カロビのみんなも悩みを打ち明けあおうよ
1投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2003年03月06日(木) 19時57分02秒
一人で死ぬのは寂しい〜
2投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2003年03月06日(木) 19時57分25秒
お前に弱みを見せるつもりはない
3投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2003年03月06日(木) 19時57分31秒
裸なので寒いです
4投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2003年03月06日(木) 19時58分03秒
鶴が私に恩を返しに来るのはいつですか?
5投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2003年03月06日(木) 19時58分40秒
傘地蔵の肌はカサカs
6投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2003年03月06日(木) 20時12分58秒
背中がかゆい〜
7投稿者:殺し屋1  投稿日:2003年03月06日(木) 23時09分12秒
悩みを打ち明けられた時、打ち明けられた相手にも違った形で悩みが生じる。
これは相手に対して、どう答えて良いのかと模索しようとするからだ。
往々にしてほとんどの人が、自分なりの解決策を相手に提示しようとする。
だが人の悩みというのは多種多様なもので、
解決策を提示する事が、その相手にとって正しい選択であるとは限らない。
自身の方向性を見失い、道に迷っているのなら、
第三者として客観的な意見を述べるのもまた良いかもしれない。
だが悩みとは、それが人としての苦しみである場合は、
その第三者としての意見もなかなかに受け入れられない。
いや、受け入れられるだけの余裕が心にないのだ。
悩みとは心の苦しみである。
悩みを打ち明けられた場合、まず何よりもその苦しみを理解しようと努める事が、
先決なのではないかと、私は思う。
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