977 :
風と木の名無しさん:
ポーカーゲーム
東へと向かう列車の旅の途中。いつものように1等車両の個室を宛てがわれた一行は、交代で見張りの番をしていた。
個室は二部屋に分かれており、奥の部屋ではリナリーたちが眠りについている。
いかさまポーカーで荷物を返した礼として得たトランプでババ抜きをしながら夜の番を務めるアレンとラビの耳に、控え目ながら確かにノックの音がした。
瞬間、視線を交わし合う。
「何か」
錠がおりていることを確認し、手袋を外した手をドアノブに添えながら短く問う。
視界にアクマの姿はない。けれど、アクマだけが敵ではないのだと、つい先日、知らしめられたばかりだった。
ラビも右手に槌をつかえ、眠るリナリー達を守るように1歩下がる。
「またポーカーしません?」
聞こえたのは男の声だった。
「……「また」?」
どこかで聞いたことがあるような、けれど、思い出すことができない。
「お引き取り下さい」
言葉を発した直後、錠がカチャリと音を立て、勝手に扉が開いた。
「なっ……!」
「お久しぶりです。先日はどうも」
恭しく、被ったシルクハットを脱帽しながら一礼して見せた男に見覚えは、ない。
「誰さ、あんた」
警戒を含んだ声で、ラビが問う。
「ひどいなあ、もう忘れちゃったんだ」
仕方ないかと男は肩をすくめてみせて、机の上に散ったカードを指した。
「トランプ。あげたでしょ?」
その言葉に驚愕が走る。ポーカーの相手にした時とは、容姿も気配も違いすぎた。
同一人物だとするならば、一度列車を降りた彼が、そのまま走り続けている特急列車に追い付く手段は無い。
そして身に纏う黒い気配が、一度だけ遭遇したノア一族であるロード・キャメロットに酷似していることに気付き、アレンはイノセンスを発動させた。
978 :
風と木の名無しさん:2005/08/26(金) 20:58:35 ID:l61YrSDQ
「負けたままは性に合わなくてね。もう一度、相手してくれないかなあ」
それとも、自信ない?と、のんびりとした口調で男が挑発する。
あくまでポーカーの続きをしに来たのだと、そう告げる。
「何を賭けるつもりですか」
本当にただポーカーをしにきたなどとは信じられない。何か目的があるはずだった。
「それが欲しい」
男が指を向けたのは、ラビだった。
「急な用事ができてしまってね。暫く遠くまで行かなきゃならないんだ。
だから勝負がついてから次の駅までで良いよ。ちょっと貸してくれないかな」
「お断りします」
ほぼ間違いなく男は伯爵側の人間であり、元帥を殺したかも知れないノアだ。
そんな相手に一時とはいえラビを渡すわけにはいかない。
しかし一刀両断に切り捨てたアレンを制して、ラビが進み出た。
「アレンが勝ったら二度と俺らの前に姿を現さないこと。それがこっちの条件さ」
「ラビ!」
「つれないね」
再び肩をすくめ、けれどその条件で構わないと男は言った。交渉成立だ。
「……わかりました。ラビ、カードの確認を」
ジョーカーを入れて53枚のカードを確認したラビが、机の上にカードの束を置く。
「フォールド無しの1回勝負。ワンチェンジまでOK。重ねる条件がないからベットは無しさ」
コインを弾き、表の出たアレンが先に5枚ずつカードを引く。
続いて手持ちのカードを見る男の表情は、読めない。
勿論、いかさまを仕掛けた自分の手持ちのカードは十分な強さを誇っていたが、ただひとつ、ジョーカーが欠けていた。
相手のカードが読めない。互いにノーチェンジを選択する。久々に味わう緊張感の中
「ショーダウン」
ラビの声がコンパートメントに響いた。
ティキラビ↑クロスラビ↓投稿します
「元帥〜? げーんすーい?」
一通り狭い仮住まいの中を調べてみたが、捜す燃えるような紅い髪は見つからない。
So near and yet so far.
「いないぜー? アレン」
「……どこ行っちゃったんだろう……。ティムも連れてっちゃったみたいだし……」
隣室のアレンに声を掛けると、すっかり消沈した声が届いた。
アレンとラビがコムイに護衛と言う名の監視を命じられ、やっとクロス=マリアン元帥の居場所を突き止めて任を開始出来たと思った、2日後。
ご丁寧に自己を感知するゴーレムを引き連れて、元帥は消えた。
正直、そこまでするか、って言う純粋な驚きしかない。
さすが、弟子の頭を金槌で殴打するだけの事はある。ひととしてどっかおかしいんだな。うん。
「どうしよう……」
ラビが勝手に納得していると、部屋を出てきたアレンが青い顔で呟いた。
「? 帰って来るっしょー。こんだけモノも揃ってるんだし」
「……これぜんぶ、師匠が買ったものじゃないんですよ……」
「?」
「ぜんぶ、貰い物なんです。だから師匠、なんの思い入れもないんですよ……」
「……えーと、つまり……?」
必死にアレンの言葉を整理する。
つまり。
「もう……帰って来ないってこと……?」
「可能性は、それなりに高いです……」
「…………マジ?」
眩暈がした。また最初から、振り出しだ。
久々に来たら何でこんな荒れてんだ。
早く夏終わんねーかなあ。
「……僕、聞き込みに行ってきます! 誰か出てくトコ見てるかも知れませんし」
言うなりアレンはずかずかと仮住まいを出ていってしまった。
アレンも振り出しは 嫌なんだろう。
ぽつりと室内に残されたラビは、
「じゃーオレはもうちょい詳しく探しますかー」
呟いて元帥の寝室へと足を運んだ。
ベッド、デスク、サイドテーブル、ランプ、カーテン、ロッキングチェア。
ざっと見ると簡素過ぎるようだが、これらが全て貰い物なら大したものだ。
「まさか家まで貰いモンかぁ?」
……だったらどんなイイおねーさんなんだろうな。 ……すげーおばちゃんだったりして?
ちょっと想像。
「……元帥って趣味悪ィー……」
「お前が言うな」
「!」
独り言に応答が返って、ラビは飛び上がらんばかりに驚いた。
慌てて振り向けば、さっきまでいなかったはずの捜し人(と、ティムキャンピービッグサイズ)。
「げ、元帥! どこ行ってたんさ!?」
「地下の貯蔵庫だよ。お前等が来てから食い物の減りが異様でな」
ぐい、と手にしていたバスケットを突き出され、ラビは唖然とした。
……地下まであったんか……。
「……で?」
「へっ?」
己の見落としの所為でアレンに悪い事をしてしまったとうなだれていたラビに、クロスがバスケットをデスクに乱雑に置いて、唐突に訊いた。
慌てて視線を上げる。
「どうして、お前は俺の部屋にいるんだ?」
「どうしてって……、 !?」
あんたを捜しに来たんさ。
その言葉は、紡げなかった。
唇が相手のそれで塞がれ、呼気が奪われる。
あまりにも突然の元帥の行動に、ラビはただ目を丸くして身体を硬直させた。
煙草の、香りがした。
「っはぁッ 」
長過ぎるキスから解放されて、ラビがクロスを軽く睨みつけた。
「……なんで」
「そう言う事をしに来たのかと思ってな」
クロスはくっくっと喉で笑い、ラビは目許に力を込めた。
「オレ、こーゆぅのはされるんじゃなくてする方なんだけど」
「そうか」
「相手もおっさんじゃなくてキレーなおねーさんがいいんだけど」
「そうか」
納得したような表情をして、クロスは手をラビの顎にかける。
「でも、」
近過ぎる顔に、居心地悪そうにラビが視線を逃がした。
「よかったろう?」
「…………まぁね」
素直なラビの返事にクロスは苦笑いを噛み殺す。
もう片方の手も伸ばして指を滑らせて、ラビの眼帯に触れる。一瞬だけ苦しげに眉間にしわが刻まれ、びくん、とラビの肩が大きく跳ねた。
こんなガキが。
こんなに素直で白いガキが。
世界の裏の黒さを、負う事になるのか。
この白さの裏に。
どれほどの深みがあると言うのか。
「元帥、もーいいさ?」
「……あ?」
呼びかけられて、ようやく我に返った。
嫌ならいくらでも、手くらい振り払えばいいのに、変わらない体勢でラビが灰色の目をまっすぐに向けていて、クロスの方が妙に落ち着かなくなった。
「オレ、アレン捜しに行かないと」
「あの馬鹿弟子がどうした」
「元帥捜しに行っちゃったんさ〜。アレンてガキだからオレが迎えに行ってやるんさ」
……よく言うな、このガキも。
にへーと無邪気に笑う顔に、クロスも吊られてほんの少しだけ口の端を上げて、どこか他人事のように思った。
……この白さの裏を引きずり出す事は、可能だろうか。
そして、そうしたらこいつは、どうなるだろうか。
顎から手を離し、「行って来い」と言うと、やはり素直に頷いて、ラビは扉へ駆け出し、部屋を出る直前にクロスへ振り向いた。
「そだ。もーどこにも行くなよな、元帥っ」
「……お前こそ、あの馬鹿弟子と一緒になって迷うなよ」
「オレ・曲がった角の数覚えるから平気さー」
からかったつもりの言葉に、思いがけず年齢に見合った落ち着いた応答が返って、クロスが軽く驚いた隙に、ラビはマフラーを翻して立ち去って行った。
『どこにも行くな』、か」
ベッドに腰掛け、クロスは人知れず呟く。
……行かねぇよ。
そう言うお前こそ、……。
はたりと気付いて、思考を止める。それから、「くくっ……」笑いが込み上げてきた。
……このクロス=マリアンともあろう男が、あんな白い兎一匹に?
「……傑作だ」
もう少しと思ったのに、木乃伊盗りが木乃伊になった気分だ。
兎が駆けて行った扉を眺め、クロスは口元に壮絶な笑みを乗せた。
……面白い。
それなら、とことんやってやろうじゃねぇか。
獲物を仕留めるのは難しい方がいい。
巧くかわしてくれよ。
それでも最後には、必ず手に入れてやるからな。
fin.