萩原朔太郎「蛸」
1投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2008年06月13日(金) 00時42分56秒
 或る水族館の水槽で、ひさしい間、飢えた蛸が飼はれていた。
 地下の薄暗い岩の陰で、青ざめたハリ天井の光線が、いつも悲しげにただよっていた。
 だれも人々は、その薄暗い水槽を忘れていた。
 もう久しい以前に、蛸は死んだと思われていた。そして腐った海水だけが、
 埃つぽい日ざしの中で、いつも硝子窓の槽にたまっていた。
 けれども動物は死ななかった。蛸は岩影にかくれて居たのだ。
 そして彼が目を覚ました時、不幸な、忘れられた槽の中で、幾日も幾日も、
 おそろしい飢餓を忍ばねばならなかった。どこにも餌食がなく、食物が全く尽きてしまった時
 彼は自分の足をもいで食つた。まづその一本を。
 それから、最後に、それがすつかりおしまひになつた時、今度は胴を裏がへして、
 内臓の一部を食ひはじめた。少しづつ他の一部から一部へと。順々に。
 かくして蛸は、彼の身体全体を食ひつくしてしまった。外皮から、脳髄から、胃袋から。
 どこもかしこも、すべて残る隈なく。完全に。
 或る朝、ふと番人がそこに来た時、水槽の中は空つぽになつていた。
 曇つた埃つぽい硝子の中で、藍色の透き通った潮水と、なよなよした海草とが動いていた。
 そしてどこの岩の隅々にも、もはや生物の姿は見えなかった。
 蛸は実際に、すっかり消滅してしまったのである。
 けれども蛸は死ななかった。

 彼が消えてしまった後ですらも、尚ほ且つ永遠にそこに生きていた。
 古ぼけた、空つぽの、忘れられた水族館の槽の中で。永遠に――――おそらくは、
 幾世紀の間を通じて――――或る物すごい欠乏と不満をもつた、人の目に見えない動物が生きて居た。

2投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2008年06月13日(金) 00時46分14秒
こわいよぉー
3投稿者:爆チンコ  投稿日:2008年06月13日(金) 00時51分13秒
萩原朔太郎は気が触れている。
4投稿者:青色LED  投稿日:2008年06月13日(金) 01時09分03秒 ID:iIzgPecH
作家は短編になると才能を発揮する
5投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2008年06月13日(金) 01時22分50秒
小松左京の短編に、自分を食べ尽くして最後口だけになる男の話があったな
6投稿者:青色LED  投稿日:2008年06月13日(金) 01時40分30秒 ID:iIzgPecH
これはそんな安っぽい話じゃない
蛸は唯心論の恐ろしさだよ
7投稿者:爆チンコ  投稿日:2008年06月13日(金) 01時41分38秒
ほう。詳しく。
8投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2008年06月13日(金) 01時41分41秒
>>6
ホモエッチしよう
9投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2008年06月13日(金) 01時42分49秒
いずれにせよあんまり感心しない
10投稿者:納豆詩人  投稿日:2008年06月13日(金) 02時12分20秒
この人の残した作品は詩と小説どっちが多いの
11投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2008年06月13日(金) 02時17分27秒
エコは聞きかじりのキーワードしか覚えてないから突っ込まれると消える
12投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2008年06月13日(金) 05時12分35秒
ながい疾患のいたみから、
その顔はくもの巣だらけとなり、
腰からしたは影のやうに消えてしまひ、
腰からうへには藪が生え、
手が腐れ
身体(からだ)いちめんがじつにめちやくちやなり、
ああ、けふも月が出で、
有明の月が空に出で、
そのぼんぼりのやうなうすらあかりで、
畸形の白犬が吠えてゐる。
しののめちかく、
さみしい道路の方で吠える犬だよ。
13投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー  投稿日:2008年06月13日(金) 05時14分05秒
地面の底に顔があらはれ、
さみしい病人に顔があらはれ。

地面の底のくらやみに、
うらうら草の茎が萌えそめ、
鼠の巣が萌えそめ、
巣にこんがらかつてゐる、
かずしれぬ髪の毛がふるえ出し、
冬至のころの、
さびしい病気の地面から、
ほそい青竹の根が生えそめ、
生えそめ、
それがじつにあはれふかくみえ、
けぶれるごとくに視え、
じつに、じつに、あはれふかげに視え。

地面の底のくらやみに、
さみしい病人の顔があらはれ。

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