全権委任法ってスゲーな
1投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2006年06月20日(火) 20時52分08秒
歴史の時間にチラッとだけ聞いたような記憶があるんだが、
今何故かフッと思い出した
確か、どんな法律でも国会の承認を必要とせずに、
政府が勝手に作れるって法律だったような気がする
今まで特になんの感想も抱かなかったが、
よくよく考えてみるとこの法律ってスゲーよな
まさに「独裁」って感じだ
無茶苦茶すぎるよ、なんなんだこれ(笑)
2投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2006年06月20日(火) 20時53分37秒
二条総統だな
3投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2006年06月20日(火) 20時54分06秒
難解。
4投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2006年06月20日(火) 20時55分13秒
科学的論理性と妄想癖がごっちゃになった国、それがドイツである
5投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2006年06月20日(火) 21時05分23秒
一任勘定売買もすごいよ。
↑の人だとどんどんお金が増えるの。↓の人だとどんどんお金が減るの。不思議だよね。
6投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2006年06月20日(火) 22時06分43秒
ナチス・ドイツの軍需大臣を勤めた建築家、アルベルト・シュペーアは
次のように書いている。

「人種的観点からむろん問題の多い同盟を彼は拒否しなかったが、
日本との対決を遠い将来に覚悟していた。ヒトラーはイタリアを
それほど強国とは信じていなかったが、日本は列強国の同盟国と
みていた。」
7投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2006年06月20日(火) 22時08分08秒
かつて満州重工業の総裁であった鮎川義介氏が、ドイツを訪れて
ヒトラーに面会した時のことである。ヒトラーは鮎川氏に対し、
次のような意味のことを語ったという。

「貴方の国が如何に努めてみても、我がドイツのような工作機械は
作れないだろう。しかし、ドイツがどうしても日本に真似出来ない
ものがある。それは貴方の国の万世一系の皇統である。これは
ドイツが100年試みても、500年間頑張っても出来ない。
大切にせねば駄目ですよ……」
8投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2006年06月20日(火) 22時09分09秒
1941年12月8日に日本が真珠湾を攻撃し、太平洋戦争が
始まると、ヒトラーはその直後の12月11日の演説で
「我々は戦争に負けるはずがない。我々には3000年間一度も
負けたことのない味方が出来たのだ!」と日本を賞賛し、
アメリカに宣戦を布告した。
9投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2006年06月20日(火) 22時10分40秒
SS長官ハインリッヒ・ヒムラーは、大戦中、日本軍の強さに感銘し、
御用科学者に日本人がアーリア民族であることを立証させようと
していたことで知られている。彼は、日本人から日本刀を贈られた
とき、日本人とゲルマン人の祭式の共通性を発見。学者の協力を得て、
どうしたらこの共通性を種族的に解決できるか、の研究を進めた
という。

これは、ヒトラーがつねづね、「なぜ我々は日本人のように、祖国に
殉ずることを最高の使命とする宗教を持たなかったのか? 間違った
宗教を持ってしまったのが、そもそも我々の不幸なのだ」と語っている
のを聞いていたからという。(ヒトラーは日本の神道を高く評価して
いた)
10投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2006年06月20日(火) 22時11分46秒
戦局がドイツに次第に不利なものに傾いていった1944年夏、
ヒトラーは高校(ギムナジウム)に日本語を必須科目として取り入れる
ことを命令している。最初はとりあえず一校だけをモデル校に選んで
試験的に授業を始めることになったが、最終的には全ギムナジウムで
英語のかわりに日本語を必須科目にする計画だったという。

そのほか、菜食主義者(同時に禁酒・禁煙)だったヒトラーが、
日本の豆腐に注目。“ローマ軍は菜食であれほど強かった”のだから、
ドイツ軍にも豆腐を食べさせようという計画を立てていたとも
言われている。
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