神田の知るラビという人物は。
同じ歳なのに、子供のように無邪気に笑って。
同じ歳なのに。子供のようによく動いて。
そして、子供のようによく眠る少年だった。
日頃はエクソシストとして激務を勤め、任務と任務の少しの休息の間は、ブックマンを継ぐ為に勉強をしている。
だからなのか、彼はふいにどこかで。
「よく眠ってますねぇ」
寝ていることがある。
「……」
紅茶のような紅い瞳を楽しげに細めているアレンを、神田は釈然としない表情で見ていた。
三人(二人)がこうやって話しているのは、黒の教団本部の中の談話室。
神田はラすやすやと眠っているラビの暖炉前のソファーに腰かけて、
平和な顔で眠っているラビの柔らかな猫っ毛を撫でるアレンに苛立ちを覚えながら、思いをめぐらせる。
赤いレンガの連なりが美しい暖炉の中で踊る炎は、明るく熱く、体感的にも視覚的に心地良い熱を与える。
加えて、城内の調度は趣味も質も(一部に踏み込めないコムイ専用の危ない場所もあるながらも)悪いものではない。
もちろん使用に際して不自由などなく、この場所を“ホーム”として過ごすエクソシストたちにも、評判がいい。
目にも眩しい紅い炎に暖められた空間で、クッションの利いた、手触りも滑らかな大きな椅子に身を預けていれば、
心地良く穏やかな眠りにひきこまれてしまうことだろう。
それにここでこんな風に居眠りをするのは、何もラビばかりに限ったことではなかった。
実際、その気持ちは実行するつもりはないが、神田にも解る。
だが。
だからと言って。
この場所でのラビの昼寝を許すほど、彼が寛大な気持ちになれるわけでもなく。
何しろ神田の目の前で楽しそうに、まるで動物を愛でるように、
「……全然起きないですね」
ラビの頬を指でつつく、アレンがいる。
心の狭い彼としては、警戒を解くなら自分の隣でだけにしろと主張したい。
アレンの楽しげな様子を勇ましい仁王立ちで見ていた神田は、濃蒼の瞳を小さく見開き、キリリと眉を吊り上げる。
眠るラビに飽きもせず触れているアレンの耳を、神田はぎゅうっと引っ張っる。
「いぃったい!何するんですか?!」
「うるせぇモヤシ」
「はぁ?!」
理不尽な暴力に、アレンは紅色の瞳にうっすらと涙を溜めて神田を睨み付ける。
が、寄越された鋭い睨みにアレンは顔をひくりとさせた。
背もたれに寄りかかり、顔をマフラーに埋めるようにしてぐっすり寝入っていて、
少しも目を覚ます気配のないラビの正面に移動し、
両足をぐっと踏ん張ると、だらりと力の抜けた彼の腕を自分の肩にかけさせ、腰に腕を回し抱き上げた。
「神田?」
「部屋に連れて行く」
ぽかんと口を開けるアレンを横目で見ながら、神田はラビをもう一度強く抱きしめ直した。
ほぼ同じ身長の男を抱き上げて、神田はずるずると大きなぬいぐるみを抱くようにラビを部屋にひきずっていった。
大きな荷物を部屋まで運ぶけっこうな労働の後、神田は自身の部屋につくと、
ぽいっと投げ捨てるようにラビの身体をベッドの上に放り投げる。
するとラビはベッドに良い場所を探すように、もぞもぞと身体を動かした。
そしてまたすやすやと寝息をたててしまう。
神田は、ベッドに放り投げられた衝撃でも起きないラビに半ば呆れつつ、
それでも彼が起きないように、慎重な様子で隣に腰を下ろした。
そしてそのままそっと、神田はラビを横向きにして膝にそっと頭をのせる。
これほどまで体勢が変わっても、まだ彼が起き出す気配はない。
ラビが目を覚まして「何だよこの体勢は!」と慌てて暴れるのを半ば期待していた神田だったが、
ラビの眠りの深さは、彼の想像をはるかに凌ぐものであったらしい。
もはや“寝穢ない”どころのレベルではない。
怒る彼をからかってやるつもりだったのに、よっぽど疲れているのか、ラビはちっとも目を覚まさない。
これでは何だか期待はずれだと、神田は彼を起こす気力をなくして浅い溜め息をついた。
「何寝てんだよ」
暖かい彼の体をゆるく抱きしめながら神田が一人そう呟くと、
腕の中のラビが神田に甘えるようにすり寄ってきた。
まぁ何とも平和なことで。
そんなふうに思いながら、神田はラビの体を長く抱えていられるようにと、楽な姿勢を探し少し腕をずらす。
ラビの空におちる夕陽色の頭が上手いこと左の二の腕に収まったのを確認して、
神田もラビを抱えたままごろんとベッドに横になった。
ラビの温もりに唇を綻ばして、自らもまた、ゆっくりと瞳を閉じた。
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風と木の名無しさん:2005/08/24(水) 21:37:36 ID:IHR3CMDj
あげ