【伝説】國士舍官vs朝魚羊高校 Part35【昭和】

このエントリーをはてなブックマークに追加
5832 ◆32//.4ofzE
大吉は逃げた。丸い体を弾ませるようにして全速力で駆けた。
五分ほど走ったあたりで車の行き交う音が大きくなってきた、あっちだ……。

それから十分ほど坂を下り藪をかき分けて進んだ。雨まじりにもかかわらず、
開いたままの口から流れ込んでくる空気で喉はカラカラに渇き、肺は破れそうなほどに痛くなっている。
やっと大吉の眼の前に道路が見えた。そのとき後ろから追ってくる連中の声がした、「野郎、あそこだ!」。

大吉は、ガードレールを転がり落ちるように乗り越えて、通りすぎていく車に手を挙げた。
片側三車線の道路を行き交うトラック、乗用車の交通量は少なくなかった。
しかし、大吉の姿など見えないかのように、車は通り過ぎていく。
仕方ない、車道の向こう側に逃げよう、大吉は、行きすぎる自動車の間隔が空くのを地団駄を踏む思いで待った。
後ろの藪の方から聞こえてくる追手の声がすぐ真後ろまで迫ってきた。

捕まったら殺される、とにかく逃げなきゃ……。
大吉は尻に火がついた気分で、ともかくセンターの植え込みまではたどりつこうと、反動をつけて
道路に飛び出した。突然の飛び出しに急ブレーキをかけクラクションを鳴らす車が相次いだ。

大吉はよろけながら走った。しかし、あと一車線で植え込みに届くところで、積載量オーバーの
十トントラックがスピードを落としきれずに突っ込んできた。質量充分のトラックのバンパーが
大吉の胴体に叩き込まれた。バンパーは、皮膚を裂き肉を潰し、骨をへし折って
大吉をはね飛ばす。飛ばされて反対車線の道路に落下しようとしていた大吉を、今度は
八千リットルの重油を積んだタンクローリーが襲った……。

全身が破壊された大吉の体は道路脇に飛ばされ、ガードレールに背中をもたせかけて地面に座り込んだ形になった。
両手足が不自然な方向に折れ曲がった姿は、芯を取り去った案山子が無造作に置かれているかのようだった。
衝突でつぶれ赤黒く染まった顔面は、空を見るように上を向き、窪んだ眼窩と開いた口だけが
なんとか識別できた。

雨はますます激しさを増し、通る車のボディーやアスファルトを激しく叩いて大きく跳ね返る。
大吉の体にも全身を洗うような勢いで雨が降り注いだ。窪んだ眼窩に溜まった雨水が溢れ、側頭部をつたい流れ落ちる……。(了)