文学の毒に馴れてないやつがいきなり車谷長吉を読んだら
1投稿者:美少年  投稿日:2008年09月24日(水) 20時26分45秒 ID:SfFZL9VW
ひきつけを起こすと思う
2投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2008年09月24日(水) 20時29分19秒
車團吉?
3投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2008年09月24日(水) 20時29分44秒
ダンダダンダンダンダダダダンダダダンダん
4投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2008年09月24日(水) 20時31分21秒
三日とろろ美味しゅうございました
5投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2008年09月24日(水) 20時32分09秒
http://www.ne.jp/asahi/kaze/kaze/kuruma.html

「吃りの父が歌った軍歌」や「塩壺の匙」を読んだ後で、もう一度「新潮」に掲載された「贋世捨人」に戻ってみると、おぼろげながら車谷長吉という作家の秘密が理解されてくる。「贋世捨人」は彼の作品に対する解説書の役割を果たしているのである。
6投稿者:エコと重なる  投稿日:2008年09月24日(水) 20時34分02秒
、とか言ってほしいのか?(笑)↓


車谷長吉の経歴を見て行くと、彼がどうしてあのような酷烈な私小説を書くに至ったのか、その心理的な背景のようなものが浮かんでくる。

彼には、他人と親しくなることを恐れる気持ちや、他人を気味悪いものだと思う恐怖心があった。魅力を感じるものを見つけても、それを他人と分かち合うことがどうしても出来なかった。彼は会社勤めにも落第、作家としても落第、とどのつまり料理場の下働きまで身を落としたが、そこでも落ち着くことが出来ない。つまり彼は社会的な不適応者であり、この世に生きる場所がどこにもない人間だった。

(この世に自分の生きる場所はない)と感じたときに、彼は自分には小説を書くしか能がないことを悟ったのだった。書くこと、それがたった一つの彼の生きる場所だった。となったら、腹を決めて、自分の恥をさらけ出し、おのれの「魂の闇」をあからさまに表現していくしかない。20代の頃、何度書き直しても原稿が没になったのは、中途半端で生ぬるい書き方をしていたからだ。
7投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2008年09月24日(水) 20時34分29秒
エコちゃんが稚拙な日本語で何かをなんとなく伝えようとする姿はさながら24時間テレビの黄色いTシャツ
8投稿者:エコと同じw  投稿日:2008年09月24日(水) 20時36分55秒
彼の父は吃りで、病的なほど執拗な男だった。他人の落ち度を見逃すことができず、最後には狂死している。車谷長吉は、自分にも父と同じ血が流れていることを知っていた。子供の頃、魔に取り付かれたように家の中を走り回って発狂したと思われることが多かったし、衝動に駆られて家財を片っ端から叩き壊し「家庭内暴力」を働いたこともある。
9投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2008年09月24日(水) 20時38分03秒
エコはわがまま通らなかったから家庭内暴力じゃないのか
10投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2008年09月24日(水) 21時45分38秒
 
11投稿者:美少年  投稿日:2008年09月24日(水) 22時14分47秒 ID:SfFZL9VW
「うちは買うて来たで。とりあえず三谷隆正の興奮論だけでも買うてきたで。はて、卦ッ体糞(ケッタクソ)悪いやないか。
胸糞悪いやないか。バス代がぱあになるやないか。」
「極楽往生。安楽。チーン、や。」
「文章書くいうのは、あないなことや。書かざるを得んさかい、書くんや。書く以外に、もう何もすることがないさかい、書くんや。
あんたが雑誌に出した文章、そななこと一かけらもあらへんが。をなごを好きになりました。相手にされませんでした。
よろしく愛してちょうだい。らら、ら。それだけやがな。面白くも、へったくれもあらへんがな。」
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(゚Д゚) <