か口ごもった。この弟は普段は早口で捲くし
立てるくせに、何か大事なことを言おうとすると上手く話せなくなるらしい。しかもそれは自
分が同席しているときによく起きる現象だと知っていたト゛ンは、見ないふりをして母親が焼
いたリブをほおばった。
 「あんなに、あんなに才能があったのに?もったいないよ、ト゛ン」
 囁くような声でチャ―リーが言う。母親が窘めようとしたのか身を乗り出したが、チャ―リ
ーは巻き毛を揺らしながらそれを手で制した。
 「野球が好きだったんじゃないの?――僕は、僕は力になれるよ。ト゛ンが野球を続けるな
ら……」
 「力になれるって?」
 ト゛ンは苛立ちながら聞き返した。そもそもこの弟に助けなど求めたことは、これまでで一
度もない。ましてや人生の一大事を、任せられるわけがない。一体弟が野球の何を知っている
だろう?ト゛ンがどれだけ野球を愛し、それに打ち込み、どんな思いでそれを捨てたかなど、
この弟は知らない。チャ―リーは小さな頃から数字と戯れ、しかもどうやらそれが職業として
ものになりそうなのだ。彼は諦めるということが、どんなことなのか知らない。ト゛ンの声に
チャ―リーはびくりと肩を揺らしたが、一瞬俯いた後で意を決したようにまた顔を上げた。
 「僕なら有効な打線を読める。数学で試合の展開を読めるよ。確率論を使うんだ。そうした
ら――」
 「そんなことは誰にもできない。チャ―リー、野球はもうやめた。捜査官になるんだ。俺は
満足してる。お前の助けも必要ない」
 そう言い放ってト゛ンは立ち上がり、キッチンの冷蔵庫にビールを取りに行った。テーブル
に戻ってくる頃には、両親が無理やり挿入した別の話題が始まっていた。チャ―リーはまだ何
言いたげだったが、母親に釘を刺されたのかその後はずっと黙っていた。
535numb*3rs 工ップス兄×弟 4:2006/12/17(日) 23:34:02 ID:zD+QPNRG0
 自分と似通ったものを人はよく愛する。同じ趣味を持つ友人、同じ価値観の恋人。自分を生
み、育てた両親。そして同一の血が流れる兄弟。そう、兄弟はその象徴だ、とチャ―リーは階
段を駆け上がりながら思った。その証拠に、相手がまったくの他人だったとしても、親しみが
生じたときにはよく「兄弟」と呼びかけるではないか。この世界に兄弟ほど自分に近い存在は
いない。そういうことになっているはずだ。
 ところが同じであることが前提であるがゆえに、違いが際立って見えるという逆の特色もま
たここには見える。カインとアベルのように。自分とト゛ンもその実例だ。ト゛ンと自分はま
るで違う。そんなことを考えながら乱れた呼吸を整え、チャ―リーはアパートのベルを鳴らし
た。腕時計を見ると、12時を過ぎている。今日の午後、仕事を終えて帰宅したら連絡する、
とト゛ンはチャ―リーに電話で約束した。絶対だよ、待ってるから、とチャ―リーは言い、そ
して忠実にそれからほぼ12時間経つ今まで、ト゛ンからの電話を心待ちにしていたのだ。最
後の数時間は待ちきれなくなって、呼ばれたらすぐに駆けつけられるように、ト゛ンのアパー
トの近くのレストランで時間を潰していた。この部屋の鍵を渡してくれればいいのに、とチャ
―リーは思った。不安な気持ちで外で電話を待つのではなく、ト゛ンのアパートで彼が帰って
くるのを待てたらどんなにいいだろう。
 でもト゛ンが渡すことはないだろう、と客観的に考えながら、チャ―リーはもう一度ベルを
鳴らした。「ト゛ン?僕だよ、開けてよ」
 わかったわかった。そんな物憂げな声と共にゆっくりとドアが開く。巻き毛を揺らしながら
チャ―リーはドアの狭間から顔を出した。「自分の誕生日に真夜中過ぎまで働くなんて正気じ
ゃないよ、工ップス捜査官」
 
536numb*3rs 工ップス兄×弟 5:2006/12/17(日) 23:35:55 ID:zD+QPNRG0
 冗談と本気を混ぜ合わせた口調でチャーリは言い、アパートの中に入った。そう、今日――
いや実際は既に昨日なのだが――はト゛ンの誕生日なのだ。ト゛ンはこの歳になれば誕生日な
んてめでたくもなんともない、と言ったが、チャーリはどうしても祝いたかった。ト゛ンの誕
生日に二人きりで祝うなど、今までには絶対に考えられなかったことだ。特に祝わなくていい
なんてぼやきながらも、ト゛ンがチャ―リーの願いを聞き入れて会う約束をしてくれたことが、
彼には嬉しかった。
 「こんなに遅くなるなんて、ややこしい事件なんだね?ト゛ン。力になるよ」
 チャ―リーが振り向きながら、ドアにチェーンを掛けているト゛ンに言った。ト゛ンは肩を
竦めた――そして顔を顰めた。痛みを感じたかのように。ト゛ンは本当に今帰ってきたばかり
なのだろう、まだスーツ姿で、けれどもジャケットは脱いでいた。ト゛ンの白いシャツは右袖
ごと破り捨てられ、その代わりに肩に包帯が巻かれている。ト゛ンは右腕を擦りながら疲れの
滲んだ口調で言った。
 「ややこしい事件“だった”んだ。もう解決した。つい数時間前にな」
 振り向いたチャ―リーはもうト゛ンの言葉など聞いてなかった。彼はプレゼントの入った箱
を小脇に抱えたまま、包帯が巻かれたト゛ンの肩に手を伸ばした。「どうしたの?これ」
 「チャ―リー、大したことない」
 「怪我?深いの?」
 シャツを落ち着きなく見ながら、チャ―リーは問うた。ト゛ンはかぶりを振り、自由な方の
腕を動かしてチャ―リーの肩に触れた。「落ち着け。大したことない。掠り傷だ」
 「――撃たれたの?」
 身体中の血の気が失せていくのがわかった。ト゛ンは構うな、というように手を振って繰り
返した。「弾が掠っただけだ。すぐに治る。チャ―リー、落ち着け」
 「弾って、銃弾?ト゛ン、撃たれたんだね?」
 チャ―リーはそう言って、視線を泳がせた。シャツの襟に微かに血痕が飛び散っている。ト
゛ンの血。ト゛ンは返答に困ったのか、瞬きを繰り返した。「……撃たれそうになったんだ。
撃たれたわけじゃない」
537numb*3rs 工ップス兄×弟 6:2006/12/17(日) 23:37:24 ID:zD+QPNRG0
 「でも怪我してるじゃないか!ト゛ン、撃たれたんだね」
 悲鳴まじりの声を手で制し、ト゛ンはゆっくりと言った。「チャ―リー、犯人はもう捕まっ
た。……死んだんだ。終わったんだよ。落ち着け」
 そう言ってト゛ンはため息をついてみせた。だがチャ―リーはそんな兄の様子に構うことは
なく、うろうろと彼の周囲を歩き回ってから言った。落ち着いていられるわけがなかった。「
どうして僕を呼ばなかった?解決まで何日かかったの?包囲網の人数は?FBIが投入した人
数が少なかったの?だからト゛ンが……」
 「チャ―リー、終わったんだ」
 子供相手にするように繰り返され、チャ―リーは思わず声を荒げた。「怪我してるんだよ!
ト゛ン、あともう少しで死ぬところだったんだ!わかってるの?」
 ト゛ンはうんざりしたように眉間を指で擦った。そして言った。「こんなことはよくあるこ
とだ。チャ―リー、知ってるだろ?」
 それが嫌なのだ、とチャ―リーは思った。こういうことがト゛ンの生活に織り込まれている
ことが。ト゛ンがやっている仕事は素晴らしいとは思う。人々を助け、彼らの生活を守ってい
る。そのことは誇りに思う。だが撃たれたり切り付けられたりすることが日常であってもらっ
ては困るのだ。だからこそチャ―リーはもっと確実に、迅速に事件を解決されるために、方程
式を使う。ト゛ンを助けるために。よりスマートで安全な方法を採るのだ。
 「僕が捜査に参加してたら、こんな――怪我なんてしなかったかもしれない!ト゛ン、何故
僕を呼ばなかった?事件は何?何だったの?」
 震える声で言うと、ト゛ンは目を眇めてみせた。チャ―リーは苛立ちながらそれを見返した。
 「……幼児誘拐事件だよ。チャ―リー、今回は犯罪社会学者と幼児性愛専門の心理分析官が
協力して、迅速に……」
 「僕の方が役に立てたよ!絶対だ!どうして僕を呼ばなかった?」
 繰り返される問いに、ト゛ンはしばし沈黙してから答えた。「今回はお前より彼らの方が必
要だと思った。居場所の分析パターンも確立しつつある。それにお前も忙しそうだったじゃな
いか」
 
538numb*3rs 工ップス兄×弟 7:2006/12/17(日) 23:38:53 ID:zD+QPNRG0
 数日前までチャ―リーは学会での発表を控えていて、そのためにずいぶん時間を割いていた。
そのこともあって、ト゛ンは今回チャ―リーを捜査に呼ばなかった、とト゛ンはあっさりと言
ってみせた。
 チャ―リーはそれを聞いて思わず引きつった笑みを浮かべた。「――学会?僕はポイントカ
ードにスタンプ押してもらえるくらい学会に出てるんだよ!10代のときから何度も出てるし、
発表してる。そんなの問題ない。ト゛ンに協力できた。彼らって――彼らってその何とか学者
?社会学?馬鹿にしてる!僕は犯人像を予想したりはできないけど、犯人を効率的に探す方法
は知ってるんだよ!僕の方が役に立つ。ト゛ンを助けられる。居場所の分析パターンなんて、
僕の思考の劣化コピーじゃないか。笑わせないでよ」
 わざと険のある言い方をしてやるとト゛ンは眉を顰め、感情のない声で返した。
 「お前は役に立つが、お前以外にも役に立つ人材はいる。数字以外のアプローチの方が有効
なこともある。現に今回は州警察から事件を引き継いですぐに、それ以上犠牲者を出さずに解
決した。……最後に誘拐された女の子は助かったんだ」
 チャ―リーはそれを聞いて唇を動かし、それから手を口のあたりに押し当てて俯いた。最近
はほとんどそんなことはなかったのに、久々に自分がコントロールできなくなりそうな気がし
た。上手く話せず、無理に話そうとすると舌が震える。子供の頃よくそうなったように。ト゛
ンはやはり子供の頃よくそうしたように、そんなチャ―リーに対して何も言わず、落ち着いた
態度のままでいる。呼吸を鎮めて平常心を取り戻そうとし、話せる程度には落ち着くと、チャ
ーリはそれでも震える声で言った。「僕の方がト゛ンを助けられた」
 「チャ―リー」
 「どうして言わなかったの?手伝えって、どうして――」
 唇が戦慄き、チャ―リーは必死で考えた。ト゛ンが自分に助けを求めなかった理由を。ト゛
ンがさっきまでよりは少し苛立ちを含んだ声で言った。
 「もうやめろ、チャ―リー」
 これがプレゼントか?怪我をしていない手でチャ―リーが大事そうに抱えている箱を取り上
げると、ト゛ンは軽く眉を上げてみせる。チャ―リーはそれに答えずに主張した。「僕の方が
役に立てたんだよ。ト゛ンを守れた。どうしてわからないの?」
539numb*3rs 工ップス兄×弟 8:2006/12/17(日) 23:40:31 ID:zD+QPNRG0
 「事件が解決したのにお前はどうしてそうこだわるんだ?」
 答えの代わりに鋭い問いが返され、チャ―リーは不意に不安に襲われた。ト゛ンの苛立ちが
強まってきているのがわかる。こうなると口論するのが怖くなるのはいつもチャ―リーの方だ
った。言いたいことが言えなくなり、口を閉ざして頷いてしまう。何故かト゛ンに本気で歯向
かったり立ち向かったりすることができないのだ。もう子供ではないというのに。今夜はそう
なってはいけない、とチャ―リーは自分に言い聞かせた。これはとても大きな問題だからだ。
 「……もっといい方法があるのに、黙って見過ごすことなんてできない。一般の人が、子供
が、――ト゛ンが危険に晒されているなら、ベストの方法を……」
 完全に正しい方程式を使わないといけない。危険と労力を最小限に留めるようなやり方をし
ないと、ト゛ンは守れない。そうしたときでさえト゛ンはたびたび銃を持ち、犯人を対峙する
のだから、推論だけで動いたときにはどれほどの危険が待っているのか。チャ―リーはそう説
明しようとしたが、例によって上手く言えなかった。
 「彼らのやり方も知らないのに、何故自分の方が優れているとわかる?」 
 ト゛ンの尋問するような言葉にチャ―リーは口ごもった。「……ただ、ただ、わかるからだ
よ。僕は……」
 「違うな。お前は個人的な感情から言ってる。チャ―リー、これは仕事なんだ。いつもお前
と組めるわけじゃないし、それを優先するつもりもない」
 開けてもいいのか?ラッピングされた箱を軽く振ってみせるト゛ンに、チャ―リーは違う、
と呟いた。チャ―リーは真っ青になって、違う、と繰り返した。ト゛ンの傷を見ながら。
 ト゛ンの言っていることにはどこか嘘がある、と思った。漠然と彼はそう感じ、過去の記憶
を探った。彼の言うことは確かに筋が通っている。ほころびはほとんどない。だが、彼の態度
はどうだろう。ト゛ンはいつも自分が窮地に陥っても、チャ―リーに関らせない。FBIの捜
査で協力を要請するときも、お前はお前がやれることだけをやればいいと言って、ト゛ンが何
をしているのかは教えようともしない。今度もきっとそうなのだ。ト゛ンは怪我をしており、
そしてそれをチャ―リーとの話題にしたくないのだ。
 
540numb*3rs 工ップス兄×弟 9:2006/12/17(日) 23:41:21 ID:zD+QPNRG0
 「違うよ。個人的な感情なんかじゃない。それだけじゃない。単に僕は、事実を……」
 「いいや、お前は個人的な感情から意見してる。――この話はもう終わりだ」
 ト゛ンの宣言にチャ―リーはまた口ごもった。そして何秒かのちにやっと口を開き、感情的
になっているのは僕だけじゃない、と言い返そうとした。
 けれどもそれはできなかった。何故ならト゛ンがキスをしてきたからだ。宥めるように。
 「開けていいんだろ?」
 耳元で囁き、プレゼントの入った箱を軽く掲げるト゛ンに、チャ―リーはただ頷いた。こん
なのはおかしい、という気持ちはまだ燻っていた。だが、ト゛ンはそれを見透かしたようにも
う一度キスをし、チャ―リーを簡単に篭絡した。ト゛ンはチャ―リーをソファに座らせ、自分
も隣に腰を掛けてプレゼントをありがとうと言った。チャ―リーは何も言えずにまた頷いた。
 「いいネクタイだな」
 器用に箱を片手で開けたト゛ンが目を細めて言う。チャ―リーのとても好きな表情で。だが
チャ―リーはその顔を見ても、いつものように幸福にはなれなかった。誤魔化されたことが彼
にはわかっていたし、自分がそれに対抗できないのが空しかった。黙り込んでいるとまたキス
が振ってきて、ベッドへ誘われた。
 その夜、望んだ通りにト゛ンのベッドで彼と一緒に眠り、誕生日の夜――実際はそれはもう
過ぎているのだが――に彼を独り占めしたというのに、チャーリは不安だった。いつまで経っ
ても傷を負ったト゛ンの肩を直視できなかった。そしてト゛ンに対等に扱われていないという
ことにも気づいて、彼は孤独を感じた。チャ―リーは自分では、事件を通してト゛ンの相棒に
なれたつもりだったのだ。


541numb*3rs 工ップス兄×弟:2006/12/17(日) 23:45:21 ID:zD+QPNRG0
 ____________
 | __________  |
 | |                | |
 | | [][] PAUSE      | |
 | |                | |           ∧_∧ 前編オワリ
 | |                | |     ピッ   (・∀・ )
 | |                | |       ◇⊂    ) __
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _)_||  |
 |  °°   ∞   ≡ ≡   |       || (_(__)  ||   |
 
ゴメソ。ちょっとわかりにくいかもしれませんが
3と4の間で一度行間開けるつもりでした。視点変わるので。
そんなわけでまた後日。いつも長々と占領して申し訳ないー
542風と木の名無しさん:2006/12/18(月) 00:09:29 ID:xHbmVPO70
>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ ) モイチド シツレイシマー
某推理小説主人公と犯人 ネタバレ注意

痛みには鈍感で、思うことは他人の愚かさばかりだ。
詐欺集団に混ざって何度も仕事をこなすうちに、いつの間にか組織は
宗教団体の様相をとるようになっていた。それがもっとも効率が良いからだ。
そして気づけば教祖の立場に祭り上げられていた。
そんなことはどうでもよかった。
馬鹿から金を巻き上げる手段と効率だけ気にしていればよかった。
警察に捕まる前に教団まるごとトカゲの尻尾きりがごとく切り捨てる、
その算段までしっかりしてあった。
それでもどこかで何かが引っ掛かっていた。
いつか誰かに全ての企みを見抜かれて、今まで築いてきた虚構の城が
綺麗さっぱり崩れ果ててしまうような予感があった。
予感。
というよりむしろ無意識の切望。
こんなことを続けていたらいつか罰が当たる、死んだ祖母の声でそんな
幻聴が聞こえた気がした。分かっている。私は地獄に堕ちるだろう。

人が住んでいるのかも怪しい荒れ寺で、三日ほど水ばかり飲んで過ごしていた。
彼が尋ねてきたのはそんな事を考えていた頃だった。手には牛丼。どうやら
貧しい生活を送っている私への手土産らしかった。
有難く頂いた。
というよりむさぼりくった。
仕事の都合上仕方がないこととはいえ、この貧乏暮らしは流石にきつかった。
昔、山篭りをしていた頃並にきつい。途中、彼が呆れたような眼差しでこちらを
見ていた気もするが、どうでもいい。むしろ呆れられるくらいのほうが丁度いい。
疑われずに済む。
543風と木の名無しさん:2006/12/18(月) 00:10:16 ID:xHbmVPO70
今日まで起きた地蔵事件の犯人は私だ。彼はそれを知らない。
私の適当な推理と称する口からでまかせ嘘八百を事件の真相だと思っている。
おめでたいことだ。
食べ終えて振り返ると彼は私の布団に勝手に寝そべっていた。
ぼんやり天井を眺めながら「寝心地の悪い布団だなあ」と言ったので、
彼の顔を覗き込んで「慣れればなんてことはありません」と返した。
それだけのやり取り。何が発端なのか私には分からないが、ふと彼は
私の着ているみすぼらしい僧衣の襟元を掴むと、私を布団の上に引き倒した。
何がしたいのか分からずただぽかんと上になった彼の顔を見上げていたら、
そのまま唇を重ねてきた。
驚くより先に何年ぶりだろう?と考えた。
他人とこうして触れ合うのは随分と久しいことだった。
差し入れられた舌に応じたら、彼のほうが困惑したようだった。無理もないか。
止めたいのか続けたいのか自分でもよく分からなかった。ただ彼の体温を
手放すのは惜しかった。寒かったからか、寂しかったからか。
「こっちの趣味があったんですか」
尋ねたが返答は無かった。ただ行為の続行は行動で示された。
明らかに初めてと思われる、不器用で不慣れな彼の行為に身を任せても
快楽は得られない。むしろ得るものはただ苦痛ばかりだったが、いっそ
そのほうが心地よかった。自分にはそれが相応だと思えた。
544風と木の名無しさん:2006/12/18(月) 00:20:05 ID:xHbmVPO70

いつか罰が当たるよ。祖母の声の幻聴が耳の奥で渦を巻く。
生きたまま与えられるこれが罰かもしれない。
救いを求めても蜘蛛の糸など何処にもありはしない。ただ彼の身体に
しがみついて耐え忍ぶように終りを待った。
短く呻いて彼が私の上に倒れ込んでくる。
朦朧とした意識で呟いた。
「地獄に堕ちますよ」
それは自分自身への言葉だった。間違いなく。
だが彼はそう思わなかったらしい。面白くもなさそうに「どうせ俺は地獄行きだよ」と
言葉を返した。そういえば彼は酒飲みだったなと以前の会話を思い出した。

地獄行き、二名か。
……それならば悪くない、と思ったことは地獄まで秘密のまま持って行こうと思う。


□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
二晩連続でお邪魔しましたー。
545風と木の名無しさん:2006/12/18(月) 00:28:06 ID:EHmkVPVL0
>>541
また続きが読めてうれしいです。
すごく引き込まれてます。
546風と木の名無しさん:2006/12/18(月) 10:00:30 ID:BiIdXpt60
>>541
終わってしまうのですか、寂しい。
でもそれまで充分味わせていただきます。

私もあなたの作品大好きです。
ぜんぜん知らないのに目に浮かぶ気がします。

>>544
うわ。両視点で完全体。GJ!
547風と木の名無しさん:2006/12/18(月) 10:18:08 ID:lDVIlhS10
>542
元ネタ知らないけど好きだなあ…
548風と木の名無しさん:2006/12/18(月) 19:12:45 ID:tRdRhuc30



               ,-、
                 //||
            //  .||               ∧∧
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        //_.再   ||__           (´∀`⊂|  < ワイワイ
        i | |/      ||/ |           (⊃ ⊂ |ノ〜
         | |      /  , |           (・∀・; )、 < 見るからな
       .ィ| |    ./]. / |         ◇と   ∪ )!
      //:| |  /彳/   ,!           (  (  _ノ..|
.    / /_,,| |,/]:./   /            し'´し'-'´
  /    ゙  /  /   /                    ||
 | ̄ ̄ ̄ ̄ |,,./   /                 /,!\
 |         |   /                   `ー-‐'´
 |         | ./
 |_____レ"

  
・死帳の得る×白付き。のつもりで書いたはずが、後から見返してみるとどちらが攻めだか大してハッキリしてない事が発覚。でも、敢えてこう言い張る。
・時系列は例の極悪人→善良市民へのビフォーアフターを遂げた記憶喪失&24時間手錠生活期間。
・甘甘傾向の話が苦手な方はスルー推奨。( ;・A・)カナリミジカインダケドネー
・映画のせいでなぜか唐突に原作の手錠時代を書きたくなった。反省はいつかする。
549死帳1:2006/12/18(月) 19:17:14 ID:tRdRhuc30
 君はいつだって強引で、人の気持ちなんかこれぽっちも考えたことが無くて。
 自分のやりたいようにやって、人を振り回して、満足したと思ったら次の瞬間にはもう別のことに目を向けてる。
 君と手錠で繋がって、一緒に暮らすようになってからというもの、僕の苦労が絶える日は無い。
 猫のように(と言ったら、少し可愛すぎる喩えだけれど)気まぐれで、それでいて執念深い君の性格は、初めて会ったあの春の日から薄々知っていた筈なんだけどね。


「……何ですか」
「ん」
「あんまりジロジロ見ないでくださいよ、人のこと」
 不機嫌そうな、低い声。今日も君は椅子の上で膝を抱えて、僕の隣で座っている。昨日や一昨日と、同じように。
「別に。いつになったら竜崎が仕事するのかなって、ちょっと見張ってただけ」
「……やっぱり見てるんじゃないですか」
 君はそう呟いて、コーヒーカップを口に運ぶ。おかしな持ち方をするのも、筋張った細い指も、飽きるくらいに眺めてきた、いつもの君だ。
「じゃあ、竜崎は僕に見られるのは嫌い?」
「まあ……見られるよりは、見るほうが私は好きですね」
「へえ……」
 なるほどね。監視カメラに監禁、そして24時間の手錠生活。前科三犯のこの男としては実にらしい発言だ。僕はふうんと喉を鳴らし、含み笑いを浮かべた。
「何ニヤニヤしてるんです?」
「別に、さあ捜査に戻ろうか」
 僕はパソコンに振り返ると、威勢よくキーボードを叩き始めた。君は訳がわからないと言った風に頭を掻いて僕を眺め、またコーヒーカップを手に取った。
 ディスプレイに浮かぶ無数の文字。それを目で追う――ふりをしている内に、知らず僕の唇は苦笑いで歪んでいた。
 本当に、僕ときたら、どうかしてしまっている。
 君に信じてもらいたくて、君から解放してもらいたくて、このろくでもない日々を受け入れたはずなのに。僕の疑いが晴れた日には、真っ先にこの鎖を外そうと心に決めていた筈なのに。
 君と縛られたこの生活を、続けたいと思っている、僕がいる。
 信じられるか? 
 
550死帳2
 
 君に散々振り回され、順調だった人生をめちゃめちゃに崩されたはずの、この僕が。
 君が左隣にいるこの毎日を、心地いいとさえ、感じ始めているのだ。
 頚の産毛をくすぐられたような、柔らかくてむずがゆい快楽。それはいつしか、僕の心の中で確実に面積を占めていた。
「……正気じゃないな」
 思わず自嘲の笑みが漏れた。
「なんです? 今度は独り言ですか?」
 君が僕を覗き込んでくる。真っ黒いふたつの瞳の中で、僕の顔が揺れている。
 ――いったい何時から、これを当たり前だと思うようになったのだろう?
「なんでもないよ、竜崎」
 でも、あんまり見つめてこないで欲しい。そんなに近づかれたら、ついきみに触りたくなってしまう。
 君の肌や髪の感触、顔を埋めたときに仄かに漂う、甘い匂い。瞬きひとつの瞬間でイメージできるくらい、全身の細胞に隈なく擦り込まれたはずの君を、また僕は懲りもせずに求めてしまう。
「ねえ、……竜崎の事触ってもいい?」
「……? さっきから本当に変な人ですね」
「竜崎のが移ったんだよ、きっと」
 言われなくても分かってるよ。こんな自分、マトモじゃないって。
 僕の手のひらに納まった君の頬は、やっぱり予想通り冷たくて。いぶかしむように僕を見るきみの目は、いつも通り猫のように鋭くて。
 我侭なきみに縛られ、引きずられる毎日。面倒くさいようで、そんなのも案外嫌じゃない。
 全くどうかしてるよな、お互いに。
 吐息が混ざるくらい顔を近づけあって、僕らはどちらからともなく、笑った。君の手が僕の顔を包んで、そのままゆっくり、僕らの唇はひとつに溶けた。

 例えば、君のいない宇宙。例えば、君だけがいる無人島。
 どちらを選ぶかと訊かれると、きっと答えを出し兼ねてしまう。
 そんな僕が、今は此処に、いる。