音波は弾かれた様に顔を上げた。怖気が全身を走り抜ける。
それは音波が決して逆らわない、逆らえない人物からの最後の指令。
「…………! ……――!!」
無意識のまま横に揺れ始める首に、目がトロンの大部分銀色の剥げてしまった
手が這い上がる。
音波はマスク越しに目がトロンの手の感触を確かに感じた。ただただ
それを感じながら、その首はこくりと縦に振られていた。
「……足らんぞ」
目がトロンが意地悪く呟いた。マスクと手の触れ合う音は、ざりざりと
耳障りな不協和音をもたらした。
音波は視界ががくがくとぶれている様な気がした。マスクに隠れた口が
それを言うのを拒否した。その堤防を、何かが強引に突き崩して行った。
横に振られていた首ががくりと俯き、目がトロンの頬から右手が離された。
「――――了解………………!!」
努めて冷静に。
いつもどおりに、了承した。
命令を、受け入れた。
捨てると。主の命を絶つと――――。
言ってしまってから呆然とその場に竦んだ音波の腕の中で目がトロンは
満足そうに微笑んだ。その口が更に言葉を繋ぎ、その全てを音波が記憶回路
に刻み込んだ時、力尽きた印セクト論はついに宇宙へと放り出された。
「さぁて、次はあんたの番だ――」
星叫が楽しくて堪らない、といった表情で目がトロンの身体を奪い去って行く。
「まさかあんたまで捨てる事になるなんて思いもしませんでしたぜ、
目がトロン様?」
横抱きにした目がトロンに向け、嫌味たっぷりに星叫が御託を並べている。
いつもの目がトロンならそれを悠々と受け流し、お返しに星叫がぐうの音
も出なくなる様な一言を数個はぶつける事が出来るのだが――今の彼は体力
を消耗し切り、辛うじて星叫を見上げる事しか出来ていなかった。
悠然と数人の同僚を突き落としたゲートに立った星叫。
その身体に取り縋り、目がトロンを取り返したかった。
しかし、自分は命令を受けてしまった。例え命令を発した本人が死の淵に
あったとしてもその命令は絶対で、音波はなす術もなく星叫の背中を凝視していた。
「さようなら、破壊/大帝殿」
あまりにもあっさりとした別れの言葉とともに、星叫はかつてのDEATHトロン
リーダーを真っ暗な宇宙空間に押し出した。
(目がトロン様!)
走り寄ってその身体を捕まえたかった。
いや、最早彼と共に宇宙の塵になっても後悔はなかった。
それでも動かなかったのは、音波の有する鉄の忠誠心と、最後に託された目がトロンの言葉故。
『良いか、助けようなどとは思うな』
彼なりに愛情を持って手塩に掛けた部下の手で放逐される屈辱は、
如何ばかりのものであろう。
その様を見られたくない故の、恐らく最初で最後の『嘆願』だったのだ。
―――――ぁあ…………
虚空に尾を引いた破壊大帝の絶叫に、音波は視覚を遮断して聴覚を両手で塞いだ。
既に聞こえはしない筈の断末魔が、頭にこびりついて離れない。
とうの昔に錆び付いたと思っていた感情機構が、軋みを上げる。
「さて、目がトロンも消えた事だし、新リーダーを決めねぇとな!」
星叫が、また何やらのたまいだした。
もちろんリーダーは俺、との主張は紺バットロンに遮られ一触即発の
睨み合いになっている。
音波は考えている、破壊大帝の最期の言葉を。
『――音波、お前はお前の思うままに生きろ。星叫ではどの道長くは保たん
だろうしな。…………お前の認めた新たなるリーダーについて行くも良し、
DEATHトロンを抜けても構わん。お前はよくやってくれた――』
そんな、切ない色合いの言葉など聞きたくなかったのに。
リーダー争いはまだ続く。音波は考える。
星叫について行く?――断じて嫌だ。
DEATHトロンを抜ける? ――有り得ない。
新しいリーダー?
星叫、紺バット論、アストロ列車……この有象無象で、DEATHトロンは
まとまるのか。目がトロンが情熱を、愛情を、自分の命すらを捧げた
DEATHトロン軍が、無残に崩壊して行く様など音波は想像したくもなかった。
じゃあ誰が。誰を。誰について行けばいい、目がトロン程の逸物はおそらく
もう現れない。少なくとも自分の生きているうちは。
ふと、自分の両手を見下ろした。
ネイビーブルーの両の手には、目がトロンの銀色の外装が残っている。
――――目がトロン様。
音波はマスクの中でゆっくり呟いた。既に亡き主をメモリーに刻み、
不敵な気配を漂わせ立ち上がる。
器でない事は分かり切っている。
後で斃されても良いと思うのだ。それが目がトロンを超える人物であれば、
それでいい。
ただそれまでは生き延びる。守り抜く。目がトロンの遺したこの軍を。
無機的な機械音が争いの場に割り込む。
「――リーダーは、俺だ」
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| | □ STOP. | |
| | | | ∧_∧ 台詞とシチュは一部ウロ。お付き合いありがとうございました!
| | | | ピッ (・∀・;)
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