北京五輪は参加しないことに意義がある
1投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2008年03月24日(月) 13時06分47秒
中国政府がダライラマのことを「人面獣心の悪魔」と罵ったようだが、無神論者の共産主義者たちが「悪魔」とか喚いていることにも藁わせてもらったのでお礼に早速一発キメさせてもらおう。


「それ鏡だよ



さて、タイでナリサラー・チャクラポーン(51)という聖火リレー走者が聖火走を辞退したようだ。

日本でも辞退してれば後で評価されるのにな。

北島康介が4月26日に長野で聖火ランナーとして走ることを3月18日に決めたらしいが、さてどうなるかな。

今回の北京五輪はチベット人や、新疆ウィグル自治区の人々の血で血塗られた呪われた大会になるであろう。

俺的な意見では、チベット人たちの暴動はアメリカによる煽動で起こったもので、その目的は中国に米国債を買わせ、今後もドル基軸体制にしっかりと捕まえておくためだ。
つまり、単なる脅しである。

だからアメリカ政府による中国の非難はほとんど聞こえてこないわけで、日本政府もそれに追随している。

EUは原則通り反対しているわけだが、今のところ「開会式を欠席」をフランス外相が提案というヘタレな対応をしている。ユーロ基軸体制に一気にもっていくなら、ここで北京五輪をボイコットしたいところだが、加盟国の中で足並みが揃わないようだな。

だが、今回のチャクラポーンのように、選手を含めて自覚した個人がボイコットの動きを見せることを止めることはできないだろう。

無論、五輪に出る日本選手たちは個人の記録が懸かっているだけでなく、国の栄誉を背負って出場し、またその育成に莫大な税金が使われているため、国の方針に反してボイコットをすることはしにくいだろう。

しかし、長い歴史的視点からみれば、まるでベルリン五輪のように今回の大会は出ないことでスポーツマンとしての自己同一性や名声が保たれるという変な大会になることはほぼ自明である。

2投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2008年03月24日(月) 13時06分58秒
出ないことで国家への不忠を気にする選手も中にはいるかもしれないが、今回日米政府が北京五輪への参加意思を表明し続けているのは、ドル基軸体制や世界での覇権維持という歯茎の臭い政治的・経済的意図のためであり、選手個人としてのチベット弾圧を理由とした不参加の表明は国家の礎石である民主主義や人権に対する忠誠を示すもので、長い目で見れば国家への忠を示すものといえるだろう。

出場してもよい。
また不参加を表明してもよい。

だがいずれもそれを決めるのは個人であり、スポーツが国家でも企業でもなく個人のものであることを自覚して臨んでもらいたいものだ。

しかし、出場した選手はいずれチベット人虐殺協力者として歴史からの審判を受けるであろうことははっきりと言っておく。これは単なる道徳的見解だけでなく、米国の経済的衰退による東アジアからの全般的撤退により、中国が尖閣諸島を含めて色々とをもしろいことをしまくってくれるので、北京五輪に参加した連中に世論の批判が集中することになるという歴史的見通しに基づくものだ。個人の決定が問題であり、周りの空気に流されて出てしまった、という言い訳はもはや通じない時代になるだろう。

五輪の創始者であるクーベルタン男爵は「五輪は参加することに意義がある」と言ったそうだが、俺としては「北京五輪は参加しないことに意義がある」と言ってをこう。

3投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2008年03月24日(月) 13時07分33秒
北京五輪は平和の祭典ではなく、チベット弾圧を含めた中国政府の諸民族弾圧と虐殺を糊塗するための血塗られたサバト(悪魔主義の祭典)であり、聖火はスポーツの精神を象徴するものでなく、中国政府によるチベット民族を含めた支配下民族の虐殺を隠す穢れた火であることは明白だ。

ただのスポーツバカではなく、スポーツを通して真に自己を陶冶した本当のスポーツマンたちだけが辞退すればよい。今回は俺としては選手に対する五輪辞退の命令や強い勧告は行わない。

白い羊になるか黒い山羊になるかは個々の選手が決めることである。


無論俺のひいきのまをまをこと浅田真央は冬の大会なので今回の問題に関しては全く関係ないことは言うまでもない。
4投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2008年03月24日(月) 13時15分10秒
何必死に書いてるんだ?バカが。
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(゚Д゚) <