190 :
1/10:
濱田の唇に欲情した。
どうして急にこうなってしまったかは分からない。今日は普通どおりの収録で、2本目で、いつものようにゲストをさばき、何もかも変わらないはずなのに、松元は左にいる男から視線を外すことができなかった。
ゲストたちの何気ない一言を濱田が拾い、松元がふくらまし、濱田がつっこみ、ゲストが笑う。そんな流れ作業を繰り返しながら、松元はだんだん反射神経の笑いに移っていく。
ぽってりした感触が先端を包む。舌先でくすぐられる。軽く吸われる。松元が軽い声を上げたところで濱田の目が笑う。そして奥まで咥えこみ、根元を少しきつめに唇で締めながら敏感なところを舌で何度も往復する。
松元は目を閉じる。息が荒くなる。頭が白くなる寸前に濱田は往復する。全体を柔らかい唇の感触が包む。音を立てて吸われる。抑えようとしても声が止まらない。むりやり濱田の頭を引き剥がす。
不満そうに見上げる発情した濡れた目、唾液と松元の分泌したものに汚された厚い唇。松元はそれらを見て気が遠くなるほど興奮し、そして笑いが止まらなかった。
191 :
2/10:2005/12/24(土) 17:13:23 ID:GFyoYMC5
突然頭を叩かれた。
隣を見る。
濱田は怒ったように唇をとがらせている。乾いた目にさらに欲情しそうになりながらも、一気に現実に引き戻された。
今は悲しいくらいに仕事中だ。
ゲストたちの雰囲気に気を使い、バランスよく話を振り、ボケたり、ときにはツッコみ、濱田と声を合わせ、大げさに笑ってみたりしながら、それでも松元は先ほどの妄想を頭から取り除けないでいた。
42歳、厄年。うさぎ団ピョーン。
脈略のないことが頭にうかぶ。うまく会話に入っていけない。それに気づいたのか濱田が一方的に仕切りはじめた。もう松元には気を遣っていない。無表情な目。黙々と仕事をする目。
いつからこんなにも遠く感じるようになってしまったのだろうか。家族のためスタッフのため、そして松元のために働く男のとなりで、その唇をけがす想像をしていたことを恥じた。そしてまた、興奮した。
淡々とコーナーは進む。終わりに近くなったとき、年齢の話になった。よっしゃ。
192 :
3/10:2005/12/24(土) 17:13:59 ID:GFyoYMC5
うさぎ団の話をする。そして松元は連呼した。ぴょーん。ぴょーん。ぴょーん。
いつものように叩かれると思っていたのに、濱田は松元の腕を思いっきりつかんだ。そのときの目はひどく濡れているように見えた。
「なんや、お前もやりたいんかえ」
スタッフもゲストも観客も、そのことだとは気づかなかったはずだ。だけど濱田には通じている。松元は確信した。
わずかに間が空く。目が合う。そして濱田はうなずいた。その顔は明らかに上気していた。
結局一緒にやりたかったんじゃないですか。ゲストの声が遠く聞こえる。そんなのどうでもいい。そんなことじゃないんだ。松元は思わずガッツポーズをした。みんな大笑いする。
それから二人は声を合わせた。ぴょーん。ぴょーん。
193 :
3/10:2005/12/24(土) 17:15:03 ID:GFyoYMC5
収録が終わり、適当に挨拶をしながら楽屋に帰る。
携帯を取り出し、今日の予定をキャンセルするために後輩に電話する。
ごめん、肉槍のせいでウンコホールがえらいことになってちょっと今日無理。ほんと松元さん大丈夫ですか。って、ニクヤリってなんですのん、イボですか? なんかしゃべってくださいよ。用事できたんですか松元さんっ!
電話を切りため息をつく。後輩に悪いことをしたと考えながらも、うれしさを抑えられない自分を冷酷な人間だと松元は思う。欲情だけで人を切り捨てられる。
もう一度ため息をつく。そして視線をさまよわせる。
テーブルの上に、見慣れないものがあった。
イヤホンのついた小さな機械。今はやりの携帯オーディオプレイヤーだと気づいた。でもなぜこんなところに?
忘れ物はありえないし、マネージャーから何も聞いていないし、でもこれは明らかに松元の楽屋にあり、誰かが置いていったとしか考えられない。
好奇心が湧いた。松元はイヤホンをつけ、試行錯誤しながら再生した。
194 :
5/10:2005/12/24(土) 17:16:30 ID:GFyoYMC5
聞かなきゃよかった。聞くべきではなかったのだろう。
そこには濱田の声があった。ご丁寧に相手の声は完全に消されている。最初は冷静だった濱田が写真に驚き、ビデオの登場で簡単にしゃべっている。彼が本当に隠したがっていた松元とのことを。
いや、本当は誰かにしゃべりたかったのかもしれない。そうとしか考えられない。そうじゃないとつじつまが合わない。まだ言い逃れできたはずなのに、どうして、濱田はしゃべったのだろうか。
濱田から直接愛してるなんて言葉を聞いたことはない。ただ、インタビューや取材のときなら似たような表現をよく使う。必ずといっていいほど言う。
その言葉を雑誌で見るたび、松元は嫌悪感と罪悪感に襲われる。言いたいなら直接言え。でも、直接言えないようにしてしまってるのは松元自信なのだ。
今度はこんな形で濱田の告白を聞いた。彼の声が耳元で残る。
俺は松元を愛してますよ。誰よりも。
誰よりも、ってあれか、親も嫁も子供よりも好きってことか。それとも俺の周りにいる誰よりも自分が一番愛してるって言いたいんか。どっちにしろ、そんなことぬけぬけと他人に言うって頭おかしいんとちゃうか。ありえへんやろ。
195 :
6/10:2005/12/24(土) 17:18:56 ID:GFyoYMC5
松元は手元の機械を投げようとして、思いとどまった。
イアホンを取りポケットの中に入れる。松元はちょっとだけ笑い、キーケースを取り出しぶらぶらとさせた。
玄関を開けると、すでに靴が並んでいた。
部屋のドアを開ける。濱田はベッドの上で大の字になっていた。思いっきり寝ていらっしゃる。そしてテーブルの上にある、1本のビデオテープ。
今どきDVDちゃうんかと思いながらテレビ付近を捜す。この家にビデオデッキなんてものはなかった。必要ないのだ。
結局テープをテーブルに戻し、松元はベッドに腰掛けた。横目で濱田を見る。
互いに老けた。40過ぎには見えないですよといろんな人が言う。同級生に比べれば確かに全然若く見えるだろう。
でも本人には分かるのだ。昔と違う。ただ、年をとったことを松元は後悔していなかった。濱田と一緒に過ごした年月を否定する気になれなかった。中年だからと差別されたとしてもかまわない。それで自分たちの価値が下がるとは思えない。
どうせデビューしてからこのかた、ずっと叩かれ続けてきたのだ。今更多少のことでは動じない。
だが今回のことは松元に衝撃を与えた。
今カミングアウトする理由がない。わざわざしゃべる必要もない。松元は濱田の考えを推し量れずにいた。
196 :
7/10:2005/12/24(土) 17:19:44 ID:GFyoYMC5
濱田を軽くビンタした。
すかさず殴り返される。それはきれいに松元の頭にヒットして、濱田の反射のすごさに改めて感心する。
「もっとやさしく起こせぇや」
濱田があくびする。疲れていたのだろう。
「こっちは多少聞きたいことがあるんや」
頭をふりながら濱田が起き上がった。目の前に松元はポータブルプレイヤーを差し出した。
「何でしゃべったん?」
濱田は機械と松元の顔に視線を往復させる。そしてしばらくうつむいていた。
「聞いたんか」
松元は答えずにプレイヤーをテープの横に置いた。
「あいつも、変なところで律儀やなぁ」
濱田が力なく笑う。松元はそれを見て、また少し腹が立っていた。
197 :
7/10:2005/12/24(土) 17:20:22 ID:GFyoYMC5
「なぁ」
濱田が顔を上げる。力ない、乾いた無表情の目。そこに自分が写っているか不安になる目。
「何でバラしたん?」
「何でって、テープあるやん」
感情のない声で濱田は答えた。
「お前アホか。あの日、俺ら、何もなかったやん」
そう、何もなかった。
冗談でホテルを取った。悪乗りして行った。シャワー浴びて備え付けの浴衣に着替えて、テレビ見ながら濱田はぶつぶつ言っていて、松元はそれを聞きながら冷蔵庫にあったビールを飲んで、濱田にも勧めて、一緒にちびちび飲みながら寝た。
本当にそれだけだった。
何とでも言い訳できるはずだ。確かにベッドがダブルだったのは痛いが、それはホテルのミスだとか何とか言え。
今度イベントを行いたいと思っているが、企画を立ち上げる前に互いの意見の交換をしておきたかったから会いました。泊まったのはスケジュール的に昼の時間が取れなかったからです。マネージャーに話せば企画が勝手に進んでしまうんで。
198 :
9/10:2005/12/24(土) 17:21:32 ID:GFyoYMC5
松元は唇を噛んでいた。
「何もなかったら、しゃべると思うか?」
濱田が声を出して笑った。松元はあっけにとられる。さっきまで無表情だったのに、今度は子供みたいだ。よく動く柔らかい唇を見て、松元は例の妄想を思い出す。
「…何もなかったよ」
「あったよ」
「なかったって」
松元はだんだん分からなくなる。この悪人は、言い訳させるなら大概の人には負けないだろう。あんな素直に話すとは思えない。
「誰かに聞いてほしかったんか?」
また濱田が笑う。少しだけ、目が濡れている気がした。
「それもあったかもしれんけど…。なぁ松元、俺あのときヤツに言ってなかったことあんねんで」
謎かけされた。きっと馴れ初めとかきっかけとかそんなことじゃなく、濱田でさえ言い訳できなかった理由。分からない。
松元は首を振った。
「俺、松元が眠らな、熟睡できんのよ」
必死に半年前に記憶を呼び起こす。
ビール飲んで寝た。濱田の顔が赤かった。唇をときどき動かして、子供のように寝ていた。
「アッーーーーーーー!」
松元は叫んだ。
199 :
10/10:2005/12/24(土) 17:22:58 ID:GFyoYMC5
分かった。
寝顔があまりにもいとおしくて、松元は寝ていたはずの濱田にキスをした。そして、抱きしめて、そのまま眠りについた。
「気づいてた?」
「思いっきり」
松元は顔が熱くなるのを感じた。恥ずかしい。ありえないくらいに恥ずかしい。
「なんで起きてるときにしないんかなぁ」
濱田は唇だけで笑う。だんだんその顔が、妄想の顔と重なってくる。恥ずかしくて体中が熱い。それがまた、欲情を呼んだ。
「お前かて、俺には愛してるって言わんくせに」
「お互い様やね」
互いに顔を見合わせて笑った。
松元はなんだか幸せな気分になっていた。
「なぁー、濱ちゃーん」
「なんや」
口調だけふざけて、松元は濱田の目を真剣に見返す。
「ちょっと口でやってえやぁ」
濱田が視線を落とす。鼻で笑う。
「ええやんちょっとだけ」
顔を上げた。濱田の熱い目、柔らかい笑顔。
松元は押し倒したくなる衝動を必死でこらえた。