「テンさーん、こっち、こっちー」
約束の待ち合わせ場所は予想した以上の混雑ぶりだった。
電車の中から嫌な予感はしていたのだ。
一つ一つ駅に着くたび、恐ろしいぐらいの人が電車に乗り込んでくる。
最寄り駅に着く頃には、朝のラッシュ以上の人が車両の中でひしめきあっていた。
無理にでも断ればよかったかもしれない・・・
そんな思いが、何度もテンプレ屋の心に湧き上がってきていた。
電車から降りても、ホームに人があふれていて改札にもなかなか辿り着かない。
ジリジリと列が動き、ようやく待ち合わせの改札を出る。
さて、と一息つく間もなく辺りを見回しザクを探すが、この人混みの中から
たった一人を見つけるなんて、まったく無理な話に思えてくる。
ムッとするような人いきれと、耳をつんざくばかりの喧噪に
ほとほと嫌気がさしてきた時、聞き覚えのある声が自分を呼ぶのが聞こえた。
「まったく、すごい人ですね」
「・・・兄さん、その穴場って本当に大丈夫ですか?」
「まーかーせーなーさい!」
上機嫌の彼に気付かれないよう、そっと溜息をつく。
「じゃ、行きましょうか」
返事を待つことなく、サッとテンプレ屋の手を取ると出口を目指し
人混みをかきわけ歩き出した。
「到着!」
「ここ、ですか?」
「ここです!」
行けども行けども途切れることの無い人人人の中を、しっかりと手を握られたまま
引きずられるように連れてこられたのは、とあるマンションの前だった。
「もしかして・・・?」
「ワタシの部屋からだと、目の前に花火が見えるんです」
安堵のあまり、一瞬膝から力が抜ける。
さりげなくザクの手が背中にまわり、体を支えてくれた。
「もしかして、疑ってました?」
笑いの滲んだ声で聞かれ、そうだと答えるわけにもいかず
テンプレ屋は言葉に詰まる。
「いや、特等席なんですよ。クーラーもあるし、ビールもあるし」
ようやく体制を立て直し、ひとまず頭を下げた。
「特等席にご招待つかまつり、かたじけない」
「ごゆるりと楽しまれよ」
そこでようやくテンプレ屋に笑顔が戻り、ザクはほっと胸を撫で下ろした。
「まさに特等席ですね。花火がこんな間近に見るとは・・・」
「貴殿のお気に召しましたでしょうか?」
「うむ、余は満足じゃ」
窓辺にもたれながらビールをあおっていると、この上なく幸せな気分に包まれる。
開け放した窓からは、ムッとするような蒸し暑い風が流れ込んでくるが、
クーラーの効いた部屋から漏れる涼しい空気が背中をかすめ、暑さは気にならない。
「しかし、ちょっと計算外でした」
「何がでしょう?」
「確かに部屋からは部屋からですけど、この窓からしか花火が見えないことを忘れているとは」
「いや、十分堪能させて頂いてますよ、兄さん」
「そう言って頂くと、ちと恐縮です」
「でも・・・」
「でも?」
「大の男二人で並んで見るには、この窓はちょっと小さいかもしれませんね」
「むむ・・・確かに」
思わず顔を見合わせると、同時に吹き出してしまった。
すぐ傍に感じる自分とは違う体温に、外の熱気とは違う温度を感じる
笑いが止まっても、何故か相手の目から視線が外せなかった。
ザクの目に映る自分に見つめられる気まずさから、テンプレ屋が視線を外そうとしたその時。
ふわり、と頭を引き寄せられた。
ザクの目の中の自分が、さっきより大きく見える。
これ以上自分を見ていられなくて、そっと瞼を閉じた。
───体温が更に近くなる・・・
ピーンポーーン♪
ドンッドンッドンッ
「おーい、ザクいねーのかー?」
「ザクー、来てやったぞー」
「ザク兄さーん。花火見に来たー」
「兄さんはーやーくー。ビール温くなっちゃうよー」
ビクリと体が跳ねた。そのまま唖然と玄関へ視線を走らせる。
なんなんだ一体・・・。
くすっというテンプレ屋の笑い声で、ようやく体の硬直が解ける。
「兄さんお客さんですよ」
「いや、あの、これはー。ええとー。別にワタシが呼んだわけじゃなくてー」
「ご心配なく。分かってますよ。ほら早く開けてあげないと」
あたふたと言い訳するザクの耳元に囁きを落とす。そして、そっと頬に唇を寄せた。
ガチャリ。
「ザクー、何やってんだよー」
「外はあちーんだから、とっとと開けやがれってーの」
「あっ、テンプレ屋殿も来られてたんですかー?」
「こんばんは」
「おい、二人でどんだけ飲んだんだ?ザク、顔真っ赤だぞ!」
「いや、これは、その・・・」
「酒もつまみも大量に買ってきたから、パーっとやるぞ」
「おじゃましまーす」
ドヤドヤと部屋に上がり込んできたお邪魔虫達の後ろ姿に、そっと溜息をつくザクだった。