時間が止まった。
言ってはいけないことを言ってしまったと、本能が悟った。
「ち…、違うんだ…、今のは」
ガタン!と男が鋭い音をたてて立ち上がった。しかし逃げようとする体は、竦んでうまく動かず、
その上相手は百戦錬磨の傭兵だった。避ける間などあるはずもなく、オタコンの足は宙を浮く。
「…………!!」
デスクの上に乱暴に投げ出され、上下感覚が狂う。必死にデスク上のディスプレイの縁を
つかんで起き上がろうとしたオタコンの手は、しかし容赦なく引き剥がされた。
両手を引き据えられて、オタコンの目はまともに、男の顔を捉える。
本気で怒らせた。その相手。
「…スネーク………違うんだ…」
「何が違うんだ、オタコン。言ってみろ」
死神さえ凍りつかされそうな、声。
作戦任務中、スネークはいつも冷静だった。その冷静さは強さであり、自信であり、どんな危険な任務でも
可能とする安心感を、周囲に与えるものだった。オタコンはその冷静さを期待し、信頼し、
そして、誇りに思っていた。
しかし、それは、見る方角がスネークと同じ場合だ。
向けられる側に、立ったことは無い…。
「………」
死、を意味する物だ。
確実に獲物を捕らえ、しとめる。自らの意思を実行する力を持つ目。
恐怖と、反らされた背の痛みに、声が出ない。
「もう一度聞く。何が違うんだ?ハル」
「……ち…が…………」
「いいか、言っておく。俺と大佐、いや、キャンベルは友人だ。信用している。彼の好意に嘘など無い。
だから俺は彼の権威を貶めるような発言は許さない。たとえそれがお前であってもだ」
今日午前、フィランソロピー本部に、ロイ・キャンベル大佐からの文書を受信した。認識はクリア。
確かに大佐本人からのメッセージだ。そこには、近々キャンベル私邸で内輪のパーティを開く、
その招待文が示されていた。しかし、おかしい。なぜプライベートメッセージであるなら、
本部に宛てているのか。確かに彼はときたま本部宛てにメッセージを送るが、それはメタルギア関連
の情報送信のためであり、私用での送信はない。しかも、他の招待客にも、きな臭い部分が多い。
「……言い方が、悪かったのは、認めるよ。……だけど…、やっぱりちょっと変だ」
「何がだ。フィランソロピーへの正式な招待状だ。内輪でも礼は尽くす男だ。大佐は」
「君と僕がパーティに出る必然性が薄い。君はともかく、僕はそんなに面識が無い。それに…、
やっぱり僕は、あまりこれ以上、君は大佐に関わらないほうがいいと思う」
「…何故だ」
「君の存在は、大佐の立場にとって、正直、マイナス部分が多過ぎる」
「…」
急激に両手を引かれ、視界が反転した。まともに体勢を認識できないまま、足が浮くのは分かった。
気づけば、まるで小荷物のように、スネークの肩に担がれていた。
「! スネーク!」
がっしりと両腕ごと抱え込まれて、身動きもままならず、そのまま運ばれていく。
ドアをいくつか開け、放り出された先が、仮眠室のベッドの上だと知ってオタコンは青ざめた。
「ちょっ……!何を、ぅぐっ…」
スネークがいつの間にか手にしていたタオルを、口に詰め込まれる。既に両手は頭の上に固定されて、
ビクともしない。力で、自分がスネークにかなうわけは無いのだ。無駄な動きは一つもないスネークを、
驚愕と動揺が入り混じった面持ちで見上げる。
「戦場での精神の高揚が性欲を掻き立てることは知っているだろう。お前も。生憎、戦場には
マドンナが欠乏気味でな。その場合の対処方法は、いろいろ仕込まれたものだ」
ビッ、とにぶい音がしてシャツが裂かれる。ボタンが一つはじけ飛ぶのが見えた。
「特に、ロック解除なんかでチームに同行してもらうブレーンは、重宝したな」
何の抵抗もできないまま、ベルトがはずされる。はずしたベルトで両手首を縛られる。
必死にもがいたが、他愛も無くスネークは押さえ込み、一分の隙も無く締め上げた。
「そう、例えば、お前のような」
口元に薄く浮かんだ笑みを見た瞬間、オタコンの恐怖に火がついた。
「う、ううぅうぅぅ!!」
「騒ぐな、まだスタッフも残っているのだろう」
力任せに首を振り、声をさえぎるタオルを振り落とそうとしたが、あっさりと押さえられ、
そのままうつぶせにされる。頭を押し付けられ、息が苦しい。
残っていたシャツの残骸をまくりあげられ、背が外気に晒される。
スネークの手が体の下にもぐりこみ、ためらいもなくチャックを下ろし、腰に手をかけた。
「んぅう!」
やめて、と言おうとしたが声にならず、容赦なくズボンが引き下ろされる。
なすがままだ。苦しさと恐怖で涙がにじむ。
あらわになった素足の片方を、動きを止めない手がそのまま捉えた。片足を引き上げられ、
もう片方は足でがっちりと固定されている。秘部があらわにされる。
「………!!」
固く目をつぶり、予想される痛みと恥辱に覚悟した。そうだ、自分はスネークには敵わない。
それは分かっている、分かっている……!
「…………………」
しかし、いつまでたっても、それ以上の侵略はなかった。
ゆっくりと、拘束が解かれる。重みが退く…。
恐る恐る目をあけ、タオルから口を上げる。息を吸う。
うまく息が入らず、すこしむせた。
「パーティには出席する」
いつもと変わらぬ声で、スネークが告げた。
「長い間、ご無沙汰してるからな、大佐には。…許可してもらえるか、オタコン」
「……………分かった……」
「そうか、ありがとう」
そのままの足取りが、ドアへと遠のく。ノブが開いた。
立ち去るかと思った足が、止まる。
「それとオタコン、大佐は自分の『立場』なんぞ、気には留めない。それ以上に大切なものを
知っているからな。それは、分かってやってくれ」
「……。ごめん…」
パタン、とドアが閉じた。